姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

静かな場所を求めて

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静かな夕暮れ。
沢山の本の独特の匂い。

パラリ……と紙の掠れる僅かな音。

それに振り向く。
想像通りの人がそこに座っていた。

「……ウィル。」

思わず呟いた言葉に、その人が顔を上げた。
柔らかく微笑んだ唇が動く。

『会いたい』

自分の中の衝動が無意識に体を動かした。
その人の方に小走りに。

俺も本当はずっと会いたかった……。

そう言おうとした瞬間、ドンっと乱暴に横から突き飛ばされた。
埃っぽい使われていない空き教室の床に倒れ込む。

「……え?!」

起き上がろうとする襟元を捕まれ、床に叩きつけられた。
抵抗しようとする腕にヒリッとした痛みが走る。

「……あ…………。」

赤い血が滲む。
体がこわばる。

暗い中にギラギラと光を反射するナイフ。

固くなって動きを止めた顔の横に、ダンッとその刃が突き立てられる。
頬に感じる金属の冷たさ。

俺を押さえ込む誰かがニヤリッと笑った。

服が乱暴に引き裂かれ、抵抗が遅れた体を誰かの手が撫でる。
嫌なのに顔の横に突き立てられた刃の冷たさがそれを邪魔した。

『大丈夫』

そう囁かれる。
大丈夫なものか。
なのにその言葉に雁字搦めになる。

『大丈夫』

そう、抵抗しなければ大丈夫。
言う通りにしていれば大丈夫。
おとなしく相手の思い通りでいれば大丈夫。

痛い目に合わされずに済む。

でも……それでいいのか……??

わからない。
埃っぽい床に寝転びながら上を見上げる。


「!!」


動けなくなって見上げた天井。

図書室のカウンター。
その中で静かに本を読む、密かに想いを寄せていた人。

俺だけの大切な思い出だったそれが、ポスターになってそこに貼られていた。









「……………………っ。」

体を起こす。
全身から嫌な汗が滲み出る。
押さえた額の奥の方がズキンズキンと鈍く痛む。

少しの間目を閉じていたが、こうしていても仕方がないので手元のスマホを掴んだ。
朝の4時過ぎ。
まだ辺りは真っ暗だ。

とりあえず頭が痛いので薬を飲もうと部屋を出る。
寝てばかりいたから、水分の巡りが悪いんだ。
そう思いながらできるだけ沢山の水と共に頭痛薬を飲んだ。

「………………。」

誰もいないリビングに座り、軽く上を見上げる。
流石に寝すぎた。
まだ起きるには早いが、もう寝れる気がしない。

が……。

なんとなくだるくてテーブルに突っ伏す。
その状態でじんじんとした頭の痛みが、ほんの少しずつ失われていくのを目を閉じて静観していた。

まだ寒いこの時期、足元から深々と冷えてくる。
ベッドに戻ろう。
そう思うのにまた面倒くさいが顔を出す。
動きたくなくて足を擦り合わせ、熱が逃げないように縮こまる。
だが寒さが覆いかぶさってくると流石にそうも言っていられない。

「……トイレ。」

何か帰ってから、生理的に動かざる負えなくなるまで頑として動かないな、俺。
そう思いながらのそっと立ち上がる。
そしてさっさとトイレを済ますとベッドに潜り込む。
スマホを見ると5時になっていた。
それでも外はまだ暗い。
冷えた体を布団の中で丸める。
足はなかなか温まらなくて何度も寝返りを打つ。
眠くはないはずなのに、頭がぼーっとしてスマホを見ていられない。
目を閉じて何か考えようとしたけれど、頭が痛くなりそうな気配があったのでやめた。
外は暗いが、少しずつ街の生活音が遠くから聞こえ始めていた。

あぁ、また次の日が今日になった。

そう思いながら毛布を抱え込む。
目を開けていると妙に不安になるので毛布に顔を埋める。
ギルのリムジンのひざ掛けほどではないが、もふもふして温かい。
頭痛薬が効いてきたのか、そのままゆっくりと微睡みに落ちていった。






