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本編
零れ桜
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午前中の最後の授業ははっきり言って何も手に付かなかった。
刻一刻と昼休みが近づく。
ヤバイ……口から内蔵出そう……。
チャイムが鳴る前から心臓がバクバクいっている。
変な汗が出て机に突っ伏していた。
自習監督の先生に何度か突かれ、体調が悪いのか聞かれたりもしたが、笑って誤魔化した。
そして昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
うわああぁぁぁぁぁっ!!
どうしよう?!
どうしたらいい?!
叫びたい気持ちを堪えて立ち上がる。
そして誰かに声をかけられる前に教室を飛び出した。
「……サーク、どうしたんだ??」
「さぁ?便所我慢してたんじゃね??」
教室ではクラスメイトたちがそんな事を言っていた。
とりあえず気持ちを落ち着けようと、下駄箱近くのトイレに駆け込む。
無駄に個室に入って座り込んだ。
これから、ウィルに会う。
ウィルが俺の分の弁当も持って来てくれる。
多分、おそらく、ウィルの手作りの。
あの桜の下、とウィルは言った。
俺達の関係がおかしくなってしまった河津桜。
きっとウィルはそこからやり直そうと思ったんだと思う。
あんなに緊張した顔は久しぶりに見た。
前に見たのは俺が「姫」に推薦した時だ。
俺が自分の気持ちに気づかずウィルを推薦してしまった日。
あの日に帰れたら、俺はウィルを「姫」に推薦するのをやめるだろうか?
ウィルを好きだときちんと気づけていたら、何か変わっただろうか?
「…………………………。」
俺は立ち上がり、個室を出て手を洗う。
鏡の中の自分の目をじっと見据える。
あの頃の俺と今の俺は違う。
何が違うのか?
どうして違うのか?
その答えを知っている気がした。
パンッと自分の頬を両手で叩く。
そして軽く水で顔を洗って、もう一度鏡を見た。
「……よしっ!」
深呼吸して気合を入れる。
そして約束の場所に向かった。
ウィルは少し俯き加減でそこに立っていた。
一人分の弁当にしては少し大きすぎる紙袋を手に佇んでいた。
「ウィル。」
声をかけるとハッとしてこちらを見た。
不安そうだった顔がほっとして綻ぶ。
とても綺麗だった。
「桜、散ちゃってるね。」
「でも、陽当りはいいから。」
そう言って笑った。
近くのベンチに並んで座る。
「ウィルの騎士はどうしたの?」
「……ここでそれ、聞くか?」
「ごめん。でも後で誘拐すんなって怒られそうだから。」
「そういうサークは?」
「あ~!!聞いてよウィル!今日、大変だったんだよ!ライルがさぁ……」
他愛もない会話をしていく。
ウィルがお弁当を広げて二人の間に置いた。
別々の弁当箱じゃなくて、お花見弁当みたいに大きなタッパーに二人分詰まってる。
俺は途中で買ってきたお茶をウィルに渡す。
二本のペットボトルがタッパーの両脇に並んだ。
はじめの分はウィルが取り分けてくれ、それを食べながら話をする。
「あははっ!!」
「酷くない?!うまい棒だよ?!」
「ふふっ。でも、なんかちょっと納得。」
「納得しないでよ!」
「ごめんごめん。」
「でもさ~。じゃあ何なんだって考えた時、もううまい棒のインパクトが凄すぎて他に何も出てこないんだよ~。むしろ俺もうまい棒で納得しかけてる……。」
「あはははは!駄目じゃんか!!納得したら!!」
「ていうかウィルは?ウィルは象徴は何なの??」
「俺?俺は本みたいだよ。」
「あ、それは異論なし。」
「サークのうまい棒にも異論なし。」
「異論してよ!!」
「あははははっ!!」
なんでもない昼休み。
お互いの話を笑いながら聞いている。
「ゆかりのおにぎりって久しぶりかも。」
手毬にされた小さなおにぎりを口に入れる。
食べやすいように考えてくれたウィルの心遣い。
それを食べている事がとても幸せだった。
「サークはどれが好き?」
「え~?!ゆかりと鮭とわかめとそぼろと青菜と梅だよね~??」
「さすがの全問正解。」
