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第五章「さすらい編」

渇望と絶望と希望

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不安と言うのは具現化しやすい。

誰かに言われたことを急に思い出した。
竜に囲まれたらこんな感じだろうか?
そんなことを思う。

3体のマンドレイクに囲まれて、俺たちは身動き出来なくなっていた。
蔦が壁のように囲んでいるので、ヒースさんもすぐに退避の指示が出せずにいた。

まずい状況になった事ぐらいわかる。
下手したら退避も難しい。

「レダ、魔力はどれぐらい残ってる?」

「2/3ぐらい。」

「ギリギリだな。でかいので退避路を作ってくれ。トムはそれが塞がるのを防げ。俺はレダとサークを守りながら走る。いいな?」

レダさんとトムさんが頷く。
俺はそれをどこかぼんやりと聞いていた。
恐怖で動けなくなったと思ったのか、ヒースさんが俺の肩に手を置いて、大丈夫だと言った。
その顔は少し強ばっていた。
俺は言った。

「……退避路は俺が作ります。」

「サーク?」

「明かすつもりはなかったんですけど、俺、奥の手があるんで。」

そう言ってベルトから小刀を取り出し、手のひらを刺した。

そうだ。
俺にはまだ手がある。
立ち止まる訳にはいかない。

「サークっ!?何やって!?」

「その代わり、この事は黙ってて下さい。」

俺は驚く皆に目も向けずそう言った。

遠く遠く。
君はまだ影すら見えない。

行くべき場所は果てしなく遠い。
だから、立ち止まる訳にはいかないんだ。

俺は腕に血を塗ると、呼吸を整え、魔力を調整した。

……翔べ。

俺の腕の血のラインから、火柱が上がり、2匹の炎蛇になった。
巨大なマンドレイクに対抗できるよう、炎蛇に使える魔力の可能な限りの最大出力だ。
炎蛇たちは俺の意思を汲み取り、一匹がまわりを威嚇し、もう一匹が1ヶ所に集中攻撃を仕掛けた。

その巨体な炎の蛇たちに、レダもヒースもトムも言葉を失う。

彼らはサークを、多少魔術が使えるモンクだと思っていた。
だが違う。
自分たちの認識は誤っていたと肌で感じた。
サークは魔術師としては規格外なのだ。
だからあえて魔術を使っていなかったのだと。

「退避路が出来ました!走って!!」

サークがそう叫ぶ。
その言葉に我に返り、炎蛇の作った道に向け全員走り出す。
自分の身は自分で守りながらも、何とか全員、マンドレイクたちの包囲網を抜け出した。
ひとまずホッと息を吐く。

しかし炎蛇はその場に留まり続けている。
蔦のジャングルを抜けた所でサークが彼らを振り返った。

「行ってください!俺は足止めします!」

サークは足止めというよりマンドレイク達を仕留めるつもりでいた。

こんなモノにビビって引いている訳にはいかない。
ウィルは竜の谷にいるのだ。

どこにあるのかすらわからないけれど、どんな困難が待ち受けているのかすらわからない場所だ。
これに勝てなくてそこに殴り込める訳がない。

自分は何も知らない。
ウィルの事を何も知らない。
あんなに近くにいたのに、まるで幻の様に消えてしまった。

ウィル……。
どこにいるんだ……?

ウィルは本当にいたんだよね?
俺の空想の中の幻ではないよね?

ウィルがいない。
夢ですら会えない。
確かな手懸かりも何もない。
俺はちゃんとお前に近づけているのだろうか?

不安がサークの心を蝕んでいた。

「馬鹿な事言わないで!!」

「それは無謀だぞ!サーク!!」

硬い表情で背を向けたサークに、ヒースたちは呼びかける。
トムがその肩に手を掛けたが、乱暴に振り払われた。


「俺はここで立ち止まる訳には行かないんですっ!!」


突然叫んだサークに3人が黙った。
何を言い出したのかわからなかったからだ。

サークにもわからなかった。

ウィル、お前がいないと眠れない。
もう嫌だよ。
側にいてよ。
どこにいるんだよ?
そこに行くにはどうすればいいんだよ?

