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本編
有為転変
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エドはあれから病欠扱いになっている。
確かに怪我も結構酷かった。
瞼とか腫れ上がってたし、自分で立ち上がれなかった。
救急車に乗せられて行ってしまったっきり。
先生に聞いてもはっきりした事は教えてくれない。
受験の為、ガスパーも学校に来ないから聞きようがない。
ただ弁護士さんが言うには、骨折などもあって一度入院したのは本当らしい。
でもどこの病院か、もう退院したのか、そういった事は教えてくれない。
心のどこかで、どういう形になるかはわからないが、エドはこのまま学校に来ずに卒業するのだなと思った。
俺の事件の事は襲撃事件があった事から若干有耶無耶になった。
それは学校側だけで、エドの家であるクーパー家との話し合いは順調に示談で纏まった。
謝罪の気持ちとして慰謝料ももらう事になったが、それらは全て、通院費と弁護士費用など、今回周りの皆に手助けしてもらうのにかかった費用として精算した。
送り迎えなどの雑務をしてくれた人にガソリン代とかの名目をつけてお礼を包んで、それでも残った分は、エドの襲撃事件に関わった人たちの弁護士費用に当ててもらった。
報復やプライバシーの侵害、取り調べによる精神的二次被害を恐れていたかつての被害者は、集団訴訟という形でエド側と話し合う事になったそうだ。
俺の件で示談、つまり罪を認めた事で以前の被害者も動きやすくなったし、何しろついているのが俺の件を担当したラティーマー家と繋がりのある弁護士事務所なのだ。
あの時、被害者のお兄さんが言った通り、時間は戻らない。
でもこの事で、少しでも被害者とご家族に穏やかな時間が戻ればいいと思う。
俺もまたナイフで襲われそうになった時、ドイル先生に助けてもらうという映画の様な神展開が起きた事で脳がバグり、事件を思い出すと反動でニヤけると言う不気味なサイクルが発生してしまい、なんというか大丈夫だろうと思う状態になった。
「問題は……むしろエドなんだよなぁ……。」
あれ以来、当たり前だが会っていない。
面会した弁護士さんが言うには、憑き物がとれたように真摯に全ての事件を認め「一生かけて償っていく」と反省しているそうだ。
エドに何があったのかは知らない。
でも親にも見放され、誰の助けももう得られないであろう中、どうなっていくのか気がかりだ。
「何、浮かない顔してるんです?!先輩!!」
「お、リグ。」
「姫なんだから!笑顔!笑顔ですよ!!」
俺を見つけて嬉々として寄ってきたリグ。
大型犬子犬みたいで、しっぽがブンブン振られている気がする。
そして大型犬子犬ならではの、自分の大きさがわかってないお子様無邪気アタックをしてくる。
ドーンとばかりに飛びつかれ、俺は軽く吹っ飛んでクラスメイトを巻き込んで倒れそうになった。
流石にクラスメイトに怒られ、シュンとする様も犬っぽくて笑ってしまう。
久しぶりの立番。
事件があったからと変にガードするのはかえって野次馬根性を刺激するから、何事もなかったように堂々と立った方がいいと言う事であまり目立たない所に、いつもと変わらずに立ってみた。
噂の騎士見習いのついていない俺をチラチラ見て噂してくる奴らもいたが、エドもギルも受験組なのでいない事にそこまで疑問を持たれなかった。
「……没落セレブが心配なんですか?」
「だから没落セレブ言うなって。」
俺と並んでコソッと耳打ちしてくる。
