「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

ねぎ(塩ダレ)

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第四章「独身寮編」

恋の自爆装置

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昨日、叩きのめしたせいか皆、シルクの事を「シルクさん」と呼んだ。
相当、怖かったらしい。

俺から言わせてもらえばあんなのは怖くない。
シルクが武術ではなく、演舞を踊った時の怖さを知っているからだ。

あれば恐ろしい。
そして美しい。

俺はシルクが鍛練場で武術の指導をしているのに付き合いながら、自分も教えてもらっていた。

意外にもシルクは仕事はしっかりやった。
真面目にやってて驚いたと言うと、主の顔に泥は塗れないと言った。
だが教えているのを見ていると、武術が好きなんだな、と思った。
面倒くさがりだが、踊ることや武術のように自分の中の自分を磨き、体を動かすことは好きなのだろう。
拾った時は痩せこけていた体も、しっかり食べて、しっかり動いて、ちゃんと休養を取る日々が続き健康体になった。
ただ不思議とシルクの筋肉のつきかたは、しなやかなバネのあるつきかたをしていた。
やっぱり猫科の動物なのではないだろうか?と思う。
心配だったので数日は一緒に鍛練場にいようと思ったが、この様子なら明日から一人でも平気そうだ。

「主、集中が乱れてます。」

シルクが棒で背中を押してきた。
俺はバランスを崩してこけそうになる。

「押さなくてもいいだろ?」

「この程度でよろけるなんて、体幹が弱すぎます。魔力の事はわかりませんが、ちっとも炭田に力が溜まってないですよ?」

俺は演舞の気の使い方を真似て、魔力を体内に循環させたり溜めたりする鍛練をしているのだが、今の俺は魔力のないシルクから見ても全然ダメダメとわかるようだ。

「無駄なこと考えすぎなんですよ、主は。はい、とりあえず頭空っぽにするために、別宮一周、走って来て下さい。」

「……マジ?」

「マジです。」

シルクは意外と真面目に仕事をしている……。

俺は追い立てられて、泣く泣く外周の走り込みをする事になった。









俺が走って戻って来ると面白い事になっていた。
ゼイゼイいいながら、その様子を伺う。

何故か隊長とシルクが勝負していた。

しかも驚いたのが、隊長が剣ではなく体術で勝負している。
なので隊長に合わせたのかシルクも素手だった。

「これ、いつからやってんの?」

俺は近くにいた隊員に聞いた。

「始まったばっかりだよ。」

「何でこんなことに?」

「いや、普通に隊長がシルクさんに稽古つけてくれって頼んでたよ?シルクさん、はじめは断ってたけど、なんかやることになったみたいだよ。」

シルクは相手の実力を見極めようとしているらしく、ほとんど手は出していない。
端から見れば、シルクが押されているように見えるだろう。
だが、隊長の手はことごとくシルクに防がれている。

とはいえ、この人、強いな?

俺と戦った時も、平気で泥臭い戦術とってきたし、ちゃんと体術を学んだ事があるみたいだ。

ワッと歓声が上がった。
応戦一方だったシルクが攻撃に転じたのだ。
隊長の実力を見極め終わったのだろう。
かなりきつい蹴りを撃ってる。
隊長も防いではいるし、なんか凄い事になり始めた。

いやでもな~。
まずいよな~。

俺は止めようかどうしようか考える。

………………。

ま、いいや。
それはそれで面白い。

体格によるリーチの差から、シルクは蹴り主体で攻めている。
対して経験値の差を埋められない隊長は、体格差を生かそうと、防御の傍ら重いカウンターを狙ってるみたいだ。

変な話、プロの超軽量級と一般重量級の戦いみたいになっている。
普通に見てて面白い。

シルクが隊長のカウンターを止めて、蹴りに転じようとした時、隊長が動いた。
足を上げて片足になったところで、足狙いの攻撃をした。
シルクはその程度でどうにかなるものではないが、隊長がかなり素早く動いて、シルクの背後を取った。
そのまま、自分より小柄なシルクを押さえ込もうとしたのだが………。


