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本編
淡い淡い思い出
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俺には人に言えない秘密が2つある。
いや…片方はべらべら喋ってるから秘密じゃねぇな……??
もう一つも別に秘密にするほどの事ではないんだけれど、何となく秘密にしておきたい。
きっと大人になったある日に思い出して懐かしむ事ができるから……。
「……サーク。」
道場にイヴァンのカバンを届けて下駄箱に行くと、そう声をかけられた。
それを聞いて俺はどことなくむずっとした。
「……ウィル。」
「今帰り?」
「うん。ウィルは??」
「俺も。ちょっと図書室に寄ったら遅くなっちゃって。」
「そっか。」
特に「なら途中まで一緒に帰ろう」とか言う訳でもなく、靴を履き替えると俺達は並んで歩き始めた。
そんなウィルをちらりと横目で見てすぐに反らす。
めちゃくちゃ美人になったよな…ウィル。
そう意識したら、歩き方を忘れた。
右手と右足が同時に出て、自分でも「ん?!」となった。
ウィルはキョトンとした後、声を上げて笑った。
「ふははっ!!何だよ、それ?!」
「いや~、何か歩き方、忘れた。」
「あははははっ!!歩き方って忘れるもんだっけ?!」
「歩くのって無意識にやってるから、一瞬、バグった。」
「あははははっ!!」
おかしそうに笑うウィルは、めちゃくちゃ美人なだけで、その辺の友達と変わらない喋り方をする。
レジェンドクラスの「姫」の一人だけど、本人はそういうの全然意識していない。
小腹がすいたからコンビニに立ち寄って、お互い中華まんとか買った。
「ウィル、何買ったの??」
「ん?栗きんとんマン。」
「栗きんとんマン?!」
「そ、ちょっと面白そうだったから。一口食べるか??」
「いいの??」
「いいよ?別に。」
ウィルはそう言うと、中華まんを少しちぎって渡してくれた。
こういう「普通の友達」って感じのやりとりが安心する。
シルクだったら絶対「あ~ん」ってやってくるからな。
そんな事を思いながら、もらった欠片を口に放り込んだ。
「……どうだ?!」
「………………。う~ん??芋あんまんと何が違うのかわかんない。」
「栗が入ってるか入ってないかじゃないか??」
「栗??」
「ほら、栗。」
そう言ってウィルはちぎって中が見える中華まんを見せてきた。
そこにはゴロッとした栗が顔を覗かせていた。
「あ!栗!!俺のもらった所!栗なかった!!」
「そりゃ、栗はそんなにたくさん入ってないし。」
ウィルはそう言うと、パクッと栗のあるところを食べてしまった。
「あ~!!栗~!!」
「いやいや、サーク。栗までよこせって言うのは、一口頂戴って言ってモンブランのてっぺんの栗を掻っ攫うのと同じだぞ??」
「でも栗まで食べないと、栗きんとんマンの味がわかんないじゃん!!」
「あはは。なら次は自分で買うんだな。」
そう言って屈託なく笑った。
ウィルは美人でレジェンドクラスの「姫」なんだけど、普通の友人と変わらない感じなのだ。
ウィルとは一年の時、同じクラスだった。
そしてウィルが「姫」になったきっかけは俺だった。
一年の頃はまだ「姫制度」もよくわかってないし、それぞれのキャラも安定してない。
ショーンの様に入学したての頃は小柄で色白の美少年って感じでも、にょきにょきと図体がでかくなって顔つきもゴツくなる奴もいる。
ウィルも入学した頃は別に注目されてなかった。
綺麗めなタイプではあったけれど、控えめな性格だったからあまり目立たなかったのだ。
そんな訳で「姫」とは無縁で、委員会のくじ引きで俺と図書委員になった。
それで一緒に当番とかやってたんだけど、ウィルはとにかく本を読むのが好きで、当番中にカウンターで本を読み耽っていて、その横顔がなんと言うか……うん……凄く綺麗だったんだ。
