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天使な悪魔と悪魔な天使(Halloween 2022)
対面
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「……う…っ?!」
バシャッと水をかけられ、レティシェルは目が冷めた。
気づけは冷たい床の上に縛られて転がされていた。
辺りは暗く、窓のない室内もしくは地下か何かだと思われる。
「おい、起きろ。」
「貴様ら……っ!」
「威勢がいいねぇ?!小悪魔ちゃん??」
「あ~、この破れたエロタイツがそそるよなぁ~。」
「待てって。ここでの淫行は不味い。それに指示を受けてからだ。……まぁ、処分は任されるだろうけどな。」
「違いない……。」
レティシェルは黙って状況把握に努めた。
どことなくカビ臭さが漂うこの場所は恐らく地下だろう。
少し顔を動かして見えたのは鉄格子か…。
だとしたらどこかの屋敷の地下牢と言ったところだろう。
気を失ってはいたが、そこまで体感時間は狂っていない。
どこか遠くに連れて来られたというより、近場の屋敷の地下に運び込まれたと考えた方がいい。
体の自由は効かない。
縛られているからと言うのもあるが、魔封じをされているのは明らかだ。
部屋全体に結界が張られているが、さして強いものではない。
「……なるほど。縄の方か……。」
レティシェルは冷静に呟いた。
それを暴漢の一人が聞き取った。
「ほう?わかるかい?かわい子ちゃん??」
「流石は勇者を貶めただけはあるなぁ~。」
「……私はアイツを貶めてなどいない。勝手に付きまとわれているだけだ……。」
「言うねぇ~!!」
レティシェルの言葉を彼らは嘲笑した。
それを気にする事なく状況把握を続ける。
だんだんわかってきた。
おそらくここは、聖堂の地下牢だ。
場所自体がレティシェルに不利に働いている。
聖堂に地下牢があるなど公にされている事ではない。
だが、そう言った場所にこそ、そういうものがあったりするものだ。
パレードで街の中を巡っていた時の事を思い出し、頭の中で地図を作っていく。
勇者達と別れたパレード待合い場所とは少し距離がある。
だいいち、ここは地下牢だ。
聖堂のあった場所と完全に一致するとは限らない。
だが聖堂の力が及んでいる範囲内にあるのは間違いない。
「その縄は、シスターになる為に切られた純血の娘達の髪で作られ、日々、聖めと祈りが捧げられた強力な魔封じの縄だ。」
「……これに縛られても意思がはっきりしていて話ができるんだから、淫魔程度の小者じゃないな?」
「……………………。」
「まぁいいさ。そう言った質問は俺達がする事でもなかろう。」
確かに縄は魔族のレティシェルにとっては厄介な代物だった。
抵抗を示せばそれだけ物理的にも破魔的にも拘束がキツくなる。
だからレティシェルは抵抗せずに様子を見ていた。
この程度、とも思う。
人に化けている状態では少し厄介だが、フェンリルに戻ればすぐにでも逃げ出せるだろう。
相手もまさか捉えたモノが魔獣の頂点たるフェンリルだとは思っていない。
だからそこまでの用意はないのは明白で、聖堂の地下で魔封じの縄をつけられているとはいえ、元の姿に戻れば逃げ出す事は難しくない。
だが、とレティシェルは思った。
もしもここで自分がフェンリルの姿に戻り、街の聖堂を壊して逃げ出せば、人間社会と魔族の間に要らぬ緊張を生み出す事になる。
それは勇者の望む世界を作る妨げになるばかりでなく、勇者の信用問題に関わってしまう。
レティシェルをパレードに…この街に招いたのは勇者なのだから……。
それは絶対に避けなければならない。
人間社会というのは、ある意味、魔界よりも陰湿だ。
魔族は基本的には自分の欲求のままに生きているので建前など気に求めない分、正直で嘘がない。
けれど人間社会は建前が第一で、個人の欲求は二の次であり、それを犠牲にする事に賞賛すら与えられるような社会なのだ。
だから、その賞賛を裏切られた時の集団意識が向かうのは、弾劾だ。
正義という名の狂気が襲いかかるのだ。
そして、そうやって貶められていく者を見て優越感に浸る。
普段、己の欲望が抑圧されている分、そこに喜びを感じるのだ。
そう考えると、人も魔族もあまり変わらない生き物だと思う。
端から欲望を解き放って秩序なくそれに従って生きる魔族も、社会の為に自己の欲求を押さえ込む故に時として秩序を失い狂気を生む人間も、向かう方向性を変えただけで根本的にはあまり変わらないものなのかもしれない。
難しいけれど、きっとどこかに妥協点があるはずだと勇者は信じている。
仲良くできなくても、不必要に争い合う必要は無くす事ができるとアイツは信じている。
