「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

ねぎ(塩ダレ)

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第三章「砂漠の国編」

水がもたらすもの

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俺は出掛け荷物の整理をし、少し考えていた。

「シルク、この辺に水場ってあるか?」

「足りなそう?」

「ギリギリだな。すんなり町まで行ければいいが、途中、砂嵐とか起こったら厳しいと思う。」

それを聞いたシルクは、暫く黙った。
まぁ、この国の人間だとは言っても、そこに土地勘があるかは別だしな。
俺はあまり期待せず荷造りをした。

「……オーナー、2つ選択肢がある。1つはこのまま町に向かう。もう1つは、もう一泊野宿することになるけど水を汲みに行く。どうする?」

「俺なら水だな。何が起こるかわからないし、砂漠で干上がるのはちょっとなぁ。」

「魔術でどうにか出来ないの?」

「近くに豊富にあるものなら簡単だけど、枯渇してるものを出すのは難しいんだよ。魔力も食うし。」

「へぇ~、意外と不便なんだな?」

「魔術や魔法で何でもできると思うなよ。たまに無茶振りされるから困るんだよなぁ。本当。」

「そうなると水は汲んだ方が早いのか~。」

「でも俺は砂漠に住んでいる訳じゃない。シルクはどう見る?」

「急ぐならまだしも、急がないなら水だよ。オーナーの言う通り、砂漠は何が起こるかわかんないからな。」 

「なら決まり。案内頼めるか?」

「いいけど秘密の場所だから、他で喋らないでよ?オーナー。」

「わかった。」

なるほど。
水場は砂漠の民にとっては命綱だ。
秘密の水場を知っていても、そう簡単には明かさないのだろう。
その点、俺は旅に来ているだけでいずれはここを去るから、そこまで警戒しなくていいと思ったのだろう。
俺は荷物を背負うと、シルクについていった。




何の目印もない砂漠の岩場を、シルクは迷うことなく進んでいく。
何か道の痕跡があるのかと目をやったが、俺の目には見つけられなかった。

その水場に向かう間、シルクは何も言わなかった。
道なき道を進んでいる為、話す余裕がなかったのかもしれないが、昨日あれだけ騒いでいたので、ちょっと不気味だ。

ある程度進むと、遺跡のような場所に出る。
情報にはなかったその遺跡をキョロキョロと俺は見渡した。

「これ、何の遺跡だ?」

「遺跡じゃないよ。村の跡。」

「村?これが?」

正直、その言葉は不思議に思えた。
俺が遺跡だと思うのも無理はないだろう。
何故なら立派な石作の建造物の残骸が並んでいたのだ。
もし、これが村の跡だったなら、相当歴史ある村だったはずだ。
だが、森の町でこの国を調べた時にそんな村の情報はなかった。

「……へぇ……。」

俺は放置されたそれらを見ながら考える。
やはり現地に来ないとわからないことが多い。
これだけの村の記録が残っていないのだ。
それは地域性なのかもしれないし、政治的な事なのかもしれない。
だがどっちにしろ、俺の探しているものも、こうやって人知れずどこかに痕跡があるのかもしれない。

キョロキョロする俺を無視し、シルクはその廃墟の中をずんずん進む。
勝手知ったるの如く進んで行く。

そうして進むうちにすぐに古びた井戸に当たり、俺達は中を覗き込んだ。

井戸は、枯れていた。

シルクが「え?!」と小さく声を上げた。
予想外だったのだろう。
だが長い時間の中、水脈の流れが変わることはある。
使われなくなった事から、その変化に誰も気づかないうちに枯れてしまったのだろう。

「……う~ん、こういうパターンも想定しないと駄目だな、砂漠では命取りだ。」

シルクは黙ったままだった。
責任を感じているのかもしれない。
俺はもう一度井戸の中を覗き込んで、どうするか考える。

「……シルク、気にするな。大丈夫だから。」

「何が大丈夫なんだよ……っ。」

「いいから少し休んでろ。」

確かに普通だったら物凄い状況だ。
ギリギリ行けたかもしれない道を捨て、水をとりに来たら、井戸が枯れていたんだから。
ここに来るまでに水を消費してるし、ここから水なしで町に向かわないとならないのだから、かなり危険だ。

