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第五章「さすらい編」

青い鳥

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真っ白く輝く竜神が、不思議そうに俺を見ている。


「恐れながら水神様、森の王とはどういう事でしょうか?」

「お主はさっきから、何を言っておるのだ?」


話が噛み合わない。
竜神はじっと俺を見た後、ふむ、と考えているようだった。
そして音もなく、スッと俺に顔を近づけた。

「!!」

俺など軽く一飲みのできる口が目の前に来て、緊張が走る。

「………そうか、なるほど……。」

竜神は何か納得したように離れていった。
俺は大きく、安堵のため息をついた。

「なるほどなるほど……。だからおかしな事が続くのか……。」

竜神はひとりで何か納得している。

「恐れながら水神様、森の王、また森の主とは何の事でしょうか?」

「森の王も森の主も同じものだ。そして言葉通りのものだ。我が水の王であり、主であるのと同じだ。」

「神という事ですか?」

「神かどうかは知らん。神とは人が勝手にそう呼ぶものだろう?神の事は我にはわからん。」

「では、森の王は何か私に関係があるのですか?」

「お主は本当に何もわかっていないのだな?このままでは間に合わなくなるぞ?」

「何にでしょうか?」

「とにかく急げ。世が騒がしくて敵わん。」

竜神はそれ以上、答えてはくれなそうだった。
リリとムクは俺が何かをしなければならないと言っていた。
竜神が急げと言っているのは、その事だろうか?
だが、全くそれが何かわからない。

「して、何用で我を呼んだ?」

「はい、竜の谷の場所をご存じだったらお教え頂きたく思い、参りました。」

「…………お主は本当に馬鹿なのか……?」

俺の問いに、竜神は呆れたようにため息をついた。

「主はもうその術を持っているのに、何故、わざわざ我に聞く?もうよい。興が冷めた。お主は早く成すべき事をなせ。もう時間はないぞ?」

竜神はそう言うと、淡く光り、たくさんの光の粒になって拡散してしまった。


ザザン……と風に押された波が浅瀬を濡らす。
打ち寄せるその音に、現実がまだここにあるのだと教えられる。

「あああぁ~……。」

俺は変な声を上げて、その場にひっくり返った。
心臓がバクバク言っていて、ヤバい汗が止まらない。


マジか。
今、俺、水神様に会ったのか。

霊峰、半端ねぇ………。


寝転んで呆然としている俺を、リアナとラニが覗き込む。

「何よ、情けないわね。倒れるくらいなら呼ばせないでよ。」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

俺はふたりを見上げた。
訳のわからないことは、一旦、置いておこう。
問題はこれだ。


「あのさ、ふたりの村のある場所って……。」

「竜の谷だよ?」

「……マジか~マジなのか~っ!!」

「何、騒いでるのよ?」


俺はそれ以上、言葉が出なかった。
頭の中でここにいない相棒に呼びかける。

シルク、お元気ですか?

俺は今、正気の沙汰ではない状況にいます。
何かいろんな感情がごちゃ混ぜになって爆発しそうです。

やはり青い鳥というのは、いつも身近なところにいやがるようです……。













「仕方ないじゃない!竜の谷の事、サーク私たちに一言も言ってなかったんだから!」

「あ~うん、そだね~。」

俺はとにかく色々な感情がごちゃ混ぜになっていて、逆に無感情になっていた。

え?何なの?本当??
あれだけ苦しんだのに、ゴールを持ち歩いてた訳?俺は??

「マジか~っ!!」

俺はまた、顔を覆って発狂する。

「落ち着きなさいよ!馬鹿!!」

「落ち着かないっ!!無理っ!!」

「も~っ!!うるさいっ!!」

突然、俺の体は動かなくなり、声も出なくなる。
目だけ動かすと、イライラした顔のリアナが俺に手を翳している。
どうやら魔術を使われたようだ。
魔術師が魔術かけられてどうすんだよ、俺。

「おとなしくする?しないなら解かないわよ?」

にっこりと微笑まれる。
怖い。
俺は目で頷いた。
リアナはやっと、術を解いてくれた。

「聞きそびれてたけど、リアナは公式を使って魔術を使うんだな?誰にそれを教わったんだ?」

「誰にって、皆、こうやって使うわよ?」

「杖を使う人はいないのか?」

「杖って何?」

驚いた。
どうやら、竜の谷では魔術を公式で使うらしい。
それを聞いて合点がいった。
だからウィルは、杖を使わず血を介して使う血の魔術を見ても抵抗が少なく、気味悪がらず綺麗だと言ってくれたのかもしれない。

