姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

桃源郷に行ってらっしゃい

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「……なるほど。そうなんですね。」

「はい!」

カウンセラーさんとの面談。
話し終えた俺はハキハキと答えた。
若干、躁状態の俺にカウンセラーさんは苦笑いする。

エドが過去の被害者関係者から襲撃された事件。
俺の件とは直接関連ない事や警察も介入したので、俺達は警察と学校側に事情聴取を受けただけで、むしろあまり首を突っ込まないようにと釘を刺された。

ただきっかけになってしまった事は否めない。
俺もそうだがガスパーもそうだったようで、今回の襲撃も含め、彼らの事件についても弁護して欲しいと周囲に働きかけてくれたようだった。

そして俺はというと、あの日以来、異様な眠気で寝続ける事も、不安から眠れなる事もなくなった。
完全に不安が消えたかと言われるとわからない。
まだ、金属の反射光等にビクッとする事がある。
だが、何というのだろう。
それでも俺は「大丈夫」と思えたのだ。
理由はよくわからない。
でも何となく大丈夫なのだとストンと自分の中で落ち着いていた。
確信があったのだ。
なぜかと言えば……。

「……白馬の王子様より……流浪の老武士、か……。渋い趣味してるね……。」

「何ですそれ?!流浪の老武士って!ドイル先生の例えですか?!スゲー合ってる!!めちゃくちゃカッコイイ~!!」

「……私としては少しは王子様の方にも反応してあげて欲しいんだけどね……。」

カウンセラーさんが苦笑いする。

俺はあの日以来、魘される事はない。
いや、ちょっとは魘されるのだが、目覚める時は幸福だ。
なぜかと言えば何かに襲われる感覚があると、ドイル先生が助けてくれるあの映画のワンシーンの様な素晴らしい光景が浮かぶのだ。
俺はそれを映画館の客席から眺め、大フィーバーする。

つまり怖い夢が、めちゃくちゃ幸せな夢に変換される。
その為、俺は多分大丈夫だと思うのだ。
ただ俺の性格上、「大丈夫」となってからの方が無意識に無理をする事が考えられるので、ある程度は様子は見た方がいいとカウンセラーさんは考えている。
俺も今回の事で、自分というのは自分で思っているほど理解できているものではないんだなとわかったので、その辺はカウンセラーさんの見立てに従おうと思っている。

薬をもらって病院を出る。
はじめと同じ、念の為の頓服薬と漢方薬だけになった。
寝れなかったりなど何か症状が出たら相談する形になっている。

「サーク様。」

「あ、いつもありがとうございます。」

ギルの執事さんとも随分仲良くなった。
皆、何かと世話を焼きたがってくれるのだが、リオのリムジンはお付きの人を含めた格式が高すぎて気後れするし、ガスパーには弁護の方で世話になっているしと言う事で、送り迎え等はギルの好意に甘える事になったのだ。

「だいぶ顔色が良くなられましたね。」

「ありがとうございます。爺やさんがいつも美味しいものをくれるからだと思います。」

「ふふっ。微細ながらサーク様の元気に貢献でき、爺も嬉しゅうございます。」

執事さんの穏やかな声は心地良かった。
町中は土曜という事もあり、普段とは違う朝の雑踏。
遊びに行く明るい笑顔の中に混ざる、普通に出勤する人の複雑さが甘さの奥にある苦味みたいだ。

「……ギルはどうしてます?」

ふと、そんな事を聞いた。
バレンタイン合戦の前に内部・外部双方の受験組は人生の山場となり、学校は若干ピリピリしている。
俺の事に手を取られていた受験組のギル、シルク、ガスパーは、事件が大方の決着を見て落ち着いた事から、遅れた分を取り戻すように試験に集中していた。
受験組のクラスは授業も特別編成になり、半ば自由登校。
一応登校しても午前中で自由下校となる。
学校で試験勉強をする生徒の為に大まかな教科ごとに空き教室が用意され、そこで勉強するか、帰って自主学習や家庭教師等と共に最後の追い込みをしている。
だから、俺はここのところ、受験組とはまともに顔を合わせていない。
特にガスパーとギルは受ける学科が学科なので、完全自宅学習を学校に届け出ているので学校に来ないのだ。

