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本編
俺がシンデレラだったら多分王子と結婚しない
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どうしてだろう?
もうエドはいないのにさっきより体が震えていた。
それをギュッとギルが抱きしめてくる。
「……痛い。離せ。」
「断る。」
頭がぐるぐるする。
エドの件というより今の状態が問題だ。
「いいから離せ!変態!!」
「変態」という言葉にギルがピクリとした。
キツイ言い方をしてキッと睨むと、若干不服そうにしながらも腕を緩める。
「……わっ?!」
「サーク?!」
だが支える力が弱まった途端、今度はカクンっと膝が笑った。
ギルが直ぐに腕を添えてくれ、近くに倒れていた椅子を起こしてに座らせてくれた。
「……悪い。」
「いや……。大丈夫か?」
椅子に座る俺の前に跪き、落ち着かせるように背中を擦られる。
大きな手が温かかった。
「って!!お前!!手!!」
「…………問題ない。」
「あるわ!馬鹿野郎!!さっさと保健室に行け!!」
「……俺はいい。むしろ……お前は行かなくて平気か?」
下から真剣な眼差しで見つめられる。
カッと頬が熱くなった。
それがさっきまでの事に羞恥を感じているからなのか、目の前の変態イケメンのせいなのかはわからない。
「俺はいい。別に何もされてないし。」
「……そうか。」
ギルはそう言いながら、俺にかけた上着のボタンを止めようとした。
袖も通さずに止まる訳もなく、俺はその手をつっけんどんに払い除けた。
「暑きゃ教室でも短パン1枚になる奴もいるってのに、気にし過ぎだっての。」
「……いや……お前の場合、目の毒だ……。」
「安定の変態感だな……。」
ちょっと赤くなって視線を反らされ、俺は飽きれたようにそう言った。
本当、何なんだよ、コイツ。
「とにかく!お前は保健室に行け!手が切れてんだぞ?!ちゃんと手当てしてもらえっての!!」
「だが……。」
「だがじゃねぇ!!」
キツめにそう言うと、ギルは渋々といった調子で立ち上がった。
それでも迷っているのか、無表情に突っ立っている。
「……何してんだよ?」
「いや……。」
「平気だって。落ち着いたら教室帰って体操着着るし。」
「…………そうか……。」
「さっさと行けよ?!」
「だが……。」
俺はそんなギルに苛立ちを覚え、脛を蹴っ飛ばした。
「痛?!」
「行けって!お前!医者になるつもりなんだろ?!なのに手を怪我してんだぞ?!もっと危機感持てよ!!」
ギルの進路は何となく知っていた。
そういう家柄だったし、コイツの成績で学内受験クラスにいるって事は、エスカレーターで進学できない学部を選択していると言う事だ。
俺の言葉にギルは無表情に固まった。
そんな奴の顔を見上げ、困ってんだなと思った。
表情はないけれどなんとなくわかった。
「……大丈夫だっての。」
「そうか……。」
「むしろ……お前の手が……その……心配だし……。」
「サーク……。」
「変な意味じゃねぇよ?!俺のせいで怪我させたみたいなもんだから!それでだからな?!」
妙に焦ってそう言うと、ギルは僅かにだが笑った。
フッと柔らかい顔をしたのだ。
俺はびっくりしてその顔をまじまじと見つめる。
ギルはそれに気づいているのかいないのか、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「わかった。すぐ行って、すぐ戻る。」
「お、おう……。」
妙な気分になり、撫でられた髪を整える。
何かギルの顔を見ていられなかった。
俯き気味の目に、スッと離れるギルの足が見えた。
ギルが側を離れる。
「?!」
「……あ…………。」
驚いたように振り向くギル。
もっと驚いて呆然とする俺。
「……サーク。」
「わ、悪い!!」
何でそんな事をしたのかわからない。
俺は咄嗟に掴んでしまったギルの服を離した。
ギュッと身を縮こませ、俯く。
体が震える。
訳がわからなくて膝の上の拳を強く握った。
「……ごめん!気にしないでくれ!!」
自分の意識と体がチグハグな反応をしていて戸惑う。
何で……何でだよ……しっかりしてくれよ、俺。
そんな俺を、ギルがまたギュッと強く抱きしめた。
なんかもう駄目だった。
訳がわからなかった。
訳がわからないまま、ギルの服をぎゅっと掴む。
「……大丈夫だ。ここにいる。」
大丈夫、という言葉に頷いた。
その言葉にほっとしたのがわかる。
そしてやっと、俺は怖かったんだと理解した。
「ごめん……。」
「大丈夫だ。」
「手の怪我、早く手当しないと……。」
「わかった。だが保健室には行かない。」
「でも……!!」
「お前をこのままにしておけない。悪いが付き合ってもらうぞ?」
「……え??」
どういう事かと意味がわからないでいると、ギルは俺に掛けていたジャケットからスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
「……俺だ。大至急、迎えを頼む。…………あぁ。後、手を切った。…………あぁ……いや、たいした事はない……。……あぁ、宜しく頼む……。」
なんともセレブな内容に思わずポカンとする。
そして通話を終えたギルは俺に視線を向ける。
「……立てるか?サーク。」
「ええと……多分……??」
「無理なら抱き上げ……。」
「立てる。自分で立てる。」
「無理なら……。」
「……立てる。死んでも自力で立つ。」
俺の絶対に屈しない強い意志を感じたのか、ギルはスンッと無表情に戻っていた。
……リムジンとか、マジか??
