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第三章「砂漠の国編」

二日目

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「お前、あれで終わりだと思ってないか?」

次の朝、意気揚々と朝食を食べているシルクに俺は冷たく言い放った。
俺に対しての態度がだいぶ軟化したシルクは、びっくりしたように細い猫目を丸くする。

「え?どういう事っすか?」

「お前な、あれは第一段階に過ぎない。忘れたのか!?最終目標!!」

「ええっ!?マジで町全体の男をギンギンにさせる気なんか!?アンタ?!」

「当たり前だ。お前を見たヤツ全員を欲情させるのが俺の目標だ!!」

「無茶苦茶だな!ハクマさん!?」

「俺の事は、プロデューサー、もしくはオーナーと呼べ!!」

「ええええぇ~!?」

おかしなテンションの俺。
それにシルクは若干引き気味だ。
しかしそんな事で俺の熱は収まらない。

「やるぞ!シルク!!性欲研究者の名に懸けて!!」

フンッ!とばかりに気合を入れる。
だというのに当のシルクが乗ってこない。
それどころか怪訝そうに俺を見ている。

「だからオーナー、何なんすか?その性欲研究者って?」

棒読みに近い言葉。
俺はぐりん、とシルクに顔を向けた。

「……お前、短い方を選んだだろ?」

「うん。面倒だから。」

あっさりとそう言われる。
なんだよ、俺がこんなに真剣なのに!!
俺の性欲研究の威信がお前の肩にかかってるんだぞ?!
しかし熱くなる俺に対し、シルクは冷めた顔で飲み物のストローを吸っていた。









1日しっかり食事をさせ、しっかり休養を取らせたことで、シルクは精神的にも体力的にも大分改善が見られた。
ちゃんと食べてちゃんと休む、これ大切。

何より、シルクは失っていた自信を取り戻している。

声のトーンも表情も晴やかになった。
どこかぎこちなかった顔は明るく笑う。

シルクは基本、面倒くさがりで動きたがらないが、躍りについてだけは別だ。
人が変わったようによく動く。
朝の運動代わりに少し踊らせてみたが、食事もしっかりした事で、俊敏かつしなやかに動く。

その動きは少し、狩りをする動物みたいだった。

まあ、ある意味実際、狩りをさせるんだけど。
とはいえ、動きがよくても男を狩るにはもう少し手心を加えた方が効率がいい。

「シルク~、少し休め~、まだ体力あまりついてないんだから無理するな~!」

俺はそう声をかけ、こっちにきたシルクに水を注いで渡してやる。
シルクは俺の座っている岩まで来ると、水を受け取り横の石に腰かけた。

昨日、広場で注目を集めさせたので、もう集客の宣伝をする必要はない。
だから今日からは、人目につかない町外れの場所で練習させている。
シルクは踊り手だ。
それで収入を得るのだから、練習とはいえそうそうタダで見せる訳にはいかない。
こいつはこれから、ステージで踊る事で食っていく。
そういう部分もしっかり教え込まなければならない。
俺は一息ついているシルクに話しかけた。

「今日は第二段階として、少しずつ色を添えていこうと思う。」

「色?あぁ、まぁそうなるよな?」

「だが、お前のやり方は駄目だ!!」

「何で!?」

色、つまり色気だ。
踊り子たるもの相手を魅了する色気がいる。
シルクには人を惹き付ける天性の才があるが、それだけでは不十分だ。
特にシルクには街の男を全員、性的興奮状態にさせるつもりなのでエロスは欠かせない。

けれど今までのやり方では駄目だ。
俺に全否定されたシルクは、少しイラッとしたのか食ってかかってくる。
それに俺はビシッと言い返した。

「お前の見せ方には恥じらいがない。」

「恥じらいって何だよ!?」

「いいか?色ってのは秘め事だ。隠されているものを暴くから興奮するんだ。それをただ、ばばんとおっ広げて見せられたって、人は興奮しないんだよ。」

そう。
俺がはじめてシルクの踊りを見てムカついたのはそこだ。
踊りも悪くない。
痩せこけているが、元々はかなりの美人な筈だ。
だから、もっと男を惹き付けられるはずなのに、それができていない。
何故なら、シルクの見せ方には恥じらいがないのだ。

