姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

振り返れば奴がいる

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訳あって朝早く学校に向かっていると、見知った頭が前を歩いていた。
小走りになってその後頭部を軽く叩く。

「よ!早いな?朝練か?」

「痛っ!サークさん!!何するんですか?!」

いきなり殴られた割には爽やかだな、おい。
コイツの体格から言えば、俺に軽くどつかれたぐらいなんて事はないんだろうけど。
イヴァンは少し頭を触っただけで、いつも通りだった。

隣に並んで歩こうとしたら、何故か後ろに下がられた。
そういや俺、「姫」なんだなぁと面倒臭く思う。
そのまま妙な距離感で一緒に歩く。

「朝練もあるんですけど……。」

「けど??」

「昨日の夜中、珍しくシルクさんからラインが来たもんで。」

「シルクから??」

「ええ。「7時、B棟屋上階段」って書いてあって。」

「あ~……。」

何となく状況は理解した。
アイツも何だかんだイヴァンを気にかけてんだよなぁ~。
素直になればいいのに……。
「姫」と言う立場がそれを許さないのかもしれないけれど……。

「時間も時間だったんでそれ以上、聞けなかったんですけど……。騎士の先輩達から何となく聞いていましたし、サークさんがこの時間に来てるって事は写真撮影ですよね?」

「だろうなぁ~。」

俺はシルクの複雑な乙女心(?)を感じながらそう返事をした。

写真撮影と言うのはバレンタイン合戦のポスターの撮影だ。
俺もそれがあるので、渋々こんな時間に登校する羽目になった。

バレンタイン合戦のポスターは、実行委員会が写真・報道部に委託して各姫の写真を取って紹介ポスターを作ると言うものだ。
掲示板にポスターとしてデカデカと張り出される以外にも、写真・報道部のインスタや実行委員会のホームページ、「バレンタイン速報」と言うこの時期だけに刊行される情報誌に載せられる。
その為、実行委員会のそれぞれの姫の紹介活動なのだが、各クラス各姫にとってはバレンタイン合戦において立番以外で「姫」を売り込む重要な手段となっている。
だから各クラス、その「姫」を売り込む為に様々な思考を凝らすのだ。

俺も撮影日が決まった時ライルにどうするのか聞いたのだが、「サークは何もしなくて良いから」とニマッと笑われた。
多分、ろくな事考えてないんだと思うと頭が痛い。

「それより……サークさん……。」

「……言うな、何も言うな……。」

それまで爽やかに会話していたイヴァンが、少し言いにくそうにそう言った。
俺は何が言いたいのかわかっていたから、頑なにそれを阻止する。
チラリと後ろを気にするイヴァン。

「だから!見んなよ!!」

「いや……でも……。」

苦笑いを噛み殺してイヴァンがほくそ笑む。
俺は苦虫を噛み潰したみたいな顔をするしかない。

「……あれで、隠れてるつもりなんですかね??」

「自分の図体がデカイの頭に入ってねぇんだろ?」

「酷い。どこからです??」

「……バレてねぇと思ってやがるが……うちの最寄駅に毎日いんだよ……。バレバレだっての……あんな存在感のあるストーカー、いるだけで目立つってのに……。」

俺は苛々しながらため息をついた。
それをイヴァンがくすくす笑う。

「愛されてますね~。」

「あんな狂気じみた愛はいらねぇ!!第一、好みじゃねぇ!!」

「そうなんですか??変態気質を除けば、一般的には引く手数多のすこぶる優良物件だと思いますけど??」

「あのな……。」

他人事だと思ってさらりと言いやがるイヴァンを俺は睨みつけた。
それに対してイヴァンはおどけて肩をすくめてみせた。

「と言うか、騎士見習いですよね?何でストーキングがエスカレートしてるんです??」

「エドと2人揃ってない時は俺に近づいたら駄目って事になってんだよ……。アイツら、馬鹿みたいに張り合うから丁度良く相殺されて牽制できてんだけどさぁ~。かえってそれがアイツの馬鹿さ加減に拍車をかけてるって部分もあんだよ……。」