一生乗る事はないはずの車に乗せられ、俺は完全におのぼりさん状態でおっかなびっくり車内を見渡していた。
何なのこの、狭いけど高級スイートルームみたいな車内は??
こんなのに日常的に乗っているんだとしたら、そりゃセレブ組が庶民と一緒にするなって言うわな。
ギルは乗っていた医者?の治療を受けている。
きちんと手当を受けてくれた事で、俺も少しは安心した。
「皮膚上部が軽く切れただけですので問題ないかと思います。ただ可動部ですから、固定された方が治りが早いと思います。いかが致しますか?」
「……そうだな。致し方ない。」
「ではひとまずテーピングで固定いたします。後程、グローブタイプの物をお届けいたします。」
「宜しく頼む。」
手当が終わると、医者は途中で降りて行った。
それを見送りながらぼんやりする。
「……と言うか、これ、どこに向かってんだ??」
「俺の部屋だが?」
「俺の部屋?!」
呆ける俺にギルは何でもない事のようにそう言った。
意味がわからず鸚鵡返しする。
「……お前の家って事か?!」
「いや、家ではなく、俺の部屋だ。」
「…………はい??」
全く意味がわからない。
そしてギルの方は、俺が何をわからず驚いているのか理解していない顔をしている。
そこにクスクスとした忍び笑いが聞こえた。
「坊っちゃま、それではサーク様が混乱されますよ?寮とお部屋のご説明からなされた方がよろしいかと。」
リムジンの助手席からそんな声がかかった。
ギルの執事さんだとリムジンに乗る時、挨拶された。
執事さんとかリアルで初めて見たからびっくりした。
しかも未成年の高校生についてるとか、改めてギルの素性のヤバさを再確認した。
「……寮って、お前、寮住まいだったのか?!」
「あぁ。」
うちの学校には寮がある。
上から下まで揃ったマンモス学園でもあるし、シルクみたいな特待生もいる。
だから通えないような遠方からうちに入学する場合、基本的には皆、寮に入る。
そんでもって寮は2つあって、西寮と東寮。
西寮は一般的な学生寮で、東寮はセレブ向けだ。
別に庶民とセレブって分けられている訳ではないが、寮の料金設定でそこは読み取るしかない。
「え??お前んちって遠かったんだ??」
「こっちに家族の拠点となる家はあるが、大本の本家はそれなりにな。」
「……何、その拠点となる家って??別荘って事?!」
「別荘ではない。仕事上、こっちに滞在する期間も長くなる事が多いからな。こっちでの家って事だ。」
「……よくわからん。で?そこに向かってるって事か??」
「いや?そこではなく、俺の部屋だが??」
「え?!どういう事?!」
ギルは説明してくれているようなのだが、余計、訳がわからなくなってきた。
そこに苦笑い気味の執事さんが口を挟んだ。
「ご家族の仕事上のお家とはまた別でして。坊っちゃまが休日、ゆっくり過ごされる為にお借りになっているお部屋で御座います。」
「…………は??」
「普段は寮に住んでいるが、休みの日はリラックスしたいだろう?その為の部屋だが??」
ゆっくりと状況を飲み込んで、俺は頭を抱えた。
セレブ、恐るべし……。
何で寮の部屋があるのに、休日を過ごす為の部屋を別に借りてるんだよ……。
百歩譲って、休日は寮以外の場所で過ごしたいってのは理解しよう。
でもそれって「家族のこっちの家」ってヤツでは駄目なのか?!
