姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

文字の大きさ
上 下
18 / 74
本編

交錯する感情

しおりを挟む
「……………………。」

ポスターの前に立ち、それを見上げた。
うちのクラスがあんなんで良かった。
他の「姫」なら、この時期、一人でふらつく事などできないだろうから。

自分のおこがましさに泣けてくる。

俺だけのウィルだなんて……。
そんなあつかましい感情が自分の中にあった事に驚く。

ウィルは物じゃない。
誰かのものでもなければ、ましてや俺のものであるはずがない。
それが過去にあったごく僅かなひとコマであっても、それは変わらない。

「……それにもう、俺だけが見ていた光景でもなくなっちゃったしな……。」

図書室のカウンターの中、静かに本を読んでいた。
心地よい静寂の中、たまにぱらりとページが捲られる紙の音がする。

図書室の匂い。
紙の音。

ゆっくりと進むその時間を共有した事。

俺の中に大事にしまわれていたそれは、俺だけが知っている事ではなくなってしまった。
ウィルの「今」を飾る美しい演出として目の前にある。

初めてこれを目にしたのは数日前。
花見の席。

あの後、俺は皆に「ごめん」と何か無理な言い訳をしてその場を慌てて離れた。
ウィルが引き止めていたけれど逃げた。
その後も昼も断って、皆とは顔を合わせないようにしている。

知られたくなかったんだ。
こんなおこがましい気持ちを持っていた事を。

ウィルは「姫」になろうが、変わらずにいてくれた。
変わったのは俺なんだ。
皆に注目されるウィルから逃げたんだ。
自分の気持ちがあまりに不相応でいたたまれなかった。
そして卑屈になって逃げた。

胸にぽっかりと空いた穴。

「俺……、結局また、どうにもできなくなってから気づいたんだな……自分の気持ちに……。」

いつも後の祭りだ。
どうしてもっと早くに気付なかったんだろう?
いや、多分知っていた。
気づいていて見ぬふりをしていたんだ。

「……だって、ウィルはこんなにも綺麗だから……。」

凛とした曇りのない美しさ。
可愛いとか女性的とかとは違うウィルの美しさ。
ただ顔が綺麗とかそういう事じゃないんだ。

だからその前に立つといたたまれなくなる。
自分に自信がないんだ。
こんなにも綺麗な人に、俺なんかがそんな気持ちを抱くなんて図々しすぎてそれを認める事もはばかられたんだ。

「……でも、」

俺は好きだったんだ。
ウィルの事が。

本当は好きだったんだ。

でも平凡な俺は自分に自信がなかった。
だからもう雲の上の人だからと言い訳し、憧れの先生に必要以上に執着してはっちゃけて、それを誤魔化した。

俺だけのウィル。

胸の中に大事に大事にしまっておいた俺だけが見ていたその人。
言えない気持ちとともに、長い時の先でいつか懐かしもうと思っていた思い出。

それぐらいは許されると思ってたんだ。
分不相応な感情を無自覚にぼやかして表に出さない代わりに。

なのにそれが今、写真として目の前にある。

俺だけが隠し持っている写真じゃない。
全校生徒が注目するポスターとしてそこにあるのだ。

思い知らされた。
ウィルは俺なんかが好きになっていい相手じゃない。
こんなにも美しく人を惹き付け、皆に愛される人なのだ。

ウィルを好きだと気づくと同時に、俺の気持ちは容赦なく打ち砕かれた。

なんか悲しいとか切ないとか通り越してしまった。
ただぽっかりと胸に穴が空いただけ。


「……サーク。」


控えめに呼びかけられたその声に俺は振り向いた。
聞き慣れた声だったし。
遠慮気味のその相手に、俺は困った様に笑いかけた。

その背後に、反対側に貼られていた自分の後ろ姿のポスターが見えた。










「サーク……!!頼む、待ってくれ!!」

そう呼びかけたが、サークは困った様な顔で笑うだけだった。
そして慌ただしく周りを片付け、去っていく。

「サーク!!」

「ごめん、行かないと!!急ぐならラインして!!」

いつもの様ににこやかに明るくそう言った。
対応はソフトだが言ってる事には無理がある。
なのに誰もそれを引き止められない強引さでサークは去って行った。

ウィルは伸ばした手を力なく下ろした。
そしてストンと座り込んで俯いた。

あんなにショックを受けるなんて思わなかった。

誤算だった。
ちょっとサークの気持ちに揺さぶりをかけようと思っただけだったのに。

あの頃の事を思い出して欲しかっただけなのに。

「……アンタが思ってるより、アイツにとってこれは大事な思い出だったみてぇだな。」

誰も何も言わない中、ガスパーがパンッとポスターを指で弾いて、空気を読まない装いで言い放った。

「ちょっと、ガスパー。今は言うべきじゃないよ、それは……。」

「うっせ。今だからあえて言ってんだよ。」

止めるレオを一瞥し、ハンッとヤンキー姫らしく悪態をつく。
ウィルにはそれがガスパーの優しさだとわかっていた。
なあなあに愛想笑いをするのではなく、あえて厳しい言葉を選んでくれた。
憎まれ役になる事も辞さない優しさだ。
だからウィルは顔を上げて微笑んだ。
うまく笑えたかはわからないけれど。

