上 下
4 / 4

セルバンヌ

しおりを挟む
 かくして、5人はセルバンヌに降り立った。
 
「僕たちは勇者として、国王の命を受けて旅をしているんです。なので、新しい街に来たらまず、そこを治める領主様に挨拶をしなければなりません」
「面倒だが、活動許可がもらえれば宿にタダで泊まれたり便利なんだよ。色々教えてくれる場合も多い」
「というわけじゃから、お互い別行動して要件を済ませておくのが吉じゃろうと思うがどうかの? それとも市場調査ということであれば、おぬしらも領主に謁見するべきなのかの」
「そうですね。私たちも領主様にご挨拶はしなければいけませんが、タイミングはずらすべきでしょうから先に商業ギルドに向かいます。後ほど合流することと致しましょう」

 というやりとりがあり、勇者たち3人が領主のもとへ向かっている間、メイゼンとメリアは2人でセルバンヌの街を見て回ることになった。

 セルバンヌは、大河から流れ落ちる滝の内側に作られた足場の上に作られた街で、全七層からなる階層構造になっている。それぞれの階層に特色があり、一番下の階層は滝壺に限りなく近い。
 滝から少しは離れている位置に建設されてはいるが、それでも飛沫はいくらか降りかかるし、なにより湿気が天敵となって補修は絶えない。時折、大きな石が勢いよく街に突っ込んでくることもある。

「面白い街ね!」
「初めて見る人間の街としちゃイレギュラーすぎますがね」
「そうなの? どこもこんなのってわけじゃないのね」
「流石にあたしも面食らってますよ。何を思ってこんなところに住みはじめたんだか」
「おや、よその人かい?」

 会話を聞いて声をかけてきたのは、露天の店主だ。魚屋のようで、店先に新鮮な魚が何尾も横たわっている。
 無碍にすると怪しまれるので、メイゼンは作った笑顔を貼り付けてにこやかに答える。

「ええ。この街には流通の調査に」
「へぇ。まぁ難しいことはわからんがね。よかったらこの街ができた経緯ってやつを教えてやろうか」
「よろしいのですか?」
「まぁおひねり代わりに魚の一匹も買っていってくれりゃ言うこともねぇ。この辺の宿じゃ、魚を持ち込んだら調理してくれるしな」
「なるほど。でしたらぜひ聞かせていただきたいです」

 他の客の邪魔になっては悪いので、メイゼンとメリアはすこし店の横に避け、店主は指を5本立てて話し始めた。

「この街ができたのはだいたい50年前。きっかけはその更に10年も前に遡る。この滝の滝壺にはダンジョンがあって、龍神と呼ばれる強力な魔物が住んでいる。それが目覚めたことが全ての始まりだ」

 魔物。魔族と同様魔界の瘴気から生まれるバケモノだ。人間界にもいくつか、魔界と同様の瘴気が噴き出る場所があって、そこは魔物が生まれる危険地帯となる。メリアたちが通ってきた街道もこれだ。

「この龍神という魔物は特殊なやつで、普段はまるきり無害なんだ。しかし何百年に一回、目覚めればこのセルバンヌの滝を登り、そのまま空を飛んであたりを焼け野原にしちまうって伝承が残ってる。もちろんみんな半信半疑さ。いかんせんそんなの実際に見たこともねえからな」

 魔族と違い、寿命が長くとも100年程度しかない人間のことだ。無理もないことだろうとメイゼンは思う。なにより、今日明日生きていくことに必死の人間は伝承など過去の話を蔑ろにしやすい。

「しかし、そのときこの辺り一体を巻き込む大地震がなんども続けておこった。なにかあると思って滝を見に行ったのは俺の爺さんさ。そこには信じられない光景があった。なんと、この大滝の水という水が、下から上に・・・・・流れてたんだ」

 店主が腕を持ち上げ掌をパッと開くと、2人の頭にその光景が浮かぶ。この尋常ではない水量の滝が、理に逆らって崖の上に水を運んでいたとなれば、なるほど確かに、自然現象では説明のつかない一大事だ。