放課後の当番とかしてると、ほんのり色づいた夕日が静かな図書室を染めて、その中でウィルが静かに本を読んでるんだ。
パラリぱらりとページをめくる音がしてさ。
そう、俺の秘密。
俺は無自覚だったけど、あの頃、少しウィルに惹かれてた。
でも自覚できなかったんだ。
だから2学期に「姫」を選ぶ時、俺がウィルを推薦した。
ウィルは凄く慌ててた。
自分なんかが姫をやるのは無理だって。
でも俺はウィルが綺麗だと思っていたから、それを伝えたんだ。
ずっと図書室でウィルを見てた。
凄く綺麗だった。
俺はこのクラスでウィルが一番綺麗だと思うって。
俺にそう力説されて、ウィルは真っ赤になってた。
そして俯いて「サークがそこまで言うならやってもいいよ」って言ったんだ。
まぁ他にも候補はいたんだけどさ、ショーンもこの時候補に上がってたんだけどさ。
黒板の前に並んだ時、皆、気づいたんだ。
ウィルが凄く綺麗な事に。
それまで控えめで皆の中に隠れていたウィルだけど、集団の中から抜け出させて立たせてみれば、ウィルがどんなに綺麗か、皆、気づいたんだ。
だからほとんど満場一致みたいな感じで、2学期の「姫」はウィルになって……。
そこからはあれよあれよと言う感じだった。
俺の隣で静かに本を読んでいた人はいなくなってしまった。
気づいたら手の届かない場所にいたんだ。
ウィルは綺麗だったから他の学年からも注目されだして、注目の「姫」の一人になっていた。
そして注目されたからか、ウィルはますます綺麗になっていった。
そして誰かが言ったんだ。
ウィルが綺麗になったのは、きっと恋をしたからだって。
愕然とした。
そうやってショックを受けて、俺はやっと自覚したんだ。
ウィルに抱いていた、淡い気持ちに。
でももう、その時にはウィルは雲の上の人だった。
俺がウィルを推薦したんだ。
だから何も言えなかった。
俺の淡い気持ちは育つ事なく、無自覚に自分で摘み取ってしまったんだ。
もしあの時ウィルを「姫」に推薦していなかったら、ウィルは俺の隣でまだ、静かに本を読んでいただろうかと考える事がある。
でもウィルは本当に綺麗だから、きっと遅かれ早かれ「姫」になっていたと思う。
それに…好きな人がいるんなら、そんな事、考えたって仕方なかった。
「……サーク??」
「ふぇっ??」
ぼんやり考えながら肉まんを頬張っていたら、ウィルが心配そうに声をかけてきた。
いかんいかん、思い出の中にトリップしてしまった。
慌てて残りを口に押し込んで、ウィルの顔を見た。
「どうしたの?ウィル??」
「……肉まん、俺には一口もくれなかった。」
「へ?!…………あっ!ごめん!!唐揚げ食べる?!」
「食べるに決まってんだろ?!」
ウィルはそう言うと、差し出した唐揚げを一個、楊枝を使って食べた。
そしてそのまま楊枝を返してくる。
内心、少し動揺しながら、俺はウィルの返してきた楊枝で唐揚げを食べる。
さすがにレジェンドクラスの「姫」となったウィルにどうこう思う気持ちはない。
雲の上どころかスクリーンの向こう側に行ってしまったようなものだから。
でも俺はあの頃の後遺症で、ちょっとだけウィルを見るとそわそわする。
いつか、このそわそわする気持ちが思い出になって、俺は高校時代を懐かしむんだろうなと思う。
隠すほどの秘密でもない。
でも、誰にも言わずに取っておきたいのだ。
そんな俺をウィルが優しい目で見つめていた。
やっぱり綺麗だなと思う。
ウィルは「姫」になってからも、態度を変えなかった。
それまで通り「普通の友人」と同じように接してくれた。
そんなところも含め、ウィルが好きだなぁと思う。
淡い気持ちが恋に育つ事はできなかったけれど、でも、そういうの抜きにしても、友達としてウィルが好きだと思う。
「そう言えば、サーク、「姫」になったんだよな??」
「そうなんだよ~。まさか最後の最後にこんな事やらされるとは思わなかったよ……。」
「それ、そっくり返すぞ??」
