「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

ねぎ(塩ダレ)

文字の大きさ
上 下
21 / 57
第三章「砂漠の国編」

油断

しおりを挟む



 「ふぬぬぬぬ……!」
 「ミコちゃんそれじゃ危ないってば!」

 持ち手を全力で握って、人参に刃を押し込みました。ぎちぎちぎちぎち。オレンジ色のにっくきコイツは悲鳴を上げながら抵抗して、まったく切れる様子がありません。
 美味しくない癖にこんなに硬いなんて。いや美味しくないから硬いのでしょうか。とにかくゆるせん。

 「指! 切れちゃうよ!」

 サトコちゃんがしきりに危険を訴えています。指、確かにちょっと怖いですね。端を持ちましょうか。
 うーんでも、こうすると上手く力が入りませんね。仕方ない。一か八か、上から振り下ろしてまず刃を入れて、

 「ヒッ」

 入れた後は刃の背に手を乗せて、全体重を乗せて、「ふんっ!」と。
 するとようやく、ざんっ!と刃が通って、まな板に落ちました。

 (本当にやった事のない人の手付きね……)
 (おお、すっごいハラハラするぞ)

 一目でバレてしまった様です。委員長もアズサちゃんも割と唖然とした心の声をこちらに向けています。
 上手くやろうとしたんですけどね……。サトコちゃんが結構本気で青ざめているので、我流で見出した先程の自分のやり方は相当良くなかった様です。

 「指の先を丸めて、こう、ねこの手ってよく言うでしょう?」
 「知ってる、けど……それだとグリップが効かなくない?」

 知識としてあっても、実践すると違うというのは実にあるあるです。
 人参は丸いので、しっかり押さえていないと力を入れた時に転がっていってしまいます。
 それでもまあサクッと切れるなら、猫の手でも大丈夫なのですが。案外硬いし、濡れてるので滑るんですよね。だからどうしても指の腹で押さえてないと難しくて。

 「ぐ、グリップぅ?」
 「グリップって……ふふ……(工具でも扱ってるみたい)」

 ヤバい。本格的に笑い物にされ始めそうです。ミコ、いいんですか? このままだとぶきっちょの烙印を押され、あっ、すっごいヤな笑みを浮かべてますちょっと待って。

 向こうが何やら動き始めたところで、委員長が僕の方に歩み寄ってきました。

 そして「貸して」とだけ言って、僕の手から包丁を取り上げ、手本を見せ始めます。

 「あちこち無駄に力入り過ぎなのよ。余計な力を入れず正しい方向に力を加えられれば、軽く抑えるだけで滑ったり転がったりは防げるわ」

 驚きました。本当に同じ道具で、同じ人参なのでしょうか。スッ、スッ、と。いとも容易く刃が通っていきます。悲鳴も上がりません。オレンジ色が輪切りになって、包丁の横にくっ付いていきます。

 「特に包丁ね。押し付けても切れないから、真っ直ぐ引く事を意識しなさい」

 そう説明しながら、六つ程切った後。くっ付いた輪切りを指の背でまな板の上に払って、僕に包丁を返しました。

 訝しみつつ、抑える左手を軽く乗せたまま刃先を人参に当てて、引いてみます。

 すーっ。簡単に、刃が入りました。

 「ほら、できるでしょ?」

 簡潔で的確なアドバイスでした。流石委員長。お礼を言うべきでしょう。

 「ありがとう」
 「どういたしまして。さ、力要らないって分かったんだから、利き手に持ち替えてどんどん切りなさい」

 あ、と思わず声を上げそうになりました。

 そうでした。妹の利き手は左です。

 「……ただでさえ遅れてるのよこの班は」
 「ひっ、は、はい、急ぎます」
 「急がなくていいから集中して。まったく(どうして急にポンコツになるのかしら)」

 利き手に関してですが、筋肉とか神経の問題なのでしょうか。入れ替わっても若干本来の身体の持ち主の影響を引き継いでいたりします。
 なので、はい。左手に持ち替えると更に少しだけマシになりました。
 とはいえ自分は右利きなのでかなり違和感があるんですよね……。

 「そうそう、その調子だよぉ」
 「サトコも応援してないで自分の仕事ちゃんとやりなさい。手が止まってるわよ」
 「あ、ごめーん」

 こういうところが、委員長たる所以なのでしょう。
 人を上手くまとめる為には、各々をしっかりと観察しなければ、何かと難しいと思うのです。
 彼女はそれが割と自然に出来てしまっています。心のコトバに無理がありません。

 「……あんたは何してんの」
 「全部終わってヒマだから切れた皮ちぎってあそんでるー」
 「なら手伝って、そろそろ鮭大丈夫だと思うから小麦粉まぶして。私はサラダ油の温度見るから」
 「へーい」

 フリーダムアズサちゃんを御せるのも彼女くらいです。担任のちーせんは頭が上がらないでしょうね。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...