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本編
耳に響く虫の音
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ふと気づくと、あれから1時間ほどたっていた。
寝ていた訳ではないけれど、起きていた訳でもない。
何か考えていたかというと特に何も考えていなかった。
「強いて言えば……身体が温まったかな……。」
あんなに寒い気がしたのは何だったんだろう?
まぁ、ちゃんと布団に入らずに寝ていたから冷えていただけなんだろうけど。
と言うか、寝過ぎだろう。
昨夜、別に寝れなかった訳じゃないのに、お昼前に帰ってきてこの時間まで寝てるってどんだけ寝てるんだよ。
カウンセラーさんは寝れてるか聞いてたし、寝付きが良くなる薬も出たし、寝れない事を心配していたみたいだけど。
「……でもまだ眠い気がする。」
起き上がっては見たものの、毛布を抱え込んでパタリと倒れる。
でも喉乾いて半ば頭痛くなり始めてるし、お腹も空いてるって言えば空いてるし、トイレに行きたい気もする……。
でも面倒くさいという気持ちが先立ってうだうだしてしまう。
別に具合が悪いとか、気分が落ち込んでるとか、そういうんじゃない。
ただ、起き上がって動くのが面倒くさい。
そのまま動かないとまた、寝てるんだか寝てないんだかわからない微睡みに落ちる。
喉乾いてるなぁ……トイレ行きたいなぁ……お腹空いたなぁ……。
そう思いつつ、起き上がろうともしない。
別に起き上がれないんじゃない。
面倒くさいから起き上がらないのだ。
「……いや??でも、これもある意味「起き上がれない」状態なのかな??」
疲れてて起き上がれない。
熱があって起き上がれない。
具合が悪くて起き上がれない。
そういうのとは違う。
実際、何度か起き上がってみた。
でも面倒くさくてまた横になる。
「…………。これ、ある種の起き上がれないなのかなぁ~。」
ごろっと寝返りをうちながら考える。
いや、考えてないで起き上がれ。
起き上がってトイレに行って水飲んで何か食べろよ。
頭ではわかってる。
でも面倒くさい。
ごろごろしているうちにまた微睡みに落ちる。
「……はっ!ヤベ、トイレ行きたい。」
どれぐらいたったかわからないが流石に限界だ。
面倒くさいよりも生理現象の方が勝り、仕方なく起き上がってトイレに行った。
立ち上がって動いてしまえばなんて事はない。
喉も乾いていたしお腹も空いていたのでリビングに向かう。
そんな俺に家族は特に何も言わず、ご飯食べるかと聞いてくれた。
出された食事は俺の好きなものばかりで、ちょっと泣けた。
だからあまり自分でも考えはまとまっていなかったが、聞いてると思うけど……と一応、自分の口からも話をした。
話しながら、自分の気付かなかった本音に気づいたり、まとまってなかった考えが形になってきたような気がした。
家族はそれを黙って聞いてくれ、最後にどうしたいか、と聞かれた。
「……まだわかんない。ちょっと喧嘩しただけって感覚でもあるし、でも昨日今日過ごしてみて、自分で思ってるよりショックなんだなって気づく部分もあるし。それにさ、俺より周りの皆が凄く頑張ってくれてるからさ……。」
そうだ。
ぼんやりしてたけど、ギルやガスパーやライルをはじめとした皆が凄く動いてくれている。
正直どうなってるんだろうと思うと怖い部分もある。
でも皆が頑張ってくれているのは、俺の立場が悪くならないようにだ。
前と同じように俺が普通に学校に行って、普通に生活できるようにだ。
当たり前の日々を、当たり前に送れるよう尽力してくれているんだ。
「大丈夫だよ。確かに俺一人だと考えが甘かったり見通しが甘かったりするけどさ。仲間がこんなに支えてくれてるし。でも、何か自分が変だなって思ったり、皆には申し訳ないけど俺にはもう無理だって思ったら、ちゃんと相談するから。」
帰ってくるまではあんなに二の足を踏んでいたけど、帰ってみたら案外すんなり話せてしまえた。
そんな自分にほっとする。
話し終わった俺の前に、温かいお茶とキッシュとアップルパイが出され、ちょっと笑ってしまった。
そのまま風呂に入って部屋に戻ると、スマホがヤバイ事になっていた。
メチャクチャ着信やメッセージが届いている。
充電もヤバかったので急いで充電器に繋ぐ。
「……何これ??」
