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本編
平凡姫の隠れた真価
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「あああぁぁぁぁ……。」
何なんだ、こいつら、鬱陶しい……。
そしてどうして俺のところに来る?!
俺は差し入れでもらったパックのいちごみるくを飲みながら、呆れたようにそれを眺めていた。
そして背後には騎士見習いの二人が無言で牽制し合っている。
何もかもが鬱陶しい……。
「だからさ?俺のところに来て打ちひしがれても、どうしろってんだよ?!」
俺の前で陰気な空気を垂れ流している連中はシルクの騎士達だ。
気持ちはわからなくはないが、マジで俺にどうしろと言うのか……。
あの後、どうもシルクがぶっ壊れたらしい。
いつもなら他人の言いなりになんて絶対にならないシルクが、誰に何と言われようと頑としてイヴァンのジャージを外さなかったようだ。
あまりしつこいとかえってへそを曲げるか、
「……お仕置きされちゃうじゃん♡」
とか馬鹿な事を滅茶苦茶照れながら言ったらしい。
「あの!お仕置きされちゃうとか照れながら言ったシルクが……!!」
「高校三年間のベストショットトップ10に入るくらい可愛すぎた!!悔しい……!!」
「あんなデレ状態のシルクなんて!!サークの前でしか見れないものだと思っていたのに……っ!!」
「……いや、俺の前で別にデレた事なんか無いだろうが??」
「無自覚!!ムカつくほど無自覚!!」
「お前ら大概にしろよ??」
人の貴重な休み時間に押しかけておいて、何なんだよその言い草は?!
ただでさえ休み時間の度に後ろに変なのかくっついて牽制し合ってうざったいってのに、お前らの面倒まで見てられるかっての!!
アホみたいに意気消沈して脱力する連中を見つめ、俺はため息をつく。
そりゃな、お前らはずっとシルクの騎士……もとい、下僕として仕えて来た訳で……。
その心は、恋人になれなくても青春の思い出として、一番可愛いその人の側にただただ一緒にいたいという、推しに対する無償の愛に近いものだったのだろう。
なのに自分達の神にも等しい絶対的な存在であるシルクに、全く相手にされてない安全牌だと思いこんでいた年下の爽やか君(筋肉あり)が、騎士通り越してタブーとされる「恋人」もどきの扱いをされたのを目の当たりにしたらなぁ……。
「なんでだよ~今までそんな素振り、なかったじゃんか~!!」
「いや、来るもの拒まずのシルクが騎士にしなかった時点で変だろうがよ?」
「それはあいつはシルクにとってそういう立ち位置だと……!!」
「あ~、まぁ、確かにそういう遊びって感覚もあったと思うけどさぁ~?2年近くも引っ張らねぇだろ、普通?」
「いやいやいやいや!!我らがセクシー小悪魔シルクなら!そんな扱い別に不思議じゃない!!」
「なのに何でいきなり?!」
「仮に多少そういうのがあっても、ほぼ無自覚だったじゃん!!」
「まぁ~無自覚だったなぁ~。あいつ……。」
「なのに何で今更?!後数ヶ月で卒業なのに?!何で目覚めちゃったんだよ?!」
「しかも相手はサークじゃなくて!!イニス坊とか!!狡いだろ!!俺らの方が長く一緒にいるじゃんか!!」
「ん~?あれじゃん??普段、女王様よろしくやってたのに、いきなりガツンと有無を言わさない扱いをされて目覚めたんじゃね??」
「あああぁぁぁぁ!!高飛車女王様が自分の言う事を聞かない上、説教してきた不良騎士に恋に落ちるパターン!!」
「……諦めろよ。お前らだって、ずっとシルクの側であいつとの攻防を見てきたじゃんか。なんだかんだ、本当はわかってんだろ?認めたくないだけで??腕っ節も、顔も性格もいいあいつを何でシルクが頑なに騎士にしなかったのかなんて。」
「知らない!!俺は何も知らない!!」
「だったらお前はどうなんだ?!サーク!!」
「は??」
「ずっと生徒会長にストーキングされてんじゃんか!!なのに何で騎士にしないんだよ?!」
「……は?はあぁぁぁっ?!」
「そうだ!サーク!!お前だって!生徒会長にアタックされ続けてんのにずっと無視してんじゃねぇか!!」
いきなり話を振られ、俺は言葉に詰まる。
反射的にチラリとギルを見て、サッと目を逸らした。
当のギルはいつも通り無表情に突っ立ってる。
それが変に居たたまれなくて、軽く俯いたままグッと体を強張らせた。
なんだかわからないが妙な焦りを感じてしまう。
くそ……!変な言い方しやがって!!