「ラニはまだ習ってないのか?」

ふと、それならとラニを見る。
俺の直感では、リアナとラニだと魔力はラニの方が強いのだ。

「習ってる……でも僕、うまく出来ないの……。」

俺にそう言われたラニはおずおずと公式を解しはじめた。
しかしそれは途中で崩れてしまう。
項垂れるラニを庇うように、リアナがツンッと言い放つ。

「いいのよ、ラニは。得意な事が違うだけよ。」

「得意な事?」

「ラニは人の心に入って、治すことが出来るのよ。ほとんどの人がそれは出来ないわ。」

なるほど精神系の魔術を使うのか……。
それはかなりの驚きだ。
世界広しといえ、人の精神に入り込んで影響を及ぼせる精神系魔術師は数えるほどしかいない。
ある意味、脅威の力だ。

「でも僕も、お姉ちゃんみたいにちゃんと魔術が使えるようになりたい……。」

なるほど……。
ラニのなんとなく自信のない性格は、どうやらここから来ているようだ。
俺はしゃがんでラニの手をとった。

「ちょっと見てもいいかい?ラニ?」

ラニは黙って頷いた。
俺は魔力探査を使ってラニの中の魔力を観察する。
そして驚いた。
精神系の魔術を使うだけあって、半端ない魔力を持っている。
これは力が大きすぎて、逆に制御できず扱うのが難しいだろう。

どうしたもんだろう?
ラニはこれだけの力を持ちながら、自分は「駄目な奴」だと思いこんでいる。
なんとかラニに自信を持って欲しい。

「あ、そうだ。ラニ、これ使ってみて?」

俺は腰から杖をとって差し出した。

「何これ?」

「杖だよ。多くの魔術師が杖を使うんだ。」

「何でそんなもの使うのよ?必要なくない?」

「そっちの事はよく知らないけど、こっちの国々では杖などの媒体を使わないと魔術が使えないんだよ。」

「何で?!」

「公式を使わないから。杖がその代りになってるって言うのかな?」

「変なの~。ならそれがないと魔術が使えないわけ?!」

「殆どの人はそうだよ。ただ俺は公式を覚えてるから杖がなくても使えるけど、今のラニにはちょうどいいアンテナになると思う。ラニ、これを持って何かしてみて?」

ラニは不思議そうに杖をとり、公式を解しはじめた。
途中で崩れるはずのそれは最後まで残り、杖の先から炎がが上がった。

「あっ!!できたっ!!お姉ちゃん!見た!?僕、できたよっ!!」

「ええ~!?何で!?」

理由はわからずとも、魔術が使えた事に喜ぶラニ。
意味がわからなくて目を丸くするリアナ。
子供らしい反応に、俺はちょっと笑ってしまった。

「恐らくだけど……。人の中に入るような精神系魔術は膨大な魔力を食う。普通の魔術師が使えないのはそのせいなんだ。精神系魔術を使うには魔力が足りなすぎてね。逆に今ラニが普通の魔術を使えなかったのはラニが悪いんじゃない。ラニのそのままの魔力では魔力が多すぎて公式が形を成すまで耐えられなかったんだ。だから途中で分解してしまう。杖は杖自体が公式を覚える。だからラニの使おうとした公式を補助し、そして魔力を杖が使える大きさでしか取り出さないから、よほどラニが強い魔術を使おうとしない限りは、杖を用いれば魔術が使えるはずだよ。」

俺の説明にぽかんとする二人。
ちょっと可愛い。

「……要するに、ラニの魔力が強すぎるから逆に使えなかったって事ね?」

「そういう事。」

「お兄ちゃん、これ、借りててもいい?」

「いいよ。それで少し魔力を使う感覚を覚えるといい。自分で魔力の放出量を調整できるようになれば、杖は要らなくなるだろうから。」

「ありがとう!お兄ちゃん!!」

ラニが今日までで一番明るい笑顔を見せた。
俺はその頭をぽんぽんと撫でてやる。

そして立ち上がった。



「で、相談なんだが……。俺を一緒に、竜の谷に連れていってくれないか?」


俺にとっての本題はそこだ。
リアナとラニは顔を見合わせる。

俺の小さな青い鳥。

どうか導いてくれ……。
俺の最愛の人のところまで……。
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