「へ??」
「俺を最初に「姫」に推薦したの、サークだろ?!それがきっかけでまさか高校生活のほとんどを「姫」関連で過ごす事になるなんて俺も思わなかったよ。」
「それは……ごめん……。」
苦笑いする俺に、ウィルはくすくすと笑う。
「これでおあいこかな?サークも「姫」になったんだし。数ヶ月とはいえ、苦労を味わうんだな!!」
「酷い!!」
じたじたする俺を、ウィルは変わらず屈託なく笑った。
本当、ウィルは変わらない。
「姫」でもそうでなくても、ウィルは変わらない。
「……なら、俺、バスだから。」
「うん。」
「また明日な?」
「明日??」
「……明日は「姫」顔合わせだぞ?!」
「あ~、そんなのあったっけ??何するの??」
「校門前の挨拶立ちの当番決めるのがメインかな??」
「うわ~!!そうか!!俺!あれやるのかぁ~!!」
「あはは!!「姫」だからね。」
「うわ~、マジかぁ~。」
「そのうちポスター用の写真撮影もあるからな?」
「うわ~!!ちょっと待ってぇ~?!マジでぇ~?!」
「あははっ!!お前に推薦された時の俺の苦労をとくと味わうんだな、サーク。」
「うわ~!!」
バス停につくとまだバスは来ていなかった。
ちょっと変な時間だった事もあり、学校近くのバス停には他に誰もいない。
だから俺はバスが来るまで一緒に座ってしばらく話をしていた。
主にウィルが俺が姫になった事をからかいながら、今後の事や気をつけた方がいい事なんかを話してくれた。
「……じゃ、明日な?」
「うん。気をつけて。また明日。」
「俺よりサークが気をつけろよ?新米姫??」
「ウィルだって姫だろ?!ベテランだけど。」
そんな言い合いをしながらウィルがバスに乗るのを見届けた。
一年の1学期、図書委員の当番の後もこうしていたなと思い出す。
ウィルがあの頃と同じ場所に座って俺を見ていた。
お互い軽く手を振り合う。
発射するバスを見届けて俺は歩き出した。
ウィルはバスの中、サークに手を振った。
そして発車してから前を向いた。
その顔は少し険しかった。
「……やっぱり、生徒会長は要注意だな……。」
それから深くため息をつく。
いつかこの日が来ると思っていたけれど、最後の最後にやられるとは思わなかった。
いや、最後の最後だから、そのカードを使ったのはわかっている。
「……断れば良かった。いや駄目か…騎士にはなれないもんな…そうすると「姫」でいた方が側にいやすいか……。」
ふむ、と考える。
これをピンチと取るか、チャンスと取るか……。
ウィルは考えを練り始めた。
多分、あの頃、軽く両思いだったはずなのだ。
ただ、ウィルが思っていたよりも「姫制度」はガチだった。
サークの方もウィルを「姫」にした事で、あそこまで距離ができるなんて考えていなかったのだろう。
ウィルが「姫」となってから、サークはウィルに対して想う事がなくなってしまったと思う。
でも今でもあの頃の気持ちを多少引きずっているのはわかる。
「ん~。2年も3年もクラスが別れた事を考えれば、これは前向きに捉えた方がいいだろうな……。」
ウィルは確かに「姫」になってから綺麗になった。
でもそれは「姫」になったからじゃない。
好きな人に「一番綺麗だ」と言われたからだ。
「こんな事なら、2年の時、騎士をやるんじゃなかったなぁ~。」
まぁ、あれはあれで楽しかったのだけれども。
2年の時、ウィルは「姫」をやるのが嫌で、騎士になった。
ウィルはサークに振り向いて欲しくて「姫」をやっただけで、クラスも別れた上、サークと距離ができてしまう「姫」をこれ以上わざわざやる意味がなかったからだ。
ちょうどシルクとクラスが同じで、ウィルとシルク、どっちを姫にするかで揉めたのだ。
それもあってちょうどいいやと思い、
「姫はシルクがやればいいよ。俺はシルクの騎士になるから。」
そう言ったところ、話がまとまった。
「姫」だった者が「騎士」をやると、「姫騎士」と呼ばれ、ちょっと特別待遇になる。
