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第四章「独身寮編」
それぞれの朝
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シルクが目を覚ました時、外はもう明るかった。
ぼんやり見上げる天井は独身寮の部屋のものだ。
あれ?
いつ戻って来たんだろう?
意識がはっきりせず、ふわふわしている。
そもそも何をしていたんだ?
今はいつだ?
最後の記憶は……。
ハッとした。
脳裏にはっきりと浮かんだ妖艶な記憶。
嘘……っ!!
顔が火照って口元を押さえる。
あの人と、セックスをした。
いや、していない。
ただ、発作の処置をしてもらったのだ。
だがそれは、セックスを凌ぐほど濃密で……。
はぁとため息をついた。
全身に満たされた気だるさがある。
自分に足りなかった全てが満たされている。
自分はひとりじゃないのだと、そう思えた。
セックスだけでは満たされなかった思い。
ひとつになったのだとわかった。
ふと、横を見ると、窓から差し込む朝日を浴びながら、黒い騎士の服に身を包んだその人が、椅子に座って眠っていた。
じん、と目頭が熱くなる。
涙が一滴、こぼれた。
ずっと側にいてくれた。
あれ以上、自分に手出しもせず部屋まで運び、眠らずに側にいてくれた。
この気持ちを、なんと呼べば良いのだろう?
シルクはその人に向けて、手を伸ばした。
届きそうで届かなくてもどかしい。
ふと、ギルは目を覚ました。
気づくとシルクが目を開き、こちらに手を伸ばしている。
「シルク!大丈夫か!?」
その手を握り、駆け寄る。
頬をそっと撫でると、その手にシルクが顔を擦り付けた。
甘える猫のようで愛おしくなる。
だが、勘違いする訳にはいかない。
もう自分の思いの丈を暴走させ、相手を傷つけないと硬く心に決めたのだ。
「大丈夫。落ち着いたみたい……。」
「そうか……。腹は減っているか?」
「ん……少し。」
シルクは優しく気遣ってくれる大きな手に甘えた。
その不器用な優しさが心から自分を満たしてくれる。
どれだけ快楽的な性交をしても満たされる事のなかった場所が満ち足りて、とても安心できた。
「朝食を包んでもらって来るから、そのまま寝ていろ。今日は休んでいい。」
「うん……ありがとう。」
「……もっと触れても……大丈夫か?」
「大丈夫だと思う。」
ギルはシルクの髪を撫で、そして愛おしさを込めて額に口付けた。
とても暖かい想いがシルクの胸を満たす。
互いの思いが繋がった。
そう思った。
だが……。
「……シルク。昨夜の事は気にしなくていい。お前は発作を起こし、その処置をたまたま俺が手伝っただけだ……。誓って他に何もしていない。お前の意思を踏みにじるような事は何もない。……だから、安心していい。今夜にはサークも帰ってくるだろう。少し不安かもしれないが、ゆっくり休んで待っていればいい。」
「たいちょーさん……?」
シルクはギルの言葉に違和感を覚えた。
言っている言葉の意図がわからないと眉を寄せる。
どうして?
どういう事?
何でそんな言い方するの?
違う、と言いたかった。
あなたは何か勘違いしている。
何か行き違ってる。
でも言えなかった。
それを確かめた結果が怖い。
ギルの言わんとしている事から、急に自分一人の思い違いなのではないかと思え何も言えなかった。
「……そんな顔するな。大丈夫だ。薬はあるのか?」
「うん……。」
「ならば心配ないな……。朝食を取ってくる。昼も届けるから、今日はゆっくり休め。」
ギルの手は切なげにシルクを労る。
だがこれ以上、触れていては駄目だ。
自分の想いを抑えられなくなる。
昨夜は特殊な状況下だったに過ぎない。
勘違いするな。
一方的な想いで大切に思える人を傷つける訳にはいかないのだ。
ギルは名残惜しげに優しく髪を撫で、鉄の意志で部屋を離れた。
「………………っ。」
どうして?
シルクはパタンとドアが閉まる音を聞き、奥歯を噛んだ。
涙が溢れた。
あの人にとって、あれは処置に過ぎなかったのだろうか?
そう思うとやりきれなかった。
あんな事初めてで、シルクも取り乱していた。
思えばその中で先に自分が拒んだのだ。
訳がわからなくて嫌だと泣きわめいたのから仕方がない。
でも……。
こんなにもはっきり、繋がれたと思ったのに……。
あの人の優しさが今は辛い。
どうして同じ気持ちになれないんだろう?
