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本編
竜宮城っていきなり連れて行かれたらただただ怖いと思う
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これは……どういう状況なのだろう??
と言うか、安全面的にありなのだろうか??
「……ま、いいや。色々考えんの面倒臭い……。」
俺は湯船に浸かりながら考える事を放棄した。
知らないうちにできていた傷に少ししみる。
「……にしても、アイツ、何なの?!ジェットバス付きの部屋とか……。マジで高校生?!」
何となくムカつく。
俺は何故かあの後、風呂に入れと言われて入る事になった。
確かに埃まみれだし、冷や汗やら脂汗やらで気持ち悪かったし、喧嘩したから髪もぐちゃぐちゃだった。
半ば無理矢理、風呂場の脱衣所に押し込められ、内鍵があるからそれを閉めろと言われ、訳がわからぬまま仕方無しに風呂に入るがまたも言葉を失った。
何なんだ?
このジャグジーは?!
個人宅の風呂なのか?!
ふざけやがって!!
ブチ切れながらも湯船に浸かってしまえば人間など無力だ。
緊張とショックでガチガチになっていた体をほぐす様に、マイクロバブルがプチプチと微かな音を立てている。
思った以上に体が強張っていた事に驚いた。
ジェットバスが出てくる浴槽の中、それが徐々に緩んでいくのがわかる。
自覚がなかった。
俺は平気だ離せと言っていたし、自分でも平気なつもりでいた。
ちょっと殴り合いの喧嘩をした、その程度の事だと。
でもギルは俺を離そうとはしなかった。
おそらくそれだけ、俺は「平気ではない」様子だったのだろう。
はぁ……と大きく息を吐き出す。
それを自覚すると、ジリジリと心が蝕まれる。
「……一人でもこんなにガタつくんだ。数人に襲われたガスパーは洒落になんないくらい怖かっただろうな……。」
暗い思いに飲まれそうになり、俺はガスパーの事を思い出していた。
あの時、もっと気にかけてやればよかった。
きっと本当は恐怖と不安でいっぱいだったはずだ。
ガスパーは平気だ平気だと言うし、しつこいって怒るし、他にできる事もないから俺はオロオロしながら迎えが来るまで側にいただけだった。
涙が引っ込めば照れ隠しなのかムスッと不機嫌でツンツン強気だったし、そんなガスパーを見ていたから俺も気持ちのどこかに「なんだかんだ男だし」みたいな感覚があったんじゃないかと思う。
今思えば、あれはガスパーの恐怖に対する拒否反応だった。
恐怖を認めてしまえば心が蝕まれてしまうから、自己防衛的にそれを認めようとしなかったんだ。
大丈夫だと、こんな事何でもないと、自分は強いんだと主張する事で自分を守っていたんだ。
「……何で気づいてやれなかったのかな……俺……。」
俺は気付なかった。
でも、ギルは気づいていた。
だから俺がどんなに酷い態度で突き放しても離れようとはしなかった。
自分だって怪我をしていたのにだ。
「……………………。」
ギルの気持ちはありがたい。
ありがたいが対応に困る。
確かに俺は目に余る酷い状況だったのだろう。
だからといって、こんないたれりつくせりのセレブ対応をされても庶民の俺は目玉が飛び出るような事が多すぎて、驚きのあまり逆にどうしていいのかわからない。
多分、それまで質素な日々を送っていた浦島太郎が竜宮城に連れて来られた時はこんな気分だったに違いない。
学校にセレブ組があって、そう言った連中を普通に見てきた。
確かに何か生活水準とか金銭感覚とか違うなというのはわかっていたけど、なんだかんだ言ったって中身は俺らとさほど変わらない「男子高校生」なのだ。
お互い変なこだわりさえ取っぱらえば、皆と変わらず仲良くできる。
できるのだが……。
「何か……こうもセレブ的日常を見せつけられると……。」
庶民が日々の疲れを癒やす「自分へのご褒美」的なプチ贅沢が、彼らの生活の中では当たり前なのだと思うと頭が痛くなる。
かと言ってそれを悩んだところで仕方がない。
俺は考える事を放棄して、ぼーっと湯船に浸かったのだった。
「……いやだから、俺、庶民だから。」
風呂を上がった俺を待ち受けていたのは、アフタヌーンティーセットだった。
ここはどこのホテルだとツッコみたくなる。
「出たか……。」
「まぁ……。それより、ナニコレ??」
頂いたジャージを着た俺は頭をタオルで拭きながら固まった。
見た事のないような高そうな食器。
自分の住む世界にはないものだ。
「……小腹がすいているかと……。」
「あ~、うん……。ありがとう……。」
「こういう物は嫌いか?」
「嫌いっつうか……見慣れてないと言うか……。」
「……なら、どういったモノを食べるんだ??」
「え~?!友達んちに遊びに行った時だろ?!普通は行く前にスーパーとかコンビニで買い込んで行くか……たまに金出し合ってピザ取ったり……。」
「ピッツァか……。少し待ってろ。」
ピッツァって、発音から違うし!
