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第六章「副隊長編」

命名と改名

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場がまたざわついた。
だが俺はおかしな事は言っていない。
一国の王から平民が直接、命を受けるなどと言うことはあり得ない話だ。
だから俺は、それなりの段階を経て命が欲しいと言っただけだ。

「彼は平民なのか?」

陛下が不思議に思いまわりに尋ねる。
疑問を持つのは当然だ。
殿下の警護部隊にいるのだから、それなりの身分でなければおかしいはずなのだ。

「父上、ハクマ・サークは平民ですが、私の命を救った功績で騎士の称号を与えました。」

ここで今まで黙っていた殿下が口を開いた。
俺に目を向け微笑む。
小さく礼を示してそれに答えた。

「ああ、あの時のか。」

「はい。」

「うむ。我が息子を守ってもらった礼もまだだったな?」 

陛下が納得したように俺に目を向けた。
う~ん。ずいぶん昔の話だし、掘り返すのもな。
俺は頭を下げた。

「滅相もございません。陛下。私は殿下に騎士の称号を頂きました。」

他にも何か前払いの貴重な回復薬とか警護部隊への異動とか、身に余るモノを色々頂きましたよ。
あの時は嫌がらせかと思うぐらい異動が嫌だったけど、今の俺があるのはあの事があったからだ。
少し懐かしい。
しかし陛下はにっこり笑った。

「それは息子からの礼だろう?そうだな、私からは何がいいか……。」

……ん?

話、聞いていましたか?陛下?
俺はデジャビュを感じた。
多分、間違いない。
話を聞かずに自分がいいと思うことをするライオネル殿下のあれは、どうやら国王の血のようだ。

「そうだ、では私からそなたへは准男爵の地位を与えよう。」

にこやかに陛下は言った。
陛下の言葉に場が凍りつく。

は?
今、何て言われましたか?陛下?
准男爵??

俺の思考も一旦止まった。

「陛下!その様なことはなりません!!」

「他の貴族達から反発を買います。」

周囲の家臣達の多くが口々に言った。
しかし陛下はどこ吹く風だ。

……何か、話が大きくなってないか?

う~ん……。
問題はあまり起こしたくないので一瞬青ざめたが、よくよく考えてみれば悪くない話だ。
シルクを従者として従えているのも、形だけとはいえ爵位を得れば一応、筋が通ってくる。
なるほど、悪くはないかもしれない。

そんな中、陛下は周りの事などあまり気にせず言った。

「貴族でなければいいのだろう?私は爵位を与えただけだ。土地を与え貴族にする訳ではない。一代限りの土地のない准男爵なら形式的なものに過ぎない。騎士の称号とさして変わらないだろう?」

どうやら陛下は、俺の功績に対して自分も何か与えた形をとりたいようだ。
息子を守ってくれた者にはそれなりにきちんと礼をする。
殿下って第三王子だけど、大事にされてるんだなと思った。

それにしても思わぬ展開になった。
渡りに舟とはこの事だろう。
何か足掛かりになればとふってみたが、まさかいきなり准男爵の爵位を出して来るとは思わなかった。
貴族の階級には詳しくないが、准男爵は男爵よりも下。
つまり最も低い爵位で、あってもなくてもいいような称号だ。
男爵ですら土地や領土などを持たない場合は貴族扱いには入らない事が多いのだから、准男爵など本当に形式上の呼び名に過ぎない。
しかも一代限りという条件が付けば、騎士の称号と同じくただ持っているってだけだ。

それでも爵位を持っていると言うのは俺には大きい。
いくつかの懸念を払拭する事ができる。

難儀を示す周りに対し、国王はにこやかに続ける。

「皆、心配し過ぎだ。我が息子の命を救われたのだ。その働きに対し名ばかりの位を与えても構わぬだろう?しかもこの者は騎士の称号を得ても特に偉ぶる事もなかったと聞く。ここで何の力もない准男爵の位を持ったからと言って、そう変わるとは思えぬ。」

「仰る通りにございます。父上。彼は騎士となってからも慎ましく、そして暖かな人となりは変わりませんでした。おそらくこれからも変わることはないでしょう。」

陛下の言葉を援護する様に、ライオネル殿下が嬉しそうに微笑む。
俺はそれにぎこちなく笑う。

王子の加勢は有り難いが、何か申し訳ない。
俺、そんないい人間じゃないし。
今だって、素知らぬフリはしているが色々画策した上での話なのだし、そう思うと罪悪感でかえって心苦しい。

しかしにこやかな陛下と殿下の言葉で、俺の准男爵の爵位は内定したようだった。
予想だにしない展開だったが幸運を得た。
思ったよりも大きなものを釣り上げてしまった。

「それから従者には名字を与えよう。う~ん、何がいいだろうか……。」

陛下は思い通りに事が運び、とても機嫌が良さそうだ。
しかし陛下の言葉に、またシルクが声を上げる。

「恐れながらお願いいたします!」

俺は少し悩んだ。
シルクの発言を止めるべきか否か……。
この流れでこれ以上、色々言うのはまずいかなと思ったが、姓を得るのは普通一生に一度だ。
変な事になるよりは、シルクが納得する形の方がいい。
俺はそう思って黙る事にした。
周囲は何色を顔に出し、ギルがいつもの無表情でこちらを凝視しているが無視しよう。
王様は機嫌が良いのでシルクの声ににこやかだし。