ダーンッ!!という音が響く。


全員、何が起きたかわからなかった。
ただ一瞬で隊長が下に叩きつけられていた。

そう、シルクが隊長を投げ飛ばしたのだ。

あ~あ、言わんことじゃない。
俺はちょっと意地悪な笑みが浮かぶ。
いくら隊長が強くても、体術で演舞継承者のシルクに敵う訳がない。
シルクにしたら、子供と遊んでいたようなものだっただろう。

わ~っという歓声が上がる。
自分たちの恐れる鬼の黒騎士隊長が、シルクに負けたのだ。
見ていた隊員たちはお祭り騒ぎだ。


「……体幹が甘い。」


シルクは隊長を見下ろして一言、言った。














何故かシルクは、カレーのスプーンを咥えてぶつぶつ言っている。

「シ~ルク。ご飯の時はちゃんと食べなさい。」

俺はシルクにそう言った。
前はあんなに食べ物に執着していたのに、食い物に困らないこの国に来てからは安心しきって、他に意識が行っていると食事が上の空な事がたまにある。

「う~ん、でもね、主~?たいちょーさんはね~あそこでもっと、動くべきだったんだよ~。後、体幹がもっとしっかりしていれば~俺にあんな綺麗に投げられないで~……。」

シルクの頭の中は、さっきの取り組みの事でいっぱいのようだ。
あの面倒くさがりだったシルクが、踊りとか武術の事になると本当、他の事への意識が疎かになるから意外だ。

「わかったから、食べてからにしなさい。」

とはいえ、それを許しておく訳にもいかない。
俺はため息まじりに、まず食事を終わらせる事を促した。
そんな俺たちのところに隊長がトレーを持ってやって来る。

「……ここ、いいか?」

「どうぞ。」

俺はちらりと見たが、ちゃんと隊長の顔をしている。
だから特に気にせずどうぞと言ったのだが、隊長は少し固まっていた。
俺とシルクは向かい合って座っている。
どうやらどちらの隣に座ればいいかわからないようだった。

「ちょうどいいところに来た!たいちょーさん!!こっち座ってっ!!」

そんな隊長に、助け船ではないが興奮冷めやらぬシルクが自分の隣に座るようせっつく。
無表情に頷いた隊長は、言われるままにシルクの隣に座ったのだが、そこからシルクが一気に捲し立てた。

「あのさ?何であそこでもっと動かなかった?体が重いんじゃないか?ちゃんと走りこみとかしてる?もっと足を使った方がいいよ。で、動かない戦術を取るなら、もっと体幹がしっかりしてないと駄目だ。俺にちょっと引っ張られて崩されるようじゃ、あの戦術では勝てないよ!?」

シルクはそれまで考えていたらしいことを、滝のように吐き出す。
さすがの隊長もあっけにとられてぽかんとしていた。

そりゃな?
泣く子も黙る鬼の黒騎士。
ストイックさは群を抜く変態である事は皆知ってる。
だから隊長にこんな風に戦闘について文句をつけれる人間はいない。
それができるのは、俺の知る限りでは副隊長ぐらいだ。

そんな隊長に一気に問題点を畳み掛けるシルク。
どうなるかなと見ていたが、隊長は何と、少しの間の後、とても嬉しそうにクスッと自然な笑みを浮かべた。

え??

隊長が笑ったよ??
天変地異でも起こるんじゃね?

俺は血の気が引いた。
しかし部隊の事に疎いシルクはそんな隊長に我鳴つける。

「何で笑うんだよ!人がアドバイスしてるのに!!」

「……いや、俺にそんな風に言ってくれる人は少ないからな……とてもありがたい。」

「なら笑わない!」

「すまん。悪気はなかった……。」

シルクはスプーンを握りしめて、机をだんだん叩いている。
それを見守る隊長……。

う~ん、
何だろう?

嫌な予感しかしない……。


「……これからも、稽古をつけてくれないか?」

「もちろん!俺は厳しいから覚悟してよ?!」


ニッと笑ったシルクの顔を見つめる隊長に、俺は頭を痛めるしかなかった。
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