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第五章「さすらい編」

親と子

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教会というと十字架があるイメージだが、東の国ではこれが普通だ。
細かく言えば宗教観も違う。

教会。
各国各宗教において、神様を祀るところを全部そう呼ぶのだ。

大昔は区別してそれぞれ別の呼び方をされていたようだが、たくさんの国の文化が混じり合ううちに、どの国でも通じるようあまり区別がされなくなった事で、一番、皆がわかりやすい言葉が残ったらしい。

見るもの何でも変なのとはしゃいでいたリアナとラニは、今、義父さんが預かっている子供達とすっかり仲良くなって、夕飯の後は一緒に眠ってしまった。

俺は縁側でぼんやり空を見上げた。
今日は糸のように細くだが、月が見えた。

「サク。」

そう声をかけられ、振り向いた。
その呼び名を聞いて少し笑ってしまう。

義父さんが始めに俺につけた名前はサクだった。

ただ、俺が目を離すとすぐにどこかに行ってしまうので「サーク、サークどこだ~!!」と義父さんが常に探すものだから、皆が俺の名前をサークだと思ってしまい、俺も皆がサークと呼ぶので、サークだと思っていた。
はじめは訂正していた義父さんも、俺が学校で学ぶ頃には諦めて登録名はサークにした。
ずいぶん大きくなってから、何で義父さんはサークでなくサクと呼ぶのか聞いてその事実を初めて知った時は本当におかしかった。

義父さんはお盆に徳利を乗せて持っていた。
義父さんが酒を持ってるなんて珍しいな、と思った。

「一緒に飲まないか?」

「頂きます。」

そう答える。
義父さんはにっこり微笑むと、お盆を挟んで俺の横に座った。
互いに注ぎあいお猪口をあおる。

「……なんか変な感じ。義父さんと飲むとか。」

「そうか?私は息子と飲み交わす夢がまた叶って嬉しいけどね?」

息子、とさらりと言われ、鼻がツンとした。
多分酒が辛いせいだ。

「……元気そうで良かったよ。」

「義父さんも元気そうで良かったです。」

「元気かな~。最近は腰が痛くてね。」

「それは歳です。義父さん。」

「まぁ、サクがこんなに立派になるくらいだから歳もとるさ。……今はどこにいるんだい?」

「中央の王国です。平民なんですけど、騎士の称号をもらって第三王子の警護部隊で働いています。」

「騎士?サクが?」

「……似合わないのは自分でもわかってるんで、突っ込まないで下さい。」

義父さんは少し酔ったのか、クスクス笑っていた。
笑う顔の皺も増えた。
でもそんな顔も義父さんには似合っていて、悪くないと思った。

「そうか……ちゃんと暮らしてるんだな…。」

義父さんが染々と言った。
俺はお猪口の酒をぐいっと飲み干す。

「……何も伝えずに飛び出してすみませんでした。」

「いいよ、そうするしかなかったんだろう?」

あの時、義父さんを頼る訳にはいかなかった。
頼れば義父さん達の生活に影響が出る。
だから誰にも何も言わないで逃げ出した。
誰にも何もわからないようにして。

「サクが幸せなら、それでいいんだよ。」

「はい……。」

少ない言葉を交わす静かな時間。
俺はずっと胸に刺さっていた棘が抜け、少し泣いた。

静かな時間がゆっくりと流れる。

「……それで?こっちには何をしに来たんだい?里帰りはついでって所だろ?」

「ついでという訳では……。」

「覚悟を決めてここを去った、子供の頃から意思の硬いサクが、『よし!里帰りしよう!』なんて気軽に帰ってくるとは思わないよ、私は。……何かあったのかい?」

義父さんはやはり義父さんだ。
俺の行動など、手に取るようにわかるだろう。
俺は細い月のかかる夜空を見上げた。

「……恋人がいなくなりました。」

「うん。」

「手がかりは竜の谷なのですが、どこにあるかわかりません。」

「竜の谷か……わからないな、確かに。」

「手を貸してくださる方々から、東の国に単独で竜がいるらしいから、聞いてみてはと教えてもらいました。」

「おや?竜なんていたかな?」

「多分、氷月のカルデラ湖のゲッシーの事じゃないかと思ってるんです。」

「ああ!一時期大々的に騒がれたね!サクも大好きで、探しに行くって駄々こねたよね?」

「……そこは忘れて下さい。」

義父さんは思い出したのか楽しそうに笑った。
子供の頃の事を突っ込まれ、俺は恥ずかしくなって俯いた。

「今もたまに騒がれるけど、本当にいると思うかい?」

「東の国は固有種が多いでしょう?可能性はあると思っています。南の海にはシーサーペントという魔物が神格化したものもいるので、そう言ったものの類いの可能性もあります。竜かどうかはわからないですけど、今は小さな手がかりでもひとつひとつ当たってみるしかないので……。」

義父さんは静かに俺を見ていた。
そして少し嬉しそうに笑った。

「とても大切な人が出来たんだね、サク。」

「はい。会えなくて辛いです。」

俺は素直に辛いと伝えた。
辺りは静かで、遠くの田んぼから聞こえる蛙の合唱が夜明かりに響いていた。
ふるさとは、心のガードをなくしてしまうようだと思った。











「何でついてくる~!!」

俺はリアナとラニを義父さんに預けて、一人でカルデラ湖に行こうとしていた。
だが、リアナとラニのふたりは一緒に行くと言って聞かない。

「やだ!お兄ちゃんと行く!!」

「置いてくとか信じらんない!!」

体によじ登られ、手のつけようがない。
何だってこいつらはこんなに強靭なんだ!?

「せっかく仲良くなったんだから!!1日皆と遊んで待ってればいいだろ!?」

「やだ~!!行く~!!」

朝になり、勤めに来た手伝いさんや神保さん達が、にこにこと微笑ましそうにそれを見ている。
見てないで助けて下さいと言うと、こんなになついているのだから、連れててあげなさいと諭された。
さんざん引っ付かれ、周囲に諭され、俺は折れた。

「わかった……連れていく……。」

「やった~!!」

「はじめからそう言えばいいのよ、全く……。」

この時点で俺の体力気力がだいぶ奪われていたのは言うまでもない。
ガヤガヤと慌ただしくお別れの朝食会となり、一際賑やかな朝食を食べた。
その後、荷物をまとめ皆に挨拶する。
神様の門の前、俺は見送る皆に深々と頭を下げた。

「お世話になりました。」

リアナとラニは仲良くなった子達と戯れながら、にこにことハグをして回る。

「またね~!!」

「元気でね~!!」

子供というのはいつでも元気だ。
別れというものすら、明るく飾ってくれる。

最後に、俺は義父さんに向き合う。
義父さんは子供の時の見送りと変わらず、ただ静かに笑っていた。

「氷月の山は霊峰だ。失礼のないようにね。」

「はい。」

「それから、次は気軽に帰って来てくれると嬉しいよ。」

「……また来ます。今度は恋人を連れて。」

「うん。待ってるよ。」

ここではハグも涙も握手もない。
遠すぎない不思議な距離で、沈黙を共有する。
それが一番、心が近くなるのだ。

義父さんは静かに笑ってくれた。
俺の里帰りは静かに、でも温かく過ぎていった。
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