「ウィル。大丈夫。大丈夫だよ。」

シルクがそんなウィルに寄り添い、抱きしめた。
抱きしめたと言うか、隠してくれた。
ぐちゃぐちゃになった感情が溢れてしまう事を周りから隠してくれた。

リオが立ち上がり、自分の騎士たちに指示して周りを今以上に遠ざけた。
他の「姫」なら揉めそうなところだが、セレブ組の「姫」となると誰もが逆らえない。
何より、リオには人を従える様な風格があった。
普段ははんなりとしているのに、そうすると決めた時のリオには統率力のようなものがあった。

「……これでよし。」

そう言って桜の下のテーブルに座り直す。
ガスパーが不貞腐れた様な表情をしながらも、拳を突き出してリオを労う。
それに笑顔でリオは拳を合わせた。

「……なんか、ちゃんとあいつの事話すの、初めてだよな。俺ら。」

「そうだね、仲良くしてるけど、ちゃんとサークの事、お互い話すの初めてだね。」

「変だよね~☆同じ人を好きなのに、俺ら結構仲良しなんだもん!!」

「……サークだからだよ。サークだからなんだ……。」

それぞれがそれぞれの言葉で今の状況を一言述べた。
最後のウィルの言葉に皆が笑った。

「だよね~。」

「確かにね。普通は恋敵だからね。もっと殺伐としてておかしくないよ。」

「なんつうか……。そうせざるおえないんだよな……。アイツ、バカすぎてよ。」

「放っとけないけど、一人で把握しきれないんだよ、サークは。」

「そうそう、協力して情報共有しないと追っかけきれないよね。」

「ふらふらしてるもんね~。」

「自由すぎんだよ、アイツは。無自覚だし。」

そう言いながら笑った。
色々言っているが、本当は全員、それが好きなその人の人柄のなせる事だとわかっていた。

「俺はね~悪口言われて泣いてたら~そんなヤツらお前の武器でやっつけちまえって言ってくれたの~。俺の可愛さに靡かない変なヤツだと思ってたんだけどね~。本当の意味で俺の事、見ててくれる人だなぁ~って思って好きになっちゃったんだよね~。」

「なんかわかる。」

「でもお前、戦線離脱で良いんだよな?その様子じゃ?」

「え~??まだ諦めた訳じゃないよ??」

「……そうなのか?てっきり……?」

「ん~?追う恋もいいけど、ふふっ。追われる恋に応えるのも幸せなのかなぁって~。」

「そのまま応えて幸せになっとけ。」

「え~?!そう言われると逃したくなくなるんだよね~☆」

「どっちだよ?!」

「あはは!!」

早咲きの河津桜の下、その赤く色づいた花びらに包まれながら、姫たちの密やかな恋バナが繰り広げられる。
レジェンドと言われてしまうほど注目され自由の少ない「姫」たちは、初めて小声でそれを打ち明けあった。

そこにある不思議な結束。

ウィルはその仲間の優しさに救われる思いがした。












「……クソッ。」

そのポスターを見た時、彼はそう思った。
悔しかった。
その写真が素晴らしすぎてムカついた。

自分の知らないその人がそこにいた。

いかにもその人らしい、その魅力が全て語られた1枚の写真。
いつもの騒がしさの中から離れた、その心の中の真実にそっと触れるような寄り添うような写真。

「……誰が撮った?これを、誰が撮った?!」

かの人の全ては自分だけが知っていればいいはずなのだ。
それを横取りされたようで抑えきれない激しい怒りがこみ上げた。

これを撮った人間がいる。

これを撮れるだけ、かの人を見ている人間が自分以外にいる。
許せなかった。

「……もう、悠長な事を言ってる場合じゃないな……。ちゃんと俺のモノにしておかないと……。変な虫がつく前に……。」

そう呟いて、乱暴にポスターを破り取った。
撮られたのは仕方ないとしても、他の人間にこれ以上、それを見せる事は許せなかった。

それが魅力的であればあるほど許せなかった。










見れば見るほどいい写真だとライルは笑った。
サークとは付き合いは長いが、このひとコマを切り取れる自信はない。

「流石だよなぁ~。サークは怒りそうだけど。」

よほど相手をよく見ていなければこの写真は撮れないだろう。
たいした熱意だと思う。

サークは気づいただろうか?
これを誰が撮ったのか?