セレブ怖えぇ!!
おもむろに受話器を取ったギルの手を慌てて止める。
「いやいやいやいや?!何しようとしてる?!お前?!」
「ピッツァが良いのだろう?コンシェルジュに頼んでいい店のピッザを取り寄せて貰おうと……。」
「コンシェルジュ?!お前、コンシェルジュ利用してんの?!」
「……その為のコンシェルジュだろう??」
さも当たり前の様に言われ、俺は脱力した。
ありえない。
高校生がありえない。
コンシェルジュに何もかもお願いするとかありえないから……。
「……悪い……俺には世界が違いすぎて意味わからん……。」
頭を抱える俺に、ギルの方もどうしていいのかわからないらしい。
無表情に突っ立っているが、困っているのだろう。
でも考えてみれば執事がいるような男だ。
ギルにとってはこれが当たり前なのだろう。
むしろ執事が側にいなくて自分でコンシェルジュにお願いすると言うのは、自立しているぐらいの感覚なのかもしれない。
「……ごめん。俺なんかの為に一生懸命、色々してくれてんのに……。」
「いや、構わん。それより「俺なんか」とは言うな。お前は自分を卑下する必要は何一つない。」
食いつくとこ、そこ?!と思ったが、ギルの顔は真剣で、妙にいたたまれなくなる。
真剣にそんな事を言われた事なんかなくて、恥ずかしさとむず痒さで思わず視線を反らせて俯く。
変に顔が暑い。
風呂を出たばかりだからだと自分に言い聞かせて汗を拭う。
そんな俺にはギルは気づかないようだ。
何かよく気がつく男なのかそうでないのかよくわからない。
少し考えるようにしてから言葉を続ける。
「では、お前は普段、友達とどうやってピッツァを頼んでいるんだ?」
「まずその発音から違うピッツァをやめてくれ……。何か調子が狂う……。いや……ピッツァの方が正しいんだろうけどさ……。」
「……わかった。で?」
「だからさ……あ!カバン!!」
俺はスマホを取り出そうとして、学校にカバンを置いてきた事を思い出した。
カバンどころか帰り支度もまだなのに、トイレに寄ってふらっとウィルのポスターを見に行ったままここにいる事を思い出す。
本当、放課後になってなんの気なしに全部教室に置いたままトイレに行ってそのままの状態なのだ。
あの時、俺はぼんやりしていた。
ウィルの事ばかり考えてた。
顔を合わせない様に避けているのに、ウィルに逢いたくて仕方なかった。
だから無意識にポスターを見に行ったんだ。
誰にも邪魔されずにずっとウィルを見ていられるよう、物置や専門教室のある北等2校舎に自分から行ったんだ。
「…………………………。」
あんな事が起こるなんて思ってなかった。
姫とはいえ美人でも可愛くもない俺は、他の「姫」達とは違い、男子校のおフザケ疑似恋愛対象ではない。
ましてやレジェンド姫達のような熱烈な信者を持っている訳でもない。
「平凡姫」の愛称が示す様に、俺は「姫」というよりどこにでもいる平凡な「仲間」という形で受け入れられていた。
挨拶当番に立っても、「アイドル」とか「看板娘」みたいな扱いではなく、惣菜屋の名物おばちゃんみたいなノリで皆から声をかけられていた。
だから自分に本気なヤツがいるなんて思ってなかった。
それがまして、友人だと思っていた相手に狂気に近い感情を抱かせているなんて思いもしなかったんだ。
「……っ!!」
あの時の事がフラッシュバックする。
風呂で緩んだ体がぎゅっと強ばり、自分の腕を強く掴んだ。
「……サーク……大丈夫、大丈夫だ……。」
ギルはそう言った。
そして俺を驚かせないようゆっくり動く。
「……触れても?」
目の前まで来ると、少し迷いながらそう言われる。