昼過ぎ、支度をして玄関を出るとギルの執事さんがリムジンを背に微笑んでいた。
びっくりして固まる。

「おはようございます。サーク様。」

「お、おはよう……ございます……。」

何で??と頭にクエッションマークを並べながら、そちらに近づく。
執事さんは優雅な動きでリムジンのドアを開けてくれた。

「え……やっぱり、そういう事ですか??」

「はい。坊っちゃまから、送迎するよう言付けられました。」

「……そう、ですか……。」

「お嫌でしたか?」

ギルのセレブマンションではなく、一般庶民の家から出てきてリムジンというのはとても奇妙な気がして乗るのを躊躇っていると、執事さんがそう言って悲しそうな顔をした。

「いえ!何かこういうのに慣れてないんでぼーっとしちゃって!!」

「ふふっ。そうでしたか。」

俺は慌ててリムジンに乗り込む。
とはいえ、乗ってもこの中でどう過ごせばいいのかはわからないのだが。
ホテルのラウンジみたいな室内に引け目を感じて、隅の方にちょこんと座る。

執事さんは俺をリラックスさせようと、穏やかな声で話しかけてくる。
ただあまり接点のない俺と執事さんの会話は、朝の健康チェックのような内容になってしまった。

「ふふっ、そうなんですね。」

「はい。何か帰ってから寝るしかしてない感じです。」

「お食事は済まされましたか?」

「あ、はい……。ただ寝てばかりだったので、時間的に朝食なのか昼飯なのかわかんないですけど……。」

「ブランチですか。それも良うございますね。」

ブランチって……そんな優雅なものでもなく、単に起きるのが面倒くさくてうだうだしてたら、ガスパーから午後から来れそうか?と連絡が来たので行くと答え、仕方なく起きたという感じだ。
いや、学校に行くのが嫌な訳ではない。
ただ起き上がって動くのが面倒くさいのだ。
動く理由がないと動けない。
そんな感じだ。
だから下手をするとガスパーから連絡がなかったら、俺はずっとベッドでうだうだしていたような気がする。

「何も食べていらっしゃらないといけないので、冷蔵庫にサンドイッチを用意しておきました。もしよろしければお召し上がりになって下さい。」

「……冷蔵庫?!」

「はい。テーブルの後方側に、開くようになっている部分がございます。そちらが冷蔵庫となっております。」

「……凄い……リムジン、凄い……。」

セレブにとったら当たり前なのかもしれないが、車内に冷蔵庫とかありえないから。
庶民にはクーラーボックスが関の山だ。
興味本位で開けてみると、そこにはサンドイッチとか言っていいのか?!というレベルのサンドイッチが鎮座していた。
というかパンが食パンじゃない。
クロワッサンだ。
思わずゴクリ……と喉が鳴った。

「お食べになるようでしたら、ミネラルウォーターはその中に。温かいものでしたら、ご用意しますのでお申し付け下さい。」

「は、はい……。」

そんな自分を見透かされたように、タイミングよく執事さんは言った。
ちょっと恥ずかしかったが、あまりに美味しそうなサンドイッチから目が反らせず、お言葉に甘えて頂く事にした。

「いつもご馳走になってしまってすみません……。」

「いえいえ、お気になさらず。」

取り出してしげしげと眺める。
クロワッサンにたっぷりの野菜とアボカド、そして生ハム。
もう一つの方はやはり野菜と鶏肉、そして何かのペーストに豆やクルミなどの木の実が混ざった物がたっぷり乗せられていた。

多分旨い。
絶対、旨い。

どちらから食べようか悩みながら、生ハムの方から齧り付いた。
シャキシャキした野菜の食感。
そこにとろみのあるドレッシングと生ハムの塩加減が絶妙に合わさる。
クロワッサンのサクッとした食感で、思わずぺろりと平らげてしまった。
うぅ……美味しいものはすぐに腹の中に消えてしまって悲しい……。
もう一つの方はできるだけ楽しめるよう、ゆっくりと味わう。
2個目のクロワッサンサンドは、鶏肉は燻製なのか香ばしさと独特な香りがし、ひよこ豆なんかの普段はあんまり食べない豆類とナッツ類の入ったポテトサラダ。
香り良い鶏肉はパサつきなくしっとりしているし、クリーミーなポテトサラダは豆とナッツ類の食感を楽しめる、1個目とはとはまた違った美味しさだった。
あまりの美味しさと、重さを感じさせないクロワッサンの軽い口触りから思わず2個とも平らげてしまったが、食べてみると具沢山だったのでお腹がいっぱいになってしまった。