他の「騎士」よりも立場が強く、そしてバレンタイン合戦の時、「姫」とクラスが同じ場合のみ「姫騎士」も貢物を貰う事ができるのだ。
ただし「姫騎士」への貢物は2個で1個とカウントされ、1個は実行委員会に収めることになるのだが。
レジェンドクラスの「姫」シルクとレジェンドクラスの姫だった「姫騎士」ウィルがいた2年D組は、3年の先輩方を抑え、去年優勝した。
今年もシルクの騎士である事を理由に断ろうとしたのだが、シルクともクラスが別れてしまった。
そして誤算だったのが「姫騎士」としてのウィルのリンとした佇まいに数多くのファンがついてしまったのだ。
そうなれば当然、バレンタイン合戦の優勝にはウィルが「姫」に返り咲く事が必須となってしまったのだ。
なのでウィルも1学期の時点で「3学期のみ姫になる」と言う約束の元、1、2学期の「姫」を免除してもらっていたのだ。
「……まぁ多少は覚悟してたけど……思ったより、ライバルが多そうなのが悩みの種かな……。」
ライバルと言っても別にバレンタイン合戦のライバルではない。
サーク争奪戦のライバルだ。
本人は無自覚だが、サークを見つめている人間は多い。
「姫」になった事によって注目を集め、それは増える事が予測できる。
「……でも、高校のうちに口説き落とせないとさらに難しくなるからなぁ……。」
卒業すれば女性も普通にいる。
今ならサーク自身の心のハードルが下がっているが、高校を離れてしまえば女性だって男性だって、年上から年下までずらりと揃っているのだ。
「……サークはダンディズムに弱いからなぁ~。」
はぁ、と深く息を吐き出す。
学校では生徒という立場上、いくらサークがダンディズム推しだとしても間違いは決して起こらなかったが、高校を出てしまえばそんな保護シールドはなくなってしまう。
世の中には悪い大人だっているのだ。
「……そんなものに俺のサークは渡さない。卒業までに絶対、振り向かせないと……っ!!」
ウィルは揺れるバスの中、意気込み新たに今後の事について考えを練っていった。
いや…片方はべらべら喋ってるから秘密じゃねぇな……??
もう一つも別に秘密にするほどの事ではないんだけれど、何となく秘密にしておきたい。
きっと大人になったある日に思い出して懐かしむ事ができるから……。
「……サーク。」
道場にイヴァンのカバンを届けて下駄箱に行くと、そう声をかけられた。
それを聞いて俺はどことなくむずっとした。
「……ウィル。」
「今帰り?」
「うん。ウィルは??」
「俺も。ちょっと図書室に寄ったら遅くなっちゃって。」
「そっか。」
特に「なら途中まで一緒に帰ろう」とか言う訳でもなく、靴を履き替えると俺達は並んで歩き始めた。
そんなウィルをちらりと横目で見てすぐに反らす。
めちゃくちゃ美人になったよな…ウィル。
そう意識したら、歩き方を忘れた。
右手と右足が同時に出て、自分でも「ん?!」となった。
ウィルはキョトンとした後、声を上げて笑った。
「ふははっ!!何だよ、それ?!」
「いや~、何か歩き方、忘れた。」
「あははははっ!!歩き方って忘れるもんだっけ?!」
「歩くのって無意識にやってるから、一瞬、バグった。」
「あははははっ!!」
おかしそうに笑うウィルは、めちゃくちゃ美人なだけで、その辺の友達と変わらない喋り方をする。
レジェンドクラスの「姫」の一人だけど、本人はそういうの全然意識していない。
小腹がすいたからコンビニに立ち寄って、お互い中華まんとか買った。
「ウィル、何買ったの??」
「ん?栗きんとんマン。」
「栗きんとんマン?!」
「そ、ちょっと面白そうだったから。一口食べるか??」
「いいの??」
「いいよ?別に。」
ウィルはそう言うと、中華まんを少しちぎって渡してくれた。
こういう「普通の友達」って感じのやりとりが安心する。
シルクだったら絶対「あ~ん」ってやってくるからな。
そんな事を思いながら、もらった欠片を口に放り込んだ。