とりあえずメッセージを開いたが、まず目に飛び込んできたのは、クラスメイトのバカ写真だった。
普段と変わらない日常がそこにはあった。
「アホだなぁ~。」
思わず笑う。
特に文章はなく、皆がバカやってる写真が数枚あるだけ。
それが凄く胸に響いた。
リオからは何だか社会人みたいなメッセージが来ていた。
時節の挨拶から始まり、こちらを気遣う文章、それから全体的にこういう感じになってるみたいな簡単な説明。
「……何か、俺の知ってるリオじゃない。」
全体としては温かみのある文章なのに、どこか社長みたいなキビキビした指導者を思わせる文章で少し笑ってしまう。
ガスパーからは何度か着信もあった。
そのせいか「ふざけんな!死んでんのかテメェ!!」とか怖い言葉が並ぶ一方、物凄く事務的に今後の動きを指示された文章だった。
「不器用なんだか器用なんだか……。」
ガスパーらしくて笑ってしまう。
シルクからも着信があって、その後はスタンプで「大丈夫?」「無理しないで」「いつでもこの胸に飛び込んでこい!!」(アニキ風)「慰めてあ・げ・る♡」(セクシー系)と何ともシルクらしい終わりを見せた。
そして……。
「…………うわっ?!マジ?!どうしよう!!」
俺はスマホ片手に大興奮。
そこにはドイル先生の写真があった。
ピンでちゃんとカメラ目線の写真。
送り主はライル。
一言「見舞い品」とだけあった。
「うわ~!どうしよう!!フル充電~!!」
ドイル先生はなかなか写真を撮らせてくれない。
だから俺の持ってる写真は基本、全部隠し撮りしたものだ。
速攻、保存してダウンロードしてクラウド保存もした。
「家宝家宝。ありがたやありがたや。」
そして壁紙にして拝む。
ちゃんとドイル先生が見えるよう、アプリの配置も変える。
そんなほくほくな俺の目に入るメッセージ。
ギルからだった。
「……………………。オカンかよ、お前は……。」
ちゃんと食べたか?眠れているか?辛くはないか?お前さえ良ければ、またいつでも泊まりに来て構わないから……。
別れて半日ほどしかたっていないのに、まるで家を出て独り暮らしをはじめた子供を心配するような言葉が淡々と並ぶ。
その短い言葉一つ一つに暖かさを感じた。
何だろう、暖かい。
暖かいんだ。
もう寒くないような気がして、俺はしばらくそのメッセージを眺めていた。
そうやってしばらく眺めた後、次のメッセージを確認する。
「……え…………。」
ウィルだった。
ウィルからもメッセージがあった。
ズクンッと胸の奥が痛む。
「……そっか……ウィルも、知ってんだ……。」
言葉にならない気持ち。
ウィルに知られている事がショックで悲しい。
メッセージを開こうか開くまいか悩んだ挙句、やっとの思いで開いた。
「……え…………っ?!」
そこには一言だけ、
『会いたい』
とあった。
そのたった一言が凄く衝撃的で、俺は言葉を失い口元を押さえた。
会いたい。
その言葉がとても切なく、そして多くの思いが込められているように思えた。
いや、俺の勝手な思い込みだ。
そうに違いないのだけれども、どうしようもなくて心が震えた。
この一言以外をきっと書いては消して、そしてこの一言だけを送ったウィル。
消された部分は何が書いてあったのだろう……。
「…………ウィル……。」
その文字に秘められた情熱を感じる。
ただの思い込みだ。
わかってる。
でも……。
『会いたい』
その言葉は、まるで愛の告白のように俺の胸に突き刺さった。
皆にとりあえず「生きてるぞ」と返信していると、突然通知が鳴った。
思わず確認もせずに出てしまう。
「あ、ヤベっ!!」
迂闊に電話には出てはいけなかったのを忘れていた。
慌てて切ろうとすると、その前に聞きなれた声が飛び込んでくる。
「先輩?!大丈夫?!」
「…………何だ、リグかよ……。焦った……。」
ホッとしてスマホを耳に当てる。
この様子では事件の事を知ってるみたいだなと思う。
「おう、どうした?」
「どうしたじゃないですよ!!先輩!!」
「何だよ??」
「……誤魔化そうったってそうはいきませんよ?!情報屋の俺をナメないでくださいよ?!」
確かに情報通だとは思っていたが、自ら情報屋を名乗るとは思わずちょっと笑ってしまう。
でもまあ、いい機会だ。
内々では皆知っているが、対外的にはどの程度話が回っているか知りたいと思っていたんだ。
「ほ~ん??で?どこまで知ってんだよ??」
「そうですね……。学校ではちょっと噂にはなってますね。」
「何が??」
