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第五章「さすらい編」

冒険者の酒場

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夢を見た。

俺は真っ黒い雲の下、あてどなく走っている。
ぽつぽつと雨が降り始める。

ウィルが呼んでる。

俺は辺りを見回す。
誰もいない荒野に雨が降り注ぐ。


「ウィルっ!!」


声は虚しく雨音にかき消される。
どしゃ降りの中、強い風が足を阻む。

風と雨に翻弄されて、方向さえわからない。


「ウィルっ!!」


喉が渇れるほど叫んでも、どこにも届かない。
暴風雨が俺を叩きのめそうと襲う。


「応えてくれっ!!ウィルっ!!」


俺は暗い雨の降る空に叫んだ。

どこにいるんだ?
どうやってそこに行けばいい?

俺は嵐の中で空を見上げて立ち尽くす。

重い雨雲が空を覆い、蠢いていた。









はっとして目が覚める。

身体中が雨に打たれたように汗で濡れている。
はぁと大きく息を吐いて体を起こす。

見慣れない宿。
朝日が射し込み、小鳥の声がする。
爽やかな朝に、俺は重い頭を両手で押さえた。

最低でも、3日に1度は見る夢。
どうせ夢を見るなら、どんなに辛くてもウィルに会えればいいのにそれすら叶わない。

しっかりしろ。
まだ始まったばかりじゃないか。
頭を抱えた俺にあるものが訴える。

「……こんな時でも、お前は元気だな。」

きゅるきゅる鳴く腹の虫に思わず苦笑する。
食べよう。
たくさん食べて、前に進むんだ。
俺はそう思って身支度を始めた。







冒険者ギルドは何で酒場とセットなのだろう?
俺は大盛りのパスタを腹に納めながらそう思った。

城下町を出て、少し東に行ったところにある大きめの町で、俺は冒険者ギルドに来ていた。
長期化を考えたら、旅をしながら収入を得られる手段が必要だ。
俺は商業証明を持っているから、商人でもいい。
だがそうすると、商品を持ち歩かないとならなくなる。
家の鍵があるから持ち歩かなくても可能だが、それはある程度の人口がある場所でないと無理だ。
だから商人としての活動は制限がかかる。
いつ、どんな場所でも収入を得られる手段が必要だ。

とはいえ、冒険者とは何をするのだろう?
とにかく登録を行うのが先決だ。




俺は食事を終えて、ギルドのカウンターに向かった。

「おはようございます。マダム。冒険者登録をしたいのですが。」

カウンターには年期の入ったマダムが煙草を吹かしていた。
マダムがじっと、俺を見る。

「ふ~ん。悪くはないね?興味本意って感じじゃないし。それなりの場数もある。訳ありかい?」

俺は少し驚いて、ぽかんとした。
魔力探知をされた訳じゃない。

「ふ~ん。魔力があるね?魔術師?でも何か違うね?なんだい、あんた?」

何でわかるのだろうという思いと、この人ならそれぐらい朝飯前だろうなという思いがした。

「元魔術兵です。直接戦術はモンクに近いです。」

「は?あはは!モンクタイプの魔術兵かい!!初めて見たよ!」

「剣は苦手で。殴った方が早くて気づいたらそんな感じになってました。」

「まぁ戦闘なんて泥臭いもんだからね。何でもありさ。登録だっけ?」

「はい。お願いします。」

「名前は?」

「ハクマ・サークです。」

「どっちが名前だい?」

「名はサークです。」

「サークね、はいはい。」

マダムが眼鏡をかけて書類を作り始めた。
その時、ぬっと後ろに人影が近づく。
え?と思う間もなく、俺はガシッと後ろから押さえ込まれた。

「うわっ!?」

「マダム!新入りかい!?」

それは熊みたいな大男だった。
俺の首にゴツい腕を回してニッと笑う。
悪い人では無さそうだ。
くまさんと呼ぼう。
俺は心の中で勝手に決めた。

「珍しいな?マダムが登録を許すなんて。」

「え!?断られる事があるんですか!?」

「当たり前だよ!何もわかってないひよっこが、興味本意で登録したって怪我されるだけさ!そんなのがたくさんいたら、商売上がったりだよ!」

「でもこいつは、マダムのお眼鏡にかなった訳だ。」

「面白そうな子だし。何より覚悟が違うからね。血反吐吐いてでもやらなきゃならないことを持ってる。そういう子には、力になってやりたいだろ?トム?」

くまさんはトムと言うらしい。
くまさん、いやトムさんは豪快に笑って俺の首を締めた。

「なんだ!坊主!!やる気あるな!!」

「く、苦しいです……トムさん……。」

「名前は?」

「サーク…っす。」

「おお!よろしくな!サーク!!」

「トム。そろそろ離しな。息がつまってる。」

マダムはそう言うとポンとトムさんをキセルで叩いた。

「熱っ!!」

「悪い子はお仕置きだよ。」

「ひでぇな~。マダム。」

やっと解放された俺は呼吸を整える。

「サーク、サインしな。」

マダムに言われて俺は契約書を読む。
特に問題があるような箇所はない。

「慎重だね。大事な要素だ。」

マダムが笑った。

「マダム、実は俺、商業証明を持っているんですが、ギルド登録すると何かできたりしますか?」

「あんた……商業証明まで持ってるのかい!?何だか情報量の多い子だね。証明を見せな。」

「書類の方ですか?証の方ですか?」

「書類の方だよ。」

俺は証明を取り出してマダムに渡す。

「本物だね。階級は低いけど、流れの商人としてならどこででも商売ができる。驚いたね。ちょっと待ってな。」

マダムはそう言って新しい書類を作り始めた。

「はい。ギルドとしての商人登録だよ。証がこっち。これで本来、ギルドを通さないと売買できない物も、あんたは売買できる。ただし、売上の2~3割を後々ギルドに払う。それからあまり法外な取引をされるとギルドの信用に関わる。基本的な目安の値段表がこれ。馬鹿な真似はやめとくれよ?サーク。」

「ありがとうございます。」

俺は書類と証のペンダントを受け取った。
言ってみるものだ。

「で?そっちのサインはまだかい?」

マダムに言われて俺は契約書を見つめる。
ペンをとりサインをする。
マダムがにっこりと笑った。

「ようこそ、サーク。冒険者の世界へ。」

俺の行き先の見えない旅に1つ、確かな足ががりを得た瞬間だった。
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