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第四章「独身寮編」

狡い男

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「………。イヴァン、お前のそれ、何?」

シルクは武術指導をしながら、ずっと同じように指導をしていたイヴァンを観察していた。
イヴァンは確かに武術か何かの経験者で、指導も間違いない。
ただ、何か武術と違う感じがしたのだ。
隊長は確実に武術を習っていたのがわかる。
だが、イヴァンは何かが違う気がした。
休憩に入ったところで、シルクはそう声をかけた。
イヴァンは汗を拭いながら笑った。

「ああ、僕は正確には特定の武術経験者ではないんです。僕のは近戦型格闘術です。」

「近戦型格闘術?」

「色々な武術を元に、近辺警護用に特化した格闘方法を考えられたものです。」

「そんなのがあるんだ。」

「興味ありますか?」

「うん。」

「なら、ちょっとやりますね?」

そう言った次の瞬間、イヴァンはシルクの腕を掴んで足を払い下に押さえ込もうとした。

「!!」

しかし、シルクは全く押さえ込めなかった。
少しも動かす事が出来ない状態にイヴァンは目を丸くする。
シルクはシルクで不思議そうにイヴァンを振り替えった。
そして……。

「……あ~っ!痛い痛いっ!!シルクさん!待って!待ってっ!」

シルクは平然とした顔でくるんと動いて、逆にイヴァンの腕をねじってしまった。
痛みに顔を顰めるイヴァンが慌てふためく。
シルクは手を離してやった。

「シルクさん、体幹強すぎます!」

「うん、気力も体重と筋肉も戻ったからね、この程度、何ともないかな?」

「何です?それ?」

「こっちの話。」

ある程度は手加減はあったのだろうが、びくともしなかったシルク。
その上、よくわからない事を言われてイヴァンは不思議そうに首を傾ける。

シルクはと言えば、一人で納得していた。
イヴァンは弱い訳ではない。
でも、どうという事なくかわせてしまった。
健康的な生活と奪われていた核が戻ったことで、ずいぶん回復したなと自分でも思う。

それを想い、小さく笑う。
こうやってまともに動ける体で武術をしていると、かりそめでもカイナの民として生きれているようで幸せな気持ちになるのだ。

「なんとな~くわかった。でも俺に仕掛けてもらっても正直よくわかんないから、誰かにモデルになってもらわないと。」

「……ですね。仕掛ける相手を間違えました。」

イヴァンが腕を擦りながら苦笑した。
確かに相手が悪すぎた。
見た目は可憐なシルクだが、武術指導員として招かれただけあり、一筋縄ではいかない。
それなりの技量を備えたイヴァンなので、シルクの実力を理解できていた。

なら仕方がない。
その後、イヴァンに捕まった隊員が延々とその犠牲となった事でシルクは納得した。
イヴァンの近戦型格闘術というものがどういうものか、理解したのだ。

「うん。わかった。少し考える。」

「……考える?」

「ちょっとさ、悩んでたんだよ。このまま武術を教えてていいのかなって。武術は鍛練して、鍛練して、ずっと続くんだよ。でもここで求められてる事って、個人個人を武術の使い手に育てる事じゃなくて、騎士としての剣技の補足としてどんな状況でも対応できるようになるための応用を身に付けさせたい訳じゃん?」

「そうですね。」

「そうすると、武術を教えるより、イヴァンのその格闘術?を主体にした方がいいのかなって。」

シルクの言葉に、イヴァンは頷く。
何を言っているのか、イヴァンには理解できたからだ。

「確かにそうかも知れないですね。格闘術ならある程度ごとに区切りががつけられますからね。それでも、本来は格闘術もその後の鍛練が必要なんですけど。」

イヴァンの言葉にシルクは頷く。

「そう。区切りがいるんだよ。とりあえずここまで出来ましたっていう区切りがさ。そこをひとまずの目処にして、それでもまだ上を目指すなら本格的に武術を教えて行くよってすればいいから。今のままただ闇雲に鍛練させ続ければ、そのうち皆の心が折れちゃうだろうし。」