イヴァンといいこいつらといい、苛々してるからって俺にあたるんじゃねぇよ!!
「あのな!!変態ストーカーと誠実にひたむきなアプローチを続けてきたイヴァンを一緒にすんな!!イヴァンは常識の範囲内で!周りの状況も鑑みて!何よりシルクの気持ちを第一に考えて行動してきただろうが!!」
俺は正直な気持ちを吐き出した。
マジで真面目で常識的なイヴァンと宇宙人並みに意味不明な強烈迷惑ストーカーを一緒にすんなよ!!
思わず言い放った俺の言葉に、若干、何人かが焦りながらギルをチラ見する。
後ろでギルがどんな顔をしているかなんか知った事じゃない。
「お、おい……サーク……俺達が悪かったよ……。」
「だからこの話はもう終わりな?!」
何やら慌ててシルクの騎士達はそう言った。
多分、後ろでろくでもない顔をしてんだろうよ。
腹が立っていた俺はふんっと鼻を鳴らした。
バカどもはポケットを漁ると、出て来た菓子を俺に渡してくる。
「あのな~、ガキじゃねぇんだから~。」
「いいから食え!!サーク!!」
「まぁ……くれるんなら……。」
何となく腑に落ちなかったが、渡された菓子の中からシリアルバーをベリッと開けて頬張った。
……………………。
これ、ドライフルーツが入ってて、旨いな??
どこのメーカーのだ??
むぐむぐ口を動かしながら、パッケージを確認する。
そんな俺を見て周りがほっと息をついた。
なんか癇癪持ちの子供みたいな扱いをされたなぁと思った。
「……やっぱ、食べてる時は可愛いなぁ~サークも~。」
「口が塞がってるから、悪態もついてこないしな。」
ほのぼの見守られ、何か言い返してやろうかと思ったが、面倒くさくなったので黙っていた。
ふと後ろを見上げると、無言で立っているギルと目が合う。
……滅茶苦茶食ってるの、ガン見されてんだけど……。
酷い事を言って傷付けたかなと思ったが、こいつは通常運転のようだ。
俺もどうでも良くなって前に向き直った。
「おい、サーク。」
そう呼びかけられて顔を向ける。
ドアのところにガスパーが立っていた。
「……お前……いつ見てもなんか食ってんな?!デブるぞ?!」
「仕方ないだろ?!姫になってから、周りが色々寄越すんだよ!!しかも食えって言うし……。」
「……まぁ……気持ちはわからなくねぇんだけど……。」
ガスパーはごにょごにょ言葉を濁しながら、少し赤くなっていた。
変な奴だな??
「で、どうしたんだ??」
「あ~、今日の昼休み、花見すっから。」
「花見??……あ~、河津桜??」
「おう。」
花見と言われ、桜はまだなのになぁと思ったが、裏庭の河津桜が見頃な事を思い出した。
なんとも風流な話だな?