「どうもこうも……。今朝もサーク様の通院に付き合いたいと駄々をこねられて大変でした。」

「……は??」

俺は試験勉強や心身の健康状態を聞いたつもりだったのだが、執事さんからは予想外な返答が返っていた。
思わず呆けた俺を、執事さんがくすくす笑う。

「勉強の事でしたらご心配には及びません。みっちりぎっちり、スケジュール通りに過ごされてますから。」

「は、ははは……。」

それを聞いて、何かスパルタな日々を過ごしているのだなと思う。
さすがはセレブ、さすがはその道の一族。
恐ろしすぎる……。

「とはいえ、たまには息抜きも必要かと。」

「そうですね。」

「なので、もしよろしければサーク様。この後、ご都合がよろしければ、本日坊っちゃまのランチにお付き合い頂けませんか?」

「え?!」

「うちのシェフと娘が、腕によりをかけておもてなしさせて頂きますよ。」

「行きます。食べます!!」

「ありがとうございます。坊っちゃまも大変喜びます。」

そう執事さんは言うと運転手さんに指示を出した後、電話をかけた。
車はウインカーを出すといつもとは違う道に向かい、そして……。

「……え?!」

突然、有料道路に乗った。
俺はびっくりしてしまい、少しわたわたする。

「あ、すみません。坊っちゃまは今、別荘の方にいらっしゃいまして。」

「別荘?!」

「別荘と言っても、近場ですのでご安心下さい。」

「はぁ……。」

「あ、ですが温泉を引き込んでおりますので、もしお時間が許されましたら、せっかくですので浸かっていって下さいね。」

「……温泉……。」

俺は少し目眩がした。
だいぶ慣れてきたと思っていたが、やはりセレブはセレブだ。
全てにおいて俺の予想を軽く超えていく。

「温泉はお嫌いですか?」

「いえ、好きです。ありがとうございます……。」

こうして俺は、ちょっとランチに付き合おうとしてプチ旅行をする事になったのだ。







「マジで意味わからん……。セレブ、恐るべし……。」

改めてセレブの恐ろしさを痛感し、俺はブルっと身震いした。
つれて来られたのは近くの郊外。
その辺に温泉銭湯や幾つかの旅館があるのは知っていたが、温泉地として大々的に有名な訳でもないので連れて来られてもここに温泉付き別荘があるなんて思わなかった。
駅から離れて少し山間に入ったそこは、道沿いに都市部に出荷するであろう葉物野菜の畑が広がっていてのどかだった。

「まぁ……コンビニもなさそうだし、缶詰めにするならこういう場所はもって来いだよな……。」

昔、文豪が温泉旅館などに缶詰めにされたという逸話を思い出す。
ギルの別荘は旅館の近くにあり、以前はコテージとして使われていたものを個人用に改築販売したような建物だった。
少し小高い林の中にあり、俺はそのウッドデッキの手すりに肘をつき、自分の中のリアルとセレブの日常のすり合わせ作業をした。

「サーク!!」

切羽詰まったような声に振り向く。
抱きつかんばかりの勢いに俺は無意識にガードをとって後ずさりした。
それにハッとしたようにギルは足を止めた。

「すまん……。」

「いやこれは、お前の突拍子のなさとストーカーに慣れ過ぎた条件反射だから気にするな。」

おそらく事件の事があって俺が身構えたのだと思ったのだろうが、お前に限ってはそれは違う。
コイツは自分がどれだけ俺に異常行動を取っていたのか自覚がないのだろうか……。
地頭はいいらしいが、何とかとは紙一重なのか若干心配になる。