リグが並んだ事で、あからさまに俺を見てヒソヒソする奴はいなくなった。
なんだかんだ言っても、3年のレジェンド姫たちを除けば、リグは上位の「姫」になるので影響力があるのだ。
「まぁでも、心配いりませんよ。多分。」
「……何?」
「それより約束、色々忘れてません?!」
「約束?!」
「そ、回転寿司デートとか。」
「あ~。あれ、まだ生きてたんだ……。」
「当たり前!と、言う訳で今日の放課後、暇ですか??」
「まぁ、暇っつや暇。」
「なら決まり!短縮授業が終わったら校門で待ち合わせで良いですよね?!」
「一方的だなぁ~。」
「ふ~ん。そんな事言っちゃうんだ~?」
「何だよ?気持ち悪いな?!」
「……ふふっ。俺とデートして損はないって事ですよ。」
「でも奢るんだろ?俺が??」
「それ以上に素敵な時間を過ごせますよ♪2年きっての「懐き姫」と巡るめく時間なんですから!!」
「お前……「懐き姫」って言われてんだ……。確かに人懐っこいけど。」
「もう少し可愛い名前が良かったんですけど、ワンコ系よりは良いかなと。」
「なるほど。」
「……それに、先輩。今知りたい事あるんじゃないですか??」
「?!」
そう言ってリグはニヤッと笑った。
そうか……リグは勝手な事を言っているようで、俺を心配して声をかけてくれたのだとそこに来てやっとわかった。
「……回りくどい奴。」
「本気の相手には素直になれないんです。俺。」
「本気で思い出したけど、お前、その……。」
「ストップ。それ、トップシークレットだからこんなところで言わないでよ、先輩。」
「あ、うん。」
ピシャリとそこは止められた。
まぁ学校で話していい事ではないのだろうが……。
「それより先輩?」
「何だよ?」
「俺がこんなに先輩に懐いてるのに、バカ猫が来ないんだけど??」
リグが俺に絡みながら不思議そうに言った。
今まではリグが俺に絡みついてくると、必ずシルクがすっ飛んできて言い合いになったのだが、それが起こらない事が不思議らしい。
「……っていうか!うっかり聞き流したけど!お前、シルクの事、バカ猫とか言うなよ!!死ぬぞ?!」
「別に聞いてないから大丈夫ですよ。っていうかいつも面と向かって言ってたし。」
「まぁ……そうなんだけど……。」
リグと二人、校門付近で立番をする、ちょっと元気のなさそうなシルクを眺める。
受験組のシルクだが、学内受験な上スポーツ特待生枠選抜なので、他の受験組とはちょっと訳が違って普通に午前中は登校している。
シルクはあれ以来、あまり俺に絡んでこない。
話しかければ普通に話すのだが、以前のようにシルクの方から不必要に何度も押し掛けて来る事はなくなっていた。
「……バカ猫……。本当に先輩が好きだったんですね……。俺、そこまで本気だと思ってなかった。」
リグは少し真面目な顔でそう言った。
シルクが俺の件を話し合う会議に乱入した話は聞いた。
でも、そこで何を言ったのかは知らない。
ただそれが俺を守ろうとしての事だったことはわかっている。
そしてリグは、その時シルクが何を言ったのかを知っているのだろう。
「俺、バカ猫の事、嫌いだけど、大嫌いじゃないよ。」
「何だそれ?複雑だな?!」
リグの言い方がおかしくて俺は少し笑った。
受験組の受験が終われば、学校は期末試験を差し置いてバレンタイン合戦一色になる。
シルクは俺の一件から何か真剣に悩み考えている。
リグには実は、卒業後に付き合う約束をしている本命がいる。
二人だけじゃない。
バレンタインを前に、俺や周囲の関係はいつの間にか大きく変わってきていた。
ウィルは、俺をどう思っているのだろう?