そこに込められた静かで激しい情熱に。

「揺れるだろうなぁ~。気づいたんなら~。」

下手な告白よりクる。
たった1枚の写真が語りかける。

「さて、どうなりますか。」

それをライルは笑った。
またここで面白い展開が見られるかもしれない。

「ライル!大変だ!!」

そんなライルの元にクラスメイトが慌てた様子で走り込んでくる。
何事かと皆がそれに顔を向けた。

「ポスター!!盗まれてる!!」

「早いな?!」

「姫のポスターが盗まれるなんて毎度の事だろ??」

「特にレジェンドのは倍率高いしなぁ~。」

「レジェンド達のじゃない!!サークの!!」

「え?!サークの?!」

「しかも一枚二枚じゃない!!多分、全部剥がそうとしてる!!」

それを聞いてライルは表情を固くした。
そしてさっと立ち上がる。

サークは?!

教室を見渡す。
けれどクラスメイトはまだその意味を理解しきっていない。

「え?!嫌がらせ?!」

「わからない!あの後ろ姿のポスターだけ!ほとんど剥がされてる!!」

「!!」

ライルはその言葉に青ざめた。

しくじった。
そう思った。

あの写真を見ればわかる。
そこに込められた静かな情熱が。

だがそれは、自分がわかるように見た人全てが感じ取れる事だ。
被写体になったサークだけがわかるものじゃない。
むしろ当のサークは天然なので気づかない可能性の方が高い。

だが彼がそれに気づかない訳がない。
あの写真の魅力に、それが語りかける情熱に。

「サークは?!」

「……え??」

切羽詰まったライルの声に、クラスメイト達もようやく状況を理解した。
慌てて周りを見、そして情報を出し合う。

「さっきアイツ!トイレに行ったよな?!」

「ケビン、すぐ後から行っただろ?!見てないか?!」

「先に手を洗って出て行ったから!!てっきり教室に戻ったと……!!」

ライルは廊下に飛び出した。
そこで真っ黒い壁とぶつかる。

「……あ。」

分が悪そうに押し黙る。
無表情なその面を見上げ、ライルは叫んだ。

「サークは?!」

「え?」

「アンタも見てないのか?!クソッ!!」

これはまずい。
誰も今、サークがどこにいるか把握していない。
無表情の黒い壁……ならぬギルは、ライルの様子から全てを悟った。

「だったら!エドがどこにいるかはわかるか?!」

「わからない!ここで待ち合わせだった……っ!!」

状況は芳しくない。

二人いなければサークに貼り付けないようにしたのがアダになった。
それを逆手に取る様な事をしてくるとは思わなかった。

「ジョン!!ポスターが残っているとしたらどこだ?!」

「北棟2校舎!!そっちは確認が取れてない!!」

ライルとギルは視線を合わせる。
そして走り出した。

「皆、手分けして探してくれ!!一人で動くな!!北棟2校舎には俺と生徒会長で行く!!」

サークが別の場所にいればいいと願う。
エドが単に遅れているだけだと思いたい。
ポスターを剥がして回っているだけなら構わない。

一番恐れているのは、こうしてこちらの裏をかいて、サークとどこかで秘密裏に接触している事だ。

「こんな事なら話しておくんだった!!」

「……問題ない。すぐに見つける。アイツに手出しはさせない。それに……。」

「……それに?」

「多分、アイツは知っている。」

「……え?!どうして?!」

「アイツは馬鹿じゃない。感づいて何らかの方法で探りを入れたはずだ……。だが自分を気遣ってくれる相手に馬鹿な真似は見せない。そういうヤツだ……。」

真っ直ぐ前だけを見て、何一つ疑う事なく言い切ったギルをライルは横目で見やる。
そして苦笑気味にため息をついた。

「流石サークに強烈ストーカーって言われるだけあるな……、アンタ……。常に近くにいた俺より、よくサークを御存知のようで……。」

「……問題ない。」

いや、褒めてないし。
むしろ問題ありすぎだけどねと思いつつ、ライルは少しだけ安心して笑った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

【声劇台本】バレンタインデーの放課後

茶屋
ライト文芸
バレンタインデーに盛り上がってる男子二人と幼馴染のやり取り。 もっとも重要な所に気付かない鈍感男子ズ。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...