ヤンキー風のキャラが定着しているガスパーからそんなお誘いを受けるとは思わず、ちょっと笑ってしまう。
「他の奴らもくっから。現地集合な?」
「わかった。俺は何持ってけばいい??」
「オメェが持ってくるもんなんか何一つねぇっての!!じゃあな!!伝えたからな!!」
ガスパーはそうツンケンと言い終わると、フンッとばかりに帰って行った。
その後ろをコソコソと騎士達が少し離れて追いかける。
ガスパーは騎士とか作りたがらなかったが、やはり申し込まれたら断れない性質上、それなりに騎士がついている。
ただあの性格なので「近づくんじゃねぇ」と一喝され、離れた場所からくっついているという妙な構図になっていた。
「……なんか、前より増えてないか??」
「そりゃ、孤高のヤンキー姫も3年でこれが最後だからな~。それまで隠れファンだった連中が、勇気を振り絞って騎士の申し出をしてんだよ。」
「ふ~ん??」
なら、ウィルの騎士も増えたんだろうか……。
ちょっとチリっと胸がざわついた。
「サークは増やさねぇの??」
そんな俺に、シルクの騎士の一人が聞いた。
言われてみれば「姫」なのだし、バレンタイン合戦を目前に控えているのだから、増やしてもおかしくはないところだ。
けれど俺はそれに対して肩をすくめるしかない。
「増やすもクソも……。俺、この二人以外にお伺い立てられたことないぜ?!」
「……あ~……まぁ……、そうなるわな……。」
俺の返答にそいつは視線を反らせて口篭った。
まぁ、全生徒に恐れられた鬼の元生徒会長、変態ギルバート・ドレ・グラントと元空手部主将のエドモンド・ソルダ・フーパーが真後ろに(睨み合いながら)並んで立っている威圧感を跳ね除け、俺に騎士の申し出をしようなんて肝の座ったヤツはいないだろう。
たまに立番で、空手部の後輩とかが「先輩!人気大丈夫っすか?!俺も騎士になろうか?!」とか言ってくれるのだが、「予選前だろ!馬鹿な事言ってないで練習しろ!!」ってエドが追い返しちゃうんだよなぁ~。
前に同じクラスだった奴らとかもそんな感じで声をかけてくれたりもするのだが、こちらはギルの無言の圧に耐えかねて「ウソウソ、冗談、冗談!!」と逃げていってしまう……。
いや、別に騎士が欲しい訳じゃないけど……。
誰にでも平凡姫として親しまれ、皆がフレンドリーに接してくれる割に、ガッチリ俺陣営に入ってくる様な奴はいないんだよなぁ……。
まぁ、もともとレジェンド姫達の合間を縫って、「本命でないお気に入り」枠を狙っての俺だから、騎士というガチな親衛隊みたいなのは期待してないんだけどな。
そんなこんなしているうちに予鈴が鳴り、愚痴っていたシルクの騎士達も自分のクラスに帰り始める。
「ならまたな~サーク~。」
「うぜえからもう来んな!!」
「何でだよ!!愚痴ぐらい聞けよ!!」
「慰めろよ!!俺ら可哀想じゃん!!」
「傷心な俺らには癒やしがいるんだよ~!!」
「馬鹿言ってねぇで帰れ!!」
シッシッと追い払うが、あの様子じゃまたそのうち来そうだなと思う。
ずらずら出ていく連中と入れ替わりに、ライルが教室に戻ってきた。
「……シルクの騎士達??」
「そ、シルクがぶっ壊れたんで、グチグチ言ってんだよ、あいつら。て言うか、何で俺に愚痴るんだよ?!一応、俺だって姫なのにさぁ~。」
「まぁな~。ふふっ、いい感じだなぁ~。」
含み笑いをする俺の姫騎士。
またなんか企んでんなぁと思う。
「……何企んでんだよ、おい。」
「別に企んでないって。ただ面白いように事が運ぶなぁと思ってさ。」
「……どういう意味だ??」
「普通さ、騎士になる様な奴らって自分の本命姫一筋なんだよ。盲目的にさ。だから他の姫に貢物をするって事は基本ないんだよ。」
「……だろうな??だから騎士の確保が勝負を分ける部分もあるんだし??」
「そ。つまり、その部分に余力があるんだよ。騎士だからって、本命姫以外に貢物をあげてはならないって決まりはないんだからな。」
ニヤッと笑ったライルを見て、何が言いたいのかわかった。
確かに騎士が自分の姫以外に貢物をしてはならないという決まりはない。
何となく、騎士なんだからって感じでやらないだけだ。
そこからおまけの貢物を貰えれば、確かに強いと言える。
だが、そんなにうまく行くものだろうか??