こくんと頷くと、戸惑いながらやんわりと抱きしめられる。
その自分より大きな腕の中で俺はぎゅっと目を閉じた。
「……落ち着いてから話すつもりだったが……サーク……カウンセリングを受けた方が良い……。こちらでもう話はつけてある……。」
その言葉に首を振った。
そうした方がいい事はわかる。
だが、それをしてしまったら全てを認めなければならないようで嫌だった。
自分一人で立ち直れない弱さを曝け出すようで嫌だった。
「大丈夫だ……誰にも知られる事はない……。ここに来てもらう……。俺の家に遊びに来るついでに、カウンセラーと少し話せばいい……。その間、俺は席を外すし、何も気にしなくていい……。」
「…………お前の家に遊びに来るって何だよ??」
思わずツッコむ。
そう言いながら笑った。
顔を起こし、軽くギルの体を押す。
ギルは心配そうに眉をひそめながらも離してくれた。
「ありがとな……。カウンセラーの事とかだけじゃなく……全部……。制服の事も……側にいてくれた事も……庇ってくれた事……手の怪我も……全部……。」
「気にしなくていい。俺が好きでやった事だ。」
「そうはいかないだろ?制服のお金とか、後で教えろよ?ちゃんと払うから……。」
「それは……。」
「駄目だ。そう言うのをきちんとしないのは俺は嫌だ。」
「……わかった。」
「カウンセラーも必要なら自分で探していくから。」
これ以上、ギルの好意に甘えては駄目だ。
凄く助かったしありがたいけれど、自分で何とかしなければならない事だ。
だいいち金銭的な事がある。
お金の貸し借りは人間関係を壊すし、揉め事になりやすいのだ。
しかし強い意志でそう言った俺を、ギルはスン……ッと無表情になって見つめてきた。
こういう顔をする時はろくな事がない気がする。
何か地雷を踏んでしまったような気がして俺は少し焦った。
「それは駄目だ。認めない。」
「……は??」
「こういうものは自覚がなくとも早めに一度受けるべきだ。何よりお前は我慢強い。周りに心配をかけたくないと無理をするのは目に見えている。そんなお前がカウンセリングが必要だと自覚した時には、おそらく取り返しがつかないほど相当参っているはずだ。」
「…………言うな?!」
そんな事はないと言いたかったが、そうと言えるか自分でもわからなかった。
何しろこういう事ははじめてだし、ギルの言っている事もあり得る気がした。
「とにかく、後、20分ほどでカウンセラーが来る。今後の事はともかく今回は受けてもらうからな。」
「はい?!」
「そこでカウンセラーが今後も必要だと判断したら、強制的に今後もカウンセリングを受けてもらう。」
「はあ?!何勝手に?!」
「医師の判断だ。俺が勝手に決める訳ではない。」
「いや……でも……。」
「ひとまず今回は何も気にするな。ウチの親戚だからな。」
「はい?!」
「今回の見立てから、金銭面も含めて今後の事を決めさせてもらう。」
「いや!だから!!」
「……何か文句があるのか?サーク??」
見上げたギルは、何か逆らったらいけない雰囲気があった。
ズモモモモ……と背後に暗黒面かブラックホールが隠れているような……。
俺は本能的に危険を察知して、後ずさりながらコクコクと頷く事しかできなかった。
「……それはそうと、お前はいつもはどうやって友達とピッツァを頼んでいるんだ??」
「お前……この状況でそこに話を戻すのか……。」
ギルはスンと無表情のままそう言った。
こいつの思考回路についていけない俺は、いつの間にか取って来てくれたらしいカバンを渡さながら頭を抱えたのだった。
と言うか、安全面的にありなのだろうか??