「ご馳走様です!!凄く美味しくてぺろっと食べちゃいましたが……意外とボリュームありますね、これ。」

「ふふっ。御満足頂けて良かったです。」

冷蔵庫から見た事のないミネラルウォーターを取り出す。
それを飲みながら外の景色を眺めた。
当然、この時間では学生が街にいる事はなく、大通りは働く大人たちがメインだ。
俺もいつかはこうなるのかなとぼんやり見つめる。

美味しいものを食べ、少しの間、幸せに満たされる。
その中に微睡み、目を閉じた。
そんな俺を確認したのか、執事さんが優しく声をかけてくれた。

「……サーク様、少々渋滞がございますので、もしよろしければお休みになっていて下さい。」

「あ、はい……。」

「ひざ掛けも使って下さいね。」

「……ありがとうございます……。」

そう答えながら俺は顔を擦った。
あんなに寝たのに、腹が満たされたせいかまた眠くなっている。
ずっとごろごろしているだけだったのに、何でこんなに気怠いんだろう?
そう思いながらも眠さに耐えかね、ひざ掛けを取り出して頭から被った。
ふわふわに包まれると安心する。
そのまま横になって、浅い眠りに落ちた。

浅く眠って、少し現実に微睡み、また浅く眠る。
それを繰り返す中、執事さんが誰かと電話しているのを遠くで聞いていた。

「……はい。食欲は落ちていらっしゃらない様ですが……はい……そうです、規則的にはお食べになってないご様子です……ええ……どちらかと言うと今は過眠状態のご様子。…………寝逃げ……ですか……。とはいえ、私もずっとお側におります訳ではございませんので…………。」

……寝逃げって何だろう??

でもまぁなんでもいいや。
ふわふわが気持ちいいし、それに温かい。
ひざ掛けを引き寄せ、頭の周りに巻きつける。
こうしていれば、何も不安な事は入ってこない。
たくさんの事を考えなくていい。

そうやって微睡んで、いつの間にか本当に眠ってしまっていた。










カウンセラーとの電話を終えたギルの執事は、ちらりとサークの様子を確認する。
ひざ掛けを体にかけるのではなく、頭の周辺に巻きつけるようにかけて眠る姿に胸を痛める。

話しかければ声に張りもあるし、元気そうに見える。
しかし必要がなければだらだらベッドから起き上がれないという。
ただだらけているのなら良いが、サークの場合、空腹を感じていても面倒くささが勝って起き上がれず、排泄で仕方なく起き上がるという具合らしい。
あまりいい傾向ではない。
食欲はまだ落ちていないが、食べる事を面倒だと後回しにしている。
本人はあまり自覚できていないようだが、食欲・睡眠・活動意欲に変化が出始めている。
普通の生活をしていても、溜まった疲れやストレスからこの程度の変化はたまに起こり得る。
いわゆる生体に備わった自己防衛プログラムだ。
そうやって自分の体や心を休ませ緩める事で、普段なら回復していく。
しかしサークの場合、問題となる大きな心因性要因が明確にわかっているのだ。
普段の生活で溜め込んだ疲れやストレスからの症状と考えるのは無理がある。
とはいえ、心因性要因に対する抵抗力は人によっても、その人のその時の状況によっても変わる。
その為、小さな要因でも大きな症状が出る事もあれば、滅入ってしまうような状況でも乗り越えられてしまう場合もある。

事件があった時、サークはどの様な心理状態だったのだろう?

それは彼の友人の執事には到底わかりかねる事だった。
そして友人の執事が踏み込む領域でもなかった。

「……ですが、不思議と引き込まれるお方。爺としても何とかしてやりたいと思うのは歳のせいなのですかね……。」

毛布に丸まりあどけなく眠る姿に、母性本能ならぬ祖父性本能を刺激され、ギルの執事は困ったように笑ったのだった。
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