「欠片の軌跡」①〜不感症の魔術兵

ねぎ(塩ダレ)

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第二章「別宮編」

変化

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「ええと……何をご利用で?」

俺は顔が引きつらないようにしながら言った。
目の前には、二人の男。
その距離感から二人の関係はまぁ読み取れる。

「いや、俺らその……付き合う事になったんだけど……。」

ああ、そうでしょうね?
見ればわかりますよ。
初々しい二人は、どこかもじもじしている。
俺はため息をついた。
顧客の需要を察するのも商売だ。

「晴れてお付き合いする事になったけれど、仕方が今一つわからない、という事でしょうか?」

俺の言葉に、二人は照れ臭そうに赤くなった。
まぁいるんだよね~。
子作りの方は貴族様でも義務教育だけど、こっちとなるとお硬い御貴族様だとまだ否定派とかもいて、ちゃんと教育されてない人。
同性婚が認められて何十年経ってると思ってんだか……。
かと言って、変な安い店とかに行くとボッタクられたり脅されたり、病気とかもらいかねないから俺に聞いてくれて良かったけど。

「はい……だからちゃんと専門家に相談しようって事になって……。」

いや、確かに俺に聞いてくれて良かったけど、性行為の専門家じゃなくて、性欲研究者ですから。
そしてこっちの商売は研究の為の単なる副業です。
しかしそれでも商売は商売。
俺はニッコリと表面上はスマイルを浮かべる。

「おめでとうございます。ご相談して頂けて良かったです。するための場所でないところでするのですから、無理をしたら大事なパートナーの体を傷つける事になりますから……。」

俺は少し叫びたい衝動を押さえつつ、二人に事細かに説明し、必要な物を売ってあげた。

「ありがとうございました~。」

きっと今夜あたり、試すんだろうなぁ……。
ラブラブな二人を見送り、俺は頭が痛かった。
そして心の中で叫んだ。

あのエロ師匠~!!
マジで禁断の扉が開いてるだろうがっ!

この手の相談は、模擬戦の日から既に三組目だ。
ガスパーではないが、このままいくとマジで風紀が乱れる。

今の所俺が把握している感じでは一対一のパートナーシップなので問題ないが、肉欲とフラストレーションの溜まった男集団の場合、ガス抜きが上手くいかずに負のスパイラルにハマると、下町の店でもあまりないようなえげつない事が起きかねない。
ひとまずいろんな意味で第三別宮のお坊ちゃま方は能天気でお気楽極楽だから、生真面目故に溜め込んで薄暗い方面にドロドロ向かう前に、あっけらかんとアホな事を口にしてくれるから、それとなく俺が合いそうな商品や貴族用の高級店、下町だけど口が固くて安全管理も信用できる店なんかに誘導できるからいいんだけどさ……。
ただお貴族様のこういう面を見ちゃうと、宮仕えの世界って少し怖いよな……。
商売上はいいが、国の未来が不安になってくる。





商売も仕事も終わり、俺は1人、別宮の建物の屋根の上にいた。

集中できる場所を探していたが、練習場は鍛練に勤しむ人で賑わっていたし、だからと言って下手に人気のない森にいれば、恋人達の愛を確認し合う濃密な声に邪魔される。

いやもう、何してくれたの?
あのエロ師匠!!
皆の鍛練に来た訳?
ここの性欲事情をかき乱しに来た訳?
ふつふつと苛立ちが吹き上がって来る。

いかん、いかん。
集中しないと。
俺は大きく深呼吸をして、自分の魔力の流れに集中した。

あの日、俺は昼飯を終え副隊長とライルさんが去った後、師匠と敗因について話をした。

「敗因にはいくつかあると思います。自分の準備が出来ていなかった事、対戦相手のデータがなかった事、実力の差、経験値の差……。ですが一番大きかったのは、自分の力の無さであり、甘えです。」