「平凡姫が騎士見習いとなんかあったみたいだって。」
「何かって??」
「そこまでは皆、知らないですよ。でも先生たちも何か隠してるし、3年の姫たちが怖い顔して集まって何か話し合ってるし、先輩もあの没落セレブも学校休んでるし、皆、単なる噂じゃなさそうだとは思ってますよ。」
「ふ~ん。」
どうやら問題があった事は広まり始めてるが、エドがナイフで俺を襲ったと詳しい内容までは広まってないみたいだ。
「ていうか!先輩は本当に大丈夫なんですか?!怪我は?!怪我はしてないんですか?!」
「怪我??」
「だから!!誤魔化さないでください!!あの没落セレブが先輩の事、襲ったんでしょ?!ナイフで!!」
「…………ほ~ん??」
確かに一般的には詳しくは情報は漏れていないようだが、リグが探ればバレる状態なのだという事はわかった。
「ほ~んじゃないですよ!!心配したんですからね!!普段そういう事しない先輩が!珍しくアイツの事調べて欲しいって言った直後にこれなんですから!!俺!気をつけてって言ったのに!!」
「だな。ゴメンな、リグ。」
「それで大丈夫なんですか?!」
俺が焦らしたせいか、リグはちょっと涙声になっていて、可哀想な事したなと謝る。
リグは情報屋を名乗るだけあって、情報を持っていても簡単にそれを喋ったりしない。
その点の信用性もあるから単なる噂好きではなく、情報源として皆が頼るし聞かれれば答えるのだ。
だから俺も自分の身に何が起きたのかを話した。
「ちょっとマジですか?!あの没落セレブ!!」
「とりあえずその没落セレブはやめろよ。」
「はぁ?!なら何ならいいんです?!イケ好かないチンピラなら良いですか?!」
「チンピラってお前……。」
「本当!頭にくる!!アイツが告白してフラレて逆上したんだと思ってたのに!俺の先輩を有無を言わさずナイフで手篭めにしようなんて……っ!!」
「おい。いつから俺はお前のものになった??」
憤慨するリグをなだめながらツッコむ。
しかし興奮しているリグは何か訳のわからない事をしばらく叫んでいた。
「……それよりリグ。」
「何ですか?!」
「お前……その情報、どこで手に入れた?」
落ち着いてきた頃合いで核心にツッコむ。
そう、どこから情報が漏れているのかは知っておきたい。
しかしそこは自称とはいえ情報屋、一筋縄ではいかない。
「……ニュースソースは明かせません~。」
「おい、ぶん殴るぞ?!」
「殴られても言いませんよ。俺の信用に関わりますから。」
「……だよな。まぁ、だから俺も信用してんだし。」
「そういう事です。先輩。でも大丈夫ですよ。ちゃんと情報公開でもされない限り、まだそう簡単には漏れないと思いますから。」
「……随分、自信あるな?」
「硬い所を特別に聞き出した情報ですからね。」
「お前……あんま変な事すんなよ?!」
「普通はそこまでしませんよ。でも先輩の事だったし……それに……ちょっと当てがあったから。」
「……ふ~ん?とりあえず、危ない事はしてないんだな??」
「してないです。むしろ危ない展開大歓迎だったんですけど……本当、お硬いんだから……。」
「は??」
「こっちの話です。」
何だか話が見えないが、まぁ置いておこう。
リグと話してみて、やっぱりコイツは信用していいと俺は踏んだ。
だから俺的な本題に入らせてもらった。
「そんなリグに頼みがあるんだけどさ。」
「……ふふっ。良いですよ??聞きましょう??」
「エドの事なんだが……。アイツが学校側にどういう風に話してるかとか、知ってるか??」
「なるほど?」
「……知ってんだな??」
そう。リオやガスパーからの連絡で見えた事。
それはエドがどういう風に学校側に話しているかがわからないという事だ。
弁護士を立てるなど色々対策はしているが、エドが何をどう話したかが見えない為に、こちらの対策にどんな穴があるか見えないのだ。
完璧に対策準備をしていても、思わぬ方向からひっくり返される事もある。
念には念を入れ、可能性を潰していかなければならない。
けれどエドもこちらに対する対策なのか、周りに色々話す事はなく固く口を閉ざしている。
その為、エドがどういう風に学校側に話しているかわからないのだ。
「……逆に、先輩たちはどこまで知ってるんです??」
リグがそう聞いた。
情報屋としての顔の時は、俺でも迂闊な事は言えない。
慎重に言葉と内容を選んで話をする。
「……俺がどうしてあそこにいたか、それを学校側は知りたがってる。多分、そこがエドの話では重要な部分なのだと思う。」
