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第4章 「エイリアスくん、胃が痛い」
第十五話 「白金」
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「メメルさん!」
落ちた腕がビクビクと痙攣するのを横目に、メメルさんに駆け寄って声をかける。
意識はない。流血も、勢いこそ弱くなったが収まってはいない。急いで神殿に運ばなければ、最悪の結果を招きかねない。
「サリアさんは……まだ上がってきてないか……!」
それは、仕方ないと言えた。飛行なんてピーキーな魔法を習熟している魔法使いは希少だし、となれば自力で上がってくるしかないが、二人は魔法職。そこまで身体能力が高いわけではない。
流石に腕を放置するのは良くないので回収を頼もうと思ったが、背に腹は代えられない。幸い血痕は残っているし、僕とメメルさんがいないとなればサリアさんなら状況を見て察してくれるだろう。ユカリさんは……無理な気がする。なんとなく。
──そうだ。今思い出した。
いるじゃないか、僕のパーティにはもう神官が! あんまりにも初めての対面が衝撃的過ぎてすっかり頭から抜け落ちていたが、ユカリさんは神官だった。神官やドクターのところに行くまでもない。それよりも下に降りて、ユカリさんに診せれば解決だ。もっとも、こんな重傷を治すだけの実力があるかどうか。その点だけに不安が残るが──他ならぬ受付嬢さんの紹介。実力者であることは間違いがない。
そうと決まればメメルさんを抱えて屋根の端へと走って行き──背筋が凍る。
背後に確かな脅威を感じたが故だ。何か? わからない。靄は腕を落としたのと同時に掻き消えた。なら脅威は他にもうない──筈なのに。
振り向いて迎撃? いや、間に合わない。なら前に跳ぶか? いや、ここはもう屋根の端、前に床はない。僕だけならばともかく、怪我人を抱えたまま飛び降りるのは危険だ。
どうする、どう──
瞬間。視界の端で走った巨大な稲光が、僕の思考を吹き飛ばした。
鼓膜を震わす轟音。慌てて振り向くと、そこにあったであろう雷の残滓と、超高速で吹き飛ぶ先ほどの靄の姿がそこにあった。
「……見る限り、余裕は無かったみたいだけど。それでも生死確認もなしに敵に背を向けるなんて軽率すぎます。反省しなさい」
電撃の発生源であり声の元でもある左側に顔を向けると、冷淡な表情で屋根の上に立つサリアさんの姿があった。右手に持つ杖の先端につけられた魔法石が怪しく光る。
「その敵……書物で見たことがあるわ。下級悪魔の《ネイバルヨロテ》。悪魔語で『異形の腕』だったかしらね。靄の中に身を隠しているように見えるけど、本体は右腕。靄を攻撃すると一時的に靄が掻き消え、その瞬間悪魔の存在が不確定になる。再び存在が確定した時の不意打ちが主戦術だけど、腕そのものの戦闘力も侮れない──そんなところだったかしら」
抑揚のない声で知識を披露するサリアさん。書物でモンスターの情報を知るということは、彼女は学者も兼任していたのか。頭脳担当を名乗り出るだけあり流石に博識だ。
「此処まで言えばわかるだろうけど、それを殺す方法は簡単よ。つまり、腕の部分を消し飛ばせばいい。……こんな風に」
サリアさんが指を鳴らす。
同時に吹き飛ばされた腕を中心に極太の円柱が立ち昇る。その炎は三秒ほどで収束したが、消える頃にはそこにはもう何も無かった。
──此処まで高度な魔術を無詠唱で……!?
戦慄する。その、あまりの格の違いに。
サリアさんは何処か得意げな顔で、ふん鼻を鳴らすと。
「わかった? これが『白金』クラスなのよ」
僕に杖の先を向け、誇らしげに宣言した。
落ちた腕がビクビクと痙攣するのを横目に、メメルさんに駆け寄って声をかける。
意識はない。流血も、勢いこそ弱くなったが収まってはいない。急いで神殿に運ばなければ、最悪の結果を招きかねない。
「サリアさんは……まだ上がってきてないか……!」
それは、仕方ないと言えた。飛行なんてピーキーな魔法を習熟している魔法使いは希少だし、となれば自力で上がってくるしかないが、二人は魔法職。そこまで身体能力が高いわけではない。
流石に腕を放置するのは良くないので回収を頼もうと思ったが、背に腹は代えられない。幸い血痕は残っているし、僕とメメルさんがいないとなればサリアさんなら状況を見て察してくれるだろう。ユカリさんは……無理な気がする。なんとなく。
──そうだ。今思い出した。
いるじゃないか、僕のパーティにはもう神官が! あんまりにも初めての対面が衝撃的過ぎてすっかり頭から抜け落ちていたが、ユカリさんは神官だった。神官やドクターのところに行くまでもない。それよりも下に降りて、ユカリさんに診せれば解決だ。もっとも、こんな重傷を治すだけの実力があるかどうか。その点だけに不安が残るが──他ならぬ受付嬢さんの紹介。実力者であることは間違いがない。
そうと決まればメメルさんを抱えて屋根の端へと走って行き──背筋が凍る。
背後に確かな脅威を感じたが故だ。何か? わからない。靄は腕を落としたのと同時に掻き消えた。なら脅威は他にもうない──筈なのに。
振り向いて迎撃? いや、間に合わない。なら前に跳ぶか? いや、ここはもう屋根の端、前に床はない。僕だけならばともかく、怪我人を抱えたまま飛び降りるのは危険だ。
どうする、どう──
瞬間。視界の端で走った巨大な稲光が、僕の思考を吹き飛ばした。
鼓膜を震わす轟音。慌てて振り向くと、そこにあったであろう雷の残滓と、超高速で吹き飛ぶ先ほどの靄の姿がそこにあった。
「……見る限り、余裕は無かったみたいだけど。それでも生死確認もなしに敵に背を向けるなんて軽率すぎます。反省しなさい」
電撃の発生源であり声の元でもある左側に顔を向けると、冷淡な表情で屋根の上に立つサリアさんの姿があった。右手に持つ杖の先端につけられた魔法石が怪しく光る。
「その敵……書物で見たことがあるわ。下級悪魔の《ネイバルヨロテ》。悪魔語で『異形の腕』だったかしらね。靄の中に身を隠しているように見えるけど、本体は右腕。靄を攻撃すると一時的に靄が掻き消え、その瞬間悪魔の存在が不確定になる。再び存在が確定した時の不意打ちが主戦術だけど、腕そのものの戦闘力も侮れない──そんなところだったかしら」
抑揚のない声で知識を披露するサリアさん。書物でモンスターの情報を知るということは、彼女は学者も兼任していたのか。頭脳担当を名乗り出るだけあり流石に博識だ。
「此処まで言えばわかるだろうけど、それを殺す方法は簡単よ。つまり、腕の部分を消し飛ばせばいい。……こんな風に」
サリアさんが指を鳴らす。
同時に吹き飛ばされた腕を中心に極太の円柱が立ち昇る。その炎は三秒ほどで収束したが、消える頃にはそこにはもう何も無かった。
──此処まで高度な魔術を無詠唱で……!?
戦慄する。その、あまりの格の違いに。
サリアさんは何処か得意げな顔で、ふん鼻を鳴らすと。
「わかった? これが『白金』クラスなのよ」
僕に杖の先を向け、誇らしげに宣言した。
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