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本編
純真な想い
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ふっと目が覚める。
微かな振動が、落ち着かず体を揺らしていた。
「?!」
「いきなり起き上がったら駄目ですよ、サーク君。」
「……あ。」
「そのまま楽にしてて。気分はどう?」
「…………わかりません。」
「そっか。」
カウンセラーさんは俺の言う事を否定も肯定もしなかった。
どこか嘘くさいと思っていたのに、助けに来てくれた時は涙が出るほど有難かった。
俺はリムジンに乗せられ横になっていた。
お腹の辺りにいつものふわふわのひざ掛け。
振動があるので車は動いているようだ。
頭側に座っているカウンセラーさんを見上げる。
「……先生、どうして学校に?」
「サーク君の様子が少し気になるからって、ギルバート君から連絡があったんだよ。学校が終わったら軽く見てやって欲しいって。」
「……そう、ですか。」
そこでふぅと息を吐き出し、仰向けだった体を横にする。
ひざ掛けを引き寄せて肩にかけて軽く顔を埋めた。
昨日の夜中、電話したからだ。
寝付けなくて辛くて。
俺の一番みっともない部分をギルは知っているから。
だから少しぐらい弱音を晒してもいいと思えたんだ。
「……でも何で校内に?」
「気になって。サーク君はずっと平気そうにしていた。だから崩れるなら日常に戻ってからだと思ってたんだ。君自身が平気だと思い、周りもいつも通りに受け入れてくれた時にね。その中で過ごすうちに自分の以前と違う、無意識に隠して見ないふりをしていた違和感に戸惑うだろうって。そしてズレによって君は崩れていくんじゃないかなって。」
「…………。」
「だから、学校で過ごしている状態を少し見たかったんだ。それで中に入って、学校が終わるまで声をかけずにチラ見するつもりだったんだけど……。」
そこまで言って、カウンセラーさんは口を噤んだ。
専門医として思うところがあるのだろう。
でも学校も病院じゃない。
うちはセレブを相手にするような学校だから、各所充実しているし、それなりに人員には余裕があるだろう。
それでも学校は学校なのだ。
専門外の部分に熟知している事もなければ、手厚い対応ができる訳じゃない。
しかも生徒はわんさかいる。
問題が多発すれば、人手だっていくらあっても足りなくなる。
いつだかザクス先生がそんな事をボヤいていたのを思い出した。
「……俺、変なんですか?」
話題を変えようとそう尋ねる。
カウンセラーさんは俺に目を向け、静かに微笑んだ。
「血管迷走神経性失神だよ。いわゆる緊張性失神。」
「……へぇ。」
「頭痛や頭の重さ、吐き気とか腹痛、冷や汗が出てたりしなかった?」
「頭は重かったです。……冷や汗も出てたかもしれません。」
「うん。昨日はよく眠れなかった?」
「……少し。でも電話した後は寝ました。」
「薬は飲んでない?」
「漢方薬だけ飲みました。錠剤のは……なんかちょっと怖くて……。」
「そっか。」
「でも飲んどけばよかったって、さっき思いました。せめて持ってきておけばよかったって。」
「そうだったんだね。」
「……はい。」
カウンセラーさんは少し何かメモを取っていた。
俺は目を閉じ、車の揺れに身を任せる。
なんか情けない。
結局また、周りに迷惑をかけて大事になってしまった。
「……サーク君。」
「はい。」
「もっと、自分を許してあげないと駄目だよ。」
穏やかに言われた言葉。