「ははは。まぁ、恋敵は多けれど、今まできちんと宣言した目に見えるライバルってのはいませんでしたしね~。あの人の性格から考えれば暴走もしますよ。ちょっと可哀想ではありますけど、そういう部分もライルさんは見越してそうしたんでしょうし。」

「……ストーキングが悪化すんのを黙認してんのかよ!!」

「その方がサークさんが安全ですからね。」

「……は??」

どういう事かと聞こうとしたが、ちょうど学校についてしまってそれ以上聞けなかった。
イヴァンは朝練の準備をすると言って、道場を開けに行ってしまった。

一人残された俺はチラリと後ろを振り向いた。
ササッと校門の影に隠れた真っ黒いデカブツ。
あれで隠れられてると思ってるんだから世話がない。
ちょうど登校してきた朝練のある運動部の生徒がヤツの姿をガン見して、ギョッとしながら遠巻きに校門をくぐっていく。
俺は深々とため息をつくしかなかった。








「お~、朝から不機嫌全開だなぁ~!!」

教室につくと、ライルが上機嫌に笑っていた。
理由はわかっているはずなのに、こうも素知らぬ顔で笑っているのを見るとムカついてくる。
俺は無言のまま、ヘッドロックをかけてやった。

「うおっ?!……ギブ!ギブ!ギブ!!」

「ギブじゃねぇ!!絞め殺したるっ!!」

わちゃわちゃ戯れる俺達を、何故か写真部のカメラがパシャパシャ撮る。
すでにいるとは思っていなかった俺はびっくりしてしまった。

「へっ?!もう撮影始まってんのか?!」

「まぁねぇ~。」

「……え??どういうシュチュエーション?!」

「いや、サークは平凡さが売りだしね?別に着飾ったり、ポーズしたりする必要もないから。」

「……は??」

「いやでも、思惑通り、いいリアクションしてくれて良かったよ。」

「は?!」

「これで他の「姫」にはない、サークの暴れん坊な普段が撮れたってもんで。……あ、今の写真、見せて貰えます?!」

ライルはそう言うと、写真部のところに行って撮った写真を確認していた。
呆気にとられる俺。

「……ライルって……どこまで計算してるんだ?!」

なんだかゾッとしてしまい、俺はブルっと体を震わせた。

いつの間にかギルとエドが揃っていたが、ドア口の見張りをしていて今朝はいつものように引っ付いてこない。
あれどうしたんだ?とクラスメイトに聞くと、二人がくっついてたら「普段通りのサーク」が撮影できないからと言って、見学は許可したが近づく事はライルから禁じられてるのだそうだ。
確かにあの二人が後ろでゴタゴタやってたら、普段通りにはできないけどさ。

クラスメイトと駄弁っているその間も、何枚か写真を取られる。
何となく気恥ずかしくなってくる。
普段通りにしているのを取られるだけでこれだけそわそわすんのに、他の「姫」たちはよく衣装着たりポーズしたりして写真撮られるよな……。
なんか、それまでなんの気なしに見ていたポスターにも、「姫」達の葛藤や努力があったんだと思い知らされる。

「んじゃ、サーク。移動しようぜ?」

「移動??」

写真のチェックが終わったライルが戻ってきてそう言った。
どうやら教室内の写真以外も撮るらしい。
そう言われて俺は言われるまま、校庭に出る為に教室を出て歩き出した。

階段に差し掛かった所で、異様な熱気に気づく。
視線を向けるとシルクがスカート姿で写真撮影をしていた。

あのスカート、ポスター用の衣装だったのか……。

めちゃくちゃ普通に履いてるし、「女子制服」と言うだけあって違和感がない作りだったので(男子校にスカートと言う違和感は有り余っていたけどな)、見慣れてくるとそういう制服だとどこか信じ始めていた部分がある。

だが、問題はそこではない。


「……グバ…………ッ!!」


そんな呟きが聞こえ、バタバタとうちのクラスメイトが倒れた。
写真部の奴らは俺担当な事も忘れてバシャバシャとシャッターを切り始める。
正気でいられたのは、シルクの奇行になれきっている俺、リアル彼女持ちのライル、そして変人騎士見習いの2名だった。

