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遅咲きのデビュー戦
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私がフロアに出ると、店内の視線が一気に集まった。
恥ずかしさと不安で妃乃ちゃんの影に隠れる。
「ママ、新しい子雇ったのかい?」
「違うわ。事情あって今日だけウチで体験シフトに入ってもらってるの。」
「ママ、シイちゃん慣れるまでカウンターにいた方がいいと思うよ。」
「そうね。シイちゃん、こっち来て。ドリンクの作り方教えるから。」
私は声も出なくてただコクコクと頷く。
ギクシャクする私に妃乃ちゃんが耳打ちした。
「大丈夫。すごく可愛い。食べちゃいたいくらい。」
「?!」
「大丈夫になるおまじない、かけてあげる。」
そしてチュッとほっぺにキスされた。
見ていたお客さんが「おお……」と羨ましそうに声を漏らす。
しかし私はびっくりして目を白黒させる。
そんな私にママが助け舟を出してくれた。
「こら!先輩になったからって喜びすぎ!!これ、大テーブルの団体さんのところ持って行って!!」
「は~い。じゃあね、シイちゃん。」
妃乃ちゃんはハンサムに微笑むと、トレーを持って奥の8人ほどの団体さんのところに向かった。
そしてドリンクを配りながら、そこでお喋りしている。
「はい、シイちゃんはこっち。大体の作り方は知ってるわよね?」
「はい……。」
声を出してみたものの、ママや妃乃ちゃんの様に上手に裏声で喋り続ける事ができず、小声で話す。
そんな私にカウンターのお客が微笑んだ。
「初々しいねぇ。」
「手出ししないでよ、大事な預かりものなんだから。それより彼氏はどうしたのよ?」
「ん?ここで待ち合わせだよ?」
「それはご馳走様。続いているようで良かったわ。」
確かママがタヌさんと呼んでいる人だ。
中年のぽっちゃりした男性。
私も客として何度か話した事がある。
手渡される手書きのノート。
そこには水割りなどの作り方が書き込まれていた。
ママは客の相手をしながら、注文を受けると私に作り方を教えてくれる。
何度かやっているうちに、注文を聞いたらすんなり作れる様になった。
「シイちゃん。どう?大丈夫?」
「はい、ママと妃乃ちゃんのお陰です。」
カウンターにいても酒の席だ。
新顔の私に絡んでくる人は少なからずいた。
その度にママと妃乃ちゃんが庇ってくれた。
「シイちゃん、手を出して?」
「??」
そう言われて手を差し出すと、綺麗に手入れされた妃乃ちゃんの長い指先が、私の指に絡みつく。
なんだかイケない事をしているようでさっと顔に赤みが指した。
それを妃乃ちゃんがふふふと笑う。
「……肩に力が入ってる。これ食べてリラックスして。大丈夫。すごく可愛い。」
妃乃ちゃんは汗ばんできてしまった私の手に飴を1つ落として握らせた。
そしてその手をぽんぽんと叩いて、ニッコリ笑うと行ってしまった。
「……ママ。」
「なぁに?シイちゃん?」
「妃乃ちゃん、妃乃ちゃんの時は……凄く可愛いくて美人なのに……ハンサムでカッコいい様な気がする……。」
「あ~、ソレ。妃乃ちゃんが妃乃ちゃんじゃない時を知ってる人、全員が言うわ……。逆詐欺だってね。」
「そうなんだ……。なんか納得……。」
でもきっと、妃乃ちゃんは今、自分に「妃乃ちゃん」という魔法をかけているんだ。
妃乃ちゃんが私に「シイちゃん」という魔法をかけたように……。
「……妃乃ちゃんって……妃乃ちゃんの魔法って……凄いね……。」
「そうねぇ。面接に来た時はそこまでそっちに期待はしてなかったんだけどね~。とりあえず嫌がらずドレス着て接客してくれれば良いかなって。でもここまで来ると神かと思うわよ。今や、メイクで困った事があったらまずどうしたらいいか妃乃ちゃんに聞くし、お客さんの中にも妃乃ちゃんのメイクプチ講座をわざわざ聞きに来たりするし。」
「さすが準プロ……。」
そんな話をしていた時だった。
カランと音を立て、バーのドアが開いた。
「!!」
私は手に持っていたグラスを落としてしまった。
店内に響き渡るガラスの割れる音。
「シイちゃん?!大丈夫?!」
「はい!すみません!」
「いいのよ、気にしないで?奥に箒と塵取りがあるから、お願いできる??」
「はい……っ。」
私は逆にこれ幸いと奥に引っ込んだ。
ドッドッドッドッと心臓が重く鼓動を早めた。
どうして?!