何でわざわざ別の部屋を借りてるんだ?!
高校生だよな?!お前?!
「……未知すぎる……セレブ……。庶民には理解できん……。」
五千歩譲って、休日、寮でも家族の家でもない場所で過ごしたいとして、それならたまにホテルに泊まるとかで良くないか?!
何で部屋を借りる?!
どこから出てんの?!そのお金?!
「いや……大学に入ったら……どのみち寮にはいられないのだから……早めに用意しておこうと……。それまで部活と生徒会に力を入れていた分……勉強に集中したかったというのもあってだな……。」
俺の中の埋められない格差を理解したのか、ギルは無表情なりに困ってそう言った。
いや、そう言われて「そうですね」とはならねぇよ……。
確かに一理あるけど、普通の人間にはそんな理想を実現できるマネーはないっての。
そんな事を話している内に「ギルの部屋」があると言う場所についた。
リムジンを降り、言葉を失う。
「…………セレブ、怖えぇ……。」
セキュリティーも万全な、入ってすぐにコンシェルジュなんかいるような……そんな建物。
高校生・大学生が借りるような部屋ではないのは明白だ。
「……最上階……とか言わないよな??」
「俺もそこまで身の程をわきまえていない訳じゃない。」
「いや、片手間にここに部屋を借りてる時点で、毎日、必死に働いているサラリーマンの皆様に謝れ。」
「…………すまん。」
無表情にギルがそう言うと、エレベーターを操作してくれていた執事さんが小さく吹き出していた。
部屋について中に入る。
思ったよりはヤバくはなかった。
ホテルのスイートルームみたいのかと思ったが、一応、独り暮らしを想定された部屋っぽかった。
ただし完全にセレブ仕様だけど……。
普通の物件ならこれに若夫婦とか住んでてもおかしくない。
ぼへぇ~と中を眺めているとすぐにチャイムが鳴った。
ギルが対応して、執事さんと品の良さそうなおばさんがガラガラとハンガーラックを引いて入ってきた。
「サーク様、お上着を拝借してもよろしいですか?」
「え?!俺?!」
「はい。失礼致します。」
手に持っていた俺の上着を執事さんが受け取る。
エドとの攻防で振り回していたヤツだ。
それを一緒に入ってきたおばさんがチェックする。
「…………え??」
「切れたりボタンが取れたりしていただろう。替えを用意するから心配するな。」
「え?えぇっ?!」
そしてあれよあれよと言う間に、俺は制服のジャケットとワイシャツを手渡された。
制服というのは意外と高い。
流石に俺は焦った。
品よく微笑むおばさんに制服を返そうとする。
「いや!!そういう訳には?!」
「大丈夫です。こちらのジャケットは卒業までのリース品で御座います。卒業時にお返し頂ければと思います。」
「いや……でも……。」
「ご心配にはいりません。体の大きさに合わなくなって仕立てられる際、新調されるまでの間にリースされる方もよくいらっしゃいますし、またリース品としてお買い上げされたい方もいらっしゃいますので……。」
なるほど、そういう事なのか……。
俺はわかったようなわからないような顔でとりあえず受け取った。
と言うか、セレブって制服すらオーダーメイド的に仕立てるんだな……。
確かに丸々してるお肉ちゃんが不自然のないジャケットを着てたり、セレブ組はどことなく皆、ぴっしり体に合った出で立ちだと思ってたんだがそういう事だったのか……。
庶民は普通にM・Lとかで選んでんのに。
そしてリースに出しても、それを中古品として販売してたりもするんだな。
確かにシルクの制服が盗まれて騒ぎになった時、最終的には展示品を安く売ってもらったとか言ってた。
制服の中古販売とかあり得ないと思っていたけど、こういう事だったのか……。
「それからこちらを。」
「え??」
「お着替えがないと伺っておりましたので。」
Tシャツとジャージを渡される。
学校指定のモノっぽいけど見た事のないやつだった。
「こちら以前の指定の物でして、処分品となっていますので、お気になさらずお使い下さい。」
「え?あ……ありがとうございます……。」
そう言っておばさんはにこやかに去って行った。
執事さんもギルと何か確認するように会話した後、綺麗にお辞儀をして部屋を出て行った。
「……………………。」
「……………………。」
そして俺達はまた、妙な無言の中に残されたのだった。
もうエドはいないのにさっきより体が震えていた。
それをギュッとギルが抱きしめてくる。
「……痛い。離せ。」
「断る。」
頭がぐるぐるする。
エドの件というより今の状態が問題だ。
「いいから離せ!変態!!」
「変態」という言葉にギルがピクリとした。
キツイ言い方をしてキッと睨むと、若干不服そうにしながらも腕を緩める。
「……わっ?!」
「サーク?!」
だが支える力が弱まった途端、今度はカクンっと膝が笑った。
