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第三章「砂漠の国編」

月と失恋

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砂漠の町に戻ったのは、日付が変わる頃だった。

体にまだ、熱が残っている気がする。
熱だけでなくウィルの匂いも……。

何となく気分がふわふわしていた俺は、砂漠の夜の月見もいいかと思い部屋を出た。


「……うわっ!!ってシルク!?」


しかしホテルの部屋を出て驚いた。
コテージ風の作りの部屋の外に出たら、目の前の壁に寄りかかってシルクが蹲っていた。

え??何でシルクがここに??
一応、何かあった時の為に、部屋の場所教えておいたけどさ??
というか、今、かなり遅い時間だよ??

少しの間、固まった俺は頭の中で一生懸命、状況理解に努める。

「……え?お前、何してんの!?」

しかし、よくわからなくて結局、シルクに尋ねる。
俺の声を聞き、シルクはゆっくりと顔を起こし、困り果てたように俺を見上げた。

「オーナー……助けて……っ!!」

誰に頼ったらいいのかわからなくてここに来た、そんな顔だった。
そう言えば今日は一人でステージに立たせた。
何かあったのだと察し、俺は慌ててシルクに近づく。

「どうしたっ……て!?お前!その傷っ!!」

「怪我は大丈夫なんだ!!……ただ…っ!!」

月明かりに照らされたシルクの頬は、片側が殴られたように腫れていた。
ジリっと背筋に冷たいものが走る。
だが、それ以上に俺をこわばらせたのは、その顔つきだ。

シルクは今、かなり欲情している。

一人でステージに立った。
そして殴られた痕跡。
欲情。

踊り子でこれが揃えば答えは一つだ。

俺は急いでシルクの首筋に触れた。
熱と脈を見るためだ。

しかし俺に触れられたシルクは、ピクンっとそれとわかる身のよじり方をした。

「お前!変なもん飲まされたか!?」

「違う!そうじゃない!助けてオーナー!!」

シルクはそう言って俺に抱きついてきた。
体は熱く下半身は充血し、服越しに押し付けられていてもそれが脈打っているのがわかった。

明らかにそういう状況だ。

俺の顔が険しくなる。
ちょっと離れた隙に随分な事をする輩がこの街にはいるようだ。

「……助けて、オーナー……っ。」

泣きそうな顔でシルクが言う。
俺はシルクを抱き抱え、急いで部屋に逆戻りした。

「何があった!?」

「違う……これは違うんだ……オーナー。」

「わかったから、順番に話してみろ!」

完全に薬物か何かで強制的に欲情させられている。
俺に触られた事で安心もあったのだろうが、シルクは自分でそれが抑えられなくて、ヒクヒクと泣き出した。

「朝、朝気づいたんだ……体が回復してきたから……!でも朝はまだ押さえられたんだ!!……だから店で踊って……。そしたら男に声かけられて……俺、断ったんだ……オーナーに安売りするなって言われたから……。でも!そいつ……金持ちの使いだったみたいで……大勢に捕まって……つれてかれて……。でも!でも逃げてきたんだよ?!俺!!でも……オーナーに会いたくて……待ってたら……待ってるうちに……収まらなくなっちゃって……!!助けて、助けてよ!オーナー……っ!」

シルクが必死に何があったのか話しているが、欲情による興奮とパニックで要点が分かりにくい。

俺はシルクを宥めながら、言われた事を頭の中で整理する。
だが、なんだかよくわからない。

何だ??
どういう事だ?!

順を追って考えてみよう。

欲情しているのは朝から??
体力が回復してきたから欲情した??

殴られたのは金持ちのせいだけど、欲情しているのはそれとは関係ない??

体が回復したから欲情した??
自発的に??

ハッと腕の中のシルクを見る。

思い当たることがあった。


「シルク、お前……まさか発情期があるタイプなのか!?」


俺の言葉に、シルクがこくんと頷く。

性欲研究をしている中、俺みたいな特殊なケースが他にないかも虱潰しに調べていた。
その時、ごく希に発情期がある特殊な人間がいるという論文を読んだ事がある。

その報告の多くは確か西の国で……。


「助けてオーナー!!」


俺が完全に現状を理解したと見るやいなや、シルクは俺に抱きついてきた。
その動きは艶めかしい。

普通の人間なら、この色香に抵抗はできないだろう。

しかし幸か不幸か、俺は不感症だ。
全く性欲がないものだから、そんな風にシルクに誘われても、完全に正気のままだ。

俺は慌ててシルクを引き剥がした。


「まてまてまて!抑制剤は飲んだのか!?」

「ここ最近、栄養状態が悪かったからなのか起こらなかったんだ!!薬、持ってない!!」


ひゅーひゅー息をしながら、身の内に溜まる欲情にうち震えるシルク。
俺に避けられ、ボロボロと涙を流している。
可哀想だが、それどころではない。
俺は慌てて鞄を探した。

「やだ!オーナー!!側にいて!!一人にしないで!!」

「馬鹿!騒ぐな!抑制剤持ってるから取りに行くだけだ!!」

俺は縋り付くシルクを引っぺがし、カバンの中から薬を見つけるとすぐに戻ろうとした。
だが少し考え、鞄ごと持ってシルクの元に戻った。

俺に邪険にされてると思ったのか、シルクはわんわん泣いている。
俺はそれを宥めながら薬を差し出す。

「ほら、薬と水!!早く飲め!!」

「飲まない!!オーナー助けて!!」

差し出す俺の手を、シルクは払って抱き着こうとする。
俺はそれに抵抗しながら、なんとか薬を飲まそうとする。

「何馬鹿言ってんだ!!飲まなきゃずっと辛いままだぞ!!」

「オーナーが助けてくれればいいだろ!!俺が嫌なのかよ!!」

どれぐらい、部屋の前で俺を待っていたのだろう?
発情の傾向は朝からあったのだ。
相当、堪えていたはずだ。
そのせいか、今のシルクはまともな状態じゃない。

クソッ!!