シルクは音を立てずに泣いた。
発情期なんて大嫌いだ。
こんな想いをするのなら、無理矢理犯されてしまいたかった。
腕で顔を覆って、言葉にできない全てを涙で流し捨てるしかなかった。
「……サークちゃん?どうしたの?」
師匠と話していたサークは、不意に不安を覚えた。
それに囚われ、ぼんやりしていた。
そう声をかけられた事で我に返ったが、ここ最近そんなことばかりだ。
「いや、何でもないです。」
それを振り払う。
大丈夫、色々あって気が張っているだけだ。
正体の見えない不安はきっと全部、杞憂だ。
「で、さっきの話だけど。」
「はい。二つ使う件ですよね?二つ目は杖を使わない方法を使ってるんです。杖を使わない魔術と言うのは、公式を解して使うんですけど……。」
「公式ね~、どこでそれを覚えたの?」
公式と言うのは、全ての魔法の基本になっている情報だ。
たくさんの言葉を、コードのように、一定のルールに基づいて並べる。
それを式として解した時、魔法陣が展開し、魔術となる。
殆ど使われていない方法だが、数人がかりで行うような大きな魔術では今でも使われている。
「どこって、学校に決まってるじゃないですか?」
当然の事を聞かれ、キョトンとしてしまった。
当たり前だが、魔術学校では魔術の成り立ちや本来の形も教える。
自分達の魔術が何なのか基本を知るのだ。
その時、公式の事も当然習う。
だから王宮で特別扱いされる程の魔術師であるロナンドが、それを知らないとは思えなかった。
「わかってるわよ。でも触りだけでしょ?公式を本格的に教えたりはしないじゃない。」
「そこは本で調べました。」
「どこの?」
「ですから学校の。」
「いくつ覚えてるの?」
「え~?多分、20ぐらいですよ。」
「え!?20だけ!?本当に!?もっとあるでしょ?!」
「いや、ちゃんと覚えてるのは20ぐらいですよ。始めはそれぞれの魔術の公式、全部、覚えようとしました。でも覚える為に公式をたくさん見ていたら、特殊系の魔術以外は基本的にその20くらいの公式を組み合わせ、混ぜて使ってるんです。だから暗記してるのはそれだけで、後は組み合わせ方の法則みたいのを覚えました。」
キョトン顔で平然と話すサークにロナンドは頭を抱える。
確かにその通りだ。
魔術は始め、そうやって基礎の公式を複雑化させて進歩してきた。
そういう歴史的背景はあるけれど、魔術研究者じゃあるまいし、今時どこの誰がそんな魔術の基礎に返って公式を理解しようと思うというのか。
しかもそれを覚えようとするなど、魔術研究者であっても普通はしない。
いくらそれが魔術の根本的な形であっても、杖がある今、それぐらい非効率なやり方なのだ。
しかしサークはそれをし、それによって公式の基本ルールを独自に見出し活用しているというのだ。
「……理屈は解ったけど……何でその発想になったかが解らないわ……。」
「う~ん??それは多分、魔術は杖でしか使えないと言う固定観念が普通は取れないからじゃないですか?俺は血の魔術もあったから、杖がなきゃ使えないって固定概念がなかったというか弱かったというか。血の魔術が使えたから、はじめから杖無しで使う方法があるって無意識に認識してたんですよ。」
「なるほどね~。杖を使えばその過程は一瞬で終わってるから普通は意識する事もないのよねぇ~。だから見落とされてたっていうか……。」
「むしろ俺は、とっくに誰かが公式を併用する方法を見つけて使ってるもんだと思ってましたよ。たかだか魔術を学び始めたばかりのひよっこ学生が学校の本を読み漁ればできる事なんですから。ただおおっぴらにはなってないから、秘密裏に見つけた奴の特権として扱われてるんだろうなって思ってましたけど。まさかこんなに騒ぎになるなんて思いませんでした。」
「あまりに基礎部分すぎるのよ。今更そんな根本部分に立ち返ろうなんて盲点だった。魔術が公式で成り立っている事は知っていても、杖でぱっと出来ることだから、わざわざ公式まで戻って使おうなんて思考にならないわよ。大掛かりな集団魔術ならいざ知らず、個人で常日ごろからそんな方法を使おうなんて……。やるにはいくつもの公式を覚えないとならないし、公式を展開して解する手順も面倒くさいし。」
「そうですかね?慣れれば楽ですよ?俺的には無意味に短縮呪文を覚えなくて良いから好きなんですけどね、この方法。組み方で威力やら効果やら自分で調整できますし。」
「さらっと言ってくれるわね……。」