ギルが直ぐに腕を添えてくれ、近くに倒れていた椅子を起こしてに座らせてくれた。
「……悪い。」
「いや……。大丈夫か?」
椅子に座る俺の前に跪き、落ち着かせるように背中を擦られる。
大きな手が温かかった。
「って!!お前!!手!!」
「…………問題ない。」
「あるわ!馬鹿野郎!!さっさと保健室に行け!!」
「……俺はいい。むしろ……お前は行かなくて平気か?」
下から真剣な眼差しで見つめられる。
カッと頬が熱くなった。
それがさっきまでの事に羞恥を感じているからなのか、目の前の変態イケメンのせいなのかはわからない。
「俺はいい。別に何もされてないし。」
「……そうか。」
ギルはそう言いながら、俺にかけた上着のボタンを止めようとした。
袖も通さずに止まる訳もなく、俺はその手をつっけんどんに払い除けた。
「暑きゃ教室でも短パン1枚になる奴もいるってのに、気にし過ぎだっての。」
「……いや……お前の場合、目の毒だ……。」
「安定の変態感だな……。」
ちょっと赤くなって視線を反らされ、俺は飽きれたようにそう言った。
本当、何なんだよ、コイツ。
「とにかく!お前は保健室に行け!手が切れてんだぞ?!ちゃんと手当てしてもらえっての!!」
「だが……。」
「だがじゃねぇ!!」
キツめにそう言うと、ギルは渋々といった調子で立ち上がった。
それでも迷っているのか、無表情に突っ立っている。
「……何してんだよ?」
「いや……。」
「平気だって。落ち着いたら教室帰って体操着着るし。」
「…………そうか……。」
「さっさと行けよ?!」
「だが……。」
俺はそんなギルに苛立ちを覚え、脛を蹴っ飛ばした。
「痛?!」
「行けって!お前!医者になるつもりなんだろ?!なのに手を怪我してんだぞ?!もっと危機感持てよ!!」
ギルの進路は何となく知っていた。
そういう家柄だったし、コイツの成績で学内受験クラスにいるって事は、エスカレーターで進学できない学部を選択していると言う事だ。
俺の言葉にギルは無表情に固まった。
そんな奴の顔を見上げ、困ってんだなと思った。
表情はないけれどなんとなくわかった。
「……大丈夫だっての。」
「そうか……。」
「むしろ……お前の手が……その……心配だし……。」
「サーク……。」
「変な意味じゃねぇよ?!俺のせいで怪我させたみたいなもんだから!それでだからな?!」
妙に焦ってそう言うと、ギルは僅かにだが笑った。
フッと柔らかい顔をしたのだ。
俺はびっくりしてその顔をまじまじと見つめる。
ギルはそれに気づいているのかいないのか、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「わかった。すぐ行って、すぐ戻る。」
「お、おう……。」
妙な気分になり、撫でられた髪を整える。
何かギルの顔を見ていられなかった。
俯き気味の目に、スッと離れるギルの足が見えた。
ギルが側を離れる。
「?!」
「……あ…………。」
驚いたように振り向くギル。
もっと驚いて呆然とする俺。
「……サーク。」
「わ、悪い!!」
何でそんな事をしたのかわからない。
俺は咄嗟に掴んでしまったギルの服を離した。
ギュッと身を縮こませ、俯く。
体が震える。
訳がわからなくて膝の上の拳を強く握った。
「……ごめん!気にしないでくれ!!」
自分の意識と体がチグハグな反応をしていて戸惑う。
何で……何でだよ……しっかりしてくれよ、俺。
そんな俺を、ギルがまたギュッと強く抱きしめた。
なんかもう駄目だった。
訳がわからなかった。
訳がわからないまま、ギルの服をぎゅっと掴む。
「……大丈夫だ。ここにいる。」
大丈夫、という言葉に頷いた。
その言葉にほっとしたのがわかる。
そしてやっと、俺は怖かったんだと理解した。
「ごめん……。」
「大丈夫だ。」
「手の怪我、早く手当しないと……。」
「わかった。だが保健室には行かない。」
「でも……!!」
「お前をこのままにしておけない。悪いが付き合ってもらうぞ?」
「……え??」
どういう事かと意味がわからないでいると、ギルは俺に掛けていたジャケットからスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
「……俺だ。大至急、迎えを頼む。…………あぁ。後、手を切った。…………あぁ……いや、たいした事はない……。……あぁ、宜しく頼む……。」
なんともセレブな内容に思わずポカンとする。
そして通話を終えたギルは俺に視線を向ける。
「……立てるか?サーク。」
「ええと……多分……??」
「無理なら抱き上げ……。」
「立てる。自分で立てる。」
「無理なら……。」
「……立てる。死んでも自力で立つ。」
俺の絶対に屈しない強い意志を感じたのか、ギルはスンッと無表情に戻っていた。
……リムジンとか、マジか??