もう、モロ。
下品なほどモロにそれと見せる。
そんなもんじゃ、勃つものも勃たない。

「何だよ?結果、見せるのは一緒だろ!?」

ブーブー言うシルクに俺は詰め寄る。
性欲研究、馬鹿にすんなよ?!
俺の無言の圧に、若干、シルクはビビる。

「……わかってない。お前はわかってない!お前は性欲が何たるかをわかってないっ!!」

「オ、オーナー?!落ち着いて~?!」

「これが落ち着いていられるか!!いいか?!それまで大いに盛り上がっていた相手が、いざというところで急に!明らかに頬染めて欲情しているのに!だというのに恥ずかしいから待ってと弱々しく抵抗してきたら!!大抵の男は逆に襲いかかりたくなる!!ある種の狩猟本能だ!!だが何の抵抗もなくばばんっと股を開いて、さぁ来い!ってやられたら、勃ってるもんも萎えるんだよ!!」

滅茶苦茶、力説する俺。
その勢いに、シルクはタジタジだ。

「ま、まぁそうなのかもしれないけど~?!」

「いいか?!突っ込める穴なら何でもいいヤツなら、ぱっかーんでもいける!!だがお前はその気のない男を欲情させ!無理矢理足を開かせて自分のものにしたいと思わせられなきゃ駄目だ!!」

「……なんか物凄いハードル高いんだけど??」

「いや!お前ならいける!!はっきり言って、見せ方が悪いだけだ。」

「う~ん。そうなのかなぁ??」

「まぁ、知識としてはこれくらいにして。実際問題どうするかなんだけど……。ひとまずお前の意識が低いのもわかった。なのでとりあえず物理的に隠す事から始める。」

「物理的に隠す??」

「そ。昨日は広場で踊ったけど、今日からは見られないように練習してるのもその一つ。見せない事。見せない事で相手の想像力を掻き立てさせる。そんでもってお前自身は衣装を変える。」

俺は一通り、考えている事を説明した。
それにシルクは面倒そうに顔を顰める。

「何?その面倒臭いの?踊るのにいちいち着替えるんすか!?」

「つべこべ言うな。黙って従え。」

「ええええぇ~!オーナー横暴~!」

「ほら!露店街にいくぞ!」

「ええ~面倒だよ。オーナーが買ってくればいいじゃんか。」

あくまでもシルクは面倒くさがりだ。
踊りを踊る事には真剣だが、その他の事については、あまりに無頓着過ぎる。
そういう意識も、プロとしてやっていくなら変えていかないと駄目だなと思う。

「なら、昼飯は自分で買え。」

そういう事が身につくまでは、餌で釣るしかない。
飯の話を出した途端、シルクの態度は一変した。

「嘘!嘘!行きます~!どこまでもついて行くよ~!オーナーっ!!」

ゴロにゃんとばかりにしなり寄ってきたシルク。
本当、調子のいいやつだな?!
俺はそんなシルクの頭を手で叩いた。
ザクス班長直伝のげんこつじゃなかったのを有難く思えよ。






食事を終え、一緒に買い物してきた服をシルクに渡す。
しかしそれを着るシルクは渋い顔だ。

「つか、こんなに重ね着してどうするんです!?すっげ~動きにくいんだけど!?」

ああだこうだ言うシルク。
全く、何で文句ばっかりなんだよ、コイツは……。
無言の圧力の中、ブー垂れながらシルクは衣装をつまみ上げる。

「これなんか着る意味なくね!?」

「それは最終防衛ラインだ。」

意味がないと言うシルクに、俺は言い放つ。
はっきり言うが、それはこの衣装の中で一番大事なやつだ。
掛けてもいい。

「……何を守るんすか?」

「乳首。」

俺の言葉にシルクがぶほっと吹いた。

シルクの手には、ほぼ肩出しへそ出し背中出しのタンクトップが握られている。
ある意味、乳隠しと呼んだ方がいいかもしれない。

乳首がよほどツボに入ったのか、シルクが猫目をさらに細くして笑っている。
笑い事じゃない。
俺は真剣な顔で怒鳴りつけた。

「いいから全部着ろ!!」

遅々として着替えが進まないシルクの腰を蹴っ飛ばす。
それでもぶつくさ言いながら、やっと全部身に付けたシルクを眺め、俺は言った。

「……うん、いいんじゃないか?」

「動きづらい……。」

シルクが身に付けたのは、七分丈のワイシャツジャケット、その下に前開きベスト、そして最終防衛ラインの腹出しタンクトップだ。
下は少しパリッとした感じのパンツ。
生地にはこだわり、ピッタリして体のラインがわかるが、動きやすいものにした。