俺は意味がわからなくて目を開けた。
そしてカウンセラーさんを見上げる。
「誰だって、病気や怪我で具合が悪ければ立っていられないし、いつも通りにはいかないし、周りに頼って面倒を見てもらうでしょ?」
「はい……。」
「心の怪我や病気は見た目ではわからないから、自分でも自覚するのが難しいんだと思う。でもね、サーク君は今、目に見えなくてもそういう怪我をしている状態なんだよ。だから思うように動けないのも当たり前だし、前と同じように出来なくて当たり前なんだ。風邪を引いて高い熱が出ているのと一緒。だから、周りに頼って助けてもらっていいんだよ。」
「………………。」
「そして、そんな自分を否定しないであげて。具合が悪い自分に鞭打ったって良くならない。悪くなるだけ。今は調子が悪くてできないだけだから、自分を責めないで許してあげなきゃ。じゃなきゃゆっくり休む事もできないよ?」
「……はい。」
「今は風邪を引いて具合が悪いのと同じ。いつも通りにできなくていいし、情けなくていいし、周りにおんぶに抱っこしてもらっていいんだ。」
「……はい。」
「薬を飲むのも大事だけど、今の自分を責めずに許し、受け止めてあげようね。」
「…………はい。」
カウンセラーさんにそう言われ、俺は誰よりも自分が自分を責めていたんだと気づいた。
エドが来てるとかそういう事じゃなく、情けない自分を自分で嫌悪して責め立て、追い詰めていたんだ。
倒れるほど自分を追い詰めたのは、俺自身だったのだろう。
あの時、俺は負けたくないとずっと思ってた。
今の不安定な自分が腹立たしかった。
悔しくて情けなくて、でも動けなくて怖かった。
「……そっか。」
大きく息を吐いた。
俺は情けない自分が受け入れられなかった。
だから情けない自分を受け入れてくれたギルに電話して、大丈夫だと言わせたんだ。
自分で受け入れきれなくて、ギルを介して受け入れたから、昨夜は気持ちが落ち着いたんだ。
俺が一番、今の自分を許せなかったんだ。
それがわかって気持ちが落ち着いた。
こんなにも周りが俺を大事にしてくれているのに、俺が俺を大事にしてなかった。
辛いなら辛いって思いに寄り添わなきゃならない。
他の誰でもなく、俺自身が。
ふわふわのひざ掛けを頭から被った。
苦しんでる自分を受け入れて、ちょっとだけ泣いた。
シルクは自分が何をしているのかわからなかった。
頭で考えるよりも先に体が動いていたのだ。
そして頭で考えるよりも先に口が動いた。
「サークが好きなのは!ウィルだ!!」
その場にいた全員が状況を理解できず、シルクを凝視していた。
いきなり会議室に入り込んできたシルクを、スカート姿の女子生徒に見えるシルクを、全員が呆気にとられて見つめていた。
「俺はずっとサークを見てきた!1年の時からずっと!!」
言いながら声が震え、ヒリヒリと喉が傷んだ。
泣くもんか、そう必死に耐えた。
「サークは……!サークはポスターを見てたんだ!!ウィルの!ウィルのポスターを見てたんだよ!!」
突然のシルクの登場に話し合いをしていた教員たちはざわめいた。
でもシルクは止まらなかった。
「サークは自分の気持ちをずっと誰にも言わないで隠してた!!だから誰にもバレないよう北棟なんか行ったんだ!そこで誰にも知られずウィルのポスターを見る為に!!」
シルクは気づいていた。
ずっと。
サークが自覚はしていなくても、ウィルに恋をしている事を。
でもあえてウィルにもサークにも教えなかった。
だって!サークが自分の気持ちに気付いて認めちゃったら!!
二人は両思いなのだ!!もう自分の気持ちに応えてもらえなくなる!!