怪訝そうな顔をする俺に、ライルは自信有りげに笑った。
「さすがはサーク。平凡姫の成せる技だな。そういう姫陣営同士の牽制すら超えてくるんだから。」
「別に超えてはないだろう。」
「そうでもないさ。これが他の姫同士の陣営だったら、なかなかこうはいかない。サークの平凡さがそういった垣根のハードルを下げ、なおかつハマると気づかぬうちに深みにハマって溺愛してしまう性質あっての事だよ。」
「……別に溺愛されてねぇだろうか?!」
「他の姫の騎士にそんなにおやつを貢がせておいてよく言うよ。」
そう言われ、俺はわらわら渡された菓子を見つめた。
一つ一つは大したものじゃない。
飴とかガムとかチョコとか、本当にポケットに入れてて小腹が空いたら摘もうという程度の菓子だ。
だが、あいつらはシルクの「騎士」なのだ。
そして俺は他のクラスの「姫」なのだ。
友達付き合いにしたって「姫」と「騎士」の立場から考えたら妙な事になっているのは明白だった。
だがそこに、誰もなんの疑問も抱かなかった。
俺という「平凡姫」だからこそ成り立った事だった。
ここに来てやっと、ライルやクラスの連中がレジェンド姫に対抗できるのは俺だけだと言っていた真意を理解し始めた。
自分でもびっくりしてしまい言葉を失う。
「…………もしかして……俺って、凄いのか?!」
「今更。サークはもう少し、自分の持っているポテンシャルを理解した方がいいぞ??」
本鈴が鳴り始め、ギリギリまで俺に引っ付いていたギルとエドものろのろ動き出す。
どうせ次の休み時間も来るってのに、何ちんたらしてるんだよ、こいつらは……!!
俺は苛々して発破をかけた。
「さっさと帰れよ!!本鈴鳴っただろうが!!」
いつも通りムスッとしたような無表情のギル。
それに対し、いつもは「ならまたな」と明るく笑うエドが妙な顔をしていた。
「……エド??どうしたんだ?変な顔だぞ??」
「サーク……あのな……?」
「??」
そう言ってエドは俺に向き合い、手を伸ばした。
その瞬間、サッとライルが俺を引き寄せ、ギルが乱暴にエドを引っ張って俺から放した。
クラスの連中も、何かあったら動く体制に入っている。
妙な緊張が教室内に走った。
「おい、授業を始めるぞ~。席に付け~。」
そこにやる気なさそうにエルム・ザクス先生が入ってきた。
先生は基本やる気ないし生徒寄りの先生だが、とにかく何かあると面倒だからとゲンコツで済まそうとするから、下手をするとガツンとやられる。
体罰が問題にもなるこのご時世、それが通用するのは先生の人柄によるものだとしか言いようがない。
「おいおい、まだ他のクラスのやつがいるのか……勘弁してくれ。俺が黒板を書き終わる前に出ていけよ~。」
本来ならキツく注意するべき所だが、先生は気づかなかった事にして黒板に今日の内容の一部を書き始めた。
それによって皆、わらわらと席につく。
睨み合っていたギルとエドも急いで教室を出て行った。
……何だったんだ??今のは??
俺はよくわからないまま、とりあえず席について授業の準備を始める。
何か変だという気持ちはもう、胸にしまっておくには無理がある大きさにまでなっていた。
だが、ライルやクラスの連中、もっと言えばウィルやシルク達に聞いても教えてはくれないだろうとわかっていた。
(だとしたら……聞くなら誰か……。)
俺はその目星をつけ、どうやって聞き出すかを考えていた。
元空手部主将、エドモンド・ソルダ・クーパーは、廊下でギルバート・ドレ・グラントと無言で睨み合った。
「……このままアイツの側にいたいなら、何一つ、手出しするな……。」
「お前に命令される覚えはねぇよ……。」
「……アイツは必ず守る……。たとえ俺が嫌われても……俺はアイツを守る……。極わずかでもアイツにお前が手出しするなら……容赦はしない……。」
「……覚えておくさ。」
そう言ってエドは口元を歪ませ、自分の教室に向かった。
だが内心は穏やかではなかった。
「……思ったより……油断ならないな……。サークは無自覚すぎる……。ひとまず騎士見習いで側にいればいいかと思ったんだけどなぁ……。」
サークのギルに対する反応。
そして誰かに微かな想いを無意識に持っている事。
近くにいるからこそ、色々な事が見えてきた。
周りだって段々とサークの引力に引き寄せられ、虜になってきている。
「……バレンタインが終わるまではおとなしく待ってあげるつもりだったけど……そんな様子じゃ、あまり待ってあげられないなぁ……サーク……。」
エドはそう呟いた。
そして自分の教室に入らず、そのまま歩いていく。
サークの周囲のガードは硬い。
本人は無自覚だが、周りはしっかり固められている。
その隙を探さなければならない。
「……でも、サークはサークだからね……。周りがどうかなどどうでもいいし関係ない……。ちゃんと俺を見てくれる……。」
口元がゆっくりと歪む。
その顔は、サークが知っているエドモンド・ソルダ・クーパーの顔ではなかった……。
何なんだ、こいつら、鬱陶しい……。
そしてどうして俺のところに来る?!