俺はあの日の自分の戦いについて思った事を口にした。
師匠は静かに笑った。

「続けて?」

「俺ははじめ、師匠もいくつか同時に魔術が使えるのかと思いました。重なるように次から次に攻撃が来たからです。ですが、最後に雷を打ち合った際、師匠はそれ以上の魔術を使いませんでした。あの局面で別の魔術で攻撃されたら、もっと早く勝負はついていました。」

「うん。」

「それで気づいたんです。師匠は1つの魔術しか使えないって。」

「うん。」

「……師匠は恐らく、魔術の展開が恐ろしく早いんだと思います。それは同時に2つ使えるなんて、屁でもないくらいに。その早さで、2つ使える俺よりずっと数多くの魔術を使っていました。」

「正解。」

「俺は同時に2つ使える事で、今まで大体の事を難なくこなして来ました。そしてその事にも気づいてはいませんでした。だからある程度鍛練をして、それでいいと思っていたんです。特にそれで困る状況になった事もなかったし。一つでなく2つ使えばなんとかなるからいいやって。」

「そうね、そう見えたわ。」

「何とかなってきた為に、これまで鍛練自体を蔑ろにしてきたツケと、2つ使えるんだからという自分への甘さ、これが俺の敗因だと思っています。」

俺が言い終わると師匠は満足げに笑った。

「やっぱりいいわね、サークちゃん。あんまり私から言うことはないわ。戦う為に万全の準備をする事、そして勝負にはデータ戦略も大切だって事もサークちゃんはわかってる。そして今回、自分の悪かった所もちゃんとわかってる。これは凄いあなたの財産なのよ、サークちゃん。」

俺は黙って頷いた。

「だから、あたしは悪いところじゃなく、良かったところを言うわ。サークちゃんは、あの日、準備が足りなかろうがなんだろうが、その時、自分にある全てを使って戦ってたわ。魔術兵として培ってきた能力と体力と根性を持って、2つの魔術を使い、何より自分の信念を込めて絶対に諦めなかった。」

そこまで言って師匠は少しだけ目を瞑り、笑った。

「本当の事を言うとね、あそこまであなたが出来ると思ってなかったの。他の人より、基礎的能力が高いとそれにあぐらをかいちゃう人が多いの。」

「返す言葉もありません。」

「そうね、確かに戦う前のサークちゃんはそちら側だったわ。でも、サークちゃんは諦めなかった。自分の甘さに気づいても、その時の自分の全てで、さらに上に行こうともがいてた。あの場でもがける人かそうでないかで全然違うわ。そして、サークちゃんは敗けを受け入れた。素直にあたしに教えを求めた。そうそうできる事じゃないわ。」

師匠の顔は、とても穏やかでやさしかった。
ゴツくて厚化粧だけど、この人、本当は美形だろうなと思った。

「これで話はおしまい。」

「……え?鍛練して下さるんじゃないんですか?」

「だってサークちゃん、ちゃんと自分の悪いところわかってるでしょ?だったら何をすべきかもわかってるでしょ?」

「そうですが……。」

「後は頑張ってみなさい!行き詰まったら話は聞くから。それから、3日後のトーナメントの最後に、再試験だからね!!」

「嘘でしょ!?」

「本当~。今日から午前中は私の仕事の補佐、午後は自由。さぁ、お昼が終わったから、自由時間よ!さっさと行った行った!!」

そう言われ、俺は部屋を追い出されたのだった。

そうして俺の自己修行が始まった。
何かうまく行かなければすぐに師匠にアドバイスがもらえたし、やってるうちに何となく、今までは効率や流れを考えずにただ使ってきた魔力がうまくコントロールできるようになった気がする。
というか、魔力量や流れをコントロールするという意識すらなかったのだから、それが意識できるようになっただけでもすごい事なのだろう。

俺は瞑想するように自分の中の魔力に集中して、それを感覚で覚えていった。
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