姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

見つめる瞳

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家に帰ると、どっと気が抜けた。
部屋の入り口にカバンを放置してそのままベッドに倒れ込む。

張り付いていた嘘くさい笑顔。
変なところに力が入っていたのか、顔やら首やら背中やらあちこち痛い。
枕に顔を埋め、大きく息を吐き出した。

……絶対、変に思われた。

反射的に逃げ出した花見の席を思い返し、目を閉じる。
皆驚いただろうし、何よりウィルが怪訝に思ったに違いない。

「今更……今更、気づくなんて……。」

あの写真を見、自分に走った衝撃。
その絶望感に全てを理解した。

ウィルが好きだった。

自分の淡い気持ちに気づいた時にはウィルはもう手の届かない所にいて、だから気づかなかった事にしたんだ。
それでも、気持ちのどこかでその淡い想いはちゃんと育っていた。
自分で駄目にしてしまったんだと蓋をして、見てみぬふりをしていただけだ。
だからウィルの前に立つといつもどこか挙動不審になってしまったんだ。

「あ~、エグい……。」

心の奥底に大事にしまっていたそれが、無理矢理こじ開けられてしまったような感覚。
大切にしまっておいたあの頃の光景。

もう意味もわからないほど落ち込んだ。
そして訳がわからないまま逃げ出して、皆やウィルに訝しがられただろう事を考え、さらに落ち込んだ。

「……あの時どうしたの?とか聞かれても……俺……何て答えていいのかわかんないよ……。」

そのまま動く気力もなくて目を閉じていた。

どれぐらいそうしていたのかわからない。
突然、ブブッとポケットの中でスマホ頑張った震えた。

マナーモードになっていたそれが、メッセージの着信を知らせてきた。
歩いている時は動いていたのでその程度の振動では気づかないことも多いが、動かずベッドに寝転んでいればどんなに小さな振動でも流石に気付く。

「……………………。」

見るか見ないかを考える。
多分、ウィルを含めた「姫」たちからメッセージが来ている可能性が高い。
でも今、何と返事をしていいのかわからなかった。
とりあえず、誰から来ているかだけ確認しようと画面を確認する。

「…………ん??」

ウィル達に混ざって、意外な人物からメッセージが届いていた。
俺は起き上がり、ベッドの上で胡座をかいてスマホと向き合った。

「そっか……。昼飯前に連絡してたんだった……。」

悪い事をしたなぁと通話ボタンを押す。
すると速攻で相手が電話に出た。


「ちょっと!先輩!!酷いじゃないですか!!」

「ごめんごめん。」


出た途端に不満そうな声で怒られ、俺は苦笑しながら謝った。

相手はリグだ。

花見に行く前に、ちょっと話したい事があるから会えるかとメッセージを送っておいたのだ。
だというのに俺は、ウィルの写真の件で茫然自失状態になってすっかり忘れていたのだ。

「ごめんごめんじゃないですよ!!先輩から会いたいなんて言うから……俺……。早退して風呂まで入って万全待機してたのに……。」

「おい、何をする気だったんだ……リグ……。」

ノリノリのリグの冗談にツッコミを入れる。
とはいえこちらから声をかけておいて申し訳ない事をした。
メッセージも来ていたのに、完全無視していたのだから。

「悪かったよ。ゴメンな?今度、いつもの肉屋のコロッケ奢るから。」

「……メンチカツもつけてくれたら許してあげます。」

「了解。」

転んでもただでは起きないしたたかさがリグらしくておかしい。
落ち込んでいた気持ちが少しだけ和らいだ気がした。

「ところでどうしたんです?」

「あ~、うん……。ちょっと聞きたい事があって。」

「なんですか?」

「3年の話なんだけどさ?俺と同じ空手部で主将やってたエドってわかるか?エドモンド・ソルダ・クーパー?」

「空手部の元主将ですよね??……確かテイバーが同じ中学って言ってたような……??それがどうしたんです??」

「いや、なんか知ってっかなぁと思って。お前、顔が広いから色々情報持ってるじゃん?」

「て言うか!その人!先輩の騎士見習いですよね!?なんかあったんですか?!」

「いや、特に何も……。ただ騎士見習いじゃん?もうバレンタイン合戦も近づいてきたし、いずれ騎士にするか決めないとなんないからさ。俺が知ってるエドは「空手部主将」って感じで、ちょっと思い込み激しいとことか、斜に構えて捻くれて悪ぶってる部分もあるけど、意外と努力家で真面目な奴なんだけどさ?なんか周りの印象と俺の持ってる印象が少し違う感じがしてさ?」

