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第一章

ルール説明

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 少しだけ俺の話をしようかと思う。
 俺という人間は、生まれた後も、生まれる前ですら、散々に女の子扱い・・・・・をされてきた。
 最初は母さんが俺をその胎に宿していたとき。ソナーで性別を探ったとき俺は女と判断されたらしい。まあそういう間違いはそんなに珍しいものでもない。後になって考えれば運命のようなものを感じないでもないが──問題は、生まれた後のことだった。
 子供というのは第二次性徴が訪れるまでの間、性別が判断しずらい。男性ホルモンや女性ホルモンの分泌量に差が少なく、男で言えば体がごつごつしっかりとしてきたり、女で言えば胸がふくらみ体が丸みを帯びてくると言った、一目でわかるような違いがまだ形成されていないからである。
 しかしそれをふまえても俺は特別女の子らしく、かわいらしい顔立ちだったらしい。母さんが女の子を欲しがっていたのもあって、子供の俺は男の身でありながら髪を伸ばしてくくったりしていた。
 ここまでは百歩譲っていいだろう。子供はかわいいものだし、羞恥心なんてたいしてない時にそんなことされても後になってみれば痛くもかゆくもない。実際母さんも、俺が大きくなって男の子らしくなるまでのつかの間の楽しみのつもりだったと言っていた。
 だが問題はそこからで、俺はいつまでたってもその女らしい顔立ちから卒業することが出来なかったのである。小学生になっても中学生になっても。高校生になった、今の今まで。
 むしろ成長してしまったせいで最早女にしか見えない。顔は女の身だったなら・・・・・・・・年相応な大人びた色気を放ってしまっているし、手入れもしていないのに無駄に艶やかな髪は短くすると死ぬほど似合わないので泣く泣く伸ばした結果、女らしさを助長している。全体的に筋肉というものが目に見えず無駄な肉もついていないので線が細い。膨らんだ胸は流石に存在しないが、代わりに男の象徴とも言っていいのどぼとけも触らないとわからない程度にしか出ていない。声変わりは一応したが、それでも十分高い女声だ。『萌え声』『アニメ声』と称されることもある。
 つまり百人に聞いたら百人が可愛い女の子だと答えてしまうようなパーフェクト美少女男子高校生。それが俺だ。事実生まれてこの方一発で男とわかられたことがない。名前も『楓』なんてどっちつかずな名前だし。自画自賛のように聞こえるかもしれないが、高校生にもなって男の身で『可愛い』と言われることに羞恥以外の感情が湧くことは断じてないので、事実を認識して受け止める程むしろ辛い。
 転移したとき『普通の顔』って言ってたじゃん、だと? 心の中でくらい現実逃避を許してほしい。結構切実な悩みなのである。

 さて、ここで現実に立ち返ろう。
 目の前にはたくさんの女たち。俺と同じくらいの年ごろのやつ、俺より年上のお姉さん、明らかに年下な小学校高学年か中学生かくらいの幼女までいてバリエーション豊かだ。基本美形しかいないが、タルトよりもかわいい子はいないし、なんなら客観的に見て俺よりかわいい子もいなかった。言ってて死にたくなってきた。

 どうして軍の高等士官試験の二次試験だというのに女しかいないのか?
 まず、この共和国において必要に応じて武力を行使する機関は二つある。【軍】と【騎士団】だ。
 【軍】は厳しい規律の元、共に戦う仲間との連携を深め、個としての主張を失わせたいわば群としての戦力。
 【騎士団】は訓練の元、戦闘における個々人の長所を伸ばし個別に強化し、強い個人を各々好きに戦わせるといういわば個としての戦力である。
 【軍】は帝国との戦争の為に動員される戦力で、【騎士団】は従来のファンタジー小説よろしくゴブリンやオークなどといった、人を襲う異形のモノと戦う為に動員される戦力だ。
 【軍】には二つの入り方がある。
 一つは一般入隊として登録すること。これは面倒な手続きなどは一切なく、登録すれば寮に入りらのせい、訓練を受けることができる。一般入隊した兵士はある程度使えるようになると戦場に駆り出され、帝国の兵士と剣や槍を交えて殺しあうことになる。
 もう一つは今俺が挑戦している高等士官試験だ。高等士官試験を経て高等士官候補生として今のところ共和国唯一の教育機関である高等士官学校に入学し、一年の学習過程を経て准尉の階級と一個小隊六十人の部下をもって指揮官として軍に加わる方法だ。
 ちなみに【騎士団】への入団も【軍】の一般入隊と同じく名前を書くだけの登録一本で済む。