「こうなったらもう伝承と異常事態を結びつけるのは難しいことじゃねえ。急遽国王様によって討伐隊が組まれ、腕っこきの大工たちが龍神を攻撃するための土台を組んだ。それが今立ってるここさ。大勢で攻撃しなくちゃならなかったし、評判の占い師が龍神が滝を登るのは10年後だって預言したから、少しは時間があった。とにかく大砲やらなにやら持ち込んでも壊れないよう頑丈な足場を作ったわけだ」

 そうした頑丈な基盤が、今日、人が住めている理由だ。それでいて材料が石などでなく木材なのは、スピードを求めたからに違いない。水に浮かべれば、木の運搬は同質量の石材の何倍も容易になる。

「で、最終的に滝を登り始めた龍神をみんな総出で攻撃して、攻撃に怯み滝を登れなかった龍神は、今でも滝壺で眠ってるってわけよ。次にもし何か異変があったらすぐ気づけるよう、そして足場がすぐ使えるために整備する人間も必要だってことで、ここには何人かの人間が住み始めた。一番下の層じゃ魚も取れるし、崖の上には自然もあるから生活するには困らないからな。そうしたらいつしか、どこかで行き場を失った人たちが集まって街になり、なりあがりの騎士に領地として与えられて今に至るってわけよ」

 急に湧いて出た、だれが統治しているわけでもない住める場所というのは浮浪者の良い受け皿になった。この滝は当時から王国領土ではあったが、領地として誰かに与えられることはなかった。上流や下流の水場ならばともかく、滝そのものをもらって喜ぶものはそういないためだ。それが現在の領主に与えられたのは、領主が自らの功績で成り上がった当代からの貴族であることとが大きい。

「ここを治めていらっしゃる領収様はどのような人柄をされているのですか?」
「領主様はいい人さ。魔族との戦争で功績をあげて騎士になったって方で、元平民だから勉強はできないが、俺らの気持ちをよくわかってくれてる。何より腕っぷしが立つからな。あの人がいれば、龍神が復活しても大丈夫だって俺は思うね」
「なるほど。貴重なお話をありがとうございます」
「とっても面白いお話だったわ! ありがとう、おじさん!」
「お嬢様もお喜びのようですので、魚を二匹ほど見繕っていただけますか?」
「まいどあり!」

 店主は軒先に出ていた大きな魚の尾を鷲掴みにすると、布で軽く巻いてメイゼンに投げるように渡す。引き換えに、メイゼンは懐から小袋を出すと金貨を一枚そこからつまみ上げて、店主に投げた。

「おいおい、魚が二尾で金貨なんて貰えるかよ! ここらじゃ釣り銭なしが礼儀だぜ」
「お釣りは結構です。お礼と思ってください」
「貴族様は懐が深いねぇ! じゃあありがたく貰っとくぜ」

 また来てくれよ!! という大きな声に手をあげてこたえながら、また歩き始めたメイゼンは考え込むように目を細めた。

「龍神ねぇ……」
「メイゼン? 心当たりがあるの?」
「そうですね。昔、そんな話を聞いたような。どうでもいいっちゃいいんですが」
「目覚めるのが何百年に一回っておじさん言ってたわ。メイゼンが生きている間に何度か目覚めているのでしょうし、知っててもおかしくないってことかしら」
「強力な魔物なら、どこかの魔族が使役しようとしてもおかしくなさそうなもんですが……」

 魔物と魔族は、どちらも魔界の瘴気から生まれる。そのルーツは同じだ。しかし、魔族は知性があり、子をなし、群れを形成して生きる。それに対し、魔物は知性がないので群れることもなければ、瘴気以外で増えることもない。それゆえ魔族は魔物を使役し、人間との戦争に戦力として投入したり、農耕を手伝わせたりといった上下関係を形成している。
 他の魔族の手が付いていない強力な魔物となれば、戦力に乏しい魔族にしてみれば垂涎のものだろうとメイゼンは考えたのだ。例え何百年に一度しか使えないとしても、寿命の長い魔族のこと。生きている間になんどか大きな功績をあげられればいいと考えるし、実際に十分だ。
 