一生乗る事はないはずの車に乗せられ、俺は完全におのぼりさん状態でおっかなびっくり車内を見渡していた。
何なのこの、狭いけど高級スイートルームみたいな車内は??
こんなのに日常的に乗っているんだとしたら、そりゃセレブ組が庶民と一緒にするなって言うわな。
ギルは乗っていた医者?の治療を受けている。
きちんと手当を受けてくれた事で、俺も少しは安心した。
「皮膚上部が軽く切れただけですので問題ないかと思います。ただ可動部ですから、固定された方が治りが早いと思います。いかが致しますか?」
「……そうだな。致し方ない。」
「ではひとまずテーピングで固定いたします。後程、グローブタイプの物をお届けいたします。」
「宜しく頼む。」
手当が終わると、医者は途中で降りて行った。
それを見送りながらぼんやりする。
「……と言うか、これ、どこに向かってんだ??」
「俺の部屋だが?」
「俺の部屋?!」
呆ける俺にギルは何でもない事のようにそう言った。
意味がわからず鸚鵡返しする。
「……お前の家って事か?!」
「いや、家ではなく、俺の部屋だ。」
「…………はい??」
全く意味がわからない。
そしてギルの方は、俺が何をわからず驚いているのか理解していない顔をしている。
そこにクスクスとした忍び笑いが聞こえた。
「坊っちゃま、それではサーク様が混乱されますよ?寮とお部屋のご説明からなされた方がよろしいかと。」
リムジンの助手席からそんな声がかかった。
ギルの執事さんだとリムジンに乗る時、挨拶された。
執事さんとかリアルで初めて見たからびっくりした。
しかも未成年の高校生についてるとか、改めてギルの素性のヤバさを再確認した。
「……寮って、お前、寮住まいだったのか?!」
「あぁ。」
うちの学校には寮がある。
上から下まで揃ったマンモス学園でもあるし、シルクみたいな特待生もいる。
だから通えないような遠方からうちに入学する場合、基本的には皆、寮に入る。
そんでもって寮は2つあって、西寮と東寮。
西寮は一般的な学生寮で、東寮はセレブ向けだ。
別に庶民とセレブって分けられている訳ではないが、寮の料金設定でそこは読み取るしかない。
「え??お前んちって遠かったんだ??」
「こっちに家族の拠点となる家はあるが、大本の本家はそれなりにな。」
「……何、その拠点となる家って??別荘って事?!」
「別荘ではない。仕事上、こっちに滞在する期間も長くなる事が多いからな。こっちでの家って事だ。」
「……よくわからん。で?そこに向かってるって事か??」
「いや?そこではなく、俺の部屋だが??」
「え?!どういう事?!」
ギルは説明してくれているようなのだが、余計、訳がわからなくなってきた。
そこに苦笑い気味の執事さんが口を挟んだ。
「ご家族の仕事上のお家とはまた別でして。坊っちゃまが休日、ゆっくり過ごされる為にお借りになっているお部屋で御座います。」
「…………は??」
「普段は寮に住んでいるが、休みの日はリラックスしたいだろう?その為の部屋だが??」
ゆっくりと状況を飲み込んで、俺は頭を抱えた。
セレブ、恐るべし……。
何で寮の部屋があるのに、休日を過ごす為の部屋を別に借りてるんだよ……。
百歩譲って、休日は寮以外の場所で過ごしたいってのは理解しよう。
でもそれって「家族のこっちの家」ってヤツでは駄目なのか?!