しかしこれにはさすがの俺も絶句して、穴が開くかというほどシルクを見つめた。
そんな俺に気づき、撮影中にも関わらずシルクが階段を駆け下りて来た。

「サーク!!」

「シ……シルク……!お、お前……っ!!」

撮影で気分がアガッていたのか、高揚したテンションで俺に絡みついてくる。
何故かスクープ激写のノリで写真が取りまくられた。
俺はハッと我にかえってシルクを引き離す。

「シ~ル~ク~ッ!!オマ、お前!!なんて格好してんだよ?!」

「え~?!何で~?!可愛いでしょ?!」

相変わらずわかっているくせにキョトン顔をする。
この小悪魔系!!
ここが男子校で!女子免疫が低い奴らの巣窟だって事!わかっててやってんのか?!オイ!!

「可愛いでしょじゃないわ!!このエロ系小悪魔!!」

「それほどでも~☆」

「褒めてねぇ!!」

テヘっとばかりに小首を傾げるシルク。
それに平伏すように馬鹿どもが拝む。

「シ、シルク……!!やはり神!!」

「姫の中の姫!!」

「あああぁぁぁっ!!なんて罪深いお御足……っ!!」

「な……ナマ……ナマモノの……ニーハイ……。」

そう、シルクはミニスカートの「女子制服」にニーハイ姿だった。

そのとんでもない格好で、階段下から煽るように写真を撮っていたのだ。
さすがの俺もこれには絶句してしまった。

ただでさえ、スカート姿のシルクは「ウチって共学になったのか?!女子って居たんだな?!」と思わせるほど不自然なく「女子生徒」しているのだ。
男子校に女子生徒と言うシチュエーションだけでも馬鹿どもの思考回路は限界なのに、どうしてそこにニーハイをぶつけてくる?!

しかもめちゃくちゃ似合ってるのが……!!

シルクは筋肉の付き方は細い上しっかりと鍛えているからそれなりにムチッとした太ももなのだ。(正しくはムチッと言うよりムキッとしてるんだけど、遠目からじゃわからんしな)
そこに黒のニーハイソックスがあったら、無駄にエロいっての!!
ミニスカートにニーハイって、どんたけだよ、コイツは……。

「……あぁ、絶対領域が……。」

ヤバメの言葉が聞こえた時点で、俺は近くにいたクラスメイト数人の頭をひっぱたいた。
免疫なさすぎて思考がぶっ飛んでる馬鹿どもを俺は冷めた目で見下ろす。

「お前ら、そろそろ正気に戻れ。こいつは男だ。絶対領域なんかない。そこにはチ○コついてるぞ。」

「やめろよ!!サーク!!俺達の夢を壊すな!!」

「良いだろ?!ちょっとぐらい夢を見せてくれても!!」

俺の無慈悲な言葉に悲鳴を上げるアホ共に俺ははぁとため息をつく。

「馬鹿だな……どうせスカートの下だって、体操着の短パンなのに……。」

「……今日は……短パン履いてないよ??」

俺の言葉で少し落ち着いてきた状況をぶち壊す言葉がシルクの口から飛び出す。
しかもちょっと恥ずかしそうにスカートを押さえながら言うもんだから、途端に荒れ果てる男子校生徒達。

「はぁ?!なら!何履いてんだよ?!」

「え……それは~。サークにも言えない……。」

これにはウチのクラスの馬鹿どもだけでなく、シルクのクラスメイトやお付の騎士たちも色めきだった。
写真部の奴らが下から煽るようにバシャバシャ写真を取りまくるので、俺は後ろ頭をひっぱたいてやった。

「落ち着けぇ!!シルクは男だ!!全員、しっかりしろ!!目を覚ませ!!」

そう叫んでみたが、感覚の狂った男子高生にはすでにそれすら響かない。
朝っぱらからこの異様な空気感はどうすれば良いんだ?!