学期末テスト前の短縮授業になっている上、3年は受験組の授業が特別編成な事にも引っ張られ、自習やこれまでのまとめプリント学習だったり、課題学習だったりするので、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。
物凄く重要な事なのだが、俺はそれまで自分がどうだこうだと言うことばかりで「ウィルがどう思っているのか」を考えた事がなかった。
当たり前に「ウィルは手の届かない雲の上の人だから自分の事はなんとも思っていない」と思いこんでいた。
いや、そりゃ友達として一緒にいるのだ。
友達だとは思ってくれているのはわかっている。
でも、シルクやガスパーと比べて何か差がある感情なのかなんて考えた事もなかったのだ。
でも……。
「会いたい」。
たった一言だったウィルのメッセージ。
それを見た時、俺は愛の告白を受けたような衝撃を受けた。
その一言以外を、何度も書いては消して。
最終的に「会いたい」その一言を俺に送った。
そこまで悩んだなら送らないという選択もあった。
それでもウィルはたった一言「会いたい」と送ってくれた。
研磨して研磨して、限界まで削られた言葉。
「会いたい」
ウィルがそう送った意味を、俺はその時、初めて考えた。
削りに削ってその言葉だけを送ったウィルの気持ちを。
俺はずっと身勝手だった。
ウィルは美人だから、学校を代表するようなレジェンド姫の一人だから、だから当然、平凡な俺の事なんか周りの皆と同じようにしか思っていないと決めつけてた。
そしてその決めつけを、ウィルにも強要していたんだ。
ウィルはずっと何も言わなかった。
何も言わず、ずっと変わらずに友達として一緒にいてくれた。
「会いたい」
この一言に、ウィルは思いの全てを込めたんだ。
「大丈夫?」でも「無理しないで」でもなく、ウィルは「会いたい」って送ってきたんだ。
事件があった次の日。
弁護士さんの準備があるからと学校を休んだ日。
まだ俺も無自覚で、でもダメージは深くて寝てばかりいた時に。
皆が大丈夫かみたいな心配の言葉をくれた中、ウィルだけが一言、「会いたい」って送ってきたんだ。
メッセージが来たから、ウィルが事件を知っているのだと知った。
その事に凄くショックを受けた。
知られたくなかった。
ウィルにだけは知られたくなかった。
ウィルにだけ秘密にするなんてできる訳ないのに、ウィルに知られているんだと思ったら、俺は凄くショックを受けた。
他の皆に知られててもそこまで何か思ったりしなかったのに、ウィルに自分がこんな目にあったという事を知られてしまった事が、本当にショックだった。
だから多分、ウィルのメッセージが「大丈夫?」だったなら、俺は立ち直れなかっただろう。
一番知られたくなかった人に、一番知られたくなかった事を知られてしまったのだから。
きっともう、学校に行く事はできなかったんじゃないかと思う。
部屋に閉じこもって、誰にも会わなかったかもしれない。
でも、ウィルのメッセージは「会いたい」だった。
状況には不適切かもしれない。
でも、その一言に込められたたくさんの言葉が俺に語りかけた。
会いたい。
ショックで寝込んでいるかもしれない。
今は辛く誰にも会いたくないかもしれない。
だから皆「大丈夫?」とか「無理しないで」とかそういう言葉をかけてくれたのだ。
ウィルだってそれはわかっていた。
気遣い屋のウィルがそういうのを無視して「会いたい」なんて書いてきたんじゃない事ぐらいすぐにわかった。
それでもそう書いてきたのは、たくさんの思いを突き詰めた時に残ったウィルの心の叫びだったんだと思う。
俺達は、あの花見の日からきちんと顔を合わせて話していない。
そして事件があって……と言う流れになる。
「会いたい」
花見の日から俺が避けてきた。
事件があって、会うに会えなくなった。
ウィルはどんな思いで「会いたい」と俺に送ったのだろう。
今、言うべき言葉じゃない。
それでもウィルはその言葉を選んだんだ。
切なくて、悲しくて、苦しくて。
それでも燃えるような情熱の隠された言葉に見えた。
