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第三章「砂漠の国編」

斬りつける過去

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「リリとムクって誰!?」

やっと落ち着いたシルクは、何故か涙目でそう聞いてきた。
その顔はぷくっと頬を膨らませ、むくれている。

何だよ?その顔は??
リリとムクが何だってんだよ??

俺はよく煮込まれた野菜たっぷりのスープに、焼きたてのパンを浸して口に入れた。
野菜の甘さと素朴なパンの味わいに、思わず頬が緩む。
それを見て、シルクもスープとパンを口にする。

「スゲー美味しい……悔しい……。」

「半泣きで食うなよ。どうしたんだよ?悔しいってどういう意味だよ??」

「だから誰!?リリとムクって!?女!?」

キーッとばかりに睨まれる。
睨まれているのだが、その手は忙しなく食べ物を口に押し込み、むぐむぐしている。
たまにいるよな、腹減りすぎて、怒って泣きながら食べる子ども。
そして美味しいと嘆く。
どっちなんだよ、お前??
俺は自分の分まで取られないようにガードしながらため息をついた。

「誰って……家族だけど??」

そう答えて、はた、と思った。
そう言えばリリとムクって性別あるのか?
うさぎだし、見た目じゃわかんないんだよな??
そもそも精霊だから性別はないのか?

首をひねり出した俺とは対象的に、シルクはぱぁ~と顔をあかるすくる。
そしてるんるんとスープを飲み干した。

「なんだよ、家族かよ~。」

「うん。スゲー可愛いの。めちゃくちゃ癒されるんだよ!ふたりとも凄くいい子でさ~。天使みたいなんだよ~。」

俺は二人を思い出し、幸せに浸る。
言葉もだんだんたくさん喋れるようになって……。
何というか、親の心境だ。

「弟?妹?」

「何だろう?……子ども?」

兄弟っていうより、子どもだよな??
俺が考えながらそう言うと、シルクが飲んでいた水を吹いた。
そしてプルプル震えて真っ赤な顔で俺を睨む。

「お前!子供いるのかよ!!」

そう言われぽかんとする。
あ、なるほど。
いや違う。
別に結婚してて子どもがいる訳じゃない。

「いや、違うって。最近、家族になったんだよ。」

俺の言い方や表情、そして俺自身が孤児だった事から何となく血縁上の子どもではないと察したのか、シルクは慎重な顔をする。

「……引き取ったのか?」

「う~ん。成り行き?」

そうなのだ。
引き取ったとかではない。
森の街、もとい魔術本部に行ったら、家と共にもらう事になったのだ。

これはどう説明したらいいんだろう?
俺はうまい説明が思いつかず、う~んと悩む。

そんな俺をシルクは凄く怒った顔で睨みつけた。

「なんだよそれ!適当な気持ちで子供を引き取るなよ!!可哀想だろうが!!」

そう怒鳴られ、俺もカチンとくる。
適当な気持ちなんかない。
リリとムクは俺の天使なのだ!!

「可哀想じゃない!可愛いんだ!めっちゃ天使だから!!」

そう息巻いて、フンッと鼻息荒く力説する。
予想外の俺の反論にシルクはよくわからなくなってきたようだ。

「……ええと??引き取った訳じゃないんだけど……オーナーにとって、めちゃくちゃ可愛い天使なんだな??」

「そうだよ!そう言ってんだろ?!」

「……よくわかんないけど~??俺の思ってたのと違ったし~、リリちゃんとムクちゃんをオーナーが大事にしてるのはわかったから……もういいや。」

「何だよそれ??変なヤツだな……。」

さっきからシルクは何を怒ったり、興奮したりしてて、それでもって納得したんだ??
よくわからないまま、俺はローストされた肉に食らいつく。
う~ん、香草が効いてて旨い。
シルクの百面相なんてどうでも良くなって、顔を綻ばす。
本当、リリとムクが、あの小さな体とおててでこれを作ってくれたと思うと涙が出る。

「とにかく全部よくわかんないけど、この前、恋人に会って来たのも、そのドアの魔術で会ってきたんだな?」

「え?あ、う、うん……。」

唐突にリリとムクの話からウィルの話になり、あわあわしてしまう。
そんな俺をまたもシルクが苦々しげに睨んでくる。

「その!恋人の事聞くと!!変にどもるのやめろ!ムカつくから!!」

そんな事言われても、俺、恋人できたの初めてだし。
その上、その初めての恋人があんなに美形男子で、しかも俺の前でだけ猛烈にエロ可愛くなるんだから、しどろもどろにもなるっての。

そんな俺に対し、シルクはちょいちょい不機嫌を挟んでくる。
ムッとした口元に覗く八重歯が、本当に猫みたいだ。

「……どおりで出掛けた痕跡もなければ帰って来た痕跡もないのに、いきなり現れた訳だよな~。」

はぁ、とため息をついてシルクは言った。
どうやらあの日の事を言っているらしい。
まぁ、そうだよな。
部屋にいなくて、部屋の前で待ってたら、部屋から出てくるんだから……。

あれ??
でも待てよ??