俺は差し入れでもらったパックのいちごみるくを飲みながら、呆れたようにそれを眺めていた。
そして背後には騎士見習いの二人が無言で牽制し合っている。
何もかもが鬱陶しい……。
「だからさ?俺のところに来て打ちひしがれても、どうしろってんだよ?!」
俺の前で陰気な空気を垂れ流している連中はシルクの騎士達だ。
気持ちはわからなくはないが、マジで俺にどうしろと言うのか……。
あの後、どうもシルクがぶっ壊れたらしい。
いつもなら他人の言いなりになんて絶対にならないシルクが、誰に何と言われようと頑としてイヴァンのジャージを外さなかったようだ。
あまりしつこいとかえってへそを曲げるか、
「……お仕置きされちゃうじゃん♡」
とか馬鹿な事を滅茶苦茶照れながら言ったらしい。
「あの!お仕置きされちゃうとか照れながら言ったシルクが……!!」
「高校三年間のベストショットトップ10に入るくらい可愛すぎた!!悔しい……!!」
「あんなデレ状態のシルクなんて!!サークの前でしか見れないものだと思っていたのに……っ!!」
「……いや、俺の前で別にデレた事なんか無いだろうが??」
「無自覚!!ムカつくほど無自覚!!」
「お前ら大概にしろよ??」
人の貴重な休み時間に押しかけておいて、何なんだよその言い草は?!
ただでさえ休み時間の度に後ろに変なのかくっついて牽制し合ってうざったいってのに、お前らの面倒まで見てられるかっての!!
アホみたいに意気消沈して脱力する連中を見つめ、俺はため息をつく。
そりゃな、お前らはずっとシルクの騎士……もとい、下僕として仕えて来た訳で……。
その心は、恋人になれなくても青春の思い出として、一番可愛いその人の側にただただ一緒にいたいという、推しに対する無償の愛に近いものだったのだろう。
なのに自分達の神にも等しい絶対的な存在であるシルクに、全く相手にされてない安全牌だと思いこんでいた年下の爽やか君(筋肉あり)が、騎士通り越してタブーとされる「恋人」もどきの扱いをされたのを目の当たりにしたらなぁ……。
「なんでだよ~今までそんな素振り、なかったじゃんか~!!」
「いや、来るもの拒まずのシルクが騎士にしなかった時点で変だろうがよ?」
「それはあいつはシルクにとってそういう立ち位置だと……!!」
「あ~、まぁ、確かにそういう遊びって感覚もあったと思うけどさぁ~?2年近くも引っ張らねぇだろ、普通?」
「いやいやいやいや!!我らがセクシー小悪魔シルクなら!そんな扱い別に不思議じゃない!!」
「なのに何でいきなり?!」
「仮に多少そういうのがあっても、ほぼ無自覚だったじゃん!!」
「まぁ~無自覚だったなぁ~。あいつ……。」
「なのに何で今更?!後数ヶ月で卒業なのに?!何で目覚めちゃったんだよ?!」
「しかも相手はサークじゃなくて!!イニス坊とか!!狡いだろ!!俺らの方が長く一緒にいるじゃんか!!」
「ん~?あれじゃん??普段、女王様よろしくやってたのに、いきなりガツンと有無を言わさない扱いをされて目覚めたんじゃね??」
「あああぁぁぁぁ!!高飛車女王様が自分の言う事を聞かない上、説教してきた不良騎士に恋に落ちるパターン!!」
「……諦めろよ。お前らだって、ずっとシルクの側であいつとの攻防を見てきたじゃんか。なんだかんだ、本当はわかってんだろ?認めたくないだけで??腕っ節も、顔も性格もいいあいつを何でシルクが頑なに騎士にしなかったのかなんて。」
「知らない!!俺は何も知らない!!」
「だったらお前はどうなんだ?!サーク!!」
「は??」
「ずっと生徒会長にストーキングされてんじゃんか!!なのに何で騎士にしないんだよ?!」
「……は?はあぁぁぁっ?!」
「そうだ!サーク!!お前だって!生徒会長にアタックされ続けてんのにずっと無視してんじゃねぇか!!」
いきなり話を振られ、俺は言葉に詰まる。
反射的にチラリとギルを見て、サッと目を逸らした。
当のギルはいつも通り無表情に突っ立ってる。
それが変に居たたまれなくて、軽く俯いたままグッと体を強張らせた。
なんだかわからないが妙な焦りを感じてしまう。
くそ……!変な言い方しやがって!!