そう。今日、学校側に呼ばれて話したギルによれば、何故、俺が人気のない北棟2校舎にいたのかを遠回しに何度も聞かれたと言っていた。
他の質問は予測の範囲内だったが、それは気になったとギルが言ったのだ。
「俺達の予測では、エドは俺に呼び出されたと話してるんじゃないかと思ってる。エドのした事は変えられない。だが話の色を変える事はできる。一方的に自分が悪い訳ではないと、俺にも非があるとする事で喧嘩両成敗的な方向に持っていきたいんじゃないかなってな。」
俺がこう明かすと、リグは電話の向こうでくすっと笑ったようだった。
どうやらこちらの憶測は的を得ているようだ。
そう思った。
「そこまで見えてるなら、俺の情報いります??」
「憶測より正確な情報だ。そして詳細が分かればなおいい。」
「まぁ、そうですよね。訴えるなら、情報は命と同じですから。」
「……リグ、テメェ……。どこまで知ってる?!」
リグの言い方に、こちらが法的処置も含めて動いている事が知られているとわかる。
事件の内容ならまだしも、こちらの手の内も知っているとなると話は変わる。
俺は少し慎重になった。
「あ~あ。そんな風に警戒されるなんて~。俺、悲しいです~。」
「悪かったよ。で??」
「もう!協力するつもりで電話したのに!!そんな言い方するなら教えてあげません!!」
「だから悪かったって!!ごめんて!!」
しかしリグはそんな俺に傷ついたとばかりに大袈裟に嘆く。
いつもの感じに戻ったリグに、俺はあわあわと謝った。
「……謝罪より現物支給が良いです。」
「何が望みだ?!」
「えぇ?!そりゃ先輩の心が~♡」
「却下。」
「酷い!即答!!」
「他には??」
「なら先輩の処……。」
「言わせねぇぞ?!コラッ!!」
「なら!童……。」
「いい加減にしろ!!」
「も~!!何でもくれるって言ったのに~!!」
「言ってないだろ?!何が望みだって聞いただけだ!!」
相変わらずふざけた事ばかりを言いやがる……。
俺は質の悪い冗談に頭を痛めながらもう一度聞いた。
「それで??なんだって??」
「……キスは??」
「ほっぺたにならな。」
「マジ?!できればほっぺた以外希望!!」
「……乳首と下半身以外なら聞くだけ聞いてやる。」
「えぇ~駄目なの~?!ち◆こにしてもらおうと……。」
「お前今どこだ?海に沈めてやるから待ってろ。」
「ウソウソ!冗談だって!先輩!!」
なんと言うか、リグとは中学時代の先輩後輩でもある。
だからなんとなく、いつも当時の、中学生のガキみたいなノリで会話してしまう。
そんな馬鹿話をしていて、俺は少しだけ事件の事を忘れた。
「……先輩。」
「何だよ?!」
「この件の話。これからも知りたい事あるなら聞いていいよ。多分俺、先輩の欲しい情報、正確なの持ってこれる。」
「え……?」
「だから……いなくなんないでくださいよ……。」
「リグ……。」
盛大にふざけ倒していたリグ。
なのに電話の向こうでいつの間にか泣いていた。
そのバレバレなのに、バレないようにグッとかみ殺している音がひどい話だが心地よかった。
変にはっちゃけていたリグ。
不安だったんだと、その時理解した。
リグは不安だったんだと。
俺はまだ、自分の事なのにあまり実感がない。
だから不安に泣く事もなければ喚く事もない。
けれど、俺の中にそれがない訳じゃない。
ただ、実感できないだけだ。
聞かせないように必死に押さえ込んでいるリグの嗚咽は、まだ実感が持てない自分の代わりにしてくれているようで、妙に心地よく、耳を澄ませて聴き入ってしまった。
「……俺、3年の先輩たちみたいに色々はできないけど、先輩の味方だから……。」
「うん。」
「先輩たちに比べたら……大した事じゃないかもしれないけど……。」
「そんな事ない。お前以外いないから、お前を頼ってるんだし。」
「……いなくなんないでよ、先輩。」
「うん。」
耳を澄ませば、遠くで泣き虫が鳴いている。
何がそんなにもリグを不安にさせているのか、その時の俺にはわからなかった。
自分の不安がわかっていない俺にはわからなかった。
でも、隠しながらもかっこ悪くグズグズ泣いているリグの声は、とても心に染みてきて心地よかった。
寝ていた訳ではないけれど、起きていた訳でもない。
何か考えていたかというと特に何も考えていなかった。
「強いて言えば……身体が温まったかな……。」
あんなに寒い気がしたのは何だったんだろう?