俺は魔力で水脈を見ていた。

流れが変わったというより、さらに深くに潜ったようだ。
これならなんとかなる。

状況がわかり問題ないと判断した俺は、それをシルクに伝えようと顔をあげた。
けれどシルクは、物凄く強張った顔で俺を見ていた。

「シルク、大丈夫………。」

「信用していいか?!」

大丈夫だからと言おうとした俺の言葉に重ねて、シルクはそう言った。
酷く切羽詰まった声だった。

「……え?」

「俺はオーナーを信用していいのか?!」

「…………。」

泣きそうな、怒ったような真剣な眼差し。

俺は、シルクがここ以外に水場を知っているのだと悟った。
だがそれは、本来、人に教えることが出来ない場所なのだとも理解した。

俺はただ、じっとシルクを見つめた。

そんな事をしなくても水は手に入る。
でも、今、シルクが背負っている何かとは、今、向き合わなければならないと思えた。

「……それはお前が決める事だよ、シルク。」

「……………。」

「俺がここで、安い言葉でお前を説得したとしても、何も変わらない。」

「…………。」

「だが、1つ言えるのは、シルク。お前にそんな顔をさせてまで、俺は教えてもらいたいとは思わない。」

「………………。」

「大事なものなんだろ?そこは?だから大丈夫だ。お前は自分を責める必要はない。大事なものを犠牲にする必要もない。大丈夫。何も気にするな、なんとかする。」

俺はそう言うと、ナイフを取り出した。

シルクの顔が一瞬、歪んだ。
意識的なのか無意識なのか、身構えたのがわかる。

いや、別にお前をどうこうしようと思って出したんじゃないから。
なんか本当、シルクってどこまで行っても野生動物っぽいよな。
懐いたと思ったら、心底、警戒される。
俺はそんなシルクを気にせず、ナイフを自分の手のひらに突き刺した。

「オーナー!?何をっ!!」

「落ち着けって。大丈夫だから。見たところ結構深いから、ちょっと切った位だと間に合わなくてさ~。」

何が起きているのかわからず動揺するシルクの目の前で、俺から流れ出た血が三匹の光る穴熊に姿を変えた。

「!?」

驚くシルクの視線を気にもしないで、穴熊たちはのそのそと井戸に降りていき、奥へと消えて行った。
呆然としていたシルクが俺に振り返る。

「……オーナー……何したの……?」

「ああ、血で魔術を使ったんだ。驚かせてごめんな?」

「血で……って……?!」

「何か珍しい使い方らしいな。俺は子供の頃からこれができてて普通の魔術を後から学んだから、何となく感覚が逆なんだけどさ~?めちゃくちゃレアなやり方らしいよ。」

そう言いながら、ひとまず俺は手に応急処置をする。
シルクは血の滲んだ俺の手を、泣きそうな顔で見つめていた。

「何で……そんな………。」

「だって、お前、泣きそうだったし。はじめからそうするつもりだったし。」

「……………。」

「お!見てみろ!シルク!あいつら水脈まで掘ってくれたぞ!!」

ピン、と意識に反応があり、俺はそう言った。
二人で井戸の中を覗く。
井戸からはじわじわと水が湧いてきていた。
それを確認し、俺は笑った。

「な?大丈夫だっただろ?」

ひとまず水があれば責任から開放され、シルクも安心するだろう。
そう思ってシルクに笑って顔を向けた俺はぎょっとした。


シルクは泣いていた。



「ええっ!?シルク!?何で?!」

「……何でだよ!?」

「へっ?」

「……何で!何で俺なんかのために!そこまでするんだよ!!」

シルクは怒鳴った。
泣きながら俺に怒鳴った。
俺は訳がわからなくて動揺していた。

「いや?!言うタイミングがなかったけど、俺ははじめからこうするつもりで……?!」

しどろもどろそう言い訳をするが、シルクの苛立ちは収まらない。
号泣というぐらい泣きながら俺に怒鳴り散らす。

「何でだよ!俺はオーナーを信用していいかわからないとか言ったのに!!何であんたはそうなんだよ!!」

「だって俺、シルクを信用してるから……。」

「だから何でだよ!?俺は疑ったんだぞ!なのに何でだよ!!何でそんな風に真っ直ぐ俺を信じてくれるんだよ!!何で何の疑いもなく信じてくれるんだよ!!何でだよ!!何で……っ!!」

シルクは顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。

たぶんシルクは、何で怒っているのか、何に苛立っているのか、どうして泣いているのか、自分でも訳がわからなくなっていたんだと思う。

でも感情が高ぶってしまって、どうしようもなかったのだ。

俺はといえば、なだめようと手を伸ばすも叩かれるしどうすることも出来なくて、あわあわしながらシルクが泣き止むのを待つしかなかった。

そしてやっとシルクが泣き止むころには、ちょうど井戸の水も落ち着いてきた。
濁っていた部分は少なくなり、これなら汲んでも良さそうだった。
俺は水を上げ、ちょっと浄化してシルクに顔を洗わせた。

「……落ち着いたか?」

「………………。」

う~ん。
泣き止んだが、まだらしい。
今度は踞って膝を抱えてしまった。

どうしたもんだろう??

俺は困ってしまった。
どうにもできないので、時間がシルクを落ち着けてくれるのを待つしかない。
その間にとりあえず、俺は水の補充を済ませる事にした。

汲み上げた水は、まだ少し濁っているので魔術で浄化して水筒などに詰めていく。
シルクは少しだけ顔を上げてそれを見ていた。

「手……。」

「ん?どうした?」

「手……大丈夫?」

「ああ、もう治したから大丈夫だ。」

俺はそう言って手を出して見せてやった。
応急処置の後、魔術で組織を活性化させてひとまず傷を塞いた。

血が流れていたはずの傷のなくなったその手をシルクが掴む。

「シルク??」

「……一緒に来て。」

シルクはそう言うと立ち上がり、俺の手を引いて歩き出した。
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