「う~ん。選べない。全部好き。」
「それじゃ参考にならない。」
「えええぇぇ?!だって好きなんだからしょうがないじゃん?!」
「サークは何でも好きじゃないか!!」
「そんな事ない。焼きおにぎりは硬いのが歯にくっつくからそんなに好きじゃない。」
「え?!そうなのか?!意外!!」
「あ!唐揚げピリ辛だ!!」
「うん。主人公がキムチの素で唐揚げ作ってる話があったから、真似して作ってみた。」
「へ~!旨~。」
「ふふっ。良かった。」
卵焼き、ちくわの穴にきゅうりやチーズが詰めてあるヤツ、アスパラベーコン。
キムチ唐揚げとブロッコリーとプチトマトは、食べやすいように楊枝が刺してある。
ウィルの作ってくれたお弁当は、何か特殊だったりセレブリティな物があったりする訳じゃなくてとても安心する。
でもその中に、ちょっとしたびっくりも詰まっててとても楽しい。
「そう言えば聞いた事なかったけど、サークは何が好きなんだ??」
「え?!たくさんありすぎて難しい……。」
「なら、今日、夕飯何食べたいって聞かれたらなんて答える?」
「今日??今日なら……お昼に美味しいもの食べたし……シンプルに……。」
「シンプルに?」
「…………いや、笑われるから言わない。」
「言わないならクッキーあげない。」
「え?!クッキーもあるの?!」
「でもあげない。」
「言う!言うから!……でも笑わないでよ?!」
「うん。」
「……梅きゅうりとはんぺんのチーズ焼き。フライじゃなくてチーズ挟んで焼いて醤油で食べるヤツ。」
「ぷっ。」
「笑わないって言ったじゃん!!」
「ごめん。かなり意外だったから……。でも美味しいよね、はんぺんのチーズ焼き。シンプルだけど俺も好きかも。」
「たまに無性に食べたくなるんだよ~。」
「なんかサークらしいな。」
「はんぺんのチーズ焼きが?!」
「うん。」
うまい棒といいはんぺんのチーズ焼きといい、俺のイメージって何なんだろう……。
ちょっと落ち込んだ。
そんな俺をウィルが幸せそうに眺めている。
ほんのり頬が色づいていて、とても優しい顔で俺を見ている。
あぁ……。
その顔を見て俺は確信した。
物凄く自然にそう思った。
ウィルは……俺が好きなんだ……。
そう思ったのに、俺の心は弾まない。
ずっと好きだったウィルの気持ちが見えたというのに。
むしろズキリと傷んだ。
急にウィルの前にいる事が苦しくなる。
俺は視線を反らして俯いた。
「……なんで、今日……お弁当、作ってくれたの?ウィル……?」
頭で考えるよりも先に言葉が出ていた。
ウィルの顔からも微笑みが消えた。
少しの間、沈黙が落ちる。
「……怖かったんだ。このまま……サークがどこかに行っちゃいそうで……。」
「え?」
「あの日……。ここでポスターを見た時からサークは俺を避けてて……。それで……。」
「………………。」
また、お互い口を噤んだ。
事件の事をウィルとちゃんと話した事はない。
ギスギスと胸の中が苦しい。
頭ではわかっていても、現実に自分の気持ちがついていけていない。
辛い。
ウィルに事件の事を話されるのが辛い。
だって俺はウィルには知らないでいて欲しかったんだから……。
それが現実的じゃない事もわかってる。
でも、どうしてもウィルには知らないでいて欲しかったんだ。
随分長くお互い黙っていたと思う。
「……あの時……あの場所にいたのは……俺のせいだよな?……サーク……。」
苦しそうに息を吸う音を聞いて俺はチラッとウィルを見た。
ウィルはグッと音を堪えながら泣いていた。
なのに俺は、ウィルが泣いているのに動けなかった。
あぁ、と思った。
一番知られたくなかった事をウィルが知っていた。
乱暴されそうになった事。
それによってPTSD気味になった事。
全部知られたくなかった。
でもウィルにそう言われた時、俺はどうして知られたくなかったのかの核心をやっと理解した。
直接的ではないにしろ、この件には少なからずウィルが関わっていた。
あの場所に俺がいたのは、ウィルのポスターを見る為だった。
俺だけの思い出だったはずの図書室のウィルが、全校生徒が見るポスターになってしまった。
身の程知らずにも俺はそれが嫌で認められなくて、でも自分に自信もないからウィルに嫌だとも言えなくて。
