姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

本当の強さ

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親の会社の経営状況が悪化し始めたのは、小学校低学年の終わりだった。

急に家に来ていた使用人の数が減った。
車の数も。
その頃から「エド君とは遊んじゃ駄目よ。下り坂なんだから。」と友達のママが言うようになった。
あの蔑み見下した笑みを忘れた事はない。
意味なんてわからなくても子供は敏感だ。
親がそんな風に俺を扱えば、子供もそれが正しいのだと素直に侮蔑してくるようになる。
「エドとは遊ばない」
「こっち来んな」
「下り坂!」
何が起こっているかなんて、俺も他のガキどももわかっちゃいない。
でも、大人が蔑んでいるのだからコイツは蔑んでいいものなのだと認識する。
素直で曇りのない、純粋な悪意。

やがて学校が変わる事になった。
その時は皆に仲間はずれにされている俺への配慮だと思っていた。
親の愛情なんだと。
純粋に嬉しかった。
引っ越しもして、新しい土地に移り住む。
嫌な笑いを浮かべ、ニタニタと俺を見ながら話すマダム達もいない。
自分の子供と関わらせまいと敵意を向けてくるママ達もいない。
悪気なく、それが当たり前の事だと執拗に攻撃してくるバカどももいない。
俺は自由になったのだと、これから楽しい日々が送れるのだと信じて疑わなかった。

はじめのうちは良かった。
皆、転校生に優しかった。
だが、それも変わっていく。
「なぁ、俺の従兄弟にエドが前いた学校のヤツがいるんだけどさ。あいつん家、事業に失敗して〇〇学園にの学費は払えなくなったからうちに来たらしいぜ?!」
親の見栄か、中途半端に金回りのいい家の連中が集まる学校だったのが悪かった。
前の学校に通う親族知人がいてもおかしくない状況。
そして今の時代、ネットで情報だって簡単に手に入る。
もう中学年も後半、親の会社の事、前の学校でどんな扱いを受けていたか、調べようと思えば調べられる奴がいる。
高学年になる頃には、また、ハブられるようになっていた。
しかも彼らは中途半端に金回りのいい家の人間だ。
トップクラスの連中に無意識な反発心と妬みを抱いている。
そこに上から落ちてきた人間がいいカモとして現れたのだ。
彼らの鬱憤の捌け口にはもってこいだ。

そんな時、俺の様子を見るに見かねた遠方の祖父が、空手を教えてくれた。
きっとこれがお前の助けになる、そう言った。
確かに助けになった。
中途半端な財力は、腕力に勝てない。
俺を蔑んでいた連中は、いつしか俺を恐れて近寄らなくなった。
孤立はしていたが、悪くなかった。

だが、親との関係は悪化した。
俺が起こす揉め事の火消しが必要だったからだ。
だが俺は折れなかった。
長年向こうが売ってきた喧嘩を買っただけだ。
因縁つけといてヒイヒイ泣く姿は最高に滑稽だった。
それでも、なんだかんだ言って親は元トップクラスの会社の経営者。
中途半端に金を持ってる多くの雇われ経営陣とは違う。
繋がるコネも違えば、他社に対する影響力も違う。
うちの事を自転車操業だの馬鹿にしている連中の中にだって、うちの会社との取引があるところだっていっぱいあった。
本当、どっちが自転車操業だよと笑ってやりたかった。
鶏口牛後とはよく言ったもので、華々しいトップクラスのセレブたちに囲まれていた時よりも、中途半端な連中の上に君臨するのは悪くなかった。

親は俺を煙たがるようになった。
やっと学校では受けなくなった蔑んだ目。
それがそこにあった。

ショックと絶望と悔しさと怒り。

俺が苦しかった時、アンタらは何をしてくれた?
学校が変わったのだって、引っ越したのだって、俺の為じゃない。
会社を立て直す資金作りの為だ。
家の事はハウスキーパーに任せきり。
俺の顔を見ない日が続くなんて日常茶飯事。
寄り添ってくれた事などない。

はじめは仕事が忙しいから俺も我慢しなくちゃなんて、純真に思っていたよ。
学校が変わると聞いた時は、見てないようで俺を見ていてくれたのだと、何とかしようとしてくれたのだと思っていたよ。
だが違った。
「こんな事なら子供など持たなければよかった。育てるのに金ばかりかかる。かと言って三下では体裁が悪い。結婚して子供がいる家庭像にはいい加減、うんざりだよ。」
夜遅く、久しぶりに帰ってきた親に挨拶をしようとして聞いてしまった。

そして理解した。
自分は親の見栄の為のアクセサリーに過ぎないのだと。

それでも、見栄の為であっても、必ず親は俺の尻拭いをした。
愛情ではない事はお互い理解していた。
アイツらにとったら、ただの保身だ。
親族に、しかも実子にケチがつくのが我慢ならなかっただけだ。
だがそれだけは必ず与えてもらえた俺の特権だった。

いつもの事。
そう思っていた。

問題を起こせば、知らぬ間に終わっていた。
そして問題を起こした時はしばらく監視下に置かれ監禁された。

だから少し変な気はしたのだ。
いつもなら問題を起こした後は車で送り迎えし、外出を禁じ、これ以上の面倒を起こさせないようにした。
だが今回は、お前の尻拭いの為に手が回らない、自分で帰ってきていつも通り部屋から出るな、と言われた。
まぁ確かに、今回は相手が悪かった。
サークの後ろには、うちでは手に負えないような連中がついていた。
平民のサークは何の力もないが、サークに想いを寄せている連中が黙っちゃいなかった。

「……サーク。」

俺だってわかっていたはずだ。
失敗すれば彼らが動く事を。
でも、それでも抑えられなかった。
どうしても手に入れたかった。
冷静な判断ができないほど、俺は溺れていたのかもしれない。

一人、駅までの道を歩く。
他の生徒と被らないように早めに帰されたので、時間になれば生徒たちのあふれる道も今は人影もなく静かだった。


ガツン……ッ!!