まぁ、ちゃんと布団に入らずに寝ていたから冷えていただけなんだろうけど。
と言うか、寝過ぎだろう。
昨夜、別に寝れなかった訳じゃないのに、お昼前に帰ってきてこの時間まで寝てるってどんだけ寝てるんだよ。
カウンセラーさんは寝れてるか聞いてたし、寝付きが良くなる薬も出たし、寝れない事を心配していたみたいだけど。
「……でもまだ眠い気がする。」
起き上がっては見たものの、毛布を抱え込んでパタリと倒れる。
でも喉乾いて半ば頭痛くなり始めてるし、お腹も空いてるって言えば空いてるし、トイレに行きたい気もする……。
でも面倒くさいという気持ちが先立ってうだうだしてしまう。
別に具合が悪いとか、気分が落ち込んでるとか、そういうんじゃない。
ただ、起き上がって動くのが面倒くさい。
そのまま動かないとまた、寝てるんだか寝てないんだかわからない微睡みに落ちる。
喉乾いてるなぁ……トイレ行きたいなぁ……お腹空いたなぁ……。
そう思いつつ、起き上がろうともしない。
別に起き上がれないんじゃない。
面倒くさいから起き上がらないのだ。
「……いや??でも、これもある意味「起き上がれない」状態なのかな??」
疲れてて起き上がれない。
熱があって起き上がれない。
具合が悪くて起き上がれない。
そういうのとは違う。
実際、何度か起き上がってみた。
でも面倒くさくてまた横になる。
「…………。これ、ある種の起き上がれないなのかなぁ~。」
ごろっと寝返りをうちながら考える。
いや、考えてないで起き上がれ。
起き上がってトイレに行って水飲んで何か食べろよ。
頭ではわかってる。
でも面倒くさい。
ごろごろしているうちにまた微睡みに落ちる。
「……はっ!ヤベ、トイレ行きたい。」
どれぐらいたったかわからないが流石に限界だ。
面倒くさいよりも生理現象の方が勝り、仕方なく起き上がってトイレに行った。
立ち上がって動いてしまえばなんて事はない。
喉も乾いていたしお腹も空いていたのでリビングに向かう。
そんな俺に家族は特に何も言わず、ご飯食べるかと聞いてくれた。
出された食事は俺の好きなものばかりで、ちょっと泣けた。
だからあまり自分でも考えはまとまっていなかったが、聞いてると思うけど……と一応、自分の口からも話をした。
話しながら、自分の気付かなかった本音に気づいたり、まとまってなかった考えが形になってきたような気がした。
家族はそれを黙って聞いてくれ、最後にどうしたいか、と聞かれた。
「……まだわかんない。ちょっと喧嘩しただけって感覚でもあるし、でも昨日今日過ごしてみて、自分で思ってるよりショックなんだなって気づく部分もあるし。それにさ、俺より周りの皆が凄く頑張ってくれてるからさ……。」
そうだ。
ぼんやりしてたけど、ギルやガスパーやライルをはじめとした皆が凄く動いてくれている。
正直どうなってるんだろうと思うと怖い部分もある。
でも皆が頑張ってくれているのは、俺の立場が悪くならないようにだ。
前と同じように俺が普通に学校に行って、普通に生活できるようにだ。
当たり前の日々を、当たり前に送れるよう尽力してくれているんだ。
「大丈夫だよ。確かに俺一人だと考えが甘かったり見通しが甘かったりするけどさ。仲間がこんなに支えてくれてるし。でも、何か自分が変だなって思ったり、皆には申し訳ないけど俺にはもう無理だって思ったら、ちゃんと相談するから。」
帰ってくるまではあんなに二の足を踏んでいたけど、帰ってみたら案外すんなり話せてしまえた。
そんな自分にほっとする。
話し終わった俺の前に、温かいお茶とキッシュとアップルパイが出され、ちょっと笑ってしまった。
そのまま風呂に入って部屋に戻ると、スマホがヤバイ事になっていた。
メチャクチャ着信やメッセージが届いている。
充電もヤバかったので急いで充電器に繋ぐ。
「……何これ??」
とりあえずメッセージを開いたが、まず目に飛び込んできたのは、クラスメイトのバカ写真だった。
普段と変わらない日常がそこにはあった。
「アホだなぁ~。」
思わず笑う。
特に文章はなく、皆がバカやってる写真が数枚あるだけ。
それが凄く胸に響いた。
リオからは何だか社会人みたいなメッセージが来ていた。
時節の挨拶から始まり、こちらを気遣う文章、それから全体的にこういう感じになってるみたいな簡単な説明。