「……ふ~ん。なるほどなるほど。」

俺の話を聞いた納得した様にリグはそう言った。
それには少し考えているといった含みがあった。

「……なんか知ってんのか?リグ?」

「いえ。ただちょっと引っかかった部分があったんで。」

「何だよ?」

「いや、ちゃんと裏が取れてから話します。先輩も嫌いでしょ?本人かどうかも確かじゃない噂を話されるの。陰口、悪口みたいで。」

「うん。」

リグのその対応に俺は少しだけ笑顔をこぼした。
腐れ縁だけあって、俺の事をわかってくれているのが嬉しかった。

そう、俺はエドに関する疑問をリグに聞いてみようと思って連絡したのだ。

大型犬子犬みたいなリグは周りに可愛がられやすく、本人もそれをそれとして利用している。
だから何気に顔が広くて、昔から色々意外な情報を持っていた。
リグの情報は信用できる。
情報を持っていても、ちゃんとこうして不確かな噂はべらべら喋って広めたりしない。

「数日待ってて下さいね、先輩。」

「ありがとな、リグ。」

「いえいえ、他でもない先輩の頼みですし。回転寿司デートで手を打ちますよ。」

「コロッケからだいぶ跳ね上がったな?!」

「コロッケとメンチカツは別ですよ??」

「ええぇぇぇ?!マジで?!」

「当たり前じゃないですか!!」

その後、軽く世間話をして通話を終えた。
沈んでいた気持ちが少しだけ持ち直しているのを感じた。

でもそのままぱたんとまたベッドに倒れ込む。

天井を見上げ、今日の事を振り返る。
頭の大半を占めているのは、当然、ウィルの事だ。
それからリグに頼んだエドの事。

そして……。


「あの写真……。」


ふと頭に浮かんだ自分のポスター写真。
いつ撮られたのか全く覚えがない。

誰が撮ったものなのか少しだけ考えて目を閉じた。













その姿を見つけた時、はじめは喜びより狼狽した。
あまり褒められた事をしている時ではなかったからだ。

「サーク……。」

戸惑い気味に名を呼んだその人のポスターを剥がして回っていて、偶然にも本人と出くわすとは思わなかった。
しかもあまり人気のない専門教室や部室に使われている北棟2校舎に、バレンタイン合戦前の「姫」が一人でいるなど普通ならありえなかった。

運命だと思った。

やはり自分とサークには縁があるのだ。
だったらもう、遠慮する事もない。
誰にも二人の仲を邪魔させたりなどしない。

困った様に笑うその人に、ニッコリと微笑む。


「エド……?どうしてこんな所に?」

「俺のお姫様の姿が見えなくて、心配になって探してたんだ。」

「お姫様はやめろよ、流石に引くぞ?」


苦笑いするサーク。
手を伸ばせば届く愛しい人。

そして今、二人を邪魔する忌々しい全てから開放されている。

全てが望む通りに準備されている。
これを運命と言わずになんと言えばいい?
俺は内心、勝ち誇った。

この人は自分が手にするのだと。

今日は何て素晴らしい日なのだろう?
想われていた奴も、想いを寄せていた奴らも、運命の前には手も足も出ないのだ。
やっと愛しい人を自分のモノにできる事に、俺は興奮していた。

入学当初、俺はシルクの美しく愛らしい姿に心を奪われた。
しかしシルクは我儘だった。
自分が気にかけてやったのに、素っ気ない態度を示した。
おまけに「姫」になって周りを常に男に囲まれていた。
いくら美しく可愛いからとはいえ、自分が気にかけてやったのに、何て浅ましく低俗なのかと腹立たしかった。

だから身の程を思い知らしめてやろうと思った。

いくら可愛くて美しいシルクでも、全く敵を作らないという事は不可能だった。
ましてやスポーツ特待生。
容姿だけではなく実力も周りに取り入る話術にも長けたシルクであっても、入学したばかりの彼を妬む者も少なからずいた。
その不平不満、嫉妬心を上手く刺激してやれば、途端に雲行きは変わる。

人の心は弱い。
強がっていても、いつまでも揺るがずにいるのは難しい。
シルクが打ちひしがれて身の程をわきまえたら、手に入れようと思っていた。

上手く行っていたのだ、途中までは……。

しかしそこに思わぬ人物が現れた。
その人物の真っ直ぐな眼差しが全てを無に返した。

それがサークだった。

全くノーマークだった平凡な男。
けれど真っ直ぐで、その瞳は常に真実を見つめていた。
純朴で柔らかく、そして厳しい。

だから、シルクを妬む嫉妬心が醜いイジメへと変わった事を彼は見ていた。
そしてそれが度を越した時、彼は迷わず向かってきた。

空手ないし格闘技などやった事がなく、高校に入ってから始めたばかりの初心者が、有段者の先輩達に堂々と意見した。
下手に突けばこてんぱんにされるというのに、サークは逃げなかった。

その真っ直ぐさが皆の心を動かし、事態を収束させてしまったのだ。

しかもサークは自分が狙っていたシルクの揺らぎにすっと手を差し伸べ、かと言ってつきまとうでもなくさらりと去って行った。
シルクはそんな彼に惹かれ、恋に落ちた。

何もかもが水の泡だった。

どうしてくれようかと思ったが、シルクの件に関わっていたとみなされた俺は、まずは周囲からの信頼を取り戻さなければならなかった。
何をするにしても、周りに悪い印象があるのは効率を悪くする。
シルクならまだしも、どこにでもいる平凡な男一人を貶めるなど容易い事だ。
今すぐでなくていい。
そう思った俺は、とにかく信頼回復に努めた。