だから俺は突然、ウィルに告白された様な気分になったのだ。
それまできちんと考えた事のなかったウィルの気持ち。
俺はそこで初めて「ウィルの気持ち」と向き合う事になったのだ。
ある意味、あれも俺の脳にバグを起こさせた。
そのまま自己嫌悪と卑屈さに落ちかねなかったのに、ウィルの想いがそこにあるのだと気づいて、落ち込む余裕がなくなってしまった。
毒をもって毒を制すじゃないけど、元々、ウィルの事で凹んでいた俺をエドが襲った事で軽いPTSDになっていたんだと思う。
そこに最初の悩みのウィルからそんなメッセージをもらった事で、失恋したと思って落ち込んでいたけれど、俺が勝手にウィルの気持ちを決めつけていただけに過ぎない事に気づいてしまった。
ウィルのくれた一言は、もしかしたらお互いに思い合っているのかもしれないとまで思えたのだ。
流石にそれは事件でパニクっていた俺の都合のいい妄想だと思うけれど、2つあった悩みの一つ、しかも最初に抱えていた問題の方がぱあっと明るくなってしまったのだ。
そうなるともう一つの方、PTSD気味だった問題もそれに引っ張られ、本来ならどんどん自分の闇の中に落ちていくはずが現状維持に留まったのだ。
ただ、そう思えるようになったのは、同じような体験をして狂信するドイル先生に助けてもらうというドラマティック展開にトラウマが塗り替えられた事により、PTSDっぽさが改善されてからだ。
それまではウィルの気持ちを見つめ直す余裕もなかったし、そこに希望が見えた事にも意識的には気づいていなかった。
でも、だいぶ色々落ち着いてきて、俺はぐちゃぐちゃだった自分の気持ちの流れを整理する事ができた。
ウィルとは、事件の後、皆と一緒にはあったが、二人きりで会ってない。
その事をウィルはやはり何も言わなかった。
目が合うと困ったように儚く笑っていた。
ズキン、と胸が傷んだ。
会いたいと言ってくれたウィル。
それに対して俺の答えは「会いたい」だった。
でも、俺にはどうしても、事件の事をウィルに知られたくなかったと言う気持ちがある。
そして事件の事でPTSD気味になっている自分を見られたくなかった。
会いたい……。
でも、会いたくない……。
他の誰でもなくウィルだからこそ、俺は会いたくて、そしてどうしても会いたくなかったのだ。
「……俺、やはり、ウィルの事……好きだったんだ……。」
声に出してみて、ストンと胸に落ち着いた。
好きだった。
ウィルが好きだったんだ。
周りに無自覚無自覚言われていたが、本当に俺は無自覚だ。
自分の「好き」と言う気持ちにすら気づかなかった。
自分に自信がなくて、気づかないふりをしていた部分もある。
わざと自分の想いを殺していた部分はある。
ウィルには平凡な俺は釣り合わないから、自分なんかがレジェンド姫の一人と言われるウィルに想いを寄せるなんておこがましいから、ウィルはキラキラして眩しいから……。
俺なんかが一緒にいたら駄目だって思ってた。
でも、どんなに奥に閉じ込めていたって、俺の「好き」はちゃんとそこにあったのだ。
でも、気づかなかった。
そんなにもウィルを好きな事に無自覚だった。
「……………………。」
俺は考えていた。
ウィルは俺をどう思っているのだろうと。
そしてもう一つ。
俺は今、ウィルをどう思っているのだろうと……。
確かに怪我も結構酷かった。
瞼とか腫れ上がってたし、自分で立ち上がれなかった。
救急車に乗せられて行ってしまったっきり。
先生に聞いてもはっきりした事は教えてくれない。
受験の為、ガスパーも学校に来ないから聞きようがない。
ただ弁護士さんが言うには、骨折などもあって一度入院したのは本当らしい。
でもどこの病院か、もう退院したのか、そういった事は教えてくれない。
心のどこかで、どういう形になるかはわからないが、エドはこのまま学校に来ずに卒業するのだなと思った。
俺の事件の事は襲撃事件があった事から若干有耶無耶になった。
それは学校側だけで、エドの家であるクーパー家との話し合いは順調に示談で纏まった。