だから勝手に卑屈になってウィルから逃げ、なのに寂しくて会いたくて、誰もいない場所を探してポスターを見ていたんだ。
でも、誰にも言わなかった。
事件の事を聞かれても、あそこにいた理由として、ウィルのポスターを見に行った事は言わなかった。
みっともなくて卑屈な俺の、最後に残った意地だった。
もしもそれを言ってしまったら、ウィルを傷付ける。
自分のポスターを見に行って事件になってしまったなんて、ウィルに思って欲しくなかった。
好きな人にそんな思いをして欲しくなかった。
誰にも言わなかったのだ……。
なのに……。
俺は何も言えず、俯いたまま組んだ拳を額に当てた。
違うといえばいい。
嘘でも違うと。
ウィルは何も関係ないと……。
「あの場所にいってみたんだ……。何をしてたのか知りたくて……サークがいた場所に立ってみたんだ……。」
「…………。」
そこまで言われて、俺は言葉が出なかった。
リオが持ってきてくれた防犯カメラの映像を俺も見た。
あそこに立ってみたなら、何を言い訳しても嘘くさいだけだ。
「ごめん、サーク……。」
「……ウィルは悪くない……悪くないよ……。」
ウィルは手で顔を覆った。
音を出さずに肩を震わせる想い人に、俺は何もできない。
どうしようもなかった。
「泣かないで、ウィル……。ウィルは悪くない。俺が勝手に卑屈になってたんだ。格好悪くてゴメンな……。」
俺がウィルの気持ちも考えず、自分の考えに縛られて勝手に卑屈になって拗ねていただけ。
だからウィルは何も悪くないのだ。
「違う……俺がいけないんだ。サークの気持ちを試すような事をしたから……。」
「……試す?」
「俺……俺はずっと……ずっとサークが好きだった……。覚えてる?1年の1学期……。図書委員なんて誰も他にやりたがらなくて……案の定、くじ引きになってサークに決まって……。きっとすぐ飽きて来なくなるかと思ってた。……でも……サークは毎回ちゃんと当番に来てくれて……。図書委員を根暗そうとか本の虫とか悪口も言わないし……。俺が本を読んでても気にしなくて、変に話しかけたりもしなくて……。なのにたまに顔を上げると、俺が顔を上げたのに気づいて笑ってくれて……。」
懐かしいあの頃の光景が鮮明に脳裏に浮かんだ。
あの、独特な紙の匂いの中にあった、心地いい静寂。
横で静かに本を読むその人を、邪魔しないようにたまにチラ見する。
たまにするパラリというページをめくる音が今でも耳に残っている。
「帰りは必ずバス停まで送ってくれて……。バスが来るまで他愛もない話をして笑って……。それが凄く幸せだった。サークの隣は居心地が良くて、凄く安心できて、温かくて……。ずっとこの人の隣にいたいと思ったんだ……。」
ウィルの言葉に胸が苦しくなる。
自分の鈍感さが情けない。
俺が無自覚にウィルを好きだと思い始めていた時、ウィルも俺を好きでいてくれたなんて知らなかった。
「……皆が俺の事、姫になって綺麗になったって言ったけど、それは違う……。俺は……俺の好きな人が「一番綺麗」って言ってくれたから姫になった……好きな人が「一番綺麗」って言ってくれたから綺麗になったんだよ……。」
ウィルが俺に顔を向けた。
ポロポロ泣きながら、俺を見て微笑む。
泣き顔までウィルは美しいんだと思った。
「……でも「姫」になったらサーク、俺と距離を置くから……。わかんなくなったんだ……サークが俺を好きでいてくれてるのか……。サークも俺を好きでいてくれてると思ったのは勘違いだったのかな?前はそうでも今はもう違うのかな?て……。」
「……ごめん。」
「でもたまに昔みたいにサークが俺を好きだって気持ちが見えて、でもサーク、そういうのに無自覚で……。だから、サークがそれに気づいてくれるのを待とうと思ったんだ。でも……気づいてくれるまで待とうと思ってたけど、もう高3の3学期になっちゃって……そんな焦りの中、サーク、姫になんてなっちゃうからあちこちから注目されだして……。俺……不安だった……。」
ウィルはそこまで言うと、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。