俺はそこで重要な事に気がついた。

「あ、そうだ。お前の前だから何か気が緩んで目の前で使っちゃったけど、本来はこの移動方法って極秘案件だから。絶対漏らすなよ?」

そうなのだ。
魔術本部に行く方法は、極秘扱いになっている。
だから本当は鍵の事も、鍵を使って移動するところも、人に見せない方が良いのだ。

なんだかシルクの前だと気が抜けて、当たり前にやってしまったけれど、ちょっとまずかったかもしれない。
もし欠片を取り戻した後、シルクと別れる事になるなら、忘却の処理をするべきなのかもしれない。
あまり精神系の魔術は得意ではないから、やりたくはないんだけど……。

そんな俺の考えとは裏腹に、シルクは少し驚いたように目を丸くした。

「……オーナーの回りで知ってんのって、もしかして……俺だけ?」

「ああ。」

「恋人も?」

「今のところ、まだ教えてない。」

「ふ~ん。」

そこまで言うと、シルクは少し考え込んだ。
そして急に上機嫌になってにぱっと笑った。

「……まだ、ってのは気になるけど、まあいいや。今は俺しか教えてもらってないんだしぃ~♪」

急に機嫌を直したシルク。
鼻歌でも歌いそうなほどるんるんと肉を頬張った。
そしてもりもり食べ始める。
俺もそれを見て、全部食べられたらたまらないと、食事を口に頬張った。

それにしてもシルクは結構、よくわからないことで怒ったりすねたり泣いたりする。
謎生物だ。
よくわからない。





食事が終わり、俺達は買い物も兼ねて町をふらついた。

夜になっても街道は光と人に溢れ、老いも若きも兵士も平民もそれぞれ楽しんでいる。
何だか祭りでもあるみたいな雰囲気だ。

「この町っていつもこんな感じなのか?」

「……さぁ?俺もよく知らない。」

「そっか。」

どうやらシルクは、この街の事を知らないらしい。
ここにいた事はあっても、街の中にいた訳ではないのだから、当然かもしれない。

「あそこ。」

「ん?」

「あの崖の上の砦。」

「……ああ。」

目を向けると、崖の上に要壁のような要塞のような建物が、夜の中にシルエットで浮かんでいた。

シルクはそれ以上は言わなかった。
だが、そこがシルクの向き合わないといけない場所なのだと思った。

ふと、向こうから町には不釣り合いな金のかかっていそうな馬車がくる。

周囲の人同様、俺達はそれをよけた。
派手な造りをひけらかすように、傲慢に道を進む馬車。
はた迷惑だな~と思って俺は馬車を見ていた。

目の前を通り過ぎる時、乗っていた変に細身の派手な身なりの男が、ちらりとこちらを見た気がした。
その瞬間、ぎゅっと痛いくらいに腕が捕まれる。


「……シルク?」


シルクは真っ青になって俺の腕を掴んでいる。


まずい。


俺は状況を察した。

遠くで通り過ぎた馬車が止まった音が聞こえる。

偶然かも知れないが、このままだとシルクの精神がヤバい。


「シルク、大丈夫だ。俺がいる。」

「オーナー……。」


いけるか?

俺は身体強化と姿隠しの魔術を使ってシルクを抱き上げ、走った。
姿を隠している分、誰も避けてはくれないから、速さで対応して走り抜ける。

背後で、何人かの使いがさっきまで俺達がいた場所に走って来ているのがわかる。

来た早々、何で会うかな?
自身のトラブルの引きの強さにため息が出る。
腕の中のシルクは、急に幼子に戻ってしまったかのようにおとなしい。

多分、フラッシュバックが起きたのだと思った。

フラッシュバックはただ思い出すのとは違う。
今、まさにその時にいる状態になる。

シルクは今、この町に縛られていた十代半ばの頃に戻っている。

宿に帰るのは良くない。
一旦、町を離れようと、俺は来たばかりの町を抜け出した。





町を出て、俺は月のよく見える岩山の上で、後ろからシルクを抱き締めていた。

シルクが当時に戻っているのなら、俺を知らない。
だから俺の顔を見たら、かえってパニックになる可能性があった。

他にどうする事も出来ない。

シルクが自分でここに戻ってくるのを、信じて待つしかない。

力を入れすぎず、だがしっかりとシルクを抱き止める。

長い間、俺達はそうしていた。


「……オーナー?」


どれくらいたっただろう?
シルクが俺を呼んだ。

「ここにいるよ。」

「ここにいて、一人にしないで。」

「うん。ちゃんとここにいる。」

俺はそれを知らせるため、少しだけシルクを抱き締める腕に力を入れた。
後ろからだと見えないが、シルクは音もたてずに泣いているようだった。

「もう、とっくに大丈夫だと思ったんだけどな~。」

シルクが俺自身、身に覚えのある言葉を口にした。
ズキンと胸の奥がシルクと共鳴する。

「そうなんだよな。大丈夫だと思うんだよな。」

「痛いよ、オーナー……辛いよ……。」

「うん。痛いな。」

「俺、まだこんなに辛かったんだな~。」

「そうだな。お前、辛かったんだな。」

鸚鵡返し。
でも他にかける言葉が出てこない。
共鳴した胸がとても痛い。
だから、俺はそれしか言う事ができなかったんだ。
しばらくの間、そんな言葉を繰り返す。

「オーナーの馬鹿~。」

「……は!?酷くない!?何で俺!?」

「馬鹿~!!大嫌いだ~!!」

「ええええぇ~!?」

いきなり言われた言葉。
シルクはその後、何故か俺の事をさんざん酷く罵りながら、大泣きした。

でもそれが、シルクにとって重要な作業な事を俺は知っていた。
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