イヴァンといいこいつらといい、苛々してるからって俺にあたるんじゃねぇよ!!
「あのな!!変態ストーカーと誠実にひたむきなアプローチを続けてきたイヴァンを一緒にすんな!!イヴァンは常識の範囲内で!周りの状況も鑑みて!何よりシルクの気持ちを第一に考えて行動してきただろうが!!」
俺は正直な気持ちを吐き出した。
マジで真面目で常識的なイヴァンと宇宙人並みに意味不明な強烈迷惑ストーカーを一緒にすんなよ!!
思わず言い放った俺の言葉に、若干、何人かが焦りながらギルをチラ見する。
後ろでギルがどんな顔をしているかなんか知った事じゃない。
「お、おい……サーク……俺達が悪かったよ……。」
「だからこの話はもう終わりな?!」
何やら慌ててシルクの騎士達はそう言った。
多分、後ろでろくでもない顔をしてんだろうよ。
腹が立っていた俺はふんっと鼻を鳴らした。
バカどもはポケットを漁ると、出て来た菓子を俺に渡してくる。
「あのな~、ガキじゃねぇんだから~。」
「いいから食え!!サーク!!」
「まぁ……くれるんなら……。」
何となく腑に落ちなかったが、渡された菓子の中からシリアルバーをベリッと開けて頬張った。
……………………。
これ、ドライフルーツが入ってて、旨いな??
どこのメーカーのだ??
むぐむぐ口を動かしながら、パッケージを確認する。
そんな俺を見て周りがほっと息をついた。
なんか癇癪持ちの子供みたいな扱いをされたなぁと思った。
「……やっぱ、食べてる時は可愛いなぁ~サークも~。」
「口が塞がってるから、悪態もついてこないしな。」
ほのぼの見守られ、何か言い返してやろうかと思ったが、面倒くさくなったので黙っていた。
ふと後ろを見上げると、無言で立っているギルと目が合う。
……滅茶苦茶食ってるの、ガン見されてんだけど……。
酷い事を言って傷付けたかなと思ったが、こいつは通常運転のようだ。
俺もどうでも良くなって前に向き直った。
「おい、サーク。」
そう呼びかけられて顔を向ける。
ドアのところにガスパーが立っていた。
「……お前……いつ見てもなんか食ってんな?!デブるぞ?!」
「仕方ないだろ?!姫になってから、周りが色々寄越すんだよ!!しかも食えって言うし……。」
「……まぁ……気持ちはわからなくねぇんだけど……。」
ガスパーはごにょごにょ言葉を濁しながら、少し赤くなっていた。
変な奴だな??
「で、どうしたんだ??」
「あ~、今日の昼休み、花見すっから。」
「花見??……あ~、河津桜??」
「おう。」
花見と言われ、桜はまだなのになぁと思ったが、裏庭の河津桜が見頃な事を思い出した。
なんとも風流な話だな?