「……どうだ?!」
「………………。う~ん??芋あんまんと何が違うのかわかんない。」
「栗が入ってるか入ってないかじゃないか??」
「栗??」
「ほら、栗。」
そう言ってウィルはちぎって中が見える中華まんを見せてきた。
そこにはゴロッとした栗が顔を覗かせていた。
「あ!栗!!俺のもらった所!栗なかった!!」
「そりゃ、栗はそんなにたくさん入ってないし。」
ウィルはそう言うと、パクッと栗のあるところを食べてしまった。
「あ~!!栗~!!」
「いやいや、サーク。栗までよこせって言うのは、一口頂戴って言ってモンブランのてっぺんの栗を掻っ攫うのと同じだぞ??」
「でも栗まで食べないと、栗きんとんマンの味がわかんないじゃん!!」
「あはは。なら次は自分で買うんだな。」
そう言って屈託なく笑った。
ウィルは美人でレジェンドクラスの「姫」なんだけど、普通の友人と変わらない感じなのだ。
ウィルとは一年の時、同じクラスだった。
そしてウィルが「姫」になったきっかけは俺だった。
一年の頃はまだ「姫制度」もよくわかってないし、それぞれのキャラも安定してない。
ショーンの様に入学したての頃は小柄で色白の美少年って感じでも、にょきにょきと図体がでかくなって顔つきもゴツくなる奴もいる。
ウィルも入学した頃は別に注目されてなかった。
綺麗めなタイプではあったけれど、控えめな性格だったからあまり目立たなかったのだ。
そんな訳で「姫」とは無縁で、委員会のくじ引きで俺と図書委員になった。
それで一緒に当番とかやってたんだけど、ウィルはとにかく本を読むのが好きで、当番中にカウンターで本を読み耽っていて、その横顔がなんと言うか……うん……凄く綺麗だったんだ。
放課後の当番とかしてると、ほんのり色づいた夕日が静かな図書室を染めて、その中でウィルが静かに本を読んでるんだ。
パラリぱらりとページをめくる音がしてさ。
そう、俺の秘密。
俺は無自覚だったけど、あの頃、少しウィルに惹かれてた。
でも自覚できなかったんだ。
だから2学期に「姫」を選ぶ時、俺がウィルを推薦した。
ウィルは凄く慌ててた。
自分なんかが姫をやるのは無理だって。
でも俺はウィルが綺麗だと思っていたから、それを伝えたんだ。
ずっと図書室でウィルを見てた。
凄く綺麗だった。
俺はこのクラスでウィルが一番綺麗だと思うって。
俺にそう力説されて、ウィルは真っ赤になってた。
そして俯いて「サークがそこまで言うならやってもいいよ」って言ったんだ。
まぁ他にも候補はいたんだけどさ、ショーンもこの時候補に上がってたんだけどさ。
黒板の前に並んだ時、皆、気づいたんだ。
ウィルが凄く綺麗な事に。
それまで控えめで皆の中に隠れていたウィルだけど、集団の中から抜け出させて立たせてみれば、ウィルがどんなに綺麗か、皆、気づいたんだ。
だからほとんど満場一致みたいな感じで、2学期の「姫」はウィルになって……。
そこからはあれよあれよと言う感じだった。
俺の隣で静かに本を読んでいた人はいなくなってしまった。
気づいたら手の届かない場所にいたんだ。
ウィルは綺麗だったから他の学年からも注目されだして、注目の「姫」の一人になっていた。
そして注目されたからか、ウィルはますます綺麗になっていった。
そして誰かが言ったんだ。
ウィルが綺麗になったのは、きっと恋をしたからだって。
愕然とした。
そうやってショックを受けて、俺はやっと自覚したんだ。
ウィルに抱いていた、淡い気持ちに。
でももう、その時にはウィルは雲の上の人だった。
俺がウィルを推薦したんだ。
だから何も言えなかった。
俺の淡い気持ちは育つ事なく、無自覚に自分で摘み取ってしまったんだ。
もしあの時ウィルを「姫」に推薦していなかったら、ウィルは俺の隣でまだ、静かに本を読んでいただろうかと考える事がある。
でもウィルは本当に綺麗だから、きっと遅かれ早かれ「姫」になっていたと思う。