正直言おう。
いい。

まだ痩せこけてはいるが、シルクはスタイルもなかなかいい。
その体のラインを強調するような服は、シルクの猫っぽい野性味をエロティックに醸し出していた。

だが、今までダボついた着てるんだか着てないんだかわからない服を着ていたシルクには大いに不評だった。

まあいい。
今夜、踊ってみれば、コイツも理解するだろう。

「これで踊ってどうなるんすか?」

「やってみればわかる。」

「他には??」

「躍りながら脱ぐ。」

「躍りながら脱ぐ!?」

俺がそう言うと、シルクは何言ってんだという顔をする。
むしろ俺の方が何言ってんだだ、踊り子の癖に。

「てっぱんだろうが!!」

「ええええぇ~!?」

「踊りながら脱ぐ!!これ!!常識!!」

「嘘だ!!」

「嘘じゃない!!」

そっち系のショーステージでは当たり前だぞ?!
むしろ、脱がなくてどうする?!
ブーイングが来るぞ?!

シルクは頭に疑問符をたくさんつけているが、西の国ではそう言う文化はないのだろうか??
ショーパブの皆は、ノッてる時はパンツまで投げてくれるのに??
まぁ、まだシルクには、そこまでの高等技術は無理そうだけどな。

「で、俺はダンスはわからないから、ここからはお前が考えて動け。」

「丸投げ!!」

いや、まぁ、丸投げだよ。
だって俺、踊れないもん。
でも俺はプロデュースしているんであって、踊りを教えてるんじゃない。
そこは踊り手と名乗るんだから、お前が頑張れよ、シルク。

だが、プロデュースする道から言える事はある。

「ただ、心構えを伝える。」

「なんすか?」

俺は改まってシルクを見つめた。
真剣な俺の顔に、シルクはきょとんとする。
そのシルクの肩に手を置き、俺はゆっくり、シルクに言い聞かせた。

「お前はもう、自分を安売りするな。」

「オーナー……。」

「お前はステージに咲く高嶺の華だ。簡単には足を開かない。お前に足を開かせる為に男達は大金を積む。そう言う踊り手でいろ。」

「……わかった。」

俺の言葉にシルクは頷く。
シルクにも思うところはあったのだ。
それがわかるなら後は簡単だ。

「お前に魅了された男たちは大金を積むだろう。でもお前はうんとは言わない。ただ、見せつける様に服を脱ぎ、少しだけ肌を見せる。男達はさらに大金を積むだろう。」

俺がそう言うと、シルクはイタズラにニッと笑った。

「……つまり、どんどん金を積ませる為に、少しずつ見せていくって事?」

「そう言うことだ。」

「なるほど!ちょっと楽しくなってきた!」

俺の言いたい事を理解したシルクは、服を確認しながら、軽く踊りながら振りを考え始める。

「いいか?お前はお前自身が商品だ。安く売れば安物に、高く値をつけさせれば、誰にも買えないほどの値がつくんだ。肌1つ見せるのも、その値に関わることを忘れるな。」

「わかったよ、オーナー。」

「今日はとりあえず、ワイシャツを脱ぐ感じで踊れ。ベストば禁止。どうしても気分が上がってしまったら、ボタンを外す所まではいいが、脱ぐな。最終防衛ラインは相当稀にしか見せてやるな。」

「乳首を守るために?」

「乳首を守るために。」

シルクは笑った。
最終防衛ラインもツボみたいだが、それ以上に、自分の価値を理解し始めて笑っているように見えた。







そして夜。
2日目のステージも大反響を得た。

食堂のおじさんは嬉しい悲鳴を上げる。
あまりに人が集まりすぎた上、大興奮のステージとなった為、店の小物が壊れたりしたが、売上爆上がりでウハウハだった事もありタダで許してくれた。

言うまでもなくこの晩、行ったシルクの躍りながら脱ぐショーは物凄く盛り上がり、アンコールが巻き起こったが、俺はあえて踊らせなかった。

見せないってのは、大事なんだよ。
だってそうされると、もっと見たくなるだろう?

俺は得意げに笑ってそれを見ていた。
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