そんな中、一年の終わり。
サークが学内の問題児たちとひと悶着起こした。

それは彼が何かしたと言うより、ガスパー・ラティーマーを庇っての事だった。

当然、そこにはフラストレーションが生まれる。
俺はチャンスだと思った。

だから彼らを軽く突いた。
軽くその方向を指し示して見せた。
考えの足りない単純バカはすぐにそれに食いつく。
俺がしたのはそれだけだ。
後は勝手に彼らが勇み足でやり過ぎな方面まで手を伸ばした。

だがここで思わぬ事が起きた。

サークの味方をする人間が思いの外多かったのだ。
あそこまでされれば、普通なら回復の見込みなどなかった。
だが彼に味方したのは他でもない「姫」達だった。
セレブ組の「姫」から1年で最も人気のある「姫」まで、サークの味方をした。
その中には当然、あのシルクもいる。

そして何より、サークが助けたガスパーが隠してきた実力を発揮させた。
有名な弁護士一族のその底力を発揮して、有無を言わさず全てを終わらせた。

ガスパーの目は自分にも向けられた。
けれどシルクの件を踏まえ、直接、自分が関わった証拠を俺は残さなかった。
だから疑わしいと言う視線は一度受けたが、なんとかやり過ごす事ができた。
何よりサーク自身が訴える事まで望まなかった。
その為、追求は終わり、それ以上奥の奥まで探られずに済んだのだ。

俺はシルクに続き、サークを貶める事にも失敗した。

失意の中、部内では次の主将について話し合われていた。
シルクの件で周囲からの信頼に陰りを作った俺は、その払拭の為に主将に立候補していた。
だがシルクがいた。
シルク本人は空手自体にはそこまで精通していない事もあり乗り気ではなかったが、周りは皆、シルクを主将にしたがった。

そんな時だった。


「俺はエドを押します。」


皆の雰囲気が主将はシルクでと言う流れになっていた時、その声が響いたのだ。
目立たず、そこにあっても当たり前すぎて気づかないような存在。
けれど気づけばそこに、純朴で柔らかく、しかし揺るぎなく真っ直ぐに伸びる木のようなその人がいた。

サークだった。

俺はぎょっとした。
一度は貶めようとした相手が自分を主将に押している。
あの件への関与はバレていないはずだが、何か裏があるのかと思った。

しかし彼は真っ直ぐだった。

シルクを助けた時のように。
ガスパーを助けた時のように。

サークは純朴で、そして真っ直ぐだった。

どうしてかと訝しむ仲間に、彼はただ淡々と自分の考えを伝えた。
シルクの件で誰かに何か言われた訳でもないのに、自ら自分を戒めた事。
そしてその事で居辛い部分もあったにも関わらず、誰よりも早く道場に来て掃除をし、自主練を欠かさなかった事を皆に伝えた。

俺は驚いた。
そして心が打ち震えた。

信頼回復の為にやってきた事だが、そういう地道な日々の努力と言うのはなかなか見てもらえないものなのだ。
現にサークに指摘されるまで、他の人間はそれに気づいていなかった。
そうしてきた俺を見てきたのに、誰もそれが見えていなかったのだ。

ただ一人、サークだけがそれをきちんと見ていてくれた。

誰にも気づいてもらえなかった努力を、サークだけが気づき、ずっと見守ってくれていた。
その事が俺の中にあった醜さを全て打ち砕いた。

俺はなんと浅はかだったのだろう?
見た目の美しさなど、サークの持つ素朴な美しさや、真っ直ぐで清らかな心に比べたら、何の価値もないものだ。

真に美しいのはサークだ。

多くの「姫」たちが何故、彼に恋に落ちたか、今ならわかる。
俺はやっと本当に手に入れるべき美しい人を見つけたのだ。

俺はそこからサークだけを真っ直ぐに見つめた。
小細工などしては、サークの美しさを汚してしまう。
だから俺は努めて真面目に自分を律し、努力に努力を重ねる姿をサークに見せ続けた。
そして小細工なしで真っ直ぐにアプローチをした。

しかし純朴故にサークは鈍感だった。

それには彼に想いを寄せる全ての人間が苦労していた。
多少のアプローチでは全く気づかないのだ。
かと言ってやりすぎれば彼は逃げてしまう。
まるで懐かない野生動物を手懐けようと四苦八苦している気分だった。

だが……。

運命の女神は俺に微笑んだ。
ここにこうして、サークと二人きり。
「姫」であるサークが、こんな人気のないところに一人でいることなど、本来ならありえないのだ。

ライルやギル、そして姫たちやサークのクラスメイトは、俺について何らかの情報を持っているようだった。
だから俺がサークに近づく事を極端に警戒していた。

けれどそれだって、運命の前には無意味な事なのだ。

愛しい俺の「姫」。
少し予定より早いが、おかしな虫がつく前に俺だけの「姫」になってもらおう……。

微笑む俺を不思議そうにサークは見つめていた。
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