それに…好きな人がいるんなら、そんな事、考えたって仕方なかった。
「……サーク??」
「ふぇっ??」
ぼんやり考えながら肉まんを頬張っていたら、ウィルが心配そうに声をかけてきた。
いかんいかん、思い出の中にトリップしてしまった。
慌てて残りを口に押し込んで、ウィルの顔を見た。
「どうしたの?ウィル??」
「……肉まん、俺には一口もくれなかった。」
「へ?!…………あっ!ごめん!!唐揚げ食べる?!」
「食べるに決まってんだろ?!」
ウィルはそう言うと、差し出した唐揚げを一個、楊枝を使って食べた。
そしてそのまま楊枝を返してくる。
内心、少し動揺しながら、俺はウィルの返してきた楊枝で唐揚げを食べる。
さすがにレジェンドクラスの「姫」となったウィルにどうこう思う気持ちはない。
雲の上どころかスクリーンの向こう側に行ってしまったようなものだから。
でも俺はあの頃の後遺症で、ちょっとだけウィルを見るとそわそわする。
いつか、このそわそわする気持ちが思い出になって、俺は高校時代を懐かしむんだろうなと思う。
隠すほどの秘密でもない。
でも、誰にも言わずに取っておきたいのだ。
そんな俺をウィルが優しい目で見つめていた。
やっぱり綺麗だなと思う。
ウィルは「姫」になってからも、態度を変えなかった。
それまで通り「普通の友人」と同じように接してくれた。
そんなところも含め、ウィルが好きだなぁと思う。
淡い気持ちが恋に育つ事はできなかったけれど、でも、そういうの抜きにしても、友達としてウィルが好きだと思う。
「そう言えば、サーク、「姫」になったんだよな??」
「そうなんだよ~。まさか最後の最後にこんな事やらされるとは思わなかったよ……。」
「それ、そっくり返すぞ??」
「へ??」
「俺を最初に「姫」に推薦したの、サークだろ?!それがきっかけでまさか高校生活のほとんどを「姫」関連で過ごす事になるなんて俺も思わなかったよ。」
「それは……ごめん……。」
苦笑いする俺に、ウィルはくすくすと笑う。
「これでおあいこかな?サークも「姫」になったんだし。数ヶ月とはいえ、苦労を味わうんだな!!」
「酷い!!」
じたじたする俺を、ウィルは変わらず屈託なく笑った。
本当、ウィルは変わらない。
「姫」でもそうでなくても、ウィルは変わらない。
「……なら、俺、バスだから。」
「うん。」
「また明日な?」
「明日??」
「……明日は「姫」顔合わせだぞ?!」
「あ~、そんなのあったっけ??何するの??」
「校門前の挨拶立ちの当番決めるのがメインかな??」
「うわ~!!そうか!!俺!あれやるのかぁ~!!」
「あはは!!「姫」だからね。」
「うわ~、マジかぁ~。」
「そのうちポスター用の写真撮影もあるからな?」
「うわ~!!ちょっと待ってぇ~?!マジでぇ~?!」
「あははっ!!お前に推薦された時の俺の苦労をとくと味わうんだな、サーク。」
「うわ~!!」
バス停につくとまだバスは来ていなかった。
ちょっと変な時間だった事もあり、学校近くのバス停には他に誰もいない。
だから俺はバスが来るまで一緒に座ってしばらく話をしていた。
主にウィルが俺が姫になった事をからかいながら、今後の事や気をつけた方がいい事なんかを話してくれた。
「……じゃ、明日な?」
「うん。気をつけて。また明日。」
「俺よりサークが気をつけろよ?新米姫??」
「ウィルだって姫だろ?!ベテランだけど。」
そんな言い合いをしながらウィルがバスに乗るのを見届けた。
一年の1学期、図書委員の当番の後もこうしていたなと思い出す。
ウィルがあの頃と同じ場所に座って俺を見ていた。
お互い軽く手を振り合う。
発射するバスを見届けて俺は歩き出した。
ウィルはバスの中、サークに手を振った。
そして発車してから前を向いた。
その顔は少し険しかった。
「……やっぱり、生徒会長は要注意だな……。」
それから深くため息をつく。