「そうですね。」

任された武術指導について真剣に考えるシルク。
イヴァンはクスッと笑った。

「何だよ?」

「ん?シルクさんはいい指導者だなって思って。」

爽やかに笑ってそう言われ、シルクはぎょっとした。
そんな事、考えてもいなかったからだ。
思わず慌てたように言葉が出る。

「どこが!?俺、こんな集団を教えるとかした事ないから、何がいいのかわかってないし!!ただ主に恥をかかせないよう必死なだけ!!」

「でもこうやって、自分が何を求められているのか、それには何が必要なのか、全体のモチベーションを保つにはどうしたらいいか、真剣に考えてくれています。だから僕は、シルクさんはいい指導者だと思います。」

真っ直ぐな瞳。
シルクは顔が赤くなるのを感じた。
嬉しいような気恥ずかしいような思いがした。
それを誤魔化すためにぷいっと顔を背ける。

「……そんな事言っても、何もないから。」

「ええ~、昼飯くらい奢ってくれるかと。」

「たかるな!俺まだ、ここで給与もらってないし。」

「え?そうなんですか?なら僕に奢らせて下さい。いいですよね?」

シルクはイヴァンに視線を戻した。
爽やかな笑顔が目に飛び込んでくる。
相手を立てながらも、程よく押しが強い。
シルクはため息をついた。

「お前、モテそうだな……。」

「モテないですよ?」

「嘘ばっか。」

「少なくとも、意中の人にはモテてないみたいです。」

「そういうとこだよ。ムカつくな。」

「まぁまぁ、とにかくそろそろお昼ですし、格闘術をどう織り込んでいくかとか食べながら話しましょう!」

イヴァンはそう言うと、訓練に来ていた全体に昼休みの号令をかけた。
そしてニッコリ笑うと、シルクの腕を引いて歩き出す。

……何なんだよ、本当。
この国の男は皆こういう狡い男ばかりなのか?

イヴァンの、従順かつ有無を言わさない押しに何となく不機嫌になる。

「主の馬鹿……。」

シルクは何故かサークを思い出していた。
そしてムスッとしたまま、イヴァンに引かれるまま食堂に向かった。









「ずいぶん仲良くなったんだな?ふたり??」

ライルさんと昼飯をとろうと食堂に来ると、シルクとイヴァンが昼食を取りながら、熱心に今後の指導計画について話し合っていた。
何となく意外で俺は目を丸くする。

それにしても本当、シルクは踊りだけでなく、武術に関しても人が変わったように熱くなる。
いや、こっちが本当のシルクなのかもしれない。
何となく不安のあったイヴァンともうまくやっているようだし。
こんなふうに言い合える助手がいるなら、もう心配いらないだろう。
そう微笑ましく思っている俺に、顔を上げたシルクが一言言った。


「あ、狡い男の筆頭が来た。」


……は?

え!?何?!どういう事?!
俺は一瞬、思考停止。
そしてムカッとして言い返した。

「何の話だよ!何の!?」

けれど、怒る俺にシルクは冷めた顔つきでため息まじりに言ってくる。

「いや、この国は狡い男ばっかりだな~って話。」

「どこから出たの!?その話!?つか、俺、狡い男じゃないから!!」

「だから、自覚がないだけだって。」

いつぞやも言われたが、俺のどこが狡い男なんだ?!
自覚がないってどういう意味だよ?!
俺は決して狡い男なんかじゃない!!

だというのに、だ……。

「そうなんですね、サークさん。」

何故かシルクの話を真に受けるイヴァン。
何で?!どうしてシルクの言う事を鵜呑みにすんの?!
だいたい、俺らほぼ話すの初めてだよね?!

「いや待て?!何でイヴァンまで話に乗る!?」

「それは主が狡い男だからじゃん?」

「いや!断じて違う!!」

「え?サークは狡い男だよ??俺、泣いてる子、知ってるもん。」

「ライルさん!?」

ただ昼飯を食べようと思って食堂に来た俺は、何故か3人から狡い男認定をされるという酷い扱いを受けたのだった……。
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