何でわざわざ別の部屋を借りてるんだ?!
高校生だよな?!お前?!
「……未知すぎる……セレブ……。庶民には理解できん……。」
五千歩譲って、休日、寮でも家族の家でもない場所で過ごしたいとして、それならたまにホテルに泊まるとかで良くないか?!
何で部屋を借りる?!
どこから出てんの?!そのお金?!
「いや……大学に入ったら……どのみち寮にはいられないのだから……早めに用意しておこうと……。それまで部活と生徒会に力を入れていた分……勉強に集中したかったというのもあってだな……。」
俺の中の埋められない格差を理解したのか、ギルは無表情なりに困ってそう言った。
いや、そう言われて「そうですね」とはならねぇよ……。
確かに一理あるけど、普通の人間にはそんな理想を実現できるマネーはないっての。
そんな事を話している内に「ギルの部屋」があると言う場所についた。
リムジンを降り、言葉を失う。
「…………セレブ、怖えぇ……。」
セキュリティーも万全な、入ってすぐにコンシェルジュなんかいるような……そんな建物。
高校生・大学生が借りるような部屋ではないのは明白だ。
「……最上階……とか言わないよな??」
「俺もそこまで身の程をわきまえていない訳じゃない。」
「いや、片手間にここに部屋を借りてる時点で、毎日、必死に働いているサラリーマンの皆様に謝れ。」
「…………すまん。」
無表情にギルがそう言うと、エレベーターを操作してくれていた執事さんが小さく吹き出していた。
部屋について中に入る。
思ったよりはヤバくはなかった。
ホテルのスイートルームみたいのかと思ったが、一応、独り暮らしを想定された部屋っぽかった。
ただし完全にセレブ仕様だけど……。
普通の物件ならこれに若夫婦とか住んでてもおかしくない。
ぼへぇ~と中を眺めているとすぐにチャイムが鳴った。
ギルが対応して、執事さんと品の良さそうなおばさんがガラガラとハンガーラックを引いて入ってきた。
「サーク様、お上着を拝借してもよろしいですか?」
「え?!俺?!」
「はい。失礼致します。」
手に持っていた俺の上着を執事さんが受け取る。
エドとの攻防で振り回していたヤツだ。
それを一緒に入ってきたおばさんがチェックする。
「…………え??」
「切れたりボタンが取れたりしていただろう。替えを用意するから心配するな。」
「え?えぇっ?!」
そしてあれよあれよと言う間に、俺は制服のジャケットとワイシャツを手渡された。
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流石に俺は焦った。
品よく微笑むおばさんに制服を返そうとする。
「いや!!そういう訳には?!」
「大丈夫です。こちらのジャケットは卒業までのリース品で御座います。卒業時にお返し頂ければと思います。」
「いや……でも……。」
「ご心配にはいりません。体の大きさに合わなくなって仕立てられる際、新調されるまでの間にリースされる方もよくいらっしゃいますし、またリース品としてお買い上げされたい方もいらっしゃいますので……。」
なるほど、そういう事なのか……。
俺はわかったようなわからないような顔でとりあえず受け取った。
と言うか、セレブって制服すらオーダーメイド的に仕立てるんだな……。
確かに丸々してるお肉ちゃんが不自然のないジャケットを着てたり、セレブ組はどことなく皆、ぴっしり体に合った出で立ちだと思ってたんだがそういう事だったのか……。
庶民は普通にM・Lとかで選んでんのに。
そしてリースに出しても、それを中古品として販売してたりもするんだな。
確かにシルクの制服が盗まれて騒ぎになった時、最終的には展示品を安く売ってもらったとか言ってた。
制服の中古販売とかあり得ないと思っていたけど、こういう事だったのか……。
「それからこちらを。」
「え??」
「お着替えがないと伺っておりましたので。」
Tシャツとジャージを渡される。
学校指定のモノっぽいけど見た事のないやつだった。
「こちら以前の指定の物でして、処分品となっていますので、お気になさらずお使い下さい。」
「え?あ……ありがとうございます……。」
そう言っておばさんはにこやかに去って行った。
執事さんもギルと何か確認するように会話した後、綺麗にお辞儀をして部屋を出て行った。
「……………………。」
「……………………。」
そして俺達はまた、妙な無言の中に残されたのだった。
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