「……ま、いいや。色々考えんの面倒臭い……。」
俺は湯船に浸かりながら考える事を放棄した。
知らないうちにできていた傷に少ししみる。
「……にしても、アイツ、何なの?!ジェットバス付きの部屋とか……。マジで高校生?!」
何となくムカつく。
俺は何故かあの後、風呂に入れと言われて入る事になった。
確かに埃まみれだし、冷や汗やら脂汗やらで気持ち悪かったし、喧嘩したから髪もぐちゃぐちゃだった。
半ば無理矢理、風呂場の脱衣所に押し込められ、内鍵があるからそれを閉めろと言われ、訳がわからぬまま仕方無しに風呂に入るがまたも言葉を失った。
何なんだ?
このジャグジーは?!
個人宅の風呂なのか?!
ふざけやがって!!
ブチ切れながらも湯船に浸かってしまえば人間など無力だ。
緊張とショックでガチガチになっていた体をほぐす様に、マイクロバブルがプチプチと微かな音を立てている。
思った以上に体が強張っていた事に驚いた。
ジェットバスが出てくる浴槽の中、それが徐々に緩んでいくのがわかる。
自覚がなかった。
俺は平気だ離せと言っていたし、自分でも平気なつもりでいた。
ちょっと殴り合いの喧嘩をした、その程度の事だと。
でもギルは俺を離そうとはしなかった。
おそらくそれだけ、俺は「平気ではない」様子だったのだろう。
はぁ……と大きく息を吐き出す。
それを自覚すると、ジリジリと心が蝕まれる。
「……一人でもこんなにガタつくんだ。数人に襲われたガスパーは洒落になんないくらい怖かっただろうな……。」
暗い思いに飲まれそうになり、俺はガスパーの事を思い出していた。
あの時、もっと気にかけてやればよかった。
きっと本当は恐怖と不安でいっぱいだったはずだ。
ガスパーは平気だ平気だと言うし、しつこいって怒るし、他にできる事もないから俺はオロオロしながら迎えが来るまで側にいただけだった。
涙が引っ込めば照れ隠しなのかムスッと不機嫌でツンツン強気だったし、そんなガスパーを見ていたから俺も気持ちのどこかに「なんだかんだ男だし」みたいな感覚があったんじゃないかと思う。
今思えば、あれはガスパーの恐怖に対する拒否反応だった。
恐怖を認めてしまえば心が蝕まれてしまうから、自己防衛的にそれを認めようとしなかったんだ。
大丈夫だと、こんな事何でもないと、自分は強いんだと主張する事で自分を守っていたんだ。
「……何で気づいてやれなかったのかな……俺……。」
俺は気付なかった。
でも、ギルは気づいていた。
だから俺がどんなに酷い態度で突き放しても離れようとはしなかった。
自分だって怪我をしていたのにだ。
「……………………。」
ギルの気持ちはありがたい。
ありがたいが対応に困る。
確かに俺は目に余る酷い状況だったのだろう。
だからといって、こんないたれりつくせりのセレブ対応をされても庶民の俺は目玉が飛び出るような事が多すぎて、驚きのあまり逆にどうしていいのかわからない。
多分、それまで質素な日々を送っていた浦島太郎が竜宮城に連れて来られた時はこんな気分だったに違いない。
学校にセレブ組があって、そう言った連中を普通に見てきた。
確かに何か生活水準とか金銭感覚とか違うなというのはわかっていたけど、なんだかんだ言ったって中身は俺らとさほど変わらない「男子高校生」なのだ。
お互い変なこだわりさえ取っぱらえば、皆と変わらず仲良くできる。
できるのだが……。
「何か……こうもセレブ的日常を見せつけられると……。」
庶民が日々の疲れを癒やす「自分へのご褒美」的なプチ贅沢が、彼らの生活の中では当たり前なのだと思うと頭が痛くなる。
かと言ってそれを悩んだところで仕方がない。
俺は考える事を放棄して、ぼーっと湯船に浸かったのだった。
「……いやだから、俺、庶民だから。」
風呂を上がった俺を待ち受けていたのは、アフタヌーンティーセットだった。
ここはどこのホテルだとツッコみたくなる。
「出たか……。」
「まぁ……。それより、ナニコレ??」
頂いたジャージを着た俺は頭をタオルで拭きながら固まった。
見た事のないような高そうな食器。
自分の住む世界にはないものだ。
「……小腹がすいているかと……。」
「あ~、うん……。ありがとう……。」
「こういう物は嫌いか?」
「嫌いっつうか……見慣れてないと言うか……。」
「……なら、どういったモノを食べるんだ??」
「え~?!友達んちに遊びに行った時だろ?!普通は行く前にスーパーとかコンビニで買い込んで行くか……たまに金出し合ってピザ取ったり……。」
「ピッツァか……。少し待ってろ。」
ピッツァって、発音から違うし!