「思うに杖は公式のコードがたくさん詰まった記憶媒体なんだと思うんです。そこから簡単なショートカットの言葉で、目的の公式を発動させてるんだと思うんですよ。」
「そんな発想なかったわ……。」
「杖という記憶媒体を使えばそれをする公式がわからなくてもその魔術が使える。便利な方法が確立されてると思います。でもそれだと杖の中に記憶されている公式しか使えない。それで皆、より良い杖を求めるんでしょうね。使いたい魔術が複雑化すれば対応できなくなりますから。そういう意味でも、杖では変則的な事に応用できないから、俺としては杖の方が面倒くさいなぁって感じます。」
あっけらかんと話すサーク。
ロナンドはただただ、頭を抱えた。
自分が長年学び、追求してきた魔術がひっくり返ってしまった気分だった。
「……何かあたし、長年魔術を研究してきたけど、自分に自信がなくなってきたわ……。」
「俺も自分の考え方がそこまで特殊だとは思ってませんでした。多くはないでしょうが、普通に他にもやってる人がいると思ってましたから……。」
「そもそも複数使おうと考えないわよ。だからあたしは速さを極めようと思ったんだもん。」
「ん~そうなんですかね~?俺は初めて使ったのが血の魔術だったから、杖が何で必要なのか理解出来なかったからですかね~?」
「そうね……。サークちゃんの場合、そもそも杖に対する認識の重さが全く違うものね。私たちは杖が魔術の要だと思っていて、サークちゃんは何でこれが必要何だろうって思ってたんだし~。」
ロナンドはそう言うと、目頭を押さえて上を向いた。
どういう事なのか理解はしたが、すぐにこの場で自分の中で納得させるには無理があった。
「とりあえず少し休ませて~。何か頭がパンクしそうだわ~。」
その一言で魔術論議は一時中断し、暫く休憩をとることになった。
ぼんやり見上げる天井は独身寮の部屋のものだ。
あれ?
いつ戻って来たんだろう?
意識がはっきりせず、ふわふわしている。
そもそも何をしていたんだ?
今はいつだ?
最後の記憶は……。
ハッとした。
脳裏にはっきりと浮かんだ妖艶な記憶。
嘘……っ!!
顔が火照って口元を押さえる。
あの人と、セックスをした。
いや、していない。
ただ、発作の処置をしてもらったのだ。
だがそれは、セックスを凌ぐほど濃密で……。
はぁとため息をついた。
全身に満たされた気だるさがある。
自分に足りなかった全てが満たされている。
自分はひとりじゃないのだと、そう思えた。
セックスだけでは満たされなかった思い。
ひとつになったのだとわかった。
ふと、横を見ると、窓から差し込む朝日を浴びながら、黒い騎士の服に身を包んだその人が、椅子に座って眠っていた。
じん、と目頭が熱くなる。
涙が一滴、こぼれた。
ずっと側にいてくれた。
あれ以上、自分に手出しもせず部屋まで運び、眠らずに側にいてくれた。
この気持ちを、なんと呼べば良いのだろう?
シルクはその人に向けて、手を伸ばした。
届きそうで届かなくてもどかしい。
ふと、ギルは目を覚ました。
気づくとシルクが目を開き、こちらに手を伸ばしている。
「シルク!大丈夫か!?」
その手を握り、駆け寄る。
頬をそっと撫でると、その手にシルクが顔を擦り付けた。
甘える猫のようで愛おしくなる。
だが、勘違いする訳にはいかない。
もう自分の思いの丈を暴走させ、相手を傷つけないと硬く心に決めたのだ。
「大丈夫。落ち着いたみたい……。」
「そうか……。腹は減っているか?」
「ん……少し。」
シルクは優しく気遣ってくれる大きな手に甘えた。
その不器用な優しさが心から自分を満たしてくれる。
どれだけ快楽的な性交をしても満たされる事のなかった場所が満ち足りて、とても安心できた。
「朝食を包んでもらって来るから、そのまま寝ていろ。今日は休んでいい。」
「うん……ありがとう。」
「……もっと触れても……大丈夫か?」
「大丈夫だと思う。」
ギルはシルクの髪を撫で、そして愛おしさを込めて額に口付けた。
とても暖かい想いがシルクの胸を満たす。
互いの思いが繋がった。
そう思った。
だが……。
「……シルク。昨夜の事は気にしなくていい。お前は発作を起こし、その処置をたまたま俺が手伝っただけだ……。誓って他に何もしていない。お前の意思を踏みにじるような事は何もない。……だから、安心していい。今夜にはサークも帰ってくるだろう。少し不安かもしれないが、ゆっくり休んで待っていればいい。」
「たいちょーさん……?」
シルクはギルの言葉に違和感を覚えた。
言っている言葉の意図がわからないと眉を寄せる。
どうして?
