「欠片の軌跡」①〜不感症の魔術兵

ねぎ(塩ダレ)

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第二章「別宮編」

予期せぬ逢い引き

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俺がここに異動になってみて思ったのは、こういう権利や憎愛が蠢く蛇の巣に、最も肉体的に活動期の男を大量に集めて規律で無理やり縛ると、かえって性的思考が開発されると言うことだ。
外壁警備もやはり男衆団だったし、男女の比率はこことほぼ変わらない。
だが、性的思考と言う意味では、ここの方がはるかに高レベルで濃厚だ。
濃厚というか、拗らせてる。
思うに性的な物に無理矢理蓋をして、表面だけを綺麗に繕おうとするから無理がかかって、余計に肥大化して暴走するんだと思う。

外壁警備は男衆団と言えど、老いも若きもごちゃ混ぜで、全てにおいて放任的だ。
だからリグの様に自由に振る舞っても、自分で責任をとるなら放っておくし、全体としてそういうものに寛容だった。
寛容だから好き勝手できる状況だったとも言える。
性だろうが何だろうが、ありのまま、清濁飲み干すような場所だったんだ。

だがここは、ガスパーが言うように、汚れを嫌い否定し、その価値を規律としている。
無理矢理蓋をされた不自然な環境に、活動期の男どもが密集しているんだ。
歪んで膨張して暴走するのは当たり前だ。

だが、下手に暴走すれば一貫の終わりだ。
何故ならここは汚れを嫌う。
だからよほどの精神強者か、程よくガス抜きをできる人間が生き残る。

みんな生きるのに必死なんだ。
だから俺は性具を欲しいと言う奴を見下したりはしない。
むしろ、一時的な羞恥を捨て、状況に適応して真剣に生きているところが俺は好きだ。

「……この辺なんだけどな?」

今日もそんな一人と待ち合わせだ。

呼び出された場所に来てみたが相手が見当たらない。
キョロキョロしていると、こっち、という小さな声がした。

振り向くと木陰から男が手招きしている。
俺が近づくと何も言わないまま歩き出す。
ついていくと目立たない小屋があり、そいつはそこに入った。

「呼び出してすまない。」

そう言った男は、青年期真っ盛りと言った年齢の美男子だった。
相手に困らなそうなのになと少し思う。
だが人それぞれ色々あるのだろう。

商売の時は名前や部署等は聞かない。
次にどこかであっても、はじめましてだ。

「ええと……どっちだ?」

「どっち、というと?」

見た感じ彼は王子様みたいな男前で、可愛い男が寄って来そうなタイプだ。

「タチかネコか。」

「ああ……。」

それを聞かれ、彼は赤くなり、言葉に詰まった。
まぁ、初めてこういうモノに手を出す時は商売相手でも気後れするよな。
俺は安心させようと言葉を続けた。

「別にこの商売、何を言われても引かないぞ。というか、自分用?パートナー用?」

「……自分用だ。パートナーはいない。」

「で、どっちが欲しいんだ?」

「……秘密は守ってもらえるな?」

「こういうのは一度信用を失ったら続かない商売だよ。それに俺は、個人的に自分で暴走しないように努力する奴を認めてる。そいつの尊厳を踏みにじるような事はしない。」

「……わかった。」

俺の言葉に彼は頷いた。
ただそれでも、自分の決心を告げる為に少しだけ時間を使った。
そして言葉を選びながら話し始める。

「……俺はこれまで、して欲しいと頼まれる事は何度かあった。実際、そうしたこともある。……でも。」

「タチとして求められるけど、違う性欲の方が本当の所って事か。」

彼はコクリと頷いた。
朱を帯びた目元が少し伏目がちなのが綺麗だなと思う。

「自分で弄った事は?」

「ない。」

「誰かに弄られた事は?」

「ない。俺はそっちには見えないらしい。」

「いや、そんな事ないと思う。」

「そうかな?」

「自分で少し開発したら、多分すぐ相手が出来るよ。今はタチってイメージが先行してるから声をかけられないだけで、そういう色気が微かでも感じられれば、そっちの気のある奴は気づくもんだよ。むしろ引く手あまたで取り合いになるんじゃないかな?」