「俺は知ってた!だって!だって……俺……!ずっと……ずっとサークが好きだったんだから!!1年の時からずっと!ずっとサークが好きだったんだ!!」
狡い自分。
わかっていて、好きな人にも親友にも教えなかった。
すれ違ってしまっている、大好きな二人の気持ちを応援してあげなかった。
……なんて醜かったのだろう。
その結果、サークはこんな目に合ってしまった。
自分が二人のすれ違いを修正してあげていれば、それによって二人が付き合っていれば、サークは「姫」なんかにならなかったし、こんな目に合う事もなかったのだ。
ボロッと堪えていた涙が目から溢れた。
「ずっと見てた!サークの事、ずっと見てた!!だから知ってる!!サークが好きなのはウィルだ!!」
あの日、花見の席で動揺したサーク。
はじめてウィルに対する想いを隠しきれなかったあの日。
サークはウィルの図書室のポスターを見ていた。
だから事件の防犯カメラの映像を見てすぐにわかった。
ああ、サークはウィルのポスターを見てたんだと……。
エドが来る前。
切なそうに壁を見つめていたサーク。
「……現場に行ってみろ!サークの立っていた場所に何があるか見てこい!!サークはエドを呼び出したりなんかしてない!!誰にも邪魔されず!見つからないようにウィルのポスターを見ていたかったんだから!!百歩譲って!仮に呼び出すにしたって!そんなところにエドを呼ぶ訳ないだろ!!好きな人のポスターのある場所に!色仕掛けかける相手なんか呼び出すか!!馬鹿!!サークは自分の意志で!誰にも見つからないようにあそこに行ったんだよ!!誰にも邪魔されたくなかったから!!ただポスターを見たかったんだ!!サークは!!自分の気持ちを押し殺していたから!ただポスターを見てたかったんだよ!!」
サークはそれをこの状況になっても話していない。
ただ一人になりたかったからと話しているのだ。
一度あふれ出した涙は止まらず、ボロボロとこぼれていく。
それほどまでして、サークはウィルへの気持ちを守った。
自分が不利になる事すらいとわずに。
なのに……。
エドがサークに呼ばれて北棟に行ったと言っていると知り、シルクの中で何かが切れた。
サークが誰にも明かさず、静かに守ってきたものを穢された気がした。
許せない。
サークの明かせない純粋な想いを逆手に取って利用するなど許せない。
そう思った時には、この件を話し合っている会議室に飛び込んでいた。
あっけにとられていた教員たちは正気に帰り、暴れるシルクを会議室から追い出す。
しばらくは廊下でドアをバンバン叩いていたが、やがてシルクは大声で泣き出した。
サークを好きだった気持ち。
両想いのウィルとサークに気づきながら見てみぬふりをした自分の醜さ。
たとえ不利になろうとも、ウィルへの想いを守り続けるサークの純粋な心。
そんなサークの想いを踏みにじるエドへの怒り。
そんなものがぐちゃぐちゃに混ざって、自分でもどうしていいのかわからなくなったのだ。
子供のように感情のまま大声で泣くシルク。
どこに向かっていいのかもわからないまま、泣きながらトボトボ歩く。
その声はまだ授業中で静まっていた校内に響いた。
バタバタといくつかの足音が響く。
当然、泣き声に気づいたシルクの騎士は授業など受けていられる訳がない。
「……シルクさんっ!!」
だが……。
いの一番にシルクの元に駆けつけたのは、騎士ではなかった。
その姿を見てシルクの目からは余計に涙があふれ出した。
「……イ"ヴァン"~~ッ!!」
泣きすぎて歪んだ顔。
可愛いと自他ともに認めるその顔はぐちゃぐちゃで、お世辞にも可愛いと言える状態ではなかった。
その上イヴァンの姿を見たシルクは、ほぼギャン泣き状態になってしまい、美少女っぽさは微塵も残っていない。