そして俯いてそれをギュッと握り締める。
「だから……思い出して欲しかったんだ……サークに……あの頃の事を……。二人で図書室で過ごした時間を……。だから……俺から頼んであの写真を撮ってもらったんだ……。」
あぁ……と思う。
俺とウィル。
すれ違っていた想い。
そのすれ違いがこんな形で現れるなんて……。
「……俺が焦って……サークの気持ちを試そうとしたのがいけなかったんだ……。そのせいでサークを傷付けただけでなく、こんな事に……。」
あの頃を思い出して欲しかったウィル。
あの頃を、誰にも見せずに大切にしまいこんだ俺。
どちらも相手が好きだからした事だ。
誰も悪くない。
ちょっとすれ違っただけなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。
俺は手を伸ばして、膝の上で痛いほど固く握られているウィルの手に触れた。
ハッとして少しだけ顔を上げたウィルに微笑む。
とはいえうまく笑えていたかわからないけど。
「ありがとう、ウィル。話してくれて。ウィルの話を聞いてわかったよ。俺達ちょっとすれ違ってただけで、ウィルが悪い訳じゃない。俺も勝手にウィルの気持ちを決めつけて、ちゃんとウィルと話そうとしなかった。……ウィルは悪くない。だからそんなに気に病まないでよ。ね?」
俺はウィルの手をギュッと強く握った。
それでウィルの痛みが消える訳じゃない。
ウィルはそのまま少しだけ泣いて顔を上げた。
「ありがとう、サーク。」
「うん。こちらこそ。」
「でも……最後に言わせて?」
「何?」
「俺、サークが好きだ。」
「……ウィル……。」
「返事は直ぐじゃなくていい。ただ、聞いて欲しかった。今言わないと、きっと後悔すると思ったから……。」
「うん。」
ウィルが涙を拭って、俺の手を握り返した。
少しスッキリしたような、腹を括って覚悟ができたような顔で笑った。
ウィルは強い。
そう思った。
俺はウィルの様には笑えなくて、ぎこちない顔で微笑み返す。
「……時間をくれる?ウィル?……俺、色々ありすぎて、今はまだあっちこっち混乱してるんだ。自分で自分の事、わかってるつもりでもわかってない事も多いんだ。そんな状態でウィルに返事をしたくない。」
微笑めずとも真剣にそう言った俺に、ウィルは静かに頷いてくれた。
赤い河津桜はすでに散ってしまった。
けれど若芽から、柔らかな葉が懸命に手を伸ばし始めている。
そして高校の敷地を囲むように植えられたソメイヨシノの蕾が、だんだんと膨らんできていた。
刻一刻と昼休みが近づく。
ヤバイ……口から内蔵出そう……。
チャイムが鳴る前から心臓がバクバクいっている。
変な汗が出て机に突っ伏していた。
自習監督の先生に何度か突かれ、体調が悪いのか聞かれたりもしたが、笑って誤魔化した。
そして昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
うわああぁぁぁぁぁっ!!
どうしよう?!
どうしたらいい?!
叫びたい気持ちを堪えて立ち上がる。
そして誰かに声をかけられる前に教室を飛び出した。
「……サーク、どうしたんだ??」
「さぁ?便所我慢してたんじゃね??」
教室ではクラスメイトたちがそんな事を言っていた。
とりあえず気持ちを落ち着けようと、下駄箱近くのトイレに駆け込む。
無駄に個室に入って座り込んだ。
これから、ウィルに会う。
ウィルが俺の分の弁当も持って来てくれる。
多分、おそらく、ウィルの手作りの。
あの桜の下、とウィルは言った。
俺達の関係がおかしくなってしまった河津桜。
きっとウィルはそこからやり直そうと思ったんだと思う。
あんなに緊張した顔は久しぶりに見た。
前に見たのは俺が「姫」に推薦した時だ。
俺が自分の気持ちに気づかずウィルを推薦してしまった日。
あの日に帰れたら、俺はウィルを「姫」に推薦するのをやめるだろうか?
ウィルを好きだときちんと気づけていたら、何か変わっただろうか?
「…………………………。」
俺は立ち上がり、個室を出て手を洗う。
鏡の中の自分の目をじっと見据える。
あの頃の俺と今の俺は違う。
何が違うのか?
どうして違うのか?