どういう事?
何でそんな言い方するの?
違う、と言いたかった。
あなたは何か勘違いしている。
何か行き違ってる。
でも言えなかった。
それを確かめた結果が怖い。
ギルの言わんとしている事から、急に自分一人の思い違いなのではないかと思え何も言えなかった。
「……そんな顔するな。大丈夫だ。薬はあるのか?」
「うん……。」
「ならば心配ないな……。朝食を取ってくる。昼も届けるから、今日はゆっくり休め。」
ギルの手は切なげにシルクを労る。
だがこれ以上、触れていては駄目だ。
自分の想いを抑えられなくなる。
昨夜は特殊な状況下だったに過ぎない。
勘違いするな。
一方的な想いで大切に思える人を傷つける訳にはいかないのだ。
ギルは名残惜しげに優しく髪を撫で、鉄の意志で部屋を離れた。
「………………っ。」
どうして?
シルクはパタンとドアが閉まる音を聞き、奥歯を噛んだ。
涙が溢れた。
あの人にとって、あれは処置に過ぎなかったのだろうか?
そう思うとやりきれなかった。
あんな事初めてで、シルクも取り乱していた。
思えばその中で先に自分が拒んだのだ。
訳がわからなくて嫌だと泣きわめいたのから仕方がない。
でも……。
こんなにもはっきり、繋がれたと思ったのに……。
あの人の優しさが今は辛い。
どうして同じ気持ちになれないんだろう?
シルクは音を立てずに泣いた。
発情期なんて大嫌いだ。
こんな想いをするのなら、無理矢理犯されてしまいたかった。
腕で顔を覆って、言葉にできない全てを涙で流し捨てるしかなかった。
「……サークちゃん?どうしたの?」
師匠と話していたサークは、不意に不安を覚えた。
それに囚われ、ぼんやりしていた。
そう声をかけられた事で我に返ったが、ここ最近そんなことばかりだ。
「いや、何でもないです。」
それを振り払う。
大丈夫、色々あって気が張っているだけだ。
正体の見えない不安はきっと全部、杞憂だ。
「で、さっきの話だけど。」
「はい。二つ使う件ですよね?二つ目は杖を使わない方法を使ってるんです。杖を使わない魔術と言うのは、公式を解して使うんですけど……。」
「公式ね~、どこでそれを覚えたの?」
公式と言うのは、全ての魔法の基本になっている情報だ。
たくさんの言葉を、コードのように、一定のルールに基づいて並べる。
それを式として解した時、魔法陣が展開し、魔術となる。
殆ど使われていない方法だが、数人がかりで行うような大きな魔術では今でも使われている。
「どこって、学校に決まってるじゃないですか?」
当然の事を聞かれ、キョトンとしてしまった。
当たり前だが、魔術学校では魔術の成り立ちや本来の形も教える。
自分達の魔術が何なのか基本を知るのだ。
その時、公式の事も当然習う。
だから王宮で特別扱いされる程の魔術師であるロナンドが、それを知らないとは思えなかった。
「わかってるわよ。でも触りだけでしょ?公式を本格的に教えたりはしないじゃない。」
「そこは本で調べました。」
「どこの?」
「ですから学校の。」
「いくつ覚えてるの?」
「え~?多分、20ぐらいですよ。」
「え!?20だけ!?本当に!?もっとあるでしょ?!」
「いや、ちゃんと覚えてるのは20ぐらいですよ。始めはそれぞれの魔術の公式、全部、覚えようとしました。でも覚える為に公式をたくさん見ていたら、特殊系の魔術以外は基本的にその20くらいの公式を組み合わせ、混ぜて使ってるんです。だから暗記してるのはそれだけで、後は組み合わせ方の法則みたいのを覚えました。」
キョトン顔で平然と話すサークにロナンドは頭を抱える。
確かにその通りだ。
魔術は始め、そうやって基礎の公式を複雑化させて進歩してきた。
そういう歴史的背景はあるけれど、魔術研究者じゃあるまいし、今時どこの誰がそんな魔術の基礎に返って公式を理解しようと思うというのか。