そんな不安から、サークは少し狂い始めていた。
これを越えないとたどり着けないと追い詰められていた。


「俺は……ひとりで竜と対等に戦えるようにならないと、あいつを連れ戻せないんです……。」


不安は具現化しやすい。

突然襲った緊迫した状況に、押し潰されそうな不安と焦りがリンクして混乱していた。
自暴自棄になっていたと言ってもいい。

「……色々ありがとうございました。」

サークはそう言うと、体内の魔力を強く固め、マンドレイクの方へ向かって行った。

それを見送り、ヒースたちは押し黙った。

若い初心者の後輩冒険者。
だがその実力は想像を遥かに凌ぐものだ。

だが……。

「……竜と対等に戦う、か……。えらい事をぬかすな、あいつ……。」

「何か事情があって気持ちを押し殺してるとは思ってたが……とんでもない事みたいだな……。ひよっこの癖に。」

思わず口から漏れた言葉。
彼が大物新人どころか規格外の魔術師なのはわかった。
けれどそれでも新人だ。
サークは何もわかっちゃいない。

「もう!!何ぼさっとしてんのよ!?使えない男どもねっ?!行くわよっ!!」

口ばかりの男二人を尻目に、レダがずんずんと元来た方へ戻っていく。
それに気押され、ヒースとトムは顔を見合わせる。

「……やるか。」

「ああ、レベルはあいつに及ばなくても、先輩として教えられる事はまだまだある。先輩の意地ぐらい示してやらんとな。」

そう言ってニッと笑うと、ヒースとトムもレダの後を追った。








無謀。

確かにそうだなと思う。
自暴自棄になっているのかもしれない。

とりあえず弱ってるのを終わらせよう。
俺は壁を壊させた炎蛇で、先程倒しかけていたマンドレイクを飲み込んだ。

生木でも燃やせる火力なら倒せる。
レダさんの言ったことは本当だった。
炎蛇はマンドレイクを炭に変えて消えた。

俺は威嚇をしていたもう一匹の炎蛇を伴って、残る2体のマンドレイクと向き合った。

どうする?

強力な火力なら倒せる。
だがそれをやったら魔力が持たないだろう。
血の魔術を使っている分、返ってくる反動は大きい。

それは最終手段だ。

ふと、手がベルトの小瓶に触れる。
その事がギリギリ正気を繋ぎ止めてくれた。

最悪、最終手段をとっても、これがあれば宿まで帰ることはどうにか出来るだろう。
そう思うと気持ちが楽になった。

俺は先程のヒースさんたちの戦い方に習い、炎蛇に蔦を任せて本体を攻撃する。
悪くはないが2体いる為、片方を攻撃しているともう片方が邪魔をする。
この方法では1体なら難しくはないが、2体一度に相手をするとなるとうまくいかない。
蔦の動きも1体と2体では違う。

「……しまったっ!!」

蔦のひとつが足を掴んだ。
捕まらないよう足を動かし続けていたが捕まった。
動きが止まれば蔦を避けようがない。
魔術を使うより早く無数の触手が俺に群がった。
体を押さえ込まれ、自由が効かなくなる。
首を蔦が締め上げる。

「くっ!!」

一瞬できた隙に付け込まれる。
危険だが、切り抜けるにはこのまま自分ごと爆破の魔術を使うしかない。

俺が公式を解し始めた時だった。


「サーク!!大丈夫か!?」


バッサリと蔦が切断された。
首を絞められ身動きできなかった俺は蔦の中から引っ張りだされる。

見上げるとヒースさんがいた。
ヒースさんが切った蔦はレダさんが焼いてくれる。
解放され少し噎せた俺は驚き、呆然とそれを見ていた。

「ヒースさん!?レダさん、トムさんも!?」

地べたに投げ出されている俺を、ヒースさんが首根っこを掴んで立ち上がらせる。
ヒースさんは何も言わず、2回背中を叩いて力強く頷いた。
訳もなくなんだか泣きそうになった。