何なの、この阿鼻叫喚絵図……。

シルクのエロ発言のせいで混乱した現場。
どう収集をつけたらいいのかと思っていた時だった。


「?!」


俺の目の前でもじもじしていたシルクが急に消えた。
いや、凄い勢いで引っ張られて行っただけだったのだが……。

「……イヴァン?!」

そこには見た事のない表情をしたイヴァンが立っていた。
何と言えばいいんだろう……色々突き抜けて無表情になってしまっている感じだ。
いつも爽やかで笑みを絶やさない男がこうなっていると、さすがに周りも思わず正気に帰って押し黙った。

「ちょっと?!イヴァン!何すんだよ?!」

「何するのか……ですか?」

「もう!盛り上がって面白い感じだったのに~!!」

「……面白い?……今のが?」

シルクはそんなイヴァンでもあまり気にしていないのか、いつもの調子で絡んでいた。
しかしいつもならシルクの調子に合わせるイヴァンも、この時ばかりは違っていた。

うわぁ……これ……リアルにマズいんじゃ……。

放たれるオーラにシルク以外の人間は固まっている。
普段、温厚なヤツがキレると手に負えないのは皆が肌で感じていた。
さすがのシルクもちょっと不味いかなと思ったのか、困惑気味にイヴァンを見つめている。

次の瞬間、イヴァンが無言のままガバッと動いた。
思わずビクッとなる周囲。

しかし別にシルクを殴ったりする訳でもなく、着ていたジャージの上着を脱いただけだった。
思わずホッとするが、イヴァンは無表情のままそれをシルクの腰に巻き付けていく。

「ちょっと?!何すんだよ?!イヴァン?!」

「いいから黙って!!」

「!!」

いつも爽やかで穏やかなイヴァンの口から出た、強めの声。
これには俺を含め、シルクも、皆も驚いてしまった。

困惑しながらも、シルクは黙ってイヴァンを見つめる。
その顔は少し赤みが差し、上目遣いになっている。

「これでよし……。」

「イヴァン……。」

「……いいですか、シルクさん。ズボンに履き替えるまで、このジャージを取ったら駄目です。いいですね?!」

「でも……写真撮影……。」

「でももだっても聞きません。いいですね?!」

真剣な眼差しで強めに言われ、シルクはこくんと頷いた。
そして頬を赤らめ恥ずかしそうに俯いてしまう。

普段なら人に合わせて「仕方ないな」と流すイヴァンが見せた強引さ。
それにシルクが、普段はツンツンと一方的な我儘でイヴァンを振り回しているのに従順に従ってしまうと言う展開に、俺達は何も言えなくなっていた。

「……最低でも、そのニーハイ脱いて短パン履くまでは取ったら駄目です。」

「…………うん……。」

「後で取りに来ますからね?勝手に外してたら、お仕置きしますよ?!」

「!!」

お仕置きってなんだよ、オイ……。
思わぬ言葉に、俺達は青くなったり赤くなったり大忙しだ。

「じゃ、とりあえず朝練行ってきますけど、約束破ったりしたら駄目ですよ?シルクさん。」

少しぽーっとした顔でイヴァンを見つめていたシルクは、コクリ、と頷く。
その頬をイヴァンはさらりと撫で、時間を確認すると慌ただしく去って行った。

予期せぬダークホースの登場に変な心音を上げていた俺達は、はぁ……と深く息を吐き出した。
まさかこんな展開になるとは……。

「シルク、大丈夫……か……??」

俺達同様、動けず固まっているシルクにおずおずと声をかける。
その声にシルクはぼんやりとこちらに顔を向けた。

「………………ヤバイ……。」

「あ~うん……ちょっとヤバかったな……イヴァンの奴……。」

「…………格好良かったかも……。」

「……は??」

「ねね!今のって……彼女扱い?!彼女扱いだよね?!」

「……………………は??」

思わぬ返しに、俺はシルクを見つめる。
場違いにもうふふっとか笑いだしたシルクの神経がわからん。

まぁ、よくわからないか、シルクがそれでいいならいいんだろうと、俺は混乱する頭でこれ以上思考することを諦めた。

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