「君がサーク君?!はじめまして!!」

そこにコックコートを着た女性が入ってくる。
明るくて美人の若い女性だが、目元が誰かに似ていた。

「……あ!!もしかして執事さんの?!」

「そう!はじめまして!やだ、お父さんや坊っちゃまが可愛い可愛いって言うから、もっと中性的な子なのかと思ってたのに!普通に男の子じゃない!!」

「……サークは可愛い。」

「はいはい。何とかは盲目って事よね?!」

「あはは……。それより!いつも頂く軽食!とても美味しいです!ありがとうございます!!」

「ありがとう~!皆さん料理に慣れちゃってて、あんまり美味しいとか感想とか言って下さらないから、久々にべた褒めの言葉を聞いて私も師匠も嬉しくなっちゃって!!特に坊っちゃまは表情一つ変えずに召し上がるから、自信がなくなってくるのよね~。」

「……それは……すまない。いつも旨いと思っている……。ありがとう……。」

「坊っちゃま?そういう事は笑顔で言って下さらないと!!付き合いが長いですから私どもは御本心だとわかりますけど、他の方には社交辞令だと思われますよ!!」

「……すまない。」

「ほら!しかめっ面!!こんなのわかりにくいですよね?!サーク君?!」

「あはは。わかります。俺、未だにコイツが何考えて喋ってるのかわからないですし。」

「うわ~。聞きました?坊っちゃま?表情は大事なんですよ?!でないとどんなに心を込めていても相手に届きにくいんですから!!」

執事さんの娘さんは、テキパキとウッドデッキのテーブルを整えながらそう言った。
ダメ出しをされ、ギルは無表情なりに困っているようだった。
二人はちょっと年の離れた姉弟みたいだ。
なんか安心する。
いくら試験の為とはいえこんなところに缶詰めになって、友達にも会えずに勉強勉強の毎日を送っているのなら、いくらギルでもちょっと可哀想な気がしていた。
でもこうやって屈託なく話してくれる人と一緒なら大丈夫だろう。

「お?!もしかして噂の食いしん坊君?!」

料理のワゴンを押しながら、少し気難しそうな男の人がウッドデッキにやってきた。
すぐにカラトリーのセットされたテーブルに娘さんが皿を並べ、料理のセッティングを手伝い始める。

「……俺のメインシェフだ。」

「俺の……。」

シェフが個人付きって何なんだろうな、怖い……。
若干その事に目眩がしたが、シェフは明るく笑っていた。

「……その、い、いつもありがとう……。旨いと思ってる……。」

「あはは!どうしたんです?!いきなり?!」

「さっき、いつも無表情に食ってて腕に自信がなくなるって怒られたんですよ。コイツ。」

「あはは。確かに。」

「ほら、確かにとか言われてんぞ?お前?」

「……すまない。」

「でも坊っちゃんは好き嫌いもなく、突然の無茶振りも我儘もないので助かります。」

「……そうか。」

「もう少しにこやかに召し上がって頂けると作った方としては嬉しいですけどね。」

「こら、お前。坊っちゃまになんて事を言うんですか。」

「あら、パパ。いたの?」

「ずっといましたよ?」

そこに執事さんも加わり、娘さんにお灸を据える。
そしてとても自然な流れで椅子を引き、ギルと俺を座らせる。

なんか、5人いるのに二人だけが食べるシチュエーションはなんとなく慣れない。
こんなに仲がいいんだから、一緒に食べれば良いのに。
でも彼らにはこれが当たり前なのだろう。
給仕されながらそう思った。
シェフは目の前でステーキを焼いてくれ、俺は痛く感激した。
いつも通り、旨い旨いと夢中で食べる。
その様子を他の四人がニコニコと見つめている。

「……え?なんか……変ですか??」

「ん~?変じゃないけど……。」

「ないけど??」

「お父さんや坊っちゃまが、何でサーク君を可愛い可愛いって言うのかは理解した。」

「はい??」

「うん。めっちゃ可愛い。」

「何で?!」

訳がわからない俺を残し、他の人はうんうんと深く頷く。
フォークに刺さった肉を見つめる。
可愛いって、どういう事なんだろう……。
よくわからないまま、俺は普段は食べる事のできない旨い肉を頬張った。

「~~~!旨い~!!全身に肉汁が染みる~!!」

あまりの旨さにジタジタする俺を、他の人たちはやはり、ニコニコと幸せそうに見つめていた。
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