その答えを知っている気がした。
パンッと自分の頬を両手で叩く。
そして軽く水で顔を洗って、もう一度鏡を見た。
「……よしっ!」
深呼吸して気合を入れる。
そして約束の場所に向かった。
ウィルは少し俯き加減でそこに立っていた。
一人分の弁当にしては少し大きすぎる紙袋を手に佇んでいた。
「ウィル。」
声をかけるとハッとしてこちらを見た。
不安そうだった顔がほっとして綻ぶ。
とても綺麗だった。
「桜、散ちゃってるね。」
「でも、陽当りはいいから。」
そう言って笑った。
近くのベンチに並んで座る。
「ウィルの騎士はどうしたの?」
「……ここでそれ、聞くか?」
「ごめん。でも後で誘拐すんなって怒られそうだから。」
「そういうサークは?」
「あ~!!聞いてよウィル!今日、大変だったんだよ!ライルがさぁ……」
他愛もない会話をしていく。
ウィルがお弁当を広げて二人の間に置いた。
別々の弁当箱じゃなくて、お花見弁当みたいに大きなタッパーに二人分詰まってる。
俺は途中で買ってきたお茶をウィルに渡す。
二本のペットボトルがタッパーの両脇に並んだ。
はじめの分はウィルが取り分けてくれ、それを食べながら話をする。
「あははっ!!」
「酷くない?!うまい棒だよ?!」
「ふふっ。でも、なんかちょっと納得。」
「納得しないでよ!」
「ごめんごめん。」
「でもさ~。じゃあ何なんだって考えた時、もううまい棒のインパクトが凄すぎて他に何も出てこないんだよ~。むしろ俺もうまい棒で納得しかけてる……。」
「あはははは!駄目じゃんか!!納得したら!!」
「ていうかウィルは?ウィルは象徴は何なの??」
「俺?俺は本みたいだよ。」
「あ、それは異論なし。」
「サークのうまい棒にも異論なし。」
「異論してよ!!」
「あははははっ!!」
なんでもない昼休み。
お互いの話を笑いながら聞いている。
「ゆかりのおにぎりって久しぶりかも。」
手毬にされた小さなおにぎりを口に入れる。
食べやすいように考えてくれたウィルの心遣い。
それを食べている事がとても幸せだった。
「サークはどれが好き?」
「え~?!ゆかりと鮭とわかめとそぼろと青菜と梅だよね~??」
「さすがの全問正解。」
「う~ん。選べない。全部好き。」
「それじゃ参考にならない。」
「えええぇぇ?!だって好きなんだからしょうがないじゃん?!」
「サークは何でも好きじゃないか!!」
「そんな事ない。焼きおにぎりは硬いのが歯にくっつくからそんなに好きじゃない。」
「え?!そうなのか?!意外!!」
「あ!唐揚げピリ辛だ!!」
「うん。主人公がキムチの素で唐揚げ作ってる話があったから、真似して作ってみた。」
「へ~!旨~。」
「ふふっ。良かった。」
卵焼き、ちくわの穴にきゅうりやチーズが詰めてあるヤツ、アスパラベーコン。
キムチ唐揚げとブロッコリーとプチトマトは、食べやすいように楊枝が刺してある。
ウィルの作ってくれたお弁当は、何か特殊だったりセレブリティな物があったりする訳じゃなくてとても安心する。
でもその中に、ちょっとしたびっくりも詰まっててとても楽しい。
「そう言えば聞いた事なかったけど、サークは何が好きなんだ??」
「え?!たくさんありすぎて難しい……。」
「なら、今日、夕飯何食べたいって聞かれたらなんて答える?」
「今日??今日なら……お昼に美味しいもの食べたし……シンプルに……。」
「シンプルに?」
「…………いや、笑われるから言わない。」
「言わないならクッキーあげない。」
「え?!クッキーもあるの?!」
「でもあげない。」
「言う!言うから!……でも笑わないでよ?!」
「うん。」
「……梅きゅうりとはんぺんのチーズ焼き。フライじゃなくてチーズ挟んで焼いて醤油で食べるヤツ。」
「ぷっ。」
「笑わないって言ったじゃん!!」
「ごめん。かなり意外だったから……。でも美味しいよね、はんぺんのチーズ焼き。シンプルだけど俺も好きかも。」
「たまに無性に食べたくなるんだよ~。」
「なんかサークらしいな。」
「はんぺんのチーズ焼きが?!」
「うん。」
うまい棒といいはんぺんのチーズ焼きといい、俺のイメージって何なんだろう……。
ちょっと落ち込んだ。
そんな俺をウィルが幸せそうに眺めている。
ほんのり頬が色づいていて、とても優しい顔で俺を見ている。
あぁ……。
その顔を見て俺は確信した。
物凄く自然にそう思った。
ウィルは……俺が好きなんだ……。
そう思ったのに、俺の心は弾まない。
ずっと好きだったウィルの気持ちが見えたというのに。
むしろズキリと傷んだ。
急にウィルの前にいる事が苦しくなる。
俺は視線を反らして俯いた。