「……何か、俺の知ってるリオじゃない。」
全体としては温かみのある文章なのに、どこか社長みたいなキビキビした指導者を思わせる文章で少し笑ってしまう。
ガスパーからは何度か着信もあった。
そのせいか「ふざけんな!死んでんのかテメェ!!」とか怖い言葉が並ぶ一方、物凄く事務的に今後の動きを指示された文章だった。
「不器用なんだか器用なんだか……。」
ガスパーらしくて笑ってしまう。
シルクからも着信があって、その後はスタンプで「大丈夫?」「無理しないで」「いつでもこの胸に飛び込んでこい!!」(アニキ風)「慰めてあ・げ・る♡」(セクシー系)と何ともシルクらしい終わりを見せた。
そして……。
「…………うわっ?!マジ?!どうしよう!!」
俺はスマホ片手に大興奮。
そこにはドイル先生の写真があった。
ピンでちゃんとカメラ目線の写真。
送り主はライル。
一言「見舞い品」とだけあった。
「うわ~!どうしよう!!フル充電~!!」
ドイル先生はなかなか写真を撮らせてくれない。
だから俺の持ってる写真は基本、全部隠し撮りしたものだ。
速攻、保存してダウンロードしてクラウド保存もした。
「家宝家宝。ありがたやありがたや。」
そして壁紙にして拝む。
ちゃんとドイル先生が見えるよう、アプリの配置も変える。
そんなほくほくな俺の目に入るメッセージ。
ギルからだった。
「……………………。オカンかよ、お前は……。」
ちゃんと食べたか?眠れているか?辛くはないか?お前さえ良ければ、またいつでも泊まりに来て構わないから……。
別れて半日ほどしかたっていないのに、まるで家を出て独り暮らしをはじめた子供を心配するような言葉が淡々と並ぶ。
その短い言葉一つ一つに暖かさを感じた。
何だろう、暖かい。
暖かいんだ。
もう寒くないような気がして、俺はしばらくそのメッセージを眺めていた。
そうやってしばらく眺めた後、次のメッセージを確認する。
「……え…………。」
ウィルだった。
ウィルからもメッセージがあった。
ズクンッと胸の奥が痛む。
「……そっか……ウィルも、知ってんだ……。」
言葉にならない気持ち。
ウィルに知られている事がショックで悲しい。
メッセージを開こうか開くまいか悩んだ挙句、やっとの思いで開いた。
「……え…………っ?!」
そこには一言だけ、
『会いたい』
とあった。
そのたった一言が凄く衝撃的で、俺は言葉を失い口元を押さえた。
会いたい。
その言葉がとても切なく、そして多くの思いが込められているように思えた。
いや、俺の勝手な思い込みだ。
そうに違いないのだけれども、どうしようもなくて心が震えた。
この一言以外をきっと書いては消して、そしてこの一言だけを送ったウィル。
消された部分は何が書いてあったのだろう……。
「…………ウィル……。」
その文字に秘められた情熱を感じる。
ただの思い込みだ。
わかってる。
でも……。
『会いたい』
その言葉は、まるで愛の告白のように俺の胸に突き刺さった。
皆にとりあえず「生きてるぞ」と返信していると、突然通知が鳴った。
思わず確認もせずに出てしまう。
「あ、ヤベっ!!」
迂闊に電話には出てはいけなかったのを忘れていた。
慌てて切ろうとすると、その前に聞きなれた声が飛び込んでくる。
「先輩?!大丈夫?!」
「…………何だ、リグかよ……。焦った……。」
ホッとしてスマホを耳に当てる。
この様子では事件の事を知ってるみたいだなと思う。
「おう、どうした?」
「どうしたじゃないですよ!!先輩!!」
「何だよ??」
「……誤魔化そうったってそうはいきませんよ?!情報屋の俺をナメないでくださいよ?!」
確かに情報通だとは思っていたが、自ら情報屋を名乗るとは思わずちょっと笑ってしまう。
でもまあ、いい機会だ。
内々では皆知っているが、対外的にはどの程度話が回っているか知りたいと思っていたんだ。
「ほ~ん??で?どこまで知ってんだよ??」
「そうですね……。学校ではちょっと噂にはなってますね。」
「何が??」
「平凡姫が騎士見習いとなんかあったみたいだって。」
「何かって??」
「そこまでは皆、知らないですよ。でも先生たちも何か隠してるし、3年の姫たちが怖い顔して集まって何か話し合ってるし、先輩もあの没落セレブも学校休んでるし、皆、単なる噂じゃなさそうだとは思ってますよ。」