俺は仕方なく水と薬を自分の口に含むと、暴れるシルクを押さえ込んで無理矢理口移しでそれを飲ませた。

そうされて少しは気が済んだのか、シルクはおとなしくなり、グズグズと泣き続けた。

「オーナー……何で?薬なんかいらない……。俺じゃ駄目なの……?」

泣きながらそう言われ、俺は奥歯を噛んだ。

無理だ。
俺には薬以外でシルクを救う手立てがない。
そういう機能がないからだ。

いや、違う。
そうじゃない……。


「……ごめん。俺にはお前を助けられない。」

「どうして?俺……魅力ない……?」

「シルクは綺麗だよ。でも出来ない。」

「何で?どうして?」

「恋人がいる。今日、その人に会ってきた。」


そう告げた途端、シルクが堰を切ったように泣き出した。
そんな風に泣かせてしまうのは胸が痛かったが、こればかりはどうする事もできない。

だって俺には恋人がいる。
だから、機能があろうとなかろうと、シルクには応えられない。


「ごめん。頼ってくれたのに、応えられなくてごめん。」


俺はどうすることもできなくて、ただ突っ伏して泣いているシルクの傍らに座っていた。

いつからだろう?
シルクはいつから、俺に対してそんな風に思っていた?

単に消去法で残ったのが俺なのかもしれないが……。

いや、違うな……。
シルクは俺を選んだんだ。
こんな必死に、俺を選んでくれたんだ。
そう思うと、いたたまれなかった。
でも、俺の答えは決まっていた。

「……ごめん。まだ薬が効いてこなくて辛いだろ?こんな物しかないけど、良ければ使えよ……。」

俺は鞄から商品のディルドを取り出し、渡そうとした。
シルクはそれをチラッと見るが、首を振った。

「いい……いらない……。」

「そうだよな……ごめん。」

確かにこの状況でディルドを渡すのもどうかって話だ。
性欲だけを解消するならそれで構わないだろうが、人には心があるのだ。

だからこそ、俺は安易にシルクに応えられないし、そんな事でシルクに応えるのは失礼だ。
シルクもそれがわかってる。

砂漠の静かな夜に、シルクの啜り泣く声だけが響く。


「お願い……オーナー……。」

「……何だ?」

「手だけ、握ってて欲しい……お願い……。」

「……わかった。」


蹲って泣くシルクは、震える手を俺に伸ばす。

その指先が俺の手に触れる。
俺は黙って、その手を握った。

突っ伏して蹲ったシルクがその場で泣きながら、反対の手でひっそりと自慰をする。

俺は気づかない振りをして、その手を握り続けた。










薬が効き、落ち着いたシルク。
俺はそんなシルクを風呂に入れた。

薬で落ち着いてしまえばいつものシルクで、俺はなんとなくほっとした。
バスタブに浸かり、バシャバシャと子供みたいに笑っている。

「ねぇねぇ!オーナー!俺のちんこ見たい!?」

「……見たくねぇ!!」

シルクを湯船にぶち込み、俺は髪を洗ってやる。
俺に至れり尽くせり扱われ、上機嫌のシルクは馬鹿な事を言っている。

はぁ、さっきまでのしおらしさはどこに行ったんだろう……。
丁寧に洗い上げた髪にトリートメントをもみ込みながら、俺はため息をついた。

「も~!遠慮しなくてもいいのに~っ!」

「うるせぇ!!ちんこ勃つからって!自慢すんなっ!!」

「何だよそれっ!!」

ゲラゲラと笑うシルクに俺はため息をつく。
そう言えばちゃんと話してなかったなと思いだした。

「……お前にきちんと話してなかったんだけどな?俺、性欲がない特殊な人間なんだよ。」

「ウソウソ!なに言ってんだよ?オーナー!!」

「嘘じゃない。お前だって発情期のある特殊なタイプだろ?俺も同じ。性欲がない。だから欲情しない。ちんこも勃たない。」

真剣にそう言うと、シルクはガバッと体の向きを変えた。
おいおい、トリートメント、まだ流してねぇよ。
しかし素で驚くシルクの顔。

「……マジで?」

「マジで。」

そんなに驚く事か?
まぁ、驚くか……。
後天性の不感症や機能不全は普通にあるが、俺みたいに生まれつき性欲がないって話はほとんど聞かない。

「え?じゃあ性欲研究者ってのは!?」

「何とか性欲をつけられないかと思って、ずっと研究してんだよ!!今のところうまくいってないけど……。」

「え?!でもさっき、恋人いるって……?あ、オーナー、ネコ?」

「今のところ違う。」

「え?なら恋人、我慢してる訳?」

……コイツ。

元々、そういう方面にオープンなタイプだから、ズバズバ聞いてくるな?!
いや、確かにこの状況で俺がネコじゃなければ、相手を我慢させてる事になるよな~。

我慢……。

俺は今日の事を思い返し、ニマっとしてしまった。

「いや……うん……我慢はさせてない。多分、大丈夫……うん、て言うか、今日、それ聞かないで、鼻血出そうだから……。」

思わずデレデレとしてそう言うと、シルクはあからさまにムスッとむくれた。

「………オーナー、俺が大変だったのに…お楽しみだったのかよ……っ!!」

「お楽しみとか言うな!!」

「あ~俺、傷ついた~。フラれた上にのろけられた~スッゲー傷ついた~。」

シルクはそう言うと、ドブンと湯船に潜ってしまった。

あぁ~、せっかくトリートメントしたのに……。
俺はため息をついて、タオルで腕の水気を拭き取った。
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