謝罪の気持ちとして慰謝料ももらう事になったが、それらは全て、通院費と弁護士費用など、今回周りの皆に手助けしてもらうのにかかった費用として精算した。
送り迎えなどの雑務をしてくれた人にガソリン代とかの名目をつけてお礼を包んで、それでも残った分は、エドの襲撃事件に関わった人たちの弁護士費用に当ててもらった。
報復やプライバシーの侵害、取り調べによる精神的二次被害を恐れていたかつての被害者は、集団訴訟という形でエド側と話し合う事になったそうだ。
俺の件で示談、つまり罪を認めた事で以前の被害者も動きやすくなったし、何しろついているのが俺の件を担当したラティーマー家と繋がりのある弁護士事務所なのだ。
あの時、被害者のお兄さんが言った通り、時間は戻らない。
でもこの事で、少しでも被害者とご家族に穏やかな時間が戻ればいいと思う。
俺もまたナイフで襲われそうになった時、ドイル先生に助けてもらうという映画の様な神展開が起きた事で脳がバグり、事件を思い出すと反動でニヤけると言う不気味なサイクルが発生してしまい、なんというか大丈夫だろうと思う状態になった。
「問題は……むしろエドなんだよなぁ……。」
あれ以来、当たり前だが会っていない。
面会した弁護士さんが言うには、憑き物がとれたように真摯に全ての事件を認め「一生かけて償っていく」と反省しているそうだ。
エドに何があったのかは知らない。
でも親にも見放され、誰の助けももう得られないであろう中、どうなっていくのか気がかりだ。
「何、浮かない顔してるんです?!先輩!!」
「お、リグ。」
「姫なんだから!笑顔!笑顔ですよ!!」
俺を見つけて嬉々として寄ってきたリグ。
大型犬子犬みたいで、しっぽがブンブン振られている気がする。
そして大型犬子犬ならではの、自分の大きさがわかってないお子様無邪気アタックをしてくる。
ドーンとばかりに飛びつかれ、俺は軽く吹っ飛んでクラスメイトを巻き込んで倒れそうになった。
流石にクラスメイトに怒られ、シュンとする様も犬っぽくて笑ってしまう。
久しぶりの立番。
事件があったからと変にガードするのはかえって野次馬根性を刺激するから、何事もなかったように堂々と立った方がいいと言う事であまり目立たない所に、いつもと変わらずに立ってみた。
噂の騎士見習いのついていない俺をチラチラ見て噂してくる奴らもいたが、エドもギルも受験組なのでいない事にそこまで疑問を持たれなかった。
「……没落セレブが心配なんですか?」
「だから没落セレブ言うなって。」
俺と並んでコソッと耳打ちしてくる。
リグが並んだ事で、あからさまに俺を見てヒソヒソする奴はいなくなった。
なんだかんだ言っても、3年のレジェンド姫たちを除けば、リグは上位の「姫」になるので影響力があるのだ。
「まぁでも、心配いりませんよ。多分。」
「……何?」
「それより約束、色々忘れてません?!」
「約束?!」
「そ、回転寿司デートとか。」
「あ~。あれ、まだ生きてたんだ……。」
「当たり前!と、言う訳で今日の放課後、暇ですか??」
「まぁ、暇っつや暇。」
「なら決まり!短縮授業が終わったら校門で待ち合わせで良いですよね?!」
「一方的だなぁ~。」
「ふ~ん。そんな事言っちゃうんだ~?」
「何だよ?気持ち悪いな?!」
「……ふふっ。俺とデートして損はないって事ですよ。」
「でも奢るんだろ?俺が??」
「それ以上に素敵な時間を過ごせますよ♪2年きっての「懐き姫」と巡るめく時間なんですから!!」
「お前……「懐き姫」って言われてんだ……。確かに人懐っこいけど。」
「もう少し可愛い名前が良かったんですけど、ワンコ系よりは良いかなと。」
「なるほど。」
「……それに、先輩。今知りたい事あるんじゃないですか??」
「?!」
そう言ってリグはニヤッと笑った。
そうか……リグは勝手な事を言っているようで、俺を心配して声をかけてくれたのだとそこに来てやっとわかった。
「……回りくどい奴。」
「本気の相手には素直になれないんです。俺。」
「本気で思い出したけど、お前、その……。」