「ふ~ん。」
どうやら問題があった事は広まり始めてるが、エドがナイフで俺を襲ったと詳しい内容までは広まってないみたいだ。
「ていうか!先輩は本当に大丈夫なんですか?!怪我は?!怪我はしてないんですか?!」
「怪我??」
「だから!!誤魔化さないでください!!あの没落セレブが先輩の事、襲ったんでしょ?!ナイフで!!」
「…………ほ~ん??」
確かに一般的には詳しくは情報は漏れていないようだが、リグが探ればバレる状態なのだという事はわかった。
「ほ~んじゃないですよ!!心配したんですからね!!普段そういう事しない先輩が!珍しくアイツの事調べて欲しいって言った直後にこれなんですから!!俺!気をつけてって言ったのに!!」
「だな。ゴメンな、リグ。」
「それで大丈夫なんですか?!」
俺が焦らしたせいか、リグはちょっと涙声になっていて、可哀想な事したなと謝る。
リグは情報屋を名乗るだけあって、情報を持っていても簡単にそれを喋ったりしない。
その点の信用性もあるから単なる噂好きではなく、情報源として皆が頼るし聞かれれば答えるのだ。
だから俺も自分の身に何が起きたのかを話した。
「ちょっとマジですか?!あの没落セレブ!!」
「とりあえずその没落セレブはやめろよ。」
「はぁ?!なら何ならいいんです?!イケ好かないチンピラなら良いですか?!」
「チンピラってお前……。」
「本当!頭にくる!!アイツが告白してフラレて逆上したんだと思ってたのに!俺の先輩を有無を言わさずナイフで手篭めにしようなんて……っ!!」
「おい。いつから俺はお前のものになった??」
憤慨するリグをなだめながらツッコむ。
しかし興奮しているリグは何か訳のわからない事をしばらく叫んでいた。
「……それよりリグ。」
「何ですか?!」
「お前……その情報、どこで手に入れた?」
落ち着いてきた頃合いで核心にツッコむ。
そう、どこから情報が漏れているのかは知っておきたい。
しかしそこは自称とはいえ情報屋、一筋縄ではいかない。
「……ニュースソースは明かせません~。」
「おい、ぶん殴るぞ?!」
「殴られても言いませんよ。俺の信用に関わりますから。」
「……だよな。まぁ、だから俺も信用してんだし。」
「そういう事です。先輩。でも大丈夫ですよ。ちゃんと情報公開でもされない限り、まだそう簡単には漏れないと思いますから。」
「……随分、自信あるな?」
「硬い所を特別に聞き出した情報ですからね。」
「お前……あんま変な事すんなよ?!」
「普通はそこまでしませんよ。でも先輩の事だったし……それに……ちょっと当てがあったから。」
「……ふ~ん?とりあえず、危ない事はしてないんだな??」
「してないです。むしろ危ない展開大歓迎だったんですけど……本当、お硬いんだから……。」
「は??」
「こっちの話です。」
何だか話が見えないが、まぁ置いておこう。
リグと話してみて、やっぱりコイツは信用していいと俺は踏んだ。
だから俺的な本題に入らせてもらった。
「そんなリグに頼みがあるんだけどさ。」
「……ふふっ。良いですよ??聞きましょう??」
「エドの事なんだが……。アイツが学校側にどういう風に話してるかとか、知ってるか??」
「なるほど?」
「……知ってんだな??」
そう。リオやガスパーからの連絡で見えた事。
それはエドがどういう風に学校側に話しているかがわからないという事だ。
弁護士を立てるなど色々対策はしているが、エドが何をどう話したかが見えない為に、こちらの対策にどんな穴があるか見えないのだ。
完璧に対策準備をしていても、思わぬ方向からひっくり返される事もある。
念には念を入れ、可能性を潰していかなければならない。
けれどエドもこちらに対する対策なのか、周りに色々話す事はなく固く口を閉ざしている。
その為、エドがどういう風に学校側に話しているかわからないのだ。
「……逆に、先輩たちはどこまで知ってるんです??」
リグがそう聞いた。
情報屋としての顔の時は、俺でも迂闊な事は言えない。
慎重に言葉と内容を選んで話をする。
「……俺がどうしてあそこにいたか、それを学校側は知りたがってる。多分、そこがエドの話では重要な部分なのだと思う。」