お互いの特性を知れば、理解し合えなくても、並んで生きていく方法は見いだせると本気で思っている。
そんなアイツの志を、自分がへし折る訳にはいかない。
レティシェルはとにかく今は、機を伺う事にした。
自分を襲った者達の話の感じでは、自分をこのまま聖堂の地下に置いておく事は考えにくかった。
何らかの指示が来て処分が決まれば、場所を変えてレティシェルを調理するつもりの様なのだから。
流石に神聖な聖堂を穢す様な事は、様々な意味合いからこの場ではできないのだろう。
だとしたらそこに勝機はある。
レティシェルはそう考えて、今はおとなしくしている事にした。
多少の痛い目には合うだろうが、それは魔族である事は知られていないだろうと勝手に判断し油断していた自分に対する戒めだと思い、甘んじて受けるしかない。
コツコツという乾いた足音が遠くから響いてきた。
まだ周りの者は気づいていないようだが、こんな何の音も無いような地下ならフェンリルの耳にはとてもよく聞こえる。
どうやら誰か、この地下牢に向かってきているらしい。
「……どうやら来られたみたいだぞ?」
暴漢達の方も気づいたらしく、辺りを片付け身形を整えた。
どうやら上の立場の人間が来るようだ。
上、つまり彼らに自分を捉えるように命じた人間の使いか、その本人だろう。
レティは床に転がりながら、顔をあげて鉄格子の向こうを見つめた。
足音はすぐ側まで来ている。
音の感じから人数は三人。
二人は戦闘に慣れている人物で、もう一人は女性だ。
音が軽いし、この地下牢の様な足場が悪い場所に不馴れな様子だ。
こういう場に不馴れで、なのにここに今来る必要がある女性。
ああ、そういう事かとレティシェルは思った。
状況は全て把握した。
人も魔族もたいして変わらない。
勇者の事は理解しがたいと思っていたが、こういう事ならすんなり理解できる。
人も魔族も、本来は自分の欲求に実直なのだ。
それを実現できる力が個人に備わっているか否かの差があるだけなのだと思った。
そして…。
「………これが…。これが勇者様を誑かした…憎き魔族ですのね……?!」
その言葉に、レティシェルは喉の奥で笑った。
鉄格子の向こう、反吐でも見るように自分を見下す冷めた視線の持ち主を黙って見上げる。
そこには質の良い高価な布と細やかな手法によって作られた、聖女もしくは天使の衣装を身に纏った洗練された若い女性が護衛を従え立っていたのだった。
バシャッと水をかけられ、レティシェルは目が冷めた。
気づけは冷たい床の上に縛られて転がされていた。
辺りは暗く、窓のない室内もしくは地下か何かだと思われる。
「おい、起きろ。」
「貴様ら……っ!」
「威勢がいいねぇ?!小悪魔ちゃん??」
「あ~、この破れたエロタイツがそそるよなぁ~。」
「待てって。ここでの淫行は不味い。それに指示を受けてからだ。……まぁ、処分は任されるだろうけどな。」
「違いない……。」
レティシェルは黙って状況把握に努めた。
どことなくカビ臭さが漂うこの場所は恐らく地下だろう。
少し顔を動かして見えたのは鉄格子か…。
だとしたらどこかの屋敷の地下牢と言ったところだろう。
気を失ってはいたが、そこまで体感時間は狂っていない。
どこか遠くに連れて来られたというより、近場の屋敷の地下に運び込まれたと考えた方がいい。
体の自由は効かない。
縛られているからと言うのもあるが、魔封じをされているのは明らかだ。
部屋全体に結界が張られているが、さして強いものではない。
「……なるほど。縄の方か……。」
レティシェルは冷静に呟いた。
それを暴漢の一人が聞き取った。
「ほう?わかるかい?かわい子ちゃん??」
「流石は勇者を貶めただけはあるなぁ~。」
「……私はアイツを貶めてなどいない。勝手に付きまとわれているだけだ……。」
「言うねぇ~!!」
レティシェルの言葉を彼らは嘲笑した。
それを気にする事なく状況把握を続ける。
だんだんわかってきた。
おそらくここは、聖堂の地下牢だ。
場所自体がレティシェルに不利に働いている。
聖堂に地下牢があるなど公にされている事ではない。
だが、そう言った場所にこそ、そういうものがあったりするものだ。
パレードで街の中を巡っていた時の事を思い出し、頭の中で地図を作っていく。
勇者達と別れたパレード待合い場所とは少し距離がある。
だいいち、ここは地下牢だ。
聖堂のあった場所と完全に一致するとは限らない。
だが聖堂の力が及んでいる範囲内にあるのは間違いない。
「その縄は、シスターになる為に切られた純血の娘達の髪で作られ、日々、聖めと祈りが捧げられた強力な魔封じの縄だ。」
「……これに縛られても意思がはっきりしていて話ができるんだから、淫魔程度の小者じゃないな?」