「そんなにモテないぞ?俺。」

彼は少し笑った。
笑うくらいには気を許してくれたみたいだ。

「とりあえず、いきなりガチガチのディルドとかに手を出さないで相談してくれてよかったよ。いきなりハイレベルな事しようとして、体痛めて恐怖心とか持っちゃうと性欲の解放がうまくできなくなっちゃうからさ。」

俺はそう言いながら近くの箱の上にシートを広げ、商売を並べると何をどう渡そうか考え始めた。

「……全く弄ってないなら、順当には慣らしていく方がいいと思う。触る事や中に何か入れる事なんかにさ。定番だけどプラグ系とかローター系から始めるといいとと思う。あ、でもそれを使うにしても、まずは自分で触って、ある程度解さないと駄目だ。だからまずは、自分で触ってみるのが大事だな。で、弄ることに慣れる。タチをしたことがあるなら、どうするかはわかるだろ?」

「……ああ。」

「ローターとかローションとかは、俺から買わなくも他でも安く手に入ると思うけど、どうする?」

「いや、他はちょっと……。」

「その辺も慣れだから、慣れてきたら他でも買ってみればいいよ。で、俺の開発した商品からは、これを売りたいかな?」

俺はそう言うと、首に巻くチョーカーを取り出した。
彼はそれを不思議そうに見つめる。

「……これは?」

「これはなんて言うんだろ?性的興奮を刺激する装置?って言えば良いのかな?」

「それって……例の尋問の……!?」

「あんな危険な物売らないよ!あれは研究用にリミットが制限されてない物だから!!」

「そうか、びっくりした。」

「でも尋問の時に使った物から商品にしたものだな。これはつまり、性的興奮を刺激するシグナルを出す装置で、自分の性的欲求を助ける物なんだ。特にあんたみたいに初めての人は、してみたいのに今一つ踏み出せなかったり、はじめてみたはいいけど怖くなったり萎えちゃったりして上手くいかない事がある。そうすると本当は解放したいのにできない。だからそういう事が起こらないよう、人為的に興奮を手助けする物なんだよ。」

そう言いながら、彼にチョーカーを渡す。
尋問の話がどんな風に伝わってるのかわからないけれど、ちょっとおっかなびっくりだった。
でも普通のチョーカーとの違いがわかりにくいから、やはり不思議そうに見ている。

「ここにスイッチがあるだろ?ここを押して、首につけるだけ。強弱とかはつけられなくて、常に一定の強さ。onかoffかしかない。物凄く弱いシグナルだから、尋問のヤツみたいに無理矢理興奮を起こさせたりはしない。ただ、onにして着けていれば萎えにくいし、最中に興奮が覚めにくい。そんな感じの物。」

俺の説明を聞きながら、納得したのか頷く。
そして手渡したチョーカーを彼はおもむろに首にかけた。
どうやら気に入ってくれたみたいだ。

「デザインもつけてて変に見えないようこだわったから、悪くないだろ?」

俺は大きめの鏡を取り出し、首もとを写してやる。
彼は角度を変えながらそれを見ていた。

「普通にいいな、このデザイン。」

「で、どうする?」

「これも含めて、お前がおすすめするもの一式もらえるか?」

「金額の上限はある?」

「いや、ない。」

商談が成立し、俺は売ったものを説明しながら袋に詰めた。
それを手渡すと、彼は嬉しそうな不安そうな顔で小さく笑った。

俺の仕事はここまでだ。
これ以上は商人の領域じゃない。

「じゃ、頑張ってな!!」

真面目そうだし、ちゃんと説明も聞いてくれたから大丈夫だろう。

しかし、そう言って出ていこうとした俺の腕をそいつは掴んだ。
振り向くと、困ったような高揚した顔で俺を見ていた。

あ~。

俺は頭を掻いた。

あるある。
このパターンよくある。

俺もこの商売をしているんだ、なんとなくの察しはつく。
そして予想通りの言葉が彼の口から出てきた。


「頼む、練習したい。手伝ってくれ……。」
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