そう。今日、学校側に呼ばれて話したギルによれば、何故、俺が人気のない北棟2校舎にいたのかを遠回しに何度も聞かれたと言っていた。
他の質問は予測の範囲内だったが、それは気になったとギルが言ったのだ。
「俺達の予測では、エドは俺に呼び出されたと話してるんじゃないかと思ってる。エドのした事は変えられない。だが話の色を変える事はできる。一方的に自分が悪い訳ではないと、俺にも非があるとする事で喧嘩両成敗的な方向に持っていきたいんじゃないかなってな。」
俺がこう明かすと、リグは電話の向こうでくすっと笑ったようだった。
どうやらこちらの憶測は的を得ているようだ。
そう思った。
「そこまで見えてるなら、俺の情報いります??」
「憶測より正確な情報だ。そして詳細が分かればなおいい。」
「まぁ、そうですよね。訴えるなら、情報は命と同じですから。」
「……リグ、テメェ……。どこまで知ってる?!」
リグの言い方に、こちらが法的処置も含めて動いている事が知られているとわかる。
事件の内容ならまだしも、こちらの手の内も知っているとなると話は変わる。
俺は少し慎重になった。
「あ~あ。そんな風に警戒されるなんて~。俺、悲しいです~。」
「悪かったよ。で??」
「もう!協力するつもりで電話したのに!!そんな言い方するなら教えてあげません!!」
「だから悪かったって!!ごめんて!!」
しかしリグはそんな俺に傷ついたとばかりに大袈裟に嘆く。
いつもの感じに戻ったリグに、俺はあわあわと謝った。
「……謝罪より現物支給が良いです。」
「何が望みだ?!」
「えぇ?!そりゃ先輩の心が~♡」
「却下。」
「酷い!即答!!」
「他には??」
「なら先輩の処……。」
「言わせねぇぞ?!コラッ!!」
「なら!童……。」
「いい加減にしろ!!」
「も~!!何でもくれるって言ったのに~!!」
「言ってないだろ?!何が望みだって聞いただけだ!!」
相変わらずふざけた事ばかりを言いやがる……。
俺は質の悪い冗談に頭を痛めながらもう一度聞いた。
「それで??なんだって??」
「……キスは??」
「ほっぺたにならな。」
「マジ?!できればほっぺた以外希望!!」
「……乳首と下半身以外なら聞くだけ聞いてやる。」
「えぇ~駄目なの~?!ち◆こにしてもらおうと……。」
「お前今どこだ?海に沈めてやるから待ってろ。」
「ウソウソ!冗談だって!先輩!!」
なんと言うか、リグとは中学時代の先輩後輩でもある。
だからなんとなく、いつも当時の、中学生のガキみたいなノリで会話してしまう。
そんな馬鹿話をしていて、俺は少しだけ事件の事を忘れた。
「……先輩。」
「何だよ?!」
「この件の話。これからも知りたい事あるなら聞いていいよ。多分俺、先輩の欲しい情報、正確なの持ってこれる。」
「え……?」
「だから……いなくなんないでくださいよ……。」
「リグ……。」
盛大にふざけ倒していたリグ。
なのに電話の向こうでいつの間にか泣いていた。
そのバレバレなのに、バレないようにグッとかみ殺している音がひどい話だが心地よかった。
変にはっちゃけていたリグ。
不安だったんだと、その時理解した。
リグは不安だったんだと。
俺はまだ、自分の事なのにあまり実感がない。
だから不安に泣く事もなければ喚く事もない。
けれど、俺の中にそれがない訳じゃない。
ただ、実感できないだけだ。
聞かせないように必死に押さえ込んでいるリグの嗚咽は、まだ実感が持てない自分の代わりにしてくれているようで、妙に心地よく、耳を澄ませて聴き入ってしまった。
「……俺、3年の先輩たちみたいに色々はできないけど、先輩の味方だから……。」
「うん。」
「先輩たちに比べたら……大した事じゃないかもしれないけど……。」
「そんな事ない。お前以外いないから、お前を頼ってるんだし。」
「……いなくなんないでよ、先輩。」
「うん。」
耳を澄ませば、遠くで泣き虫が鳴いている。
何がそんなにもリグを不安にさせているのか、その時の俺にはわからなかった。
自分の不安がわかっていない俺にはわからなかった。
でも、隠しながらもかっこ悪くグズグズ泣いているリグの声は、とても心に染みてきて心地よかった。
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