セレブ怖えぇ!!
おもむろに受話器を取ったギルの手を慌てて止める。
「いやいやいやいや?!何しようとしてる?!お前?!」
「ピッツァが良いのだろう?コンシェルジュに頼んでいい店のピッザを取り寄せて貰おうと……。」
「コンシェルジュ?!お前、コンシェルジュ利用してんの?!」
「……その為のコンシェルジュだろう??」
さも当たり前の様に言われ、俺は脱力した。
ありえない。
高校生がありえない。
コンシェルジュに何もかもお願いするとかありえないから……。
「……悪い……俺には世界が違いすぎて意味わからん……。」
頭を抱える俺に、ギルの方もどうしていいのかわからないらしい。
無表情に突っ立っているが、困っているのだろう。
でも考えてみれば執事がいるような男だ。
ギルにとってはこれが当たり前なのだろう。
むしろ執事が側にいなくて自分でコンシェルジュにお願いすると言うのは、自立しているぐらいの感覚なのかもしれない。
「……ごめん。俺なんかの為に一生懸命、色々してくれてんのに……。」
「いや、構わん。それより「俺なんか」とは言うな。お前は自分を卑下する必要は何一つない。」
食いつくとこ、そこ?!と思ったが、ギルの顔は真剣で、妙にいたたまれなくなる。
真剣にそんな事を言われた事なんかなくて、恥ずかしさとむず痒さで思わず視線を反らせて俯く。
変に顔が暑い。
風呂を出たばかりだからだと自分に言い聞かせて汗を拭う。
そんな俺にはギルは気づかないようだ。
何かよく気がつく男なのかそうでないのかよくわからない。
少し考えるようにしてから言葉を続ける。
「では、お前は普段、友達とどうやってピッツァを頼んでいるんだ?」
「まずその発音から違うピッツァをやめてくれ……。何か調子が狂う……。いや……ピッツァの方が正しいんだろうけどさ……。」
「……わかった。で?」
「だからさ……あ!カバン!!」
俺はスマホを取り出そうとして、学校にカバンを置いてきた事を思い出した。
カバンどころか帰り支度もまだなのに、トイレに寄ってふらっとウィルのポスターを見に行ったままここにいる事を思い出す。
本当、放課後になってなんの気なしに全部教室に置いたままトイレに行ってそのままの状態なのだ。
あの時、俺はぼんやりしていた。
ウィルの事ばかり考えてた。
顔を合わせない様に避けているのに、ウィルに逢いたくて仕方なかった。
だから無意識にポスターを見に行ったんだ。
誰にも邪魔されずにずっとウィルを見ていられるよう、物置や専門教室のある北等2校舎に自分から行ったんだ。
「…………………………。」
あんな事が起こるなんて思ってなかった。
姫とはいえ美人でも可愛くもない俺は、他の「姫」達とは違い、男子校のおフザケ疑似恋愛対象ではない。
ましてやレジェンド姫達のような熱烈な信者を持っている訳でもない。
「平凡姫」の愛称が示す様に、俺は「姫」というよりどこにでもいる平凡な「仲間」という形で受け入れられていた。
挨拶当番に立っても、「アイドル」とか「看板娘」みたいな扱いではなく、惣菜屋の名物おばちゃんみたいなノリで皆から声をかけられていた。
だから自分に本気なヤツがいるなんて思ってなかった。
それがまして、友人だと思っていた相手に狂気に近い感情を抱かせているなんて思いもしなかったんだ。
「……っ!!」
あの時の事がフラッシュバックする。
風呂で緩んだ体がぎゅっと強ばり、自分の腕を強く掴んだ。
「……サーク……大丈夫、大丈夫だ……。」
ギルはそう言った。
そして俺を驚かせないようゆっくり動く。
「……触れても?」
目の前まで来ると、少し迷いながらそう言われる。
こくんと頷くと、戸惑いながらやんわりと抱きしめられる。