後から駆けつけたシルクの騎士たちは、その状況にギョッとしてしまって足が止まった。
だがイヴァンは迷わなかった。
駆け寄りながら上着を抜き、シルクの頭から被せて顔を隠すと、涙と鼻水と唾液でぐちゃぐちゃになっているその人を自分の胸の中にギュッと抱きしめた。
「うわあああぁぁぁ……っ!!」
「……大丈夫。大丈夫ですよ。シルクさん。とりあえず外、行きましょうね。」
イヴァンは深くは事情を知らなかった。
でもそれがサークに関わる事で、そして噂になっている事件が関わっているのだろうと思った。
少し落ち着いてきたのを見計らい、イヴァンは何も言わずシルクを支えながら、好きなだけ泣きわめけそうな道場に向った。
微かな振動が、落ち着かず体を揺らしていた。
「?!」
「いきなり起き上がったら駄目ですよ、サーク君。」
「……あ。」
「そのまま楽にしてて。気分はどう?」
「…………わかりません。」
「そっか。」
カウンセラーさんは俺の言う事を否定も肯定もしなかった。
どこか嘘くさいと思っていたのに、助けに来てくれた時は涙が出るほど有難かった。
俺はリムジンに乗せられ横になっていた。
お腹の辺りにいつものふわふわのひざ掛け。
振動があるので車は動いているようだ。
頭側に座っているカウンセラーさんを見上げる。
「……先生、どうして学校に?」
「サーク君の様子が少し気になるからって、ギルバート君から連絡があったんだよ。学校が終わったら軽く見てやって欲しいって。」
「……そう、ですか。」
そこでふぅと息を吐き出し、仰向けだった体を横にする。
ひざ掛けを引き寄せて肩にかけて軽く顔を埋めた。
昨日の夜中、電話したからだ。
寝付けなくて辛くて。
俺の一番みっともない部分をギルは知っているから。
だから少しぐらい弱音を晒してもいいと思えたんだ。
「……でも何で校内に?」
「気になって。サーク君はずっと平気そうにしていた。だから崩れるなら日常に戻ってからだと思ってたんだ。君自身が平気だと思い、周りもいつも通りに受け入れてくれた時にね。その中で過ごすうちに自分の以前と違う、無意識に隠して見ないふりをしていた違和感に戸惑うだろうって。そしてズレによって君は崩れていくんじゃないかなって。」
「…………。」
「だから、学校で過ごしている状態を少し見たかったんだ。それで中に入って、学校が終わるまで声をかけずにチラ見するつもりだったんだけど……。」
そこまで言って、カウンセラーさんは口を噤んだ。
専門医として思うところがあるのだろう。
でも学校も病院じゃない。
うちはセレブを相手にするような学校だから、各所充実しているし、それなりに人員には余裕があるだろう。
それでも学校は学校なのだ。
専門外の部分に熟知している事もなければ、手厚い対応ができる訳じゃない。
しかも生徒はわんさかいる。
問題が多発すれば、人手だっていくらあっても足りなくなる。
いつだかザクス先生がそんな事をボヤいていたのを思い出した。
「……俺、変なんですか?」
話題を変えようとそう尋ねる。
カウンセラーさんは俺に目を向け、静かに微笑んだ。
「血管迷走神経性失神だよ。いわゆる緊張性失神。」
「……へぇ。」
「頭痛や頭の重さ、吐き気とか腹痛、冷や汗が出てたりしなかった?」
「頭は重かったです。……冷や汗も出てたかもしれません。」
「うん。昨日はよく眠れなかった?」
「……少し。でも電話した後は寝ました。」
「薬は飲んでない?」
「漢方薬だけ飲みました。錠剤のは……なんかちょっと怖くて……。」
「そっか。」
「でも飲んどけばよかったって、さっき思いました。せめて持ってきておけばよかったって。」
「そうだったんだね。」
「……はい。」
カウンセラーさんは少し何かメモを取っていた。
俺は目を閉じ、車の揺れに身を任せる。
なんか情けない。
