姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

寄り添う誰か

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降ろされたのは、ぱっと見なんだかわからない建物だった。
高級セレブ住宅と言う表現が一番合っている気がする。
真っ白なその建物の前、ギルの執事さんにドアを開けてもらって降り立つと、ドアから昨日のカウンセラーさんが顔を出した。

「あ……。」

「おはようございます。気分は如何ですか?」

「おはようございます……特には大丈夫です。」

「それは良かった。」

そう言って中に案内してくれる。
俺はちらりと後ろを振り返り、走り出すリムジンを少し見送る。
そして招かれるまま、建物の中に入った。











朝練をする部活動の掛け声が響く時間。
そんな爽やかな空気とは異なり、教室には重い雰囲気が立ち込めていた。
顔を合わせるよう並べられた机に座る面々は硬い表情のまま誰も何も言わなかった。

「……面子も揃ったようですし、それでは第一回、全体会議を行おうと思います。」

そこに司会進行とばかりに声がかかる。
皆が無表情にその声の主に顔を向けた。

「それはいいけどよ、ライル……。とりあえずそのBGM消しやがれ!!」

「え?!なんで?!」

イラッとガスパーが怒鳴ると、ライルはびっくりしたように目を丸くした。
途端、堅苦しかった雰囲気が和らいだ。

「何でじゃねぇ!!」

「えぇ~?!この為に昨日、一生懸命まとめたのに~!!」

「しばくぞ?!」

3年C組の教室。
そこにライルをはじめとしたC組生徒数人と3年のレジェンド姫達(+その騎士数人)が集まっていた。

ガスパーに凄まれたライルは渋々プレイヤーを操作する。
ドラマやアニメの作戦会議や戦闘前に流れるような緊張感のあるBGMがぷつっと止まった。
ウィルが困ったように笑う。

「よく探してきたね?」

「いや、普通に「BGM・作戦会議・戦闘前」ってやったらたくさん出てきたからさ。」

「だからって!席についた早々、ごく当たり前のようにかけ始めやがって!あんまりにも自然に流しだすから!誰もツッコめなかっただろうが!!」

「だってこういうのは形が大事だろ?!」

「俺は結構こういうの好き~。」

「だよな?さすがシルク~、わかってる~!!」

イエーイとばかりに立ち上がって手を合わせるライルとシルク。
そこにこほんと咳払いが入り、慌てたように席についた。

「じゃ、そろそろ本題に入ろうか?」

「はい……。」

「ごめんなさい……。」

にっこりと笑うリオを前に、場を和まそうとおちゃらけた二人が小さくなる。
スイッチの入っているリオはそう簡単には揺るがないのだ。

「じゃ、まずはギル。サークの様子を報告してくれるかな?」

「……わかった。」

無言で表情一つ変えずに座っていたギルが口を開いた事で、全員がそれに集中する。
どんなにおちゃらけて見せていたって、ここに集まる全員が今一番知りたい事だった。

「知っての通りあの後、サークは家の別宅に招いた。身体面、精神面の事は医師に任せてあり個人情報の為詳しくはわからない。言える事は大きな怪我はなく、精神的にも表面的にはそう大きな動揺は見られず、いつも通り元気にしている。ただ、本人に自覚がないだけで動揺していない訳ではない。たまに思わぬ動きをしたり固まったりし、そんな自分の行動や考えに驚いているといった感じだ。自覚がないという点は厄介と言える。カウンセラーも、今は起きた事も把握できているし冷静にそれと向き合っているが、初期段階で精神不安を自分で制御し抑えられる場合、後からガタッと崩れる事がよく見られる事から心配していた。ひとまず昨夜は疲れもあったのか眠れていた。まだ色々、実感がないのが良かったのだと思う。今朝の体温は平熱、頭痛や胃腸の痛みなどもないようだった。食事も旨い旨いとよく食べていた。……ただ、今後、色々なものに向き合う事で変化はあると思う。今日は朝イチでカウンセラーの所に送り、終わったら自宅に送るよう手配しておいた。とりあえず、今の所は普段とさほど変わりなく元気だ。」