その自分より大きな腕の中で俺はぎゅっと目を閉じた。
「……落ち着いてから話すつもりだったが……サーク……カウンセリングを受けた方が良い……。こちらでもう話はつけてある……。」
その言葉に首を振った。
そうした方がいい事はわかる。
だが、それをしてしまったら全てを認めなければならないようで嫌だった。
自分一人で立ち直れない弱さを曝け出すようで嫌だった。
「大丈夫だ……誰にも知られる事はない……。ここに来てもらう……。俺の家に遊びに来るついでに、カウンセラーと少し話せばいい……。その間、俺は席を外すし、何も気にしなくていい……。」
「…………お前の家に遊びに来るって何だよ??」
思わずツッコむ。
そう言いながら笑った。
顔を起こし、軽くギルの体を押す。
ギルは心配そうに眉をひそめながらも離してくれた。
「ありがとな……。カウンセラーの事とかだけじゃなく……全部……。制服の事も……側にいてくれた事も……庇ってくれた事……手の怪我も……全部……。」
「気にしなくていい。俺が好きでやった事だ。」
「そうはいかないだろ?制服のお金とか、後で教えろよ?ちゃんと払うから……。」
「それは……。」
「駄目だ。そう言うのをきちんとしないのは俺は嫌だ。」
「……わかった。」
「カウンセラーも必要なら自分で探していくから。」
これ以上、ギルの好意に甘えては駄目だ。
凄く助かったしありがたいけれど、自分で何とかしなければならない事だ。
だいいち金銭的な事がある。
お金の貸し借りは人間関係を壊すし、揉め事になりやすいのだ。
しかし強い意志でそう言った俺を、ギルはスン……ッと無表情になって見つめてきた。
こういう顔をする時はろくな事がない気がする。
何か地雷を踏んでしまったような気がして俺は少し焦った。
「それは駄目だ。認めない。」
「……は??」
「こういうものは自覚がなくとも早めに一度受けるべきだ。何よりお前は我慢強い。周りに心配をかけたくないと無理をするのは目に見えている。そんなお前がカウンセリングが必要だと自覚した時には、おそらく取り返しがつかないほど相当参っているはずだ。」
「…………言うな?!」
そんな事はないと言いたかったが、そうと言えるか自分でもわからなかった。
何しろこういう事ははじめてだし、ギルの言っている事もあり得る気がした。
「とにかく、後、20分ほどでカウンセラーが来る。今後の事はともかく今回は受けてもらうからな。」
「はい?!」
「そこでカウンセラーが今後も必要だと判断したら、強制的に今後もカウンセリングを受けてもらう。」
「はあ?!何勝手に?!」
「医師の判断だ。俺が勝手に決める訳ではない。」
「いや……でも……。」
「ひとまず今回は何も気にするな。ウチの親戚だからな。」
「はい?!」
「今回の見立てから、金銭面も含めて今後の事を決めさせてもらう。」
「いや!だから!!」
「……何か文句があるのか?サーク??」
見上げたギルは、何か逆らったらいけない雰囲気があった。
ズモモモモ……と背後に暗黒面かブラックホールが隠れているような……。
俺は本能的に危険を察知して、後ずさりながらコクコクと頷く事しかできなかった。
「……それはそうと、お前はいつもはどうやって友達とピッツァを頼んでいるんだ??」
「お前……この状況でそこに話を戻すのか……。」
ギルはスンと無表情のままそう言った。
こいつの思考回路についていけない俺は、いつの間にか取って来てくれたらしいカバンを渡さながら頭を抱えたのだった。
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