「……なんで、今日……お弁当、作ってくれたの?ウィル……?」
頭で考えるよりも先に言葉が出ていた。
ウィルの顔からも微笑みが消えた。
少しの間、沈黙が落ちる。
「……怖かったんだ。このまま……サークがどこかに行っちゃいそうで……。」
「え?」
「あの日……。ここでポスターを見た時からサークは俺を避けてて……。それで……。」
「………………。」
また、お互い口を噤んだ。
事件の事をウィルとちゃんと話した事はない。
ギスギスと胸の中が苦しい。
頭ではわかっていても、現実に自分の気持ちがついていけていない。
辛い。
ウィルに事件の事を話されるのが辛い。
だって俺はウィルには知らないでいて欲しかったんだから……。
それが現実的じゃない事もわかってる。
でも、どうしてもウィルには知らないでいて欲しかったんだ。
随分長くお互い黙っていたと思う。
「……あの時……あの場所にいたのは……俺のせいだよな?……サーク……。」
苦しそうに息を吸う音を聞いて俺はチラッとウィルを見た。
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なのに俺は、ウィルが泣いているのに動けなかった。
あぁ、と思った。
一番知られたくなかった事をウィルが知っていた。
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全部知られたくなかった。
でもウィルにそう言われた時、俺はどうして知られたくなかったのかの核心をやっと理解した。
直接的ではないにしろ、この件には少なからずウィルが関わっていた。
あの場所に俺がいたのは、ウィルのポスターを見る為だった。
俺だけの思い出だったはずの図書室のウィルが、全校生徒が見るポスターになってしまった。
身の程知らずにも俺はそれが嫌で認められなくて、でも自分に自信もないからウィルに嫌だとも言えなくて。
だから勝手に卑屈になってウィルから逃げ、なのに寂しくて会いたくて、誰もいない場所を探してポスターを見ていたんだ。
でも、誰にも言わなかった。
事件の事を聞かれても、あそこにいた理由として、ウィルのポスターを見に行った事は言わなかった。
みっともなくて卑屈な俺の、最後に残った意地だった。
もしもそれを言ってしまったら、ウィルを傷付ける。
自分のポスターを見に行って事件になってしまったなんて、ウィルに思って欲しくなかった。
好きな人にそんな思いをして欲しくなかった。
誰にも言わなかったのだ……。
なのに……。
俺は何も言えず、俯いたまま組んだ拳を額に当てた。
違うといえばいい。
嘘でも違うと。
ウィルは何も関係ないと……。
「あの場所にいってみたんだ……。何をしてたのか知りたくて……サークがいた場所に立ってみたんだ……。」
「…………。」
そこまで言われて、俺は言葉が出なかった。
リオが持ってきてくれた防犯カメラの映像を俺も見た。
あそこに立ってみたなら、何を言い訳しても嘘くさいだけだ。
「ごめん、サーク……。」
「……ウィルは悪くない……悪くないよ……。」
ウィルは手で顔を覆った。
音を出さずに肩を震わせる想い人に、俺は何もできない。
どうしようもなかった。
「泣かないで、ウィル……。ウィルは悪くない。俺が勝手に卑屈になってたんだ。格好悪くてゴメンな……。」
俺がウィルの気持ちも考えず、自分の考えに縛られて勝手に卑屈になって拗ねていただけ。
だからウィルは何も悪くないのだ。
「違う……俺がいけないんだ。サークの気持ちを試すような事をしたから……。」
「……試す?」
「俺……俺はずっと……ずっとサークが好きだった……。覚えてる?1年の1学期……。図書委員なんて誰も他にやりたがらなくて……案の定、くじ引きになってサークに決まって……。きっとすぐ飽きて来なくなるかと思ってた。……でも……サークは毎回ちゃんと当番に来てくれて……。図書委員を根暗そうとか本の虫とか悪口も言わないし……。俺が本を読んでても気にしなくて、変に話しかけたりもしなくて……。なのにたまに顔を上げると、俺が顔を上げたのに気づいて笑ってくれて……。」
懐かしいあの頃の光景が鮮明に脳裏に浮かんだ。
あの、独特な紙の匂いの中にあった、心地いい静寂。
横で静かに本を読むその人を、邪魔しないようにたまにチラ見する。
たまにするパラリというページをめくる音が今でも耳に残っている。
「帰りは必ずバス停まで送ってくれて……。バスが来るまで他愛もない話をして笑って……。それが凄く幸せだった。サークの隣は居心地が良くて、凄く安心できて、温かくて……。ずっとこの人の隣にいたいと思ったんだ……。」