ヤンキー風のキャラが定着しているガスパーからそんなお誘いを受けるとは思わず、ちょっと笑ってしまう。
「他の奴らもくっから。現地集合な?」
「わかった。俺は何持ってけばいい??」
「オメェが持ってくるもんなんか何一つねぇっての!!じゃあな!!伝えたからな!!」
ガスパーはそうツンケンと言い終わると、フンッとばかりに帰って行った。
その後ろをコソコソと騎士達が少し離れて追いかける。
ガスパーは騎士とか作りたがらなかったが、やはり申し込まれたら断れない性質上、それなりに騎士がついている。
ただあの性格なので「近づくんじゃねぇ」と一喝され、離れた場所からくっついているという妙な構図になっていた。
「……なんか、前より増えてないか??」
「そりゃ、孤高のヤンキー姫も3年でこれが最後だからな~。それまで隠れファンだった連中が、勇気を振り絞って騎士の申し出をしてんだよ。」
「ふ~ん??」
なら、ウィルの騎士も増えたんだろうか……。
ちょっとチリっと胸がざわついた。
「サークは増やさねぇの??」
そんな俺に、シルクの騎士の一人が聞いた。
言われてみれば「姫」なのだし、バレンタイン合戦を目前に控えているのだから、増やしてもおかしくはないところだ。
けれど俺はそれに対して肩をすくめるしかない。
「増やすもクソも……。俺、この二人以外にお伺い立てられたことないぜ?!」
「……あ~……まぁ……、そうなるわな……。」
俺の返答にそいつは視線を反らせて口篭った。
まぁ、全生徒に恐れられた鬼の元生徒会長、変態ギルバート・ドレ・グラントと元空手部主将のエドモンド・ソルダ・フーパーが真後ろに(睨み合いながら)並んで立っている威圧感を跳ね除け、俺に騎士の申し出をしようなんて肝の座ったヤツはいないだろう。
たまに立番で、空手部の後輩とかが「先輩!人気大丈夫っすか?!俺も騎士になろうか?!」とか言ってくれるのだが、「予選前だろ!馬鹿な事言ってないで練習しろ!!」ってエドが追い返しちゃうんだよなぁ~。
前に同じクラスだった奴らとかもそんな感じで声をかけてくれたりもするのだが、こちらはギルの無言の圧に耐えかねて「ウソウソ、冗談、冗談!!」と逃げていってしまう……。
いや、別に騎士が欲しい訳じゃないけど……。
誰にでも平凡姫として親しまれ、皆がフレンドリーに接してくれる割に、ガッチリ俺陣営に入ってくる様な奴はいないんだよなぁ……。
まぁ、もともとレジェンド姫達の合間を縫って、「本命でないお気に入り」枠を狙っての俺だから、騎士というガチな親衛隊みたいなのは期待してないんだけどな。
そんなこんなしているうちに予鈴が鳴り、愚痴っていたシルクの騎士達も自分のクラスに帰り始める。
「ならまたな~サーク~。」
「うぜえからもう来んな!!」
「何でだよ!!愚痴ぐらい聞けよ!!」
「慰めろよ!!俺ら可哀想じゃん!!」
「傷心な俺らには癒やしがいるんだよ~!!」
「馬鹿言ってねぇで帰れ!!」
シッシッと追い払うが、あの様子じゃまたそのうち来そうだなと思う。
ずらずら出ていく連中と入れ替わりに、ライルが教室に戻ってきた。
「……シルクの騎士達??」
「そ、シルクがぶっ壊れたんで、グチグチ言ってんだよ、あいつら。て言うか、何で俺に愚痴るんだよ?!一応、俺だって姫なのにさぁ~。」
「まぁな~。ふふっ、いい感じだなぁ~。」
含み笑いをする俺の姫騎士。
またなんか企んでんなぁと思う。
「……何企んでんだよ、おい。」
「別に企んでないって。ただ面白いように事が運ぶなぁと思ってさ。」
「……どういう意味だ??」
「普通さ、騎士になる様な奴らって自分の本命姫一筋なんだよ。盲目的にさ。だから他の姫に貢物をするって事は基本ないんだよ。」
「……だろうな??だから騎士の確保が勝負を分ける部分もあるんだし??」
「そ。つまり、その部分に余力があるんだよ。騎士だからって、本命姫以外に貢物をあげてはならないって決まりはないんだからな。」
ニヤッと笑ったライルを見て、何が言いたいのかわかった。
確かに騎士が自分の姫以外に貢物をしてはならないという決まりはない。
何となく、騎士なんだからって感じでやらないだけだ。
そこからおまけの貢物を貰えれば、確かに強いと言える。
だが、そんなにうまく行くものだろうか??