「何か裏がありそうですが、さて……」
「考えたって仕方がないことを考えるのは時間の無駄だわ! 正解なんてわからないのだし。それより色々見て回りましょうよ! わたくし、お腹もぺこぺこ!」
「そうですねぇ。じゃあ、そのあたりで宿を見つけて魚を渡したらご飯にしますか? 勇者さんがたが、いつまで時間かかるかわかりませんし」
「そうしましょう。でも、夜ごはんはみんなで食べましょうね!」

 メイゼンの横を歩いていたメリアが小走りで前に躍り出て、上目遣いでメイゼンの顔を覗き込む。
 それと、殆ど同時だった。
 体をも震わせるような途轍もなく大きな音とともに、一帯が激しく揺れる。
 まさかと思いメイゼンが滝を見上げると、一瞬、水の落下が止まったかと思うと瞬く間に空へ向かって遡りはじめたのだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

パパは大魔王様

青空爽
恋愛
パパが大魔王のせいで、周りに上手く溶け込めなかったミンレイ。そんな時、気さくに話しかけてくれる勇者に出会うのだった。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。

八魔刀
ファンタジー
嘗てこの世界には魔王がいた。 魔王、魔族の王、魔法を極めし者、人族の敵。力で全てを支配してきた存在。 人族は魔王とそれが率いる魔族と長い長い、それは長い戦いを繰り広げてきた。魔族の魔法は人族が使う魔法よりも遙かに強力で、戦いの果てに人族は魔王軍によって滅びの危機に瀕してしまった。 その危機を救ったのは七人の勇者と呼ばれる存在だ。 勇者は世界を創造した七柱の神様によって遣わされた若者達だった。彼らは『地・水・火・風・光・氷・雷』の力をそれぞれ身に宿し、その力で魔王軍の勢いを削ぎ落とした。そして瓦解していた人族の軍を瞬く間に纏め上げ、新たに勇者軍を結成して魔王軍と戦った。 結果、七人の勇者によって魔王は討たれ、王を失った魔族は人族と停戦協定を結んだ。 人族を救った勇者達は伝説となり、後世に長く語り継がれることになる。 七人の勇者と一緒に魔王と戦ったルドガー・ライオットは、とある理由から人族の国から離れてエルフ族の国で生活していた。そこでエルフの子供達が通う学校で教師として働いている。 ある日、友人であるエルフの王子フレイから城に呼び出され、魔族からとんでもない話を持ち掛けられたと聞かされる。 種の滅びに直面した時に現れるという救済の力を持った者、『聖女』が魔族に現れたと言うのだ。 しかもその聖女は、勇者とルドガーが倒した魔王の娘であった――。 旧題:魔王を倒した男、聖女に選ばれた魔王の娘を守る

【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~

Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』  元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。  「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」  仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。 『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』

魔王の娘と付き合うのは無理? そうですか、分かりました。

四季
恋愛
魔王の娘は人間界の国王の息子と婚約した。 それは、両国の間に戦いが生まれないようにという意味があっての婚約であった。 しかし王子は魔王の娘を受け入れられず……。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

最強魔導士となって国に尽くしたら、敵国王子様が離してくれなくなりました

Mee.
ファンタジー
 薔薇(ローザ)は彼氏なし歴=年齢の、陰キャOL。  ある日いつものようにゲームをしていると、突如としてゲームの世界へと迷い込んでしまった。そこで偶然グルニア帝国軍に拾われ『伝説の魔導士』として崇められるも、捕虜同然の扱いを受ける。  そして、放り出された戦場で、敵国ロスノック帝国の第二王子レオンに助けられた。  ゲームの中では極悪非道だったレオンだが、この世界のレオンは優しくて紳士的だった。敵国魔導士だったローザを温かく迎え入れ、魔法の使いかたを教える。ローザの魔法はぐんぐん上達し、文字通り最強魔導士となっていく。  ローザはレオンに恩返ししようと奮闘する。様々な魔法を覚え、飢饉に苦しむ人々のために野菜を育てようとする。  レオンはそんなローザに、特別な感情を抱き始めていた。そして、レオンの溺愛はエスカレートしていくのだった……

処理中です...