ウィルの言葉に胸が苦しくなる。
自分の鈍感さが情けない。
俺が無自覚にウィルを好きだと思い始めていた時、ウィルも俺を好きでいてくれたなんて知らなかった。
「……皆が俺の事、姫になって綺麗になったって言ったけど、それは違う……。俺は……俺の好きな人が「一番綺麗」って言ってくれたから姫になった……好きな人が「一番綺麗」って言ってくれたから綺麗になったんだよ……。」
ウィルが俺に顔を向けた。
ポロポロ泣きながら、俺を見て微笑む。
泣き顔までウィルは美しいんだと思った。
「……でも「姫」になったらサーク、俺と距離を置くから……。わかんなくなったんだ……サークが俺を好きでいてくれてるのか……。サークも俺を好きでいてくれてると思ったのは勘違いだったのかな?前はそうでも今はもう違うのかな?て……。」
「……ごめん。」
「でもたまに昔みたいにサークが俺を好きだって気持ちが見えて、でもサーク、そういうのに無自覚で……。だから、サークがそれに気づいてくれるのを待とうと思ったんだ。でも……気づいてくれるまで待とうと思ってたけど、もう高3の3学期になっちゃって……そんな焦りの中、サーク、姫になんてなっちゃうからあちこちから注目されだして……。俺……不安だった……。」
ウィルはそこまで言うと、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。
そして俯いてそれをギュッと握り締める。
「だから……思い出して欲しかったんだ……サークに……あの頃の事を……。二人で図書室で過ごした時間を……。だから……俺から頼んであの写真を撮ってもらったんだ……。」
あぁ……と思う。
俺とウィル。
すれ違っていた想い。
そのすれ違いがこんな形で現れるなんて……。
「……俺が焦って……サークの気持ちを試そうとしたのがいけなかったんだ……。そのせいでサークを傷付けただけでなく、こんな事に……。」
あの頃を思い出して欲しかったウィル。
あの頃を、誰にも見せずに大切にしまいこんだ俺。
どちらも相手が好きだからした事だ。
誰も悪くない。
ちょっとすれ違っただけなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。
俺は手を伸ばして、膝の上で痛いほど固く握られているウィルの手に触れた。
ハッとして少しだけ顔を上げたウィルに微笑む。
とはいえうまく笑えていたかわからないけど。
「ありがとう、ウィル。話してくれて。ウィルの話を聞いてわかったよ。俺達ちょっとすれ違ってただけで、ウィルが悪い訳じゃない。俺も勝手にウィルの気持ちを決めつけて、ちゃんとウィルと話そうとしなかった。……ウィルは悪くない。だからそんなに気に病まないでよ。ね?」
俺はウィルの手をギュッと強く握った。
それでウィルの痛みが消える訳じゃない。
ウィルはそのまま少しだけ泣いて顔を上げた。
「ありがとう、サーク。」
「うん。こちらこそ。」
「でも……最後に言わせて?」
「何?」
「俺、サークが好きだ。」
「……ウィル……。」
「返事は直ぐじゃなくていい。ただ、聞いて欲しかった。今言わないと、きっと後悔すると思ったから……。」
「うん。」
ウィルが涙を拭って、俺の手を握り返した。
少しスッキリしたような、腹を括って覚悟ができたような顔で笑った。
ウィルは強い。
そう思った。
俺はウィルの様には笑えなくて、ぎこちない顔で微笑み返す。
「……時間をくれる?ウィル?……俺、色々ありすぎて、今はまだあっちこっち混乱してるんだ。自分で自分の事、わかってるつもりでもわかってない事も多いんだ。そんな状態でウィルに返事をしたくない。」
微笑めずとも真剣にそう言った俺に、ウィルは静かに頷いてくれた。
赤い河津桜はすでに散ってしまった。
けれど若芽から、柔らかな葉が懸命に手を伸ばし始めている。
そして高校の敷地を囲むように植えられたソメイヨシノの蕾が、だんだんと膨らんできていた。
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みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
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【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
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