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その言葉は直接聞いた訳じゃない。
面と向かって言われたならば流石に「どういう意味ですか?」と僕は聞いただろう。
いやどうだろう?
聞けただろうか?僕に?
たまたま盗み聞いてしまった言葉。
そこにあった僕をほのめかす単語と遠回しな告白ともとれる言葉。
何かのアヤなのだろうがとにかく混乱した。
はじめは意味がわからなかった。
なのにそれが何なのか気になって仕方がなかった。
勘違いだろうと、そんな事はあるはずがないと自分に言い聞かせる。
けれど再度君が口にした言葉の中に当時の僕と関係の深い言葉が出てきた時、どっと汗が吹き出した。
それが緊張からくるものなのか、焦りからくるものなのか、羞恥心からくるものなのか、喜びなのか恐怖なのか、さっぱりわからなかった。
え?
だって、彼とは別にそこまで親しくはなかった。
名残惜しまれるほどの関係ですらない。
ただ、同じ職場の同じフロアにいただけの関係。
他の皆と何も変わらない。
会えば挨拶をして、たまに通りがけに声をかけられたり、労いにお菓子をもらったりしただけ。
なのに、どういう意味だろう?
混乱した。
よくとれば僕が好意的に見られていたと言う事。
普通に考えればただの社交辞令。
そして冷静に考えれば、なんの意味もない言葉。
僕が言われた言葉がどうかですら定かでない。
ただ多分、僕はその時、傷ついていたのだと思う。
だからその言葉に縋りたかったんだ。
誰かが少なからず、好意的に自分を思ってくれているのだと信じたかったのだと思う。
それが自分に向けられた言葉なのか確信はなくとも、そこに不安がある事をきちんと確かめようともせず、自分勝手に良いようにとっていたかったんだと思う。
僕は傷ついていたのだと思う。
だからその小さなかりそめの真心を、宝物のようにポケットにしまったのだ。
その小さな言葉の欠片が、たとえ偽物でも僕を勇気づけてくれたから。
しばらくはそれでよかった。
だが人間というのは欲深い生き物だ。
だんだんそれだけでは事足りなくなる。
それが本当に自分の為の言葉だったか確かめたくなる。
ちゃんとこの「言葉」が、僕のものであると確信が欲しくなる。
だから確かめようとした。
よせばいいのに。
世の中、曖昧なまま自分の胸に秘めていた方が幸せな事が多い事を僕は知っていたはずなのに、なのに確かめようとしてしまったのだ。
とはいえ、面と向かって言われた訳でも、自分が言われたとも確信が持てない盗み聞いたそれを、こんな性格の僕が君にストレートに聞くなどできる訳がない。
第一、単に同じ職場の同じフロアにいただけの関係だ。
そんな僕に君の連絡先を知る宛などない。
だからいつもの様に、お礼を置く様にひっそりとメッセージを置いた。
誰と言わなかった君の言葉に習って、僕は名乗らなかった。
何らかのアクションがあればそれが答えだと思った。
だが……。
なんの変化もなかった。
なんのアクションもなかった。
無反応。
僕は恥ずかしくなった。
冷水をかぶったようになり、そこでようやく自分がただの勘違いヤローなのだと知った。
浮かれていた気持ちが現実に引き戻され、冷静になった。
僕は失敗したんだと思った。
おとなしくしているべきたった。
何も望むべきじゃなかった。
不確かなモノを確かめもせず鵜呑みにするんじゃなかった。
愚かだった。
浅はかだった。
僕なんぞを誰かが好意的に思う訳がなかった。
知っていたはずなのに失敗した。
言葉が出なかった。
僕は普通じゃない。
「皆がそうだ」と言う「世界的な常識」の枠から出ている。
僕は普通じゃない。
ちゃんと自分でわかっていた。
だからおとなしくしているべきだった。
身の程をわきまえ、ひっそりと誰の邪魔にもならないよう、社会の片隅でじっとしているべきだった。
誰かが好意的になってくれるはずなどなかった。
「他人」だから「他人」として接してもらっていた事に甘えてはならなかったのだ。
何かに期待などすべきじゃなかった。
期待するなど、僕には身の程知らずのおこがましい考えだった。
愚かでみっともなくてやるせなかった。
どうして僕は誰に向けられた訳でもない「社交辞令」に陶酔してしまったのだろう。
どうしていつもの様に冷静にそれを見れなかったのだろう?
どうしていつもの様に警戒できなかったのだろう?
だって警戒していたじゃないか?
僕は君に対して、いつも漠然とした不安を覚えていたじゃないか?
どこかで気づいていたじゃないか?
注意が必要だと……。
あぁ、失敗した。
どこかでそれを予測していたのに僕は失敗した。
しかも君は何も悪くない。
僕が一方的に勝手に勘違いしただけだ。
恥ずかしい。
自分の愚かさ加減に嫌気が差す。
なのに試すような事をした。
きっと君は恐ろしかった事だろう。
気色悪かった事だろう。
恥ずかしい。
身の程知らずにも程がある。
自分が異端だと知っていたはずなのに。
世界的な常識から外れている爪弾き者だとわかっていたのに。
おとなしくしているべきだったのに。
誰かにどんな形でも愛される事はないと、好意的に思われる事さえないとわかっていたはずなのに……。
僕は失敗した。
そして言葉を失った。
面と向かって言われたならば流石に「どういう意味ですか?」と僕は聞いただろう。
いやどうだろう?