何で?!
私は動揺した。
だって今まで私の知る限り、この店に知り合いが来た事などない。
ここは気軽な店だが「そう言うバー」なのだ。
店名にもママは屈託なく「オカマバー」と銘打っている。
入ってからなんだかんだ言われるより、何か言われても「ちゃんと看板に書いてあったでしょ?!」ぐらいの勢いでいた方がここでは面倒が少ないのだそうだ。
とはいえそこまで敷居は高くないから、顧客としては半々ぐらいかもしれない。
でも……だからって……。
どうして彼が??
どうして……?
え?家が近いのか?
近くったって、わざわざ「オカマバー」って銘打ってる店に??
「……シイちゃん!大丈夫?!」
箒と塵取りを握ったまま固まっていた私を心配して、妃乃ちゃんがバックヤードに飛び込んできた。
その目は妃乃ちゃんと言うより妃乃くんのモノのように見えた。
「ごめんなさい……。」
「もしかして知り合い?!」
「うん……。」
「わかった。ママにはシイちゃん具合悪くなったから休ませてるって言っとくから。」
「ありがとう……。」
「いいの、気にしないで。」
そう言いながら妃乃ちゃんは箒と塵取りを受け取りながら軽くハグしてくれた。
「大丈夫。私のメイクは完璧だから……。シイちゃんも自分でそう思ったでしょ?」
「うん……。」
「だから大丈夫。シイちゃんが……シュンさんだなんて、絶対わからない。知り合いでも絶対わからないから……。」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくれる妃乃ちゃんの腕の中は、男の人でもあり女の人でもあり、不思議と安心できた。
恥ずかしさと不安で妃乃ちゃんの影に隠れる。
「ママ、新しい子雇ったのかい?」
「違うわ。事情あって今日だけウチで体験シフトに入ってもらってるの。」
「ママ、シイちゃん慣れるまでカウンターにいた方がいいと思うよ。」
「そうね。シイちゃん、こっち来て。ドリンクの作り方教えるから。」
私は声も出なくてただコクコクと頷く。
ギクシャクする私に妃乃ちゃんが耳打ちした。
「大丈夫。すごく可愛い。食べちゃいたいくらい。」
「?!」
「大丈夫になるおまじない、かけてあげる。」
そしてチュッとほっぺにキスされた。
見ていたお客さんが「おお……」と羨ましそうに声を漏らす。
しかし私はびっくりして目を白黒させる。
そんな私にママが助け舟を出してくれた。
「こら!先輩になったからって喜びすぎ!!これ、大テーブルの団体さんのところ持って行って!!」
「は~い。じゃあね、シイちゃん。」
妃乃ちゃんはハンサムに微笑むと、トレーを持って奥の8人ほどの団体さんのところに向かった。
そしてドリンクを配りながら、そこでお喋りしている。
「はい、シイちゃんはこっち。大体の作り方は知ってるわよね?」
「はい……。」
声を出してみたものの、ママや妃乃ちゃんの様に上手に裏声で喋り続ける事ができず、小声で話す。
そんな私にカウンターのお客が微笑んだ。
「初々しいねぇ。」
「手出ししないでよ、大事な預かりものなんだから。それより彼氏はどうしたのよ?」
「ん?ここで待ち合わせだよ?」
「それはご馳走様。続いているようで良かったわ。」
確かママがタヌさんと呼んでいる人だ。
中年のぽっちゃりした男性。
私も客として何度か話した事がある。
手渡される手書きのノート。
そこには水割りなどの作り方が書き込まれていた。
ママは客の相手をしながら、注文を受けると私に作り方を教えてくれる。
何度かやっているうちに、注文を聞いたらすんなり作れる様になった。
「シイちゃん。どう?大丈夫?」
「はい、ママと妃乃ちゃんのお陰です。」
カウンターにいても酒の席だ。
新顔の私に絡んでくる人は少なからずいた。