いつかこの日が来ると思っていたけれど、最後の最後にやられるとは思わなかった。
いや、最後の最後だから、そのカードを使ったのはわかっている。
「……断れば良かった。いや駄目か…騎士にはなれないもんな…そうすると「姫」でいた方が側にいやすいか……。」
ふむ、と考える。
これをピンチと取るか、チャンスと取るか……。
ウィルは考えを練り始めた。
多分、あの頃、軽く両思いだったはずなのだ。
ただ、ウィルが思っていたよりも「姫制度」はガチだった。
サークの方もウィルを「姫」にした事で、あそこまで距離ができるなんて考えていなかったのだろう。
ウィルが「姫」となってから、サークはウィルに対して想う事がなくなってしまったと思う。
でも今でもあの頃の気持ちを多少引きずっているのはわかる。
「ん~。2年も3年もクラスが別れた事を考えれば、これは前向きに捉えた方がいいだろうな……。」
ウィルは確かに「姫」になってから綺麗になった。
でもそれは「姫」になったからじゃない。
好きな人に「一番綺麗だ」と言われたからだ。
「こんな事なら、2年の時、騎士をやるんじゃなかったなぁ~。」
まぁ、あれはあれで楽しかったのだけれども。
2年の時、ウィルは「姫」をやるのが嫌で、騎士になった。
ウィルはサークに振り向いて欲しくて「姫」をやっただけで、クラスも別れた上、サークと距離ができてしまう「姫」をこれ以上わざわざやる意味がなかったからだ。
ちょうどシルクとクラスが同じで、ウィルとシルク、どっちを姫にするかで揉めたのだ。
それもあってちょうどいいやと思い、
「姫はシルクがやればいいよ。俺はシルクの騎士になるから。」
そう言ったところ、話がまとまった。
「姫」だった者が「騎士」をやると、「姫騎士」と呼ばれ、ちょっと特別待遇になる。
他の「騎士」よりも立場が強く、そしてバレンタイン合戦の時、「姫」とクラスが同じ場合のみ「姫騎士」も貢物を貰う事ができるのだ。
ただし「姫騎士」への貢物は2個で1個とカウントされ、1個は実行委員会に収めることになるのだが。
レジェンドクラスの「姫」シルクとレジェンドクラスの姫だった「姫騎士」ウィルがいた2年D組は、3年の先輩方を抑え、去年優勝した。
今年もシルクの騎士である事を理由に断ろうとしたのだが、シルクともクラスが別れてしまった。
そして誤算だったのが「姫騎士」としてのウィルのリンとした佇まいに数多くのファンがついてしまったのだ。
そうなれば当然、バレンタイン合戦の優勝にはウィルが「姫」に返り咲く事が必須となってしまったのだ。
なのでウィルも1学期の時点で「3学期のみ姫になる」と言う約束の元、1、2学期の「姫」を免除してもらっていたのだ。
「……まぁ多少は覚悟してたけど……思ったより、ライバルが多そうなのが悩みの種かな……。」
ライバルと言っても別にバレンタイン合戦のライバルではない。
サーク争奪戦のライバルだ。
本人は無自覚だが、サークを見つめている人間は多い。
「姫」になった事によって注目を集め、それは増える事が予測できる。
「……でも、高校のうちに口説き落とせないとさらに難しくなるからなぁ……。」
卒業すれば女性も普通にいる。
今ならサーク自身の心のハードルが下がっているが、高校を離れてしまえば女性だって男性だって、年上から年下までずらりと揃っているのだ。
「……サークはダンディズムに弱いからなぁ~。」
はぁ、と深く息を吐き出す。
学校では生徒という立場上、いくらサークがダンディズム推しだとしても間違いは決して起こらなかったが、高校を出てしまえばそんな保護シールドはなくなってしまう。
世の中には悪い大人だっているのだ。
「……そんなものに俺のサークは渡さない。卒業までに絶対、振り向かせないと……っ!!」
ウィルは揺れるバスの中、意気込み新たに今後の事について考えを練っていった。
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