「ストップ。それ、トップシークレットだからこんなところで言わないでよ、先輩。」
「あ、うん。」
ピシャリとそこは止められた。
まぁ学校で話していい事ではないのだろうが……。
「それより先輩?」
「何だよ?」
「俺がこんなに先輩に懐いてるのに、バカ猫が来ないんだけど??」
リグが俺に絡みながら不思議そうに言った。
今まではリグが俺に絡みついてくると、必ずシルクがすっ飛んできて言い合いになったのだが、それが起こらない事が不思議らしい。
「……っていうか!うっかり聞き流したけど!お前、シルクの事、バカ猫とか言うなよ!!死ぬぞ?!」
「別に聞いてないから大丈夫ですよ。っていうかいつも面と向かって言ってたし。」
「まぁ……そうなんだけど……。」
リグと二人、校門付近で立番をする、ちょっと元気のなさそうなシルクを眺める。
受験組のシルクだが、学内受験な上スポーツ特待生枠選抜なので、他の受験組とはちょっと訳が違って普通に午前中は登校している。
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そしてリグは、その時シルクが何を言ったのかを知っているのだろう。
「俺、バカ猫の事、嫌いだけど、大嫌いじゃないよ。」
「何だそれ?複雑だな?!」
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いや、そりゃ友達として一緒にいるのだ。
友達だとは思ってくれているのはわかっている。
でも、シルクやガスパーと比べて何か差がある感情なのかなんて考えた事もなかったのだ。
でも……。
「会いたい」。
たった一言だったウィルのメッセージ。
それを見た時、俺は愛の告白を受けたような衝撃を受けた。
その一言以外を、何度も書いては消して。
最終的に「会いたい」その一言を俺に送った。
そこまで悩んだなら送らないという選択もあった。
それでもウィルはたった一言「会いたい」と送ってくれた。
研磨して研磨して、限界まで削られた言葉。
「会いたい」
ウィルがそう送った意味を、俺はその時、初めて考えた。
削りに削ってその言葉だけを送ったウィルの気持ちを。
俺はずっと身勝手だった。
ウィルは美人だから、学校を代表するようなレジェンド姫の一人だから、だから当然、平凡な俺の事なんか周りの皆と同じようにしか思っていないと決めつけてた。
そしてその決めつけを、ウィルにも強要していたんだ。
ウィルはずっと何も言わなかった。
何も言わず、ずっと変わらずに友達として一緒にいてくれた。
「会いたい」
この一言に、ウィルは思いの全てを込めたんだ。
「大丈夫?」でも「無理しないで」でもなく、ウィルは「会いたい」って送ってきたんだ。
事件があった次の日。
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その事に凄くショックを受けた。
知られたくなかった。
ウィルにだけは知られたくなかった。
ウィルにだけ秘密にするなんてできる訳ないのに、ウィルに知られているんだと思ったら、俺は凄くショックを受けた。
他の皆に知られててもそこまで何か思ったりしなかったのに、ウィルに自分がこんな目にあったという事を知られてしまった事が、本当にショックだった。
だから多分、ウィルのメッセージが「大丈夫?」だったなら、俺は立ち直れなかっただろう。
一番知られたくなかった人に、一番知られたくなかった事を知られてしまったのだから。
きっともう、学校に行く事はできなかったんじゃないかと思う。
部屋に閉じこもって、誰にも会わなかったかもしれない。
でも、ウィルのメッセージは「会いたい」だった。
状況には不適切かもしれない。
でも、その一言に込められたたくさんの言葉が俺に語りかけた。
会いたい。
ショックで寝込んでいるかもしれない。
今は辛く誰にも会いたくないかもしれない。
だから皆「大丈夫?」とか「無理しないで」とかそういう言葉をかけてくれたのだ。
ウィルだってそれはわかっていた。
気遣い屋のウィルがそういうのを無視して「会いたい」なんて書いてきたんじゃない事ぐらいすぐにわかった。
