臆病な犬とハンサムな彼女(男)

ねぎ(塩ダレ)

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ハンサムな彼女(男)

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鬼が出るか蛇が出るか。

これがどう言う事になるのか私にはわからない。
けれどもう口火を切ってしまったのだ。
後には戻れない。
私は覚悟を持ってそれと向き合った。

「オーダーですか?」

私は努めて冷静に微笑んでそう告げた。
背中に冷や汗が流れる。
真正面からぶち当たったんだ、この最初の反応ですべてが決まる。
私はグッと丹田に力を込めた。

「いや……。」

しかし反応は案外あやふやなものだった。
その人は口ごもり、視線を反らせた。

どうやら妃乃ちゃんの魔法はかなりの高等魔法のようだ。
顔見知りをここまであっさり戸惑わせるとは思わなかった。
まだ油断ならないと言えばそうなのだが、私は何事もなかった様に洗い物を続ける。

私が初手を上手く打ったのを見届け、ママはカウンターの反対側の隅でこちらの様子を覗いながら常連さんと話を始める。
でも妃乃ちゃんはその場を動かず、じっと私を睨むように見つめていた。
それがちょっとおかしかった。

「…………あの。」

「はい?」

二手目。
私はまだ緊張が抜けない中、できる限り自然に顔をあげる。
不思議と声はかけられるものの、視線はこちらを見ていない。

「ええと……気を悪くしないで欲しいんだけど……。」

「はい。」

「あ!変な意味はないんだけど……!」

「はい。」

歯切れ悪く続く無意味なやり取り。
内心、やはりバレているのだろうかと緊張が走る。
けれど次に聞いた言葉は思いもよらないものだった。

「……違ったらごめんね。……どこかで会った事、ないかな??」

視線を合わさないまま、気まずそうにそう言われた。
私は思わずきょとんとなる。
そう来るとは思わなかったのだ。

「……ぶっ!!」

考えるよりも先にツボに入った。
あんなに思い悩んで冷や汗をかいていたのに、まさかそんなナンパみたいな台詞を聞く事になるとは思ってなかった。
一度吹き出したら止まらなくなって、私は噛み殺しながらも大笑いしてしまった。

「そんなに笑わなくても!!」

「すみません……。生まれて初めて言われたもので……。」

それでも笑いが収まらず涙目になる。
あまりにも私が笑うので、とうとうその人も困ったように笑いだした。

「失礼しました。どうか気を悪くなさらないで頂けますか?」

「うん。いいよ。こちらも不躾だったね。」

「いえ、とんでもない。そんな風に言って頂けて嬉しいです。」

笑いを挟んだ事で和やかに会話が始まる。
見守るにしてはキツイ妃乃ちゃんの視線を受けながら、私はそこに立っていた。

「この店は長いの?」

「いえ、今日が初めてです。」

「そうなんだ。お揃いだね。」

「……お客様も初めて来られたのですか?」

「うん。」

「なんでまた……?悪く言う気はないですけど……ここって、オカマバーですよ??」

「それ、さっきママにも言われた。」

苦笑いする顔がママの方を見る。
釣られてそちらを見ると、ママはこちらに気づいて大げさに投げキッスしてきた。
そのひょうきんな仕草に思わず笑った。

「面白いママだね。」

「はい。凄く素敵な方です。」

「……そっか。」

そして落ちる穏やかな沈黙。
傾けられたグラスの氷がカランと微かな音を立てる。
私はまた、洗い物に視線を戻した。

「……知り合いに、さ。」

しかしそれはすぐに戻される。
独り言の様に呟かれた言葉にハッと顔をあげた。

「知り合いに……どこか似てるんだよね、君……。」

「え……。」

「どこがと言われると困るんだけど……。見た瞬間、ちょっとびっくりした。それでさっき、変な事、言っちゃったんだよね……。」

「……そう、ですか……。」

ギクリ、と背中に緊張が走る。
冷たい汗が吹き出し、何でこんな事したんだろうと激しく後悔した。

それ以上、言葉が出ない。
何か言わないとと思うのに、口を開いても乾いた息しか出てこない。

「……それって、男?女??」

口の中がカサカサで何も言葉にできずにいた私の手を、誰かが力強く握ってくれた。
見上げれば、いつの間にか妃乃ちゃんが真横に立っている。
そしてびっくりするほど綺麗な営業スマイルで笑っていた。

「あはは。ここでそれを言っていいのか悩むところだけど、男だよ。以前、同じフロアで働いていた人なんだけどさ……。」

「まぁ!こんなに可愛いシイちゃんを捕まえて男に似てるだなんて……!!」

「だからごめんって。」

高飛車なお嬢様を演じるように妃乃ちゃんはツンツンとそう言った。
カウンターの影でフロア側からは手を繋いでいる事は見えない。
ぎゅっと強く握られた手が頼もしくて、私は場違いにもドキドキしていた。
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