その度にママと妃乃ちゃんが庇ってくれた。
「シイちゃん、手を出して?」
「??」
そう言われて手を差し出すと、綺麗に手入れされた妃乃ちゃんの長い指先が、私の指に絡みつく。
なんだかイケない事をしているようでさっと顔に赤みが指した。
それを妃乃ちゃんがふふふと笑う。
「……肩に力が入ってる。これ食べてリラックスして。大丈夫。すごく可愛い。」
妃乃ちゃんは汗ばんできてしまった私の手に飴を1つ落として握らせた。
そしてその手をぽんぽんと叩いて、ニッコリ笑うと行ってしまった。
「……ママ。」
「なぁに?シイちゃん?」
「妃乃ちゃん、妃乃ちゃんの時は……凄く可愛いくて美人なのに……ハンサムでカッコいい様な気がする……。」
「あ~、ソレ。妃乃ちゃんが妃乃ちゃんじゃない時を知ってる人、全員が言うわ……。逆詐欺だってね。」
「そうなんだ……。なんか納得……。」
でもきっと、妃乃ちゃんは今、自分に「妃乃ちゃん」という魔法をかけているんだ。
妃乃ちゃんが私に「シイちゃん」という魔法をかけたように……。
「……妃乃ちゃんって……妃乃ちゃんの魔法って……凄いね……。」
「そうねぇ。面接に来た時はそこまでそっちに期待はしてなかったんだけどね~。とりあえず嫌がらずドレス着て接客してくれれば良いかなって。でもここまで来ると神かと思うわよ。今や、メイクで困った事があったらまずどうしたらいいか妃乃ちゃんに聞くし、お客さんの中にも妃乃ちゃんのメイクプチ講座をわざわざ聞きに来たりするし。」
「さすが準プロ……。」
そんな話をしていた時だった。
カランと音を立て、バーのドアが開いた。
「!!」
私は手に持っていたグラスを落としてしまった。
店内に響き渡るガラスの割れる音。
「シイちゃん?!大丈夫?!」
「はい!すみません!」
「いいのよ、気にしないで?奥に箒と塵取りがあるから、お願いできる??」
「はい……っ。」
私は逆にこれ幸いと奥に引っ込んだ。
ドッドッドッドッと心臓が重く鼓動を早めた。
どうして?!
何で?!
私は動揺した。
だって今まで私の知る限り、この店に知り合いが来た事などない。
ここは気軽な店だが「そう言うバー」なのだ。
店名にもママは屈託なく「オカマバー」と銘打っている。
入ってからなんだかんだ言われるより、何か言われても「ちゃんと看板に書いてあったでしょ?!」ぐらいの勢いでいた方がここでは面倒が少ないのだそうだ。
とはいえそこまで敷居は高くないから、顧客としては半々ぐらいかもしれない。
でも……だからって……。
どうして彼が??
どうして……?
え?家が近いのか?
近くったって、わざわざ「オカマバー」って銘打ってる店に??
「……シイちゃん!大丈夫?!」
箒と塵取りを握ったまま固まっていた私を心配して、妃乃ちゃんがバックヤードに飛び込んできた。
その目は妃乃ちゃんと言うより妃乃くんのモノのように見えた。
「ごめんなさい……。」
「もしかして知り合い?!」
「うん……。」
「わかった。ママにはシイちゃん具合悪くなったから休ませてるって言っとくから。」
「ありがとう……。」
「いいの、気にしないで。」
そう言いながら妃乃ちゃんは箒と塵取りを受け取りながら軽くハグしてくれた。
「大丈夫。私のメイクは完璧だから……。シイちゃんも自分でそう思ったでしょ?」
「うん……。」
「だから大丈夫。シイちゃんが……シュンさんだなんて、絶対わからない。知り合いでも絶対わからないから……。」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくれる妃乃ちゃんの腕の中は、男の人でもあり女の人でもあり、不思議と安心できた。
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