それでもそう書いてきたのは、たくさんの思いを突き詰めた時に残ったウィルの心の叫びだったんだと思う。
俺達は、あの花見の日からきちんと顔を合わせて話していない。
そして事件があって……と言う流れになる。
「会いたい」
花見の日から俺が避けてきた。
事件があって、会うに会えなくなった。
ウィルはどんな思いで「会いたい」と俺に送ったのだろう。
今、言うべき言葉じゃない。
それでもウィルはその言葉を選んだんだ。
切なくて、悲しくて、苦しくて。
それでも燃えるような情熱の隠された言葉に見えた。
だから俺は突然、ウィルに告白された様な気分になったのだ。
それまできちんと考えた事のなかったウィルの気持ち。
俺はそこで初めて「ウィルの気持ち」と向き合う事になったのだ。
ある意味、あれも俺の脳にバグを起こさせた。
そのまま自己嫌悪と卑屈さに落ちかねなかったのに、ウィルの想いがそこにあるのだと気づいて、落ち込む余裕がなくなってしまった。
毒をもって毒を制すじゃないけど、元々、ウィルの事で凹んでいた俺をエドが襲った事で軽いPTSDになっていたんだと思う。
そこに最初の悩みのウィルからそんなメッセージをもらった事で、失恋したと思って落ち込んでいたけれど、俺が勝手にウィルの気持ちを決めつけていただけに過ぎない事に気づいてしまった。
ウィルのくれた一言は、もしかしたらお互いに思い合っているのかもしれないとまで思えたのだ。
流石にそれは事件でパニクっていた俺の都合のいい妄想だと思うけれど、2つあった悩みの一つ、しかも最初に抱えていた問題の方がぱあっと明るくなってしまったのだ。
そうなるともう一つの方、PTSD気味だった問題もそれに引っ張られ、本来ならどんどん自分の闇の中に落ちていくはずが現状維持に留まったのだ。
ただ、そう思えるようになったのは、同じような体験をして狂信するドイル先生に助けてもらうというドラマティック展開にトラウマが塗り替えられた事により、PTSDっぽさが改善されてからだ。
それまではウィルの気持ちを見つめ直す余裕もなかったし、そこに希望が見えた事にも意識的には気づいていなかった。
でも、だいぶ色々落ち着いてきて、俺はぐちゃぐちゃだった自分の気持ちの流れを整理する事ができた。
ウィルとは、事件の後、皆と一緒にはあったが、二人きりで会ってない。
その事をウィルはやはり何も言わなかった。
目が合うと困ったように儚く笑っていた。
ズキン、と胸が傷んだ。
会いたいと言ってくれたウィル。
それに対して俺の答えは「会いたい」だった。
でも、俺にはどうしても、事件の事をウィルに知られたくなかったと言う気持ちがある。
そして事件の事でPTSD気味になっている自分を見られたくなかった。
会いたい……。
でも、会いたくない……。
他の誰でもなくウィルだからこそ、俺は会いたくて、そしてどうしても会いたくなかったのだ。
「……俺、やはり、ウィルの事……好きだったんだ……。」
声に出してみて、ストンと胸に落ち着いた。
好きだった。
ウィルが好きだったんだ。
周りに無自覚無自覚言われていたが、本当に俺は無自覚だ。
自分の「好き」と言う気持ちにすら気づかなかった。
自分に自信がなくて、気づかないふりをしていた部分もある。
わざと自分の想いを殺していた部分はある。
ウィルには平凡な俺は釣り合わないから、自分なんかがレジェンド姫の一人と言われるウィルに想いを寄せるなんておこがましいから、ウィルはキラキラして眩しいから……。
俺なんかが一緒にいたら駄目だって思ってた。
でも、どんなに奥に閉じ込めていたって、俺の「好き」はちゃんとそこにあったのだ。
でも、気づかなかった。
そんなにもウィルを好きな事に無自覚だった。
「……………………。」
俺は考えていた。
ウィルは俺をどう思っているのだろうと。
そしてもう一つ。
俺は今、ウィルをどう思っているのだろうと……。
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