結局また、周りに迷惑をかけて大事になってしまった。
「……サーク君。」
「はい。」
「もっと、自分を許してあげないと駄目だよ。」
穏やかに言われた言葉。
俺は意味がわからなくて目を開けた。
そしてカウンセラーさんを見上げる。
「誰だって、病気や怪我で具合が悪ければ立っていられないし、いつも通りにはいかないし、周りに頼って面倒を見てもらうでしょ?」
「はい……。」
「心の怪我や病気は見た目ではわからないから、自分でも自覚するのが難しいんだと思う。でもね、サーク君は今、目に見えなくてもそういう怪我をしている状態なんだよ。だから思うように動けないのも当たり前だし、前と同じように出来なくて当たり前なんだ。風邪を引いて高い熱が出ているのと一緒。だから、周りに頼って助けてもらっていいんだよ。」
「………………。」
「そして、そんな自分を否定しないであげて。具合が悪い自分に鞭打ったって良くならない。悪くなるだけ。今は調子が悪くてできないだけだから、自分を責めないで許してあげなきゃ。じゃなきゃゆっくり休む事もできないよ?」
「……はい。」
「今は風邪を引いて具合が悪いのと同じ。いつも通りにできなくていいし、情けなくていいし、周りにおんぶに抱っこしてもらっていいんだ。」
「……はい。」
「薬を飲むのも大事だけど、今の自分を責めずに許し、受け止めてあげようね。」
「…………はい。」
カウンセラーさんにそう言われ、俺は誰よりも自分が自分を責めていたんだと気づいた。
エドが来てるとかそういう事じゃなく、情けない自分を自分で嫌悪して責め立て、追い詰めていたんだ。
倒れるほど自分を追い詰めたのは、俺自身だったのだろう。
あの時、俺は負けたくないとずっと思ってた。
今の不安定な自分が腹立たしかった。
悔しくて情けなくて、でも動けなくて怖かった。
「……そっか。」
大きく息を吐いた。
俺は情けない自分が受け入れられなかった。
だから情けない自分を受け入れてくれたギルに電話して、大丈夫だと言わせたんだ。
自分で受け入れきれなくて、ギルを介して受け入れたから、昨夜は気持ちが落ち着いたんだ。
俺が一番、今の自分を許せなかったんだ。
それがわかって気持ちが落ち着いた。
こんなにも周りが俺を大事にしてくれているのに、俺が俺を大事にしてなかった。
辛いなら辛いって思いに寄り添わなきゃならない。
他の誰でもなく、俺自身が。
ふわふわのひざ掛けを頭から被った。
苦しんでる自分を受け入れて、ちょっとだけ泣いた。
シルクは自分が何をしているのかわからなかった。
頭で考えるよりも先に体が動いていたのだ。
そして頭で考えるよりも先に口が動いた。
「サークが好きなのは!ウィルだ!!」
その場にいた全員が状況を理解できず、シルクを凝視していた。
いきなり会議室に入り込んできたシルクを、スカート姿の女子生徒に見えるシルクを、全員が呆気にとられて見つめていた。
「俺はずっとサークを見てきた!1年の時からずっと!!」
言いながら声が震え、ヒリヒリと喉が傷んだ。
泣くもんか、そう必死に耐えた。
「サークは……!サークはポスターを見てたんだ!!ウィルの!ウィルのポスターを見てたんだよ!!」
突然のシルクの登場に話し合いをしていた教員たちはざわめいた。
でもシルクは止まらなかった。
「サークは自分の気持ちをずっと誰にも言わないで隠してた!!だから誰にもバレないよう北棟なんか行ったんだ!そこで誰にも知られずウィルのポスターを見る為に!!」
シルクは気づいていた。
ずっと。
サークが自覚はしていなくても、ウィルに恋をしている事を。
でもあえてウィルにもサークにも教えなかった。
だって!サークが自分の気持ちに気付いて認めちゃったら!!
二人は両思いなのだ!!もう自分の気持ちに応えてもらえなくなる!!