「何だ?」

「名字を与えてくださるお話、身に余る光栄です。しかしながら名は我が主から頂きたく思います。どうかお許し下さい。」

シルクがまた、床に頭がつくのではないかと言うほど頭を下げだ。
国王に対し二度も抵抗するシルクに場は苦い顔をしたが、陛下はそれを手で制してくれた。

そうか……。
と俺は思った。

シルクにとって、名前をつけられると言うのは意味が深い。
あの日、シルクは古き名を捨て、俺にそれを決めさせた。
それがカイナの民であるシルクの覚悟だからだ。
だからたとえ国王からであっても、俺以外から名を貰うことは出来ないのだろう。
そこまで誓いに忠実なシルクに、少し胸が熱くなるのを感じた。

「……なるほど。ではハクマ・サーク、彼に名字をつけるなら何がいいと思う?」

陛下はそんなシルクから何か感じたのだろう。
俺にそう尋ねてきた。

シルクの名字か……。

突然の事に、一瞬、首を傾げる。
確かに俺がつける事がシルクにとっては望ましい。
でもいきなり名字と言われてもすぐに言葉が出る訳でもない。
俺は頭の中でシルクと過ごした時間を思い返していた。

砂漠の国で過ごした日々……。
頭の中にあのセノーテが浮かぶ。

「……イシュケ。」

口から漏れた。

俺とシルクの過ごした時間の中で、一番美しかったもの。
俺とシルクの絆を表すなら、あのセノーテだと思った。
俺は陛下にまっすぐ顔を向けて言った。

「恐れながら陛下。私がシルクに名字を与えるなら、イシュケと名付けたいと思います。」

「ほう?意味は?」

「はい。古い言葉で『清い水』を表します。」

その言葉にシルクがハッと俺を見上げた。
俺もシルクの目をまっすぐに見返す。

シルクの細い目が涙目で笑った。
俺が何をもってしてイシュケと言ったのか、シルクにはわかったのだ。

「ふふ。砂漠の民に水の名か……。面白いな。」

「恐れ入ります。」

「では、そなたの従者にイシュケの姓を与える。今後はシルク・イシュケと名乗るがいい。」

「ありがとうございます。」

シルクが深々と礼に服した。
なんとなく気に入ってくれたみたいで俺も嬉しかった。

それにしても名字か……。

名字に関しては俺も思うところがあった。
ちょうどいい機会だし言ってもいいかもしれない。
俺はずっと心の中にあった事を口にした。

「恐れながら陛下、准男爵を賜るにあたり、私も姓を変えてもよろしいでしょうか?」

「姓を?なにゆえ変えるのだ?」

「はい。私の姓は、魔術学校に通うために養子扱いにして頂いた、いわば借り物の姓なのです。借り物のまま爵位を賜るのは少し気が引けます。」

そう、この名字は借り物だ。
そして故郷を離れるきっかけだった。
里帰りが叶った今、俺はこの姓に違和感を持っていた。
このままこの姓で生きていくのは、自分の人生が借り物のような気がしたのだ。

「ふむ、では何と名乗る?」

「アズマにしたいと思います。」

俺は迷わなかった。
その言葉が自然と口からでた。

あの国が俺の育った場所。
それは変わる事のない俺の軌跡だ。

この国に逃げてきて捨てたはずの場所。
それでも故郷はそこにあった。
たくさんの蟠りを越えた先、それは何も変わらず俺を迎え入れてくれた。

「アズマ?何か意味があるのか?」

陛下は不思議そうに俺に尋ねた。
それに俺は静かに答える。

「アズマは東と言う意味の言葉です。私は東の共和国出身です。東から来たので単純にアズマとしました。今までのハクマの姓とも語呂が近いので、言いにくさもないと考えました。」

「東から来た者か……。面白い。ではこれより、アズマ・サーク准男爵と名乗るがよい。」

「ありがとうございます。」

ふっと胸が暖かくなる。
故郷を名乗る事で、不思議とこの国にもやっと自分を受け入れてもらえた気がした。

何だか嬉しかった。
やっと借り物ではない、俺の人生が還ったようだった。

正直、立場は必要だったが、このまま立場を作っていけばいつかはハクマの家に伝わる。
そうなればまた、あの家の揉め事に巻き込まれかねない。
そんなジレンマもあった。

シルクがびっくりして俺を見上げている。
まぁ、いきなり俺が姓を変えるとは思わないよな?
俺は晴れやかに笑って見せた。

俺は感謝を込め、深々と陛下に礼を尽くした。
シルクも慌てて立ち上がり、俺の横で深く礼を尽くす。

予想以上のものが得られた。

俺はほくほくと席に戻る。
そんな俺にギルが無表情のまま言った。

「……全く聞いていなかった事が多いんだが?アズマ准男爵?」 

「ん~?出たとこ勝負で色々言ってみたら、何か大物が大量に釣れた感じ?」

「お前な……。」

俺がおちゃらけてそう言うと、ギルは顔を向けないまま深くため息をついた。
俺も前を見つめて、ゆっくり息を吐き出す。

「ひとまず無事に第一関門突破したんで良かったよ。」

「どうかな……。」

「何だよ、脅すなよ。」

「……………。」

上機嫌なサークに対し、ギルは硬い表情を崩さなかった。

上手く行ったとサークは言う。
けれど無理を通した事で燻るものに気づいていない。
貴族とは、政治とは、表面よりもずっと奥に隠されたきな臭さでしかないのだ。

サークはやはり、政治に疎い。
ギルはそう思った。

このまま何事もなく済めばいいが……。
少しの不安を胸に、ギルは静かに状況を見守っていた。
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