怪訝そうな顔をする俺に、ライルは自信有りげに笑った。
「さすがはサーク。平凡姫の成せる技だな。そういう姫陣営同士の牽制すら超えてくるんだから。」
「別に超えてはないだろう。」
「そうでもないさ。これが他の姫同士の陣営だったら、なかなかこうはいかない。サークの平凡さがそういった垣根のハードルを下げ、なおかつハマると気づかぬうちに深みにハマって溺愛してしまう性質あっての事だよ。」
「……別に溺愛されてねぇだろうか?!」
「他の姫の騎士にそんなにおやつを貢がせておいてよく言うよ。」
そう言われ、俺はわらわら渡された菓子を見つめた。
一つ一つは大したものじゃない。
飴とかガムとかチョコとか、本当にポケットに入れてて小腹が空いたら摘もうという程度の菓子だ。
だが、あいつらはシルクの「騎士」なのだ。
そして俺は他のクラスの「姫」なのだ。
友達付き合いにしたって「姫」と「騎士」の立場から考えたら妙な事になっているのは明白だった。
だがそこに、誰もなんの疑問も抱かなかった。
俺という「平凡姫」だからこそ成り立った事だった。
ここに来てやっと、ライルやクラスの連中がレジェンド姫に対抗できるのは俺だけだと言っていた真意を理解し始めた。
自分でもびっくりしてしまい言葉を失う。
「…………もしかして……俺って、凄いのか?!」
「今更。サークはもう少し、自分の持っているポテンシャルを理解した方がいいぞ??」
本鈴が鳴り始め、ギリギリまで俺に引っ付いていたギルとエドものろのろ動き出す。
どうせ次の休み時間も来るってのに、何ちんたらしてるんだよ、こいつらは……!!
俺は苛々して発破をかけた。
「さっさと帰れよ!!本鈴鳴っただろうが!!」
いつも通りムスッとしたような無表情のギル。
それに対し、いつもは「ならまたな」と明るく笑うエドが妙な顔をしていた。
「……エド??どうしたんだ?変な顔だぞ??」
「サーク……あのな……?」
「??」
そう言ってエドは俺に向き合い、手を伸ばした。
その瞬間、サッとライルが俺を引き寄せ、ギルが乱暴にエドを引っ張って俺から放した。
クラスの連中も、何かあったら動く体制に入っている。
妙な緊張が教室内に走った。
「おい、授業を始めるぞ~。席に付け~。」
そこにやる気なさそうにエルム・ザクス先生が入ってきた。
先生は基本やる気ないし生徒寄りの先生だが、とにかく何かあると面倒だからとゲンコツで済まそうとするから、下手をするとガツンとやられる。
体罰が問題にもなるこのご時世、それが通用するのは先生の人柄によるものだとしか言いようがない。
「おいおい、まだ他のクラスのやつがいるのか……勘弁してくれ。俺が黒板を書き終わる前に出ていけよ~。」
本来ならキツく注意するべき所だが、先生は気づかなかった事にして黒板に今日の内容の一部を書き始めた。
それによって皆、わらわらと席につく。
睨み合っていたギルとエドも急いで教室を出て行った。
……何だったんだ??今のは??
俺はよくわからないまま、とりあえず席について授業の準備を始める。
何か変だという気持ちはもう、胸にしまっておくには無理がある大きさにまでなっていた。
だが、ライルやクラスの連中、もっと言えばウィルやシルク達に聞いても教えてはくれないだろうとわかっていた。
(だとしたら……聞くなら誰か……。)
俺はその目星をつけ、どうやって聞き出すかを考えていた。
元空手部主将、エドモンド・ソルダ・クーパーは、廊下でギルバート・ドレ・グラントと無言で睨み合った。
「……このままアイツの側にいたいなら、何一つ、手出しするな……。」
「お前に命令される覚えはねぇよ……。」
「……アイツは必ず守る……。たとえ俺が嫌われても……俺はアイツを守る……。極わずかでもアイツにお前が手出しするなら……容赦はしない……。」
「……覚えておくさ。」
そう言ってエドは口元を歪ませ、自分の教室に向かった。
だが内心は穏やかではなかった。
「……思ったより……油断ならないな……。サークは無自覚すぎる……。ひとまず騎士見習いで側にいればいいかと思ったんだけどなぁ……。」
サークのギルに対する反応。
そして誰かに微かな想いを無意識に持っている事。
近くにいるからこそ、色々な事が見えてきた。
周りだって段々とサークの引力に引き寄せられ、虜になってきている。
「……バレンタインが終わるまではおとなしく待ってあげるつもりだったけど……そんな様子じゃ、あまり待ってあげられないなぁ……サーク……。」
エドはそう呟いた。
そして自分の教室に入らず、そのまま歩いていく。
サークの周囲のガードは硬い。
本人は無自覚だが、周りはしっかり固められている。
その隙を探さなければならない。
「……でも、サークはサークだからね……。周りがどうかなどどうでもいいし関係ない……。ちゃんと俺を見てくれる……。」
口元がゆっくりと歪む。
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