「……落ち着け、サーク。1体は俺たちが引き受ける!お前ひとりで1体行けるか!?」

「……行けますっ!!」

俺はちょっと変な顔で、この先輩冒険者に笑って答えた。
それにヒースさんもニヤッと笑った。

「……だろうな。そいつは竜の足元にも及ばない。……行ってこい!!」

「はい!」

任された1体の方に向かう。
そんな俺にレダさんがウインクした。
先程の様に蔦を切っているトムさんが、俺に力強く片手を上げて見せた。

何か、パーティーで戦うっていいな……。

それまでただ急いていた気持ちがストンと落ち着く。
ひとりで……何でも背負わなくてもいいんだ。
そう思えた。

平常心を取り戻した俺は、マンドレイクに絡み付いて押さえていた炎蛇を呼び戻す。
こいつもそろそろ消えそうだ。
蔦を全部焼くよう指示し向かわせる。

試してみようと思った。

だって今、俺はひとりじゃない。
ぶっ倒れても大丈夫だ。
頼もしい先輩たちが側にいてくれるのだ。

呼吸を整え、魔力を纏める。
それを全身にくまなく行き渡らせる。

炎蛇が蔦を焼き切って消えた。

俺は自分に、身体強化の魔術を2つかけた。
二重に強化された為、体の方が悲鳴を上げる。

「~~思ったよりキツイっ!!」

火事場の馬鹿力✕2。
身体のセーフティー機能をオフにした上で、さらに無理矢理、魔力で強化したのだ。
関節がギリギリいっている。
早いとこ終わらせないと体が持たない。

やるなら一度にかけるっ!!

俺は炭田の魔力を最大限まで練って全身に行き渡らせ、マンドレイクに向けて跳んだ。
そのまま全魔力と渾身の力を込め、それに全てをかけた。

弾丸のような一撃が標的を貫く。
ドーンと大きな音を立て、マンドレイクが大きく吹き飛んだ。

俺は二重がけを解除した。
残っている魔力を練り全身に行き渡らせる。
でないと体が持たないし、もしもまだ立ち上がるなら対応しなければならない。
だがマンドレイクは俺の心配をよそに、そのまま動かなくなった。

良かった……。

さすがにもう二重がけはできなかったから良かった。
俺自身、無理な体の使い方をしたので流石に動けなくなる。
身体中の節々がギシギシ音を立てていた。

「……ちゃんと体ができてないから……さすがにキツイ……。」

こんな事ならシルクの言う通り、もっと真面目に鍛えておくんだった……。
俺は全身がキャパオーバーで限界を迎え、そのままがっくりと膝をついた。

そんな俺を、まだ戦闘中の3人が目玉をひんむいて見ていた……。









戦闘が終わった。

全員満身創痍な為、マンドレイクは少し休んでから解体することになった。
俺は全身に力が入らず、石に腰掛けぐったりしていた。
訓練してきた魔力の調整とレダさんが回復をかけてくれたお陰でぶっ倒れずには済んだが流石にきつい。

何かないかと鞄を漁ると、昨日、マダムにもらった林檎がコロンと入っていた。
真っ赤で小ぶりで、酸っぱい匂いのする硬い林檎。
俺はそれを手に取りかじった。
ふわっと甘酸っぱい果汁が口に広がる。
シャキシャキした果肉を噛むと、気持ちがスッキリしてくる。
思わず夢中で食べていると心身がとても落ち着いてきた。

林檎がこんなに美味しいと感じるなんて、相当無理をしていたようだ。
もう少しきちんと筋力が体につくまでは、二重がけはやめておいた方がいいなと思う。

「……大丈夫か?」

そんな俺にヒースさんが声をかけてくれた。
自分もかなり無理をしたというのに、後輩の俺に気を配ってくれる。
俺はそんなヒースさんを見上げ、さすがは本場の冒険者パーティーだと思った。
やはり経験と土壇場の強さは、俺みたいなぱっとでのひよっこにはない貫禄がある。

「……ありがとうございました。とても助かりました。」

「そんなことはいい。俺たちはお前の先輩で、お前は俺たちパーティーの仲間なのだから……。むしろ、負担をかけたな。」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」

勝手な真似をした俺を仲間と言ってくれた。
少しくすぐったかった。
頼れる先輩たちがひよっこの俺を支えてくれた。
何かこういうのもいいなと思った。

顔を上げ、周りを見る。
レダさんはマンドレイクの状態をチェックしている。
トムさんは運ぶためのそりを作っている。
ひよっこの俺はダウンして林檎をかじっている。

そんな俺を見て、ヒースさんが言った。


「……ドングリ食うか?」

「………。食べません。」
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