しかもそれを覚えようとするなど、魔術研究者であっても普通はしない。
いくらそれが魔術の根本的な形であっても、杖がある今、それぐらい非効率なやり方なのだ。
しかしサークはそれをし、それによって公式の基本ルールを独自に見出し活用しているというのだ。
「……理屈は解ったけど……何でその発想になったかが解らないわ……。」
「う~ん??それは多分、魔術は杖でしか使えないと言う固定観念が普通は取れないからじゃないですか?俺は血の魔術もあったから、杖がなきゃ使えないって固定概念がなかったというか弱かったというか。血の魔術が使えたから、はじめから杖無しで使う方法があるって無意識に認識してたんですよ。」
「なるほどね~。杖を使えばその過程は一瞬で終わってるから普通は意識する事もないのよねぇ~。だから見落とされてたっていうか……。」
「むしろ俺は、とっくに誰かが公式を併用する方法を見つけて使ってるもんだと思ってましたよ。たかだか魔術を学び始めたばかりのひよっこ学生が学校の本を読み漁ればできる事なんですから。ただおおっぴらにはなってないから、秘密裏に見つけた奴の特権として扱われてるんだろうなって思ってましたけど。まさかこんなに騒ぎになるなんて思いませんでした。」
「あまりに基礎部分すぎるのよ。今更そんな根本部分に立ち返ろうなんて盲点だった。魔術が公式で成り立っている事は知っていても、杖でぱっと出来ることだから、わざわざ公式まで戻って使おうなんて思考にならないわよ。大掛かりな集団魔術ならいざ知らず、個人で常日ごろからそんな方法を使おうなんて……。やるにはいくつもの公式を覚えないとならないし、公式を展開して解する手順も面倒くさいし。」
「そうですかね?慣れれば楽ですよ?俺的には無意味に短縮呪文を覚えなくて良いから好きなんですけどね、この方法。組み方で威力やら効果やら自分で調整できますし。」
「さらっと言ってくれるわね……。」
「思うに杖は公式のコードがたくさん詰まった記憶媒体なんだと思うんです。そこから簡単なショートカットの言葉で、目的の公式を発動させてるんだと思うんですよ。」
「そんな発想なかったわ……。」
「杖という記憶媒体を使えばそれをする公式がわからなくてもその魔術が使える。便利な方法が確立されてると思います。でもそれだと杖の中に記憶されている公式しか使えない。それで皆、より良い杖を求めるんでしょうね。使いたい魔術が複雑化すれば対応できなくなりますから。そういう意味でも、杖では変則的な事に応用できないから、俺としては杖の方が面倒くさいなぁって感じます。」
あっけらかんと話すサーク。
ロナンドはただただ、頭を抱えた。
自分が長年学び、追求してきた魔術がひっくり返ってしまった気分だった。
「……何かあたし、長年魔術を研究してきたけど、自分に自信がなくなってきたわ……。」
「俺も自分の考え方がそこまで特殊だとは思ってませんでした。多くはないでしょうが、普通に他にもやってる人がいると思ってましたから……。」
「そもそも複数使おうと考えないわよ。だからあたしは速さを極めようと思ったんだもん。」
「ん~そうなんですかね~?俺は初めて使ったのが血の魔術だったから、杖が何で必要なのか理解出来なかったからですかね~?」
「そうね……。サークちゃんの場合、そもそも杖に対する認識の重さが全く違うものね。私たちは杖が魔術の要だと思っていて、サークちゃんは何でこれが必要何だろうって思ってたんだし~。」
ロナンドはそう言うと、目頭を押さえて上を向いた。
どういう事なのか理解はしたが、すぐにこの場で自分の中で納得させるには無理があった。
「とりあえず少し休ませて~。何か頭がパンクしそうだわ~。」
その一言で魔術論議は一時中断し、暫く休憩をとることになった。
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