「……そう。ひとまず良かった。」

「いつも通りモリモリ食えてんなら、とりあえずは悪くねぇよ……。」

「でも、空元気なのかもな……。」

「サークらしいといえばサークらしいけどね……。」

「今は気を張ってるだろうし……。」

会えていない面々は、ひとまずサークが元気そうだと知れて安堵した。
想像はできた。
普段と変わらず元気に食事をしている姿が。
けれどだからこそ心配になる。

「問題はここからだよね……。」

「無意識に一人で抱え込まなきゃいいんだけど……サークの性格から考えるとなぁ……。」

「……誰か一人でも……サークが心を許せる相手がいれば……その人に弱い部分を見せてくれるんだろうけど……。」

そこから先を誰も口にしなかった。
その「誰か」に当たる相手が今のサークにはいない事を知っていた。
誰のものともいえないため息が漏れる。

「……とりあえず、その部分については放課後また話し合おう。今はサークが学校に来る前にできる限りの体制を整えておく事が先決だ。」

「そうだね。」

「ていうかさぁ~、エドはどうなってんの?!」

「一応今日は自宅謹慎みたいだよ。形だけでもサークの話を聞いてからじゃないと処分が決められないからさ。」

「今日は休ませたんだよね?サーク?」

「……あぁ。カウンセリングが終わったら自宅に送り、そのまま家に居る事になっている。今は迂闊に動かず、医者の指示に従うよう言い聞かせた。とにかく今日は大人しくし、登校も学校からの電話なども駄目とカウンセラーからも言ってもらえたはずだ。ご家族には昨日、うちの執事とカウンセラーが訪問して直接話してある。」

「弁護士の方も接触済みだ。俺らは未成年だし内容証明を作成するには保護者とも連携しないとならないからな。ちなみに学校には今日朝イチに弁護士から一報を入れる。内容証明は電子内容証明郵便を用いて昨日のうちにもう手配済みで、届き次第、まず弁護士のみで面接予定だ。」

「ありがとう。でも、長引けば長引くだけエド側も根回しや裏工作ができる。ひっくり返せるとはいえ、面倒はできるだけ少なくしたい。」

「わかってる。だからこっちもなる早で動いてんだ。ただ公的に痕跡を作りながらとなると、自分たちがどれだけ急いだってどうにもなんねぇ部分があんだよ。」

「あぁ、すまないガスパー。そんなつもりではなかったけど言葉が悪かった。気分を悪くさせたね。」

「いやいいさ。」

「今一番知りたいのは、エドがどういう話をしてるかだよな~。俺らもあの後エドとは接触できてないから、今ひとつその辺が見えてこないんだよな~。」

「そこは……ギル。」

「あぁ……わかっている。」

「何時??」

「昼休みに来いと言われている……。だが弁護士から連絡が入るなら、午前の授業中に呼ばれると思うがな。」

「……なるほどねぇ~。でも学校側もギルの話を聞くだけで、エドの事を教えてくれる訳じゃないよね??」

「そうだな。」

「でもエドの話を受けて、学校側がどうしたいのかという方向は見える。そういう方向の証言をギルから得ようとするだろうからね。」

「そっからある程度予測できるだろうよ。」

「でも情報としては推測でしかないからね……。」

「だよね~。どっか確実な情報源があればいいんだけどぉ~。」

「ごめん。流石にそこに権限を使って食い込むのはちょっと……。」

「え?!違うって!リオ!!そういう意味じゃないから!!」

「うん、わかってる。」

そんな話をしているうちに、校舎は登校してきた生徒が集まりだしていた。
後から登校してきたC組の生徒たちは教室に入っていいのやらわからず、廊下に溢れ始めている。

「……とりあえず、ひとまずこれで解散かな。」

「うん。ギルが呼び出されて帰ってきてからまた話そう。」

「……頼んだよ、ギル。」

「……あぁ。」

そう言って、一人、また一人と自分の教室に帰っていく。

エドと学校側への対応策は整っている。
何も心配する必要はない。

だが誰もが本当の意味で不安を取り除けた訳ではなかった。
何故ならそんな対外的な事はさほど重要ではないからだ。
本当に問題なのは、サークにとって心の許せる人、無防備に自分の弱さやカッコ悪さを晒せる相手がいないという事だ。

サークは周りを気遣い弱音を吐かないだろう。
苦しい素振りも見せようとはしないだろう。

けれど今、一番サークに必要なのは、それを見せれる相手なのだ。

みっともなく泣きわめける相手であり、屁理屈でも何でも思うまま曝け出せる相手が必要なのだ。
そしてそれを自然な形で受け止め、包み込む相手が必要なのだ。

でも、サークにはその相手がいない。
今は良くても、張り詰めた糸が切れた時、必ずサークの精神はガクッと落ちる。
誰かがその心に寄り添わなければ深みに落ちてしまう。

「……サーク…………。」

そして思うのだ。
もしもできるなら、その相手に自分がなれればと……。

教室に戻る面々の背中を見つめ、ライルは小さくため息をつく。
ライルもわかっていた。
今のサークには、寄り添う誰かが必ず必要になる。

「……もう少し、見守りたかったんだけどなぁ~。」

平凡なのに皆から愛されるサーク。
無自覚天然で相手の好意に気づかない自由人。
そんな彼も今回ばかりは誰かを選ぶだろう。

誰かが選ばれるという事は、その他の皆は選ばれないという事だ。
当たり前だが残酷な現実だ。

「まぁ……それはこの問題が解決してからだろうけど……。」

今は考えても仕方がない。
ライルはそう思って、自分の席についたのだった。
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