姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

文字の大きさ
上 下
50 / 74
本編

距離と心

しおりを挟む
ギルはウィルとサークが楽しそうに弁当を食べるのを見ていた。
楽しそうに、高校生というに相応しい時間をすごす二人を。

他愛もない話で笑い合い、家庭的な弁当を旨い旨いと頬張る。

自分とサークの間にはないもの。
そのズレのない距離感。

それを見つめ、ため息が漏れる。

すぐに帰ればよかった。
書類をもらって少し教員と話した後、面接練習をしてくれるというのでついでにしてもらった。
学校側が知っている今年の傾向と対策を教えてもらい、時計を見る。
短縮授業だから、そろそろ昼休みになる。
もう一度サークの顔を見てから帰ろうと思ったのがいけなかった。

サークが笑う。
ウィルに向けて屈託なく笑う。

幸せそうに彼が頬張る弁当は、唐揚げやおにぎりに卵焼きと、ごく普通のもののように見える。
あんな風に笑って欲しくて、いつも良いものを取り寄せて彼の前に並べた。
サークはそれをいつも驚き、とても喜んだ。
旨い旨いと大騒ぎしながら頬張る姿にいつも心が満たされた。

サークと食事をするのは楽しかった。
本当に美味しそうに何でも食べるのが心地よかった。

でも本当にサークが欲しかったのは、普段は食べられないような豪華な食事ではなかったのかもしれない。
思えば初めて自分の部屋に泊まった時は、専門店のピッツァではなく、デリバリーの宅配ピザを食べたがった。

ウィルの弁当を嬉しそうに口に運ぶサーク。

屈託なく自然体で食事を楽しんでいる。
豪華な食事は喜んでいたが、どこか少し萎縮させてしてしまっていた気がする。

あぁ、これか、と思う。
爺にサークと俺との間にはズレがあると言われた。
おそらく食事のことだけではないだろう。
これがいいと思ってサークに与えるもの、サークを思って行動した事。
その多くが空回りする。
サークはいつもびっくりしたり、困惑したり、怒ったりしていた。
自分自身も何故そうなってしまうのかわからず、どう接すれば良いのか戸惑ってしまうのだ。
考えすぎて固まったり、見当違いな行動をとってしまい、それを見たサークがまた困惑の表情を浮かべる。
そんな顔が見たい訳じゃないのに、俺は自然にサークを笑わせる事ができない。

自分とサークの間には、いつもズレがある。
どんなに物理的距離が近づいても、ズレという距離感が常にあった。

サークの想いがどこにあるのか知らなかった訳じゃない。
それでも何らかの形で側にいたかった。
けれど一歩また一歩とその距離が縮まる度に、自分の中の欲が抑えきれなくなっていった。

どんな形でも良いなど嘘だ。
サークにとって一番でなければ嫌なのだ。
あの笑顔の隣に、誰よりも近いその場所にいたいのだ。

けれど、同時に恐ろしい。

エドはきっともう一人の自分だ。
その欲望を抑えきれなくなった自分だ。

あんなにもエドに怒り嫌悪したけれど、あれは一歩間違えた自分の姿にほかならない。
そう思うと恐ろしいのだ。

サークはエドを許した。

行いを許さず、全ての罪を償う事を彼に背負わせたけれど、それがサークの許しだった。
だからサークはエドが危機に瀕した時、迷わず助けた。

あの後、ツテを使って無理矢理エドに会った。
憔悴しきって別人のようだったが、憑き物がとれたようにまっすぐ前を見ていた。

エドは最後に俺に聞いた。
どうしてサークは自分を助けたのだろうかと。
俺は同じ事をサークに聞いていた。
だからその質問に答える事ができた。

『友達だから』

サークはなんでもない事のようにそう言った。
だからそのままエドにも伝えた。

エドは「そうか」と言って少し泣いていた。
「サークらしい」とも言っていた。

それがエドにどう響いたのかは俺にはわからない。
何もかも無くしたエドはとても小さく見えた。
けれどその存在は、以前と違ってそこにしっかりと確かにあった。

不順さが取り除かれ、無駄な飾りがなくなり、本来のあるべき姿。

俺は怖かった。
あれだけ憎悪していたエドが、嫌悪を向けられないほど澄んでいた。
エドに嫌悪する事で目を反らしていた自分の中にあるドス黒い何かを、エドではなく自分の中の物として俺は見なければならなくなってしまった。

怖かった。

サークは許すだろう。
俺がエドの様に闇に染まっても。
同じ様に許すだろう。

そしてそれは、償う事のできない罪になる。
許されてしまったら、もう、自分を罰する事もできない。
その慈悲の前に贖罪する事すら叶わなくなるのだ。

エド本人が何を思い、何を考えていたかはわからない。
だが、俺はエドを一歩間違えた自分だと思った。

怖かった。

もう自分の闇をエドに投影して忌み嫌う事もできない。
自分の身勝手な気持ちをサークに押し付けた結果が目の前にある。
そして俺は、エドのようにサークに許されてしまった時、自分を保てるかどうかすらわからなかった。