 さて、何故高等士官試験に女の子ばかりがいるのかといえば、理由は単純で、高等士官試験がまどろっこしい・・・・・・・からである。【騎士団】に入るにしても【軍】で一般兵になるにしても、登録すれば長くても二、三ヶ月程度の戦闘訓練だけして戦場に行けるのに対し、高等士官候補生はその訓練に加えて様々な学問を頭に詰め込む必要がある。一年も、だ。それを嫌って、好戦的な男達は一般入隊に走る傾向があるのだ。訓練期間が短い分こちらの方が沢山戦場に出られて帝国を倒すという目的に進めるし、階級だって相応の実力があるなら戦場を重ねれば嫌でも上がっていくわけで(勿論実力が見合わず名もなき一般兵のまま一生を終える人間も多くいる)、大半の男達はそっちに回る。
 高等士官候補生になることの何がいいかといえば、わかりやすい活躍の場を与えられやすいことが挙げられる。最初から指揮官として戦場に出る為に死ににくいということもあり、女の人が戦場に出るのなら高等士官候補生として、というのが定石だ。ただでさえ、女は男に比べて身体能力に劣る上、月一で絶不調の周期まである。男に比べて腕一本でのし上がるには厳しいのだ。

 そんな都合で、男がゼロとは言わないまでも高等士官試験を受ける人間は女が多い。それはもう圧倒的に。まぁ逆もまた然り、一般入隊で女が入る例もそれはそれは少ない訳だが……そして、一応男である俺が何故タルトに誘われたか……もう言わなくてもわかるだろう。察してほしい。

「あ、始まりますよ!」

 ぼーっと考え事に耽っていた俺の意識を、タルトが肩を揺すって現実に引き戻した。
 五列縦隊に整列する俺たち受験者の前に、凛とした一人の妙齢の女性が立つ。その横に副官だろうか、女性よりも少し若く見える男が並んだ。

「総員!! 傾注ーーーーッ!!!」

 副官らしき男の大きく開けられた口から空気をビリビリと震わす、怒号に近い命令・・が放たれる。広間にいた全員(特に俺)はその言葉に萎縮し、背筋をこれでもかとピンと伸ばした。
 男が小さくうなずいて後ろに下がり、代わりに女性が前に出てくる。

「諸君、おはよう。まずは自己紹介から始めようと思う。私はヨーディッヒ・ダニム准将。横に立っているのはハインリヒ・レントシユルム大尉だ。これより私の宣言を以って、第二十回高等士官試験の二次試験を開始する。皆の者、今まで培った全ての技術と知恵を駆使しこれに立ち向かえ」

 決して大きくはないが、鈴が鳴るような透き通ったよく通る声が静寂の中に響く。

「よろしい。では二次試験のルールを説明する。心して聞け」

 以下ルール
・開始地点はランダムとし、出発は一次試験の成績順とする。また、交戦域はザザルザザンザ森林に限定するものとする。小隊のうち一名でもザザルザザンザ森林から出たと認められた場合、その隊は失格とする。
・交戦期間は二十隊の半数、十隊の指揮官が脱落するまでとし、交戦期間は最大でも十日間とする。十日経過時点で隊の数が十以下になっていない場合、二十隊全てを脱落として扱うものとする
・兵及び指揮官が使用する武器は支給された、刃を落とした上にペイントを塗った剣か槍、または鏃を球体にしペイントを付着させた弓矢のみとし、兵及び指揮官の脱落条件は『武器に塗られたペイントが攻撃を受けたことで急所或いは四肢に付着する』とする
・各指揮官は開始時点で、保有する一個小隊(二等兵三十名、一等兵五名、上等兵三名、兵長一名、伍長一名、計四十名)を一次試験の成績順に指定し決定するものとする。此処で選択した小隊は高等士官候補生として高等士官学校に入学したのちも所有する部隊となるので熟考すること
・武器を除く持ち物は事前に持ち込んだものを利用しても良い。加えて、指揮官は各一つずつ開始前に支給品を渡される。持ち物は現地で必要に応じて補給してもよい。
・部隊内に負傷者が出た場合、森林内を巡回する衛生兵部隊に身柄を引き渡すこと
・リタイアする場合、森林内を巡回する試験管理委員会に報告すること

「以上だ。質問は……無いようだな。では次に、一次試験の成績の順位を発表する」

 初めてその場がざわついた。
 当然だ。皆向上心の高いエリート達なのだ。順位という言葉にはどうしても敏感になる。一つでも上へ、と貪欲に求めてきたもの達なのだから。

「静粛に。では発表する。一位は……カエデ・シノノメ! 二位は僅差でタルト・スタッカート!」

 ──まーじか。俺じゃん。
 
 周りのみんなが困惑気味な表情を浮かべている。
 そりゃそうだ。この国、知識層がすごく狭いので一位を取るくらい賢いヤツとなると大分知られている。そこに無名の人間が二人ポッと出てきてワンツーフィニッシュ決めてりゃそりゃ驚く。まさか俺も一位とは思わなかったが……
 流石に苦笑し、俺は呼ばれたので前にでた。
 視線が痛かったが、そこはしょうがないと我慢する事にした。
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