聞けただろうか?僕に?
たまたま盗み聞いてしまった言葉。
そこにあった僕をほのめかす単語と遠回しな告白ともとれる言葉。
何かのアヤなのだろうがとにかく混乱した。
はじめは意味がわからなかった。
なのにそれが何なのか気になって仕方がなかった。
勘違いだろうと、そんな事はあるはずがないと自分に言い聞かせる。
けれど再度君が口にした言葉の中に当時の僕と関係の深い言葉が出てきた時、どっと汗が吹き出した。
それが緊張からくるものなのか、焦りからくるものなのか、羞恥心からくるものなのか、喜びなのか恐怖なのか、さっぱりわからなかった。
え?
だって、彼とは別にそこまで親しくはなかった。
名残惜しまれるほどの関係ですらない。
ただ、同じ職場の同じフロアにいただけの関係。
他の皆と何も変わらない。
会えば挨拶をして、たまに通りがけに声をかけられたり、労いにお菓子をもらったりしただけ。
なのに、どういう意味だろう?
混乱した。
よくとれば僕が好意的に見られていたと言う事。
普通に考えればただの社交辞令。
そして冷静に考えれば、なんの意味もない言葉。
僕が言われた言葉がどうかですら定かでない。
ただ多分、僕はその時、傷ついていたのだと思う。
だからその言葉に縋りたかったんだ。
誰かが少なからず、好意的に自分を思ってくれているのだと信じたかったのだと思う。
それが自分に向けられた言葉なのか確信はなくとも、そこに不安がある事をきちんと確かめようともせず、自分勝手に良いようにとっていたかったんだと思う。
僕は傷ついていたのだと思う。
だからその小さなかりそめの真心を、宝物のようにポケットにしまったのだ。
その小さな言葉の欠片が、たとえ偽物でも僕を勇気づけてくれたから。
しばらくはそれでよかった。
だが人間というのは欲深い生き物だ。
だんだんそれだけでは事足りなくなる。
それが本当に自分の為の言葉だったか確かめたくなる。
ちゃんとこの「言葉」が、僕のものであると確信が欲しくなる。
だから確かめようとした。
よせばいいのに。
世の中、曖昧なまま自分の胸に秘めていた方が幸せな事が多い事を僕は知っていたはずなのに、なのに確かめようとしてしまったのだ。
とはいえ、面と向かって言われた訳でも、自分が言われたとも確信が持てない盗み聞いたそれを、こんな性格の僕が君にストレートに聞くなどできる訳がない。
第一、単に同じ職場の同じフロアにいただけの関係だ。
そんな僕に君の連絡先を知る宛などない。
だからいつもの様に、お礼を置く様にひっそりとメッセージを置いた。
誰と言わなかった君の言葉に習って、僕は名乗らなかった。
何らかのアクションがあればそれが答えだと思った。
だが……。
なんの変化もなかった。
なんのアクションもなかった。
無反応。
僕は恥ずかしくなった。
冷水をかぶったようになり、そこでようやく自分がただの勘違いヤローなのだと知った。
浮かれていた気持ちが現実に引き戻され、冷静になった。
僕は失敗したんだと思った。
おとなしくしているべきたった。
何も望むべきじゃなかった。
不確かなモノを確かめもせず鵜呑みにするんじゃなかった。
愚かだった。
浅はかだった。
僕なんぞを誰かが好意的に思う訳がなかった。
知っていたはずなのに失敗した。
言葉が出なかった。
僕は普通じゃない。
「皆がそうだ」と言う「世界的な常識」の枠から出ている。
僕は普通じゃない。
ちゃんと自分でわかっていた。
だからおとなしくしているべきだった。
身の程をわきまえ、ひっそりと誰の邪魔にもならないよう、社会の片隅でじっとしているべきだった。
誰かが好意的になってくれるはずなどなかった。
「他人」だから「他人」として接してもらっていた事に甘えてはならなかったのだ。
何かに期待などすべきじゃなかった。
期待するなど、僕には身の程知らずのおこがましい考えだった。
愚かでみっともなくてやるせなかった。
どうして僕は誰に向けられた訳でもない「社交辞令」に陶酔してしまったのだろう。
どうしていつもの様に冷静にそれを見れなかったのだろう?
どうしていつもの様に警戒できなかったのだろう?
だって警戒していたじゃないか?
僕は君に対して、いつも漠然とした不安を覚えていたじゃないか?
どこかで気づいていたじゃないか?
注意が必要だと……。
あぁ、失敗した。
どこかでそれを予測していたのに僕は失敗した。
しかも君は何も悪くない。
僕が一方的に勝手に勘違いしただけだ。
恥ずかしい。
自分の愚かさ加減に嫌気が差す。
なのに試すような事をした。
きっと君は恐ろしかった事だろう。
気色悪かった事だろう。
恥ずかしい。
身の程知らずにも程がある。
自分が異端だと知っていたはずなのに。
世界的な常識から外れている爪弾き者だとわかっていたのに。
おとなしくしているべきだったのに。
誰かにどんな形でも愛される事はないと、好意的に思われる事さえないとわかっていたはずなのに……。
僕は失敗した。
そして言葉を失った。
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