いきなり後頭部に強い衝撃を受けた。
不意の事でよろめき、それでも反射的に防御を取った。
その体に強い蹴りが入る。
だが空手で鍛えた俺はそれに耐えた。

顔を上げ、相手を睨みつける。
知らない顔だ。
奇襲をかけるのだから何かしら俺に恨みがあるはずだが思い出せない。
だが誰かが金を払って襲わせているのかもしれないから、顔に覚えが無いことはそこまで重要ではない。
問題なのは、コイツが一人ではないという事だ。
道影から、止めてあった車から、数人が降りてくる。
随分と大人数だなと皮肉めいた笑いが出た。

「一人?エドモンド・クーパー君??」

この人数ではまともにやり合うべきじゃない。
隙をついて逃げるしかない。
しかし道のいくつかは、車や彼らの仲間で塞がれている。

「……その一人にこの人数とか、ゲスだな。」

「金と権力にモノを言わせて踏みにじるお前ほどじゃねぇよ。」

それを聞いて、そうか、と納得した。
何故か少しだけホッとした。

サークじゃない。

アイツはこんな卑怯な真似はしない。
真っ直ぐで、純粋で、強い男だ。
それを周りがやろうとしたって全力で止める。
そこにどんな訳があろうと、自分が間違っていると思ったらその身を顧みずに戦う男だ。

だが、どうする?!
待ち伏せの喧嘩は初めてではないが、流石にこの人数はまずい。
しかもはじめの一撃が重い。
ジワジワとボティーブローのように体の自由を奪っていく。

「辛そうだな?お坊ちゃま?……だがな?!アンタにひどい目に合わされた妹の苦しみはそんなもんじゃねぇんだよ!!」

怒りで人相が鬼のようだった。
目の前の男だけでなく、周囲から感じる憎悪と殺意は本物だ。
ここで自分を殺す事になっても後悔はない、そんな覚悟が見て取れた。

そうか、と思う。

とうとうツケが回った。
好き勝手、人を踏みにじってきたツケが。

俺は周りにされた事をやり返しただけだ。
幼い無力な俺が無慈悲に踏みにじられたように、力を得て踏みにじる側になったからやった。

サーク……。

でも、サークはそうは取らないだろう。
アイツは真っ直ぐで強いから。

ガスッ……と衝撃が走る。

取り囲まれ、袋叩きにされる。
成す術なく隙ができるのを待つ。
防御してもダメージはどんどん蓄積されていく。

その中でふと、気づいた。

今まで問題を起こした後、こういった目にあった事はない。
一番、こういう事が起こりそうな時、こういう目にあった事はない。

「……あ、」

そして理解した。
今まで問題を起こした後は必ず迎えがあり、外出禁止にされ、部屋に軟禁された。

余計な面倒に巻き込まれて、これ以上、無駄な手間を取りたくない。
親はそう言っていた。

あぁ……と思う。

何か変だと思ったのだ。
その理由がやっとわかった。


親は、俺を見捨てたのだ。


それに気づいた時、全てがどうでも良くなった。
このまま彼らの憤怒の捌け口となり、死んでしまえばいいと思った。

そうすれば少しは誰かが哀れんでくれるだろう。
そうすればもう、全ての苛立ちと苦しみから開放される。

俺は抵抗をやめた。
ガードしなくなった身体に容赦なく降り注ぐ憎しみ。

意識が遠くなる。
これで楽になれるだろうかと少し思った。

なのに……。



「やめろ!エドを離せ!!」



その声にハッとした。

何だ?走馬灯か?
自分に都合のいい夢を見ているのか?

腫れ上がって上手く開かない目を弱々しく開く。
俺を袋叩きにしていた連中が、スカートを翻した美少女に牽制され狼狽えている。

スカート??
美少女??

俺には魔法少女趣味はないんだがな??

そこに遅れて真打ちが登場し、俺を背に彼らの前に立ち塞がった。


「!!」


その背中を見間違う事などない。
別に体が大きい訳でも、背が高い訳でもない。

だがその背中がどれだけ力強いかは理解できた。

涙が自然と溢れた。
それが傷に染みて痛かったが、その痛みがこれが嘘ではないと教えてくれた。

あぁ……。

落ちぶれセレブと周りから見下された俺。
力を持っても孤立した中学時代。
誰にも寄り添われなかった。
そしてついには親にも見放された。

俺には何もない。
誰もいない。

誰一人にも助けてもらえる価値がない。

なのに……。


「サーク……。」


俺はその背中を見つめた。

自分が傷つけ踏みにじったその人を。

それでも彼は、そこに立っていた。

涙が止まらなかった。
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