「俺は知ってた!だって!だって……俺……!ずっと……ずっとサークが好きだったんだから!!1年の時からずっと!ずっとサークが好きだったんだ!!」
狡い自分。
わかっていて、好きな人にも親友にも教えなかった。
すれ違ってしまっている、大好きな二人の気持ちを応援してあげなかった。
……なんて醜かったのだろう。
その結果、サークはこんな目に合ってしまった。
自分が二人のすれ違いを修正してあげていれば、それによって二人が付き合っていれば、サークは「姫」なんかにならなかったし、こんな目に合う事もなかったのだ。
ボロッと堪えていた涙が目から溢れた。
「ずっと見てた!サークの事、ずっと見てた!!だから知ってる!!サークが好きなのはウィルだ!!」
あの日、花見の席で動揺したサーク。
はじめてウィルに対する想いを隠しきれなかったあの日。
サークはウィルの図書室のポスターを見ていた。
だから事件の防犯カメラの映像を見てすぐにわかった。
ああ、サークはウィルのポスターを見てたんだと……。
エドが来る前。
切なそうに壁を見つめていたサーク。
「……現場に行ってみろ!サークの立っていた場所に何があるか見てこい!!サークはエドを呼び出したりなんかしてない!!誰にも邪魔されず!見つからないようにウィルのポスターを見ていたかったんだから!!百歩譲って!仮に呼び出すにしたって!そんなところにエドを呼ぶ訳ないだろ!!好きな人のポスターのある場所に!色仕掛けかける相手なんか呼び出すか!!馬鹿!!サークは自分の意志で!誰にも見つからないようにあそこに行ったんだよ!!誰にも邪魔されたくなかったから!!ただポスターを見たかったんだ!!サークは!!自分の気持ちを押し殺していたから!ただポスターを見てたかったんだよ!!」
サークはそれをこの状況になっても話していない。
ただ一人になりたかったからと話しているのだ。
一度あふれ出した涙は止まらず、ボロボロとこぼれていく。
それほどまでして、サークはウィルへの気持ちを守った。
自分が不利になる事すらいとわずに。
なのに……。
エドがサークに呼ばれて北棟に行ったと言っていると知り、シルクの中で何かが切れた。
サークが誰にも明かさず、静かに守ってきたものを穢された気がした。
許せない。
サークの明かせない純粋な想いを逆手に取って利用するなど許せない。
そう思った時には、この件を話し合っている会議室に飛び込んでいた。
あっけにとられていた教員たちは正気に帰り、暴れるシルクを会議室から追い出す。
しばらくは廊下でドアをバンバン叩いていたが、やがてシルクは大声で泣き出した。
サークを好きだった気持ち。
両想いのウィルとサークに気づきながら見てみぬふりをした自分の醜さ。
たとえ不利になろうとも、ウィルへの想いを守り続けるサークの純粋な心。
そんなサークの想いを踏みにじるエドへの怒り。
そんなものがぐちゃぐちゃに混ざって、自分でもどうしていいのかわからなくなったのだ。
子供のように感情のまま大声で泣くシルク。
どこに向かっていいのかもわからないまま、泣きながらトボトボ歩く。
その声はまだ授業中で静まっていた校内に響いた。
バタバタといくつかの足音が響く。
当然、泣き声に気づいたシルクの騎士は授業など受けていられる訳がない。
「……シルクさんっ!!」
だが……。
いの一番にシルクの元に駆けつけたのは、騎士ではなかった。
その姿を見てシルクの目からは余計に涙があふれ出した。
「……イ"ヴァン"~~ッ!!」
泣きすぎて歪んだ顔。
可愛いと自他ともに認めるその顔はぐちゃぐちゃで、お世辞にも可愛いと言える状態ではなかった。
その上イヴァンの姿を見たシルクは、ほぼギャン泣き状態になってしまい、美少女っぽさは微塵も残っていない。
後から駆けつけたシルクの騎士たちは、その状況にギョッとしてしまって足が止まった。
だがイヴァンは迷わなかった。
駆け寄りながら上着を抜き、シルクの頭から被せて顔を隠すと、涙と鼻水と唾液でぐちゃぐちゃになっているその人を自分の胸の中にギュッと抱きしめた。
「うわあああぁぁぁ……っ!!」
「……大丈夫。大丈夫ですよ。シルクさん。とりあえず外、行きましょうね。」
イヴァンは深くは事情を知らなかった。
でもそれがサークに関わる事で、そして噂になっている事件が関わっているのだろうと思った。
少し落ち着いてきたのを見計らい、イヴァンは何も言わずシルクを支えながら、好きなだけ泣きわめけそうな道場に向った。
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