「……………………。」
「まぁいいさ。そう言った質問は俺達がする事でもなかろう。」
確かに縄は魔族のレティシェルにとっては厄介な代物だった。
抵抗を示せばそれだけ物理的にも破魔的にも拘束がキツくなる。
だからレティシェルは抵抗せずに様子を見ていた。
この程度、とも思う。
人に化けている状態では少し厄介だが、フェンリルに戻ればすぐにでも逃げ出せるだろう。
相手もまさか捉えたモノが魔獣の頂点たるフェンリルだとは思っていない。
だからそこまでの用意はないのは明白で、聖堂の地下で魔封じの縄をつけられているとはいえ、元の姿に戻れば逃げ出す事は難しくない。
だが、とレティシェルは思った。
もしもここで自分がフェンリルの姿に戻り、街の聖堂を壊して逃げ出せば、人間社会と魔族の間に要らぬ緊張を生み出す事になる。
それは勇者の望む世界を作る妨げになるばかりでなく、勇者の信用問題に関わってしまう。
レティシェルをパレードに…この街に招いたのは勇者なのだから……。
それは絶対に避けなければならない。
人間社会というのは、ある意味、魔界よりも陰湿だ。
魔族は基本的には自分の欲求のままに生きているので建前など気に求めない分、正直で嘘がない。
けれど人間社会は建前が第一で、個人の欲求は二の次であり、それを犠牲にする事に賞賛すら与えられるような社会なのだ。
だから、その賞賛を裏切られた時の集団意識が向かうのは、弾劾だ。
正義という名の狂気が襲いかかるのだ。
そして、そうやって貶められていく者を見て優越感に浸る。
普段、己の欲望が抑圧されている分、そこに喜びを感じるのだ。
そう考えると、人も魔族もあまり変わらない生き物だと思う。
端から欲望を解き放って秩序なくそれに従って生きる魔族も、社会の為に自己の欲求を押さえ込む故に時として秩序を失い狂気を生む人間も、向かう方向性を変えただけで根本的にはあまり変わらないものなのかもしれない。
難しいけれど、きっとどこかに妥協点があるはずだと勇者は信じている。
仲良くできなくても、不必要に争い合う必要は無くす事ができるとアイツは信じている。
お互いの特性を知れば、理解し合えなくても、並んで生きていく方法は見いだせると本気で思っている。
そんなアイツの志を、自分がへし折る訳にはいかない。
レティシェルはとにかく今は、機を伺う事にした。
自分を襲った者達の話の感じでは、自分をこのまま聖堂の地下に置いておく事は考えにくかった。
何らかの指示が来て処分が決まれば、場所を変えてレティシェルを調理するつもりの様なのだから。
流石に神聖な聖堂を穢す様な事は、様々な意味合いからこの場ではできないのだろう。
だとしたらそこに勝機はある。
レティシェルはそう考えて、今はおとなしくしている事にした。
多少の痛い目には合うだろうが、それは魔族である事は知られていないだろうと勝手に判断し油断していた自分に対する戒めだと思い、甘んじて受けるしかない。
コツコツという乾いた足音が遠くから響いてきた。
まだ周りの者は気づいていないようだが、こんな何の音も無いような地下ならフェンリルの耳にはとてもよく聞こえる。
どうやら誰か、この地下牢に向かってきているらしい。
「……どうやら来られたみたいだぞ?」
暴漢達の方も気づいたらしく、辺りを片付け身形を整えた。
どうやら上の立場の人間が来るようだ。
上、つまり彼らに自分を捉えるように命じた人間の使いか、その本人だろう。
レティは床に転がりながら、顔をあげて鉄格子の向こうを見つめた。
足音はすぐ側まで来ている。
音の感じから人数は三人。
二人は戦闘に慣れている人物で、もう一人は女性だ。
音が軽いし、この地下牢の様な足場が悪い場所に不馴れな様子だ。
こういう場に不馴れで、なのにここに今来る必要がある女性。
ああ、そういう事かとレティシェルは思った。
状況は全て把握した。
人も魔族もたいして変わらない。
勇者の事は理解しがたいと思っていたが、こういう事ならすんなり理解できる。
人も魔族も、本来は自分の欲求に実直なのだ。
それを実現できる力が個人に備わっているか否かの差があるだけなのだと思った。
そして…。
「………これが…。これが勇者様を誑かした…憎き魔族ですのね……?!」
その言葉に、レティシェルは喉の奥で笑った。
鉄格子の向こう、反吐でも見るように自分を見下す冷めた視線の持ち主を黙って見上げる。
そこには質の良い高価な布と細やかな手法によって作られた、聖女もしくは天使の衣装を身に纏った洗練された若い女性が護衛を従え立っていたのだった。
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