ふと、急にサークたちの雰囲気が変わった。

ウィルが泣いているように見え、それをサークがなだめている。
ただ、いつものサークと違っていた。
いつもの彼なら、ウィルが涙を見せた時点で抱きしめていただろう。
けれどそうはせず、サーク自身も辛そうに俯き、それでもウィルを励まそうとその手を握った。

おそらく事件の事を話しているのだと思った。

あの時、誰もが思ったのだ。
なぜ、サークはあそこにいたのかと。
そこで何をしていたのかと。

もちろん、ギルもすぐに現場を確かめた。
助けに行った時は必死でそれどころではなかったから、周りが見えていなかった。

そして理解したのだ。

誰もサークが何故そこにいたのか口に出さなかった。
おそらく皆が現場に足を運び、それを理解したからだ。

暗黙の了解で誰もそこに突っ込まなかった。
そんな事をしたら、サーク自身が隠している事を暴く事になる。
そして、その理由となった人物を追い詰めてしまう。

ウィルは誰より憔悴していた。
おそらく彼もまた、現場を見たのだ。
話し合いには顔を出すが、ウィルは黙って皆の話を聞いていた。

強いな、とギルは思う。

ウィルは自分からその事をサークに伝えたのだろう。
悩み、苦しみ、それでも逃げずにそうしたのだ。

二人が見つめ合う。
その手はしっかりと握り合っているが、どちらも思い詰めた顔をしていた。

ギルはその場を離れた。

すれ違っていた二人の気持ちは向き合った。
ウィルはサークに想いを伝えただろう。
そんな気がした。

ただ現段階ではサークは答えなかった。
いや、答えられなかったのだろう。
事件の事などでサークの精神はまだ安定していない。

だが近いうちにウィルの告白に対する答えを出すだろう。

ギルは少し早足になりながら考えた。
ウィルは告白した。
サークも自分の気持ちに気づいているだろう。

なら、自分は?

想いを伝える?
それとも黙っている?

自分の中の闇が少し暴れた。
同時にただただ尊ぶような想いがそれを抑え込んだ。

深呼吸して頭を振る。
今はやるべき事に集中しよう。

手を軽く切っただけで、あれだけサークは心配したのだ。
もしもこの事で試験に集中できなかったなど知られたら、どんな事になるかわからない。

何より、離れた場所から二人を見ていただけなのだ。
本当のところは何もわからない。
どんな内容だったにしろ、この件から少し距離をとった方がいい。
今は自分も冷静に判断できる気がしない。

あと3日。

その間は全てを忘れて試験に集中しよう。
冷却期間としても丁度いい。

ギルは気持ちを切り替え、学校を後にした。















「平凡姫じゃん!久しぶり~!」

「もうすぐバレンタイン合戦ですね!応援してます!」

「ほい、平凡姫!!」

「やっぱ、平凡姫って言ったらこれだよな!これ!」

立番に立った俺に、生徒の皆様が気さくに声をかけてくれる。
それに俺は乾いた笑いで答えるしかない。

「……あ、ありがとう……ゴザイマス……。」

俺の手には……なぜか「うまい棒」が積まれている……。
もう、俺の象徴=うまい棒と世の中は認識したようだ。

「あはははは!凄いな?!サーク?!」

「ライル、テメェ……!!全部ライルのせいじゃんか!!」

「あはは!そんなに喜ばれると照れるなぁ~。」

「喜んでねぇよ!!」

ライルは悪びれる事もなく俺の横に立つ。
それを俺はムスッと睨みつけた。

ライルは今日も俺の横にいる。
なぜなら俺の姫騎士だから。

あの後、ギルから睨まれ……いや、きちんと段取りを踏んでファースト騎士から提出された再審願いを受け、バレンタイン合戦実行委員会は、今回の事件が事実上エドが退学に近い処分になっている事も踏まえ、学生間でどうにかできる問題ではなかったと判断し、ライルの姫騎士復帰を認めた。

あの小芝居だが、簡単に言うと、まずライルが「引き継ぎの儀」をしてファースト騎士をギルに譲った。
その後ギルがやったのが「姫騎士伺い」と言われるものらしい。

以前、姫をしていた人に対し、教育係として自分の姫の姫騎士になってもらえるようお伺いを立てるというもので、どうもファースト騎士だけがそれをしていいらしい。
だからあの時、ギルがしつこく自分がファースト騎士なのか確認していたみたいだ。
自ら志願して姫の騎士になる以外で、姫側から勧誘して騎士になってもらう唯一の方法らしいのだが、ライルの場合はちょっと特殊で、元々俺の姫騎士だったのが「姫を守る事ができなかった」事から騎士規定に従いファースト騎士を降り、なおかつ責任を取る形で自主的に騎士を辞めたのだ。

本来、一度騎士になると変更はできない。
それは姫を変更できないと言う事もあるし、騎士を辞めるというのも同じだ。
でも今回のライルの様に、何か問題が起きてその責任をとって辞めるという場合はたまにある。
単なるお遊びの騎士ごっこなので、辞めたからなんだと言うことはまるでないのだが、何かあってトップが責任をとって辞めるというのは「姫」の評価や評判を下げないためにも有効だし、何より美談として話題になる。
なので話題作りのパフォーマンスとも言えるんだけど、それでもやめたからといって他の姫の騎士にはなれないし、やめる騎士からすればいい事は何もない。

今回のライルの復帰にあたり、実行委員会は大々的に何があったのか一連の流れを減点による見せしめ同様、ババンと貼り出した。

『3年C組の姫、アズマ・サークの姫騎士、ライル・ハウ・コーディの騎士資格返納と姫騎士としての復帰、及びギルバート・ドレ・グラント騎士見習いの騎士昇格並びにファースト騎士への昇格について』

と題された長い長い貼り紙は、短縮授業で暇を持て余した生徒たちの格好の暇潰しにされた。
本来は期末テストの為の短縮授業だが、よほど悪い成績や問題を起こさない限りはエスカレーターで大学や専門学校に行けてしまううちの学校は気が抜けているので、皆、あまり真面目に勉強に取り組まないのだ。

内容を要約すると、まず、騎士見習いだったエドが姫である俺に対し暴力を振るい停学に近い処分となった事が説明され、それによってライルがファースト騎士の座を降りなおかつ騎士見習いに対して監督不行だった事からその責任を取り、姫騎士資格を返した事、問題が起きた時、騎士見習いのギルが俺を守った事から騎士に昇格しファースト騎士になったと説明されていた。

「暴力を振るい」となっているので、世間的には喧嘩騒ぎがあったのだなという認識に落ち着いた。
あの件は最後があんな事になったので公にされておらず、生徒たちはかなり噂していたようだった。
でも今回の実行委員会からの発表を見て、俺もエドも元空手部で、エドに至っては主将を務めていた実力者な事、俺とエドがしばらく学校に来なかった事、ギルがしばらく手に派手なサポーターをつけていた事から、結構ひどい喧嘩だったのだろうと納得したようだった。

それでもエドの噂を知っている人間は薄々「暴力」が何か勘付いたみたいだが、何しろガスパーの策略的パフォーマンスのお陰で俺には影の権力者であるリオがついているのは明白だったし、そういう人物はエドが今、様々な件で訴えられているのを知っていた。
彼らはその訴えが名門であるラティーマー家と関わりがある弁護士事務所が一手に引き受けている事もわかっているので、触らぬ神に祟りなしとばかりに口を噤み、お陰で大きな噂にはならなかった。

と、ここまではいい。
問題はその先だ。

何しろ暇だったのか、実行委員会は凝りにこった文章の中、ライルが「うまい棒」を用いて「引き継ぎの儀」を行い、ファースト騎士になったギルが与えられた「うまい棒」を使ってすぐに「姫騎士伺い」を行った事まで書かれているのだ。
物凄く堅苦しい騎士ごっこ文章の中に「うまい棒」という単語が真面目な顔して並んでいるのだ。
これは美談として瞬く間に広まり、同時にネタとして暇な生徒たちを大いに喜ばせた。

そのせいで、俺「平凡姫」の象徴=「うまい棒」と全校生徒に認知される事となったのだ。

「平凡姫~!これどうぞ~!!」

「俺も~!」

「アリガトウゴザイマス……。」

さっきからひっきりなしに皆が俺に「うまい棒」を渡してくる。
それを見ていた他の生徒もおもしろネタに目を輝かせている……。

暇を持て余した学生にネタを提供すんじゃねぇよ!!実行委員会!!
全くもう!どうすんだよ?!このうまい棒!!

「サーク、袋やるよ。」

「……あんがとよ……カーター。」

見るに見かねたクラスメイトが、鞄の底に埋まっていたクチャクチャなレジ袋をくれた。
そう、すでに手で抱えているには多すぎる量の「うまい棒」を俺は持たされていたのだ。

「う~ん。なかなか大量大量~。」

それをほくほくとしたり顔でライルが見ている。
俺は青筋を立てて睨みつけてやった。

「ラ~イ~ル~っ!!」

相変わらず澄ました顔。
こうなる事すらライルの計画だったのだろかとさえ思う。

でもそれでも……。

この小憎たらしい相棒が変わらずに俺の横にいてくれる事を、俺は嬉しく思っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

【声劇台本】バレンタインデーの放課後

茶屋
ライト文芸
バレンタインデーに盛り上がってる男子二人と幼馴染のやり取り。 もっとも重要な所に気付かない鈍感男子ズ。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...