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街道にて

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 後ろから迫る勇者パーティにメリア達が気づいたのは、勇者達が駆け出したしばらく後のこと。もうあと十数秒で接触するだろうというタイミングだ。
 先に気づいたメリアがメイゼンの袖を引き、のんびりと声をかけた。

「こんなところに人だわ」
「あれ、この辺りは滅多に人は通らない筈なんですが」
「メイゼンのことを疑ってるわけじゃないわ? でもどうしましょ」
「え~……走ってきてますし、どうやら気付かれてますから、話してみるのはどうでしょ。さっき考えた設定も、いきなり街で使ってみるにはまだ練習不足ですし」
「う~ん、不審に思われないかしら? この辺り、危ないんでしょう?」
「最悪あたしが記憶を弄るなりなんなりして誤魔化しますから。練習と思って気楽にいきましょうや」
「……そうね! わたくしったら結構うっかりしているほうだし……」
「あ、自覚あったんですね」

 デリカシーのない発言に怒ったメリアがぽかぽかとメイゼンの肩を殴っている間に、勇者達3人はメリアたちのところへとたどり着いた。
 ぜぇぜぇと息を切らせる勇者。一方で、勇者に手を引かれた戦士はケロリとしたものだ。魔法使いは身体を宙に浮かせ、まるで空中を泳ぐように移動している。

「ごきげんよう。ええと……冒険者さん?」

 うなだれる勇者を見下ろすような状態で、メリアは小首を傾げて挨拶をした。勇者は数呼吸息を整えると、背筋をピンと伸ばし胸を張って応える。

「ええと、初めまして。僕はクレス。キミは?」
「私はメリアですわ。どうしてこんなところに?」

 それはまさにクレスがメリアに問おうとしていたことであり、クレスは意表を突かれたと目を丸くした。
 なにせ、メリアの格好はドレスそのもの。一方のメイゼンも転移の後身だしなみを整え、正装を身に纏い、その横に立つにふさわしい振る舞いをしている。どう見ても、危険満載の街道を歩こうというよりは、今からパーティがあるのでお屋敷まで歩いて向かおうかしらといった風だ。
 とはいえ、聞かれたことに答えなくてはと勇者は疑問を棚上げした。

「僕たちは勇者パーティさ」
「勇者?」

 メリアがメイゼンの袖を引く。知らないことがあればそうする、と事前に決めてあった。
 メイゼンは3人に小さく会釈をすると、メリアに耳打ちをする。

「お姫さん。あの人らはどうも、お父上を倒そうって人たちです。魔王サンを倒せる聖剣に選ばれた人間が世界中を旅していると聞いたことがあります。正体がバレないようにどうぞ慎重に……」
「あなたたち、世界中を旅しているのね! 凄いわ! 私も一緒に行きたいのだけど!」
「ちょっ」

 メイゼンが静止したが、完全に言い切ってしまったので勇者と戦士はポカンとしている。魔法使いはクツクツと笑っていたが。

「お嬢様が申し訳ありません。突拍子もないことを……どうかお気になさらず」
「面白いむすめっこじゃのう。世界を回りたいと来たか! 随分とあくてぃぶなことじゃ」

 一通り笑い終えたと言う風に、魔法使いはその場でくるりと縦に一回転すると、寝そべるように姿勢を変えて頬杖をつく。

「おお、自己紹介が遅れたのう。ワシはエルフの美少女魔法使い、ティルトルットじゃ。長いのでティルと呼ぶが良いぞ。こっちの脳みそどころか主要器官全部筋肉で出来ているのではと疑わしいのがゼクト。脳死で斧を振るのが仕事じゃ」

 一瞬のうちに顔面を真っ赤に沸騰させたゼクトがティルに掴み掛かるが、指先の動き一つでひょいひょいと避けて見せる。
 メリアがそれをハラハラと見ていると、クレスは肩をすくめて頭を振った。

「こっちの番ね! といっても私はメリアってさっき言ったところだし……こっちはメイゼン。私の従者なの! すごく頼れて……今、二人でせ、せ、せるばんぬ? っていうところに行くところ!」
「えっ、本当にセルバンヌに行くつもりだったの!? 2人で!?」
「ええ。こう見えて腕に自信はありますから」

 クレスがぎょっとするのも無理はないと言えた。
 客観的に観れば、メイゼンはヒョロヒョロとした、顔色の悪い男だ。頼れる、というようにはとても見えない。
 この先は獰猛な魔物や動物が大勢いることで有名で、確かに近道ではあるがよほど腕に自信がないと通れない。口づての情報を侮った商人が、腕っこきを雇って年に数人通ろうとするが、通ることができたとは聞かない。
 もしや、この2人もこの道の危険度を侮っているのでは……クレスはそう考えたのだ。

「ど、どう思う? ゼクト」

 クレスに声をかけられたゼクトが我に返り、ティルを放って向き直ると、メイゼンに一言ことわってその身体を軽く触る。主に二の腕、それから足。胸筋、背筋となぞってから、考え込むように唸った。

「タッパはいいけどな……接近戦やるなら筋肉が足りねぇ。まぁ強さなんて一概じゃあないからな。本人がいけるってんならいけるんだろって感じだが」
「ワシのように魔法の使い手なのかもしれんしな? 見たところ、そっちのおなごは魔法が使えるようじゃし」
「わかるの?」
「なんとなくじゃが。存在感の揺らぎ……とでも言うのか。熟練した魔法使いは気配が希薄になるのよ。魔法とはこの世界の隣り合う異なる世界の法則を引用する術。長く触れ合うことで、この世界の地に足がつかなくなってくるようでな。もちろん、一概に言えることでもないが」
「へぇ~、知らなかったわ! でも確かに、お父様とか影が薄いわ! 臣下に後ろから声をかけたら絶対びっくりされちゃうのが悩みだって言ってたもの!」
「お父さんも魔法を?」
「ええ! 私とは比べものにならないくらいだわ! 例えばお父様が腕を振ったらもごもごもご?」

 メリアが気分良く話しているのを遮るように、メイゼンが彼女の口を塞いだ。

「失礼。魔法の腕前のほどは門外不出のこと故、ご容赦を」
ほうはのそうなの?」
「そうです、お嬢様。そちらの方にならばおわかりになられると思いますが……」

 ちらりとメイゼンが目配せしたのは浮遊しているティルである。その驚きで見開かれた目をみれば、事情のわからないクレスやゼクトにも、なにやらただならぬことがあったのだとは理解できた。

「お、おう。正直ベラベラ喋り始めるからこっちがビビったわ」
「おい、どういうことだ?」
 
 魔法に関しては詳しくないのだろうゼクトが、ティルに問いかける。ティルは、つまりじゃな、と前置きした。

「魔法っちゅーのは目には見えない強さじゃろ。そりゃ手札は隠すにこしたことはないわ。魔法で成り上がった貴族は特に、その武力が権力の背景とまで言えるんじゃぞ」
「なるほどね。領地の兵隊の数やら兵站の場所が全部割れるようなことってことか。そりゃ侵略とか考えたら由々しき事態だわ」
「特にそっちのおなごはこの辺りの貴族にも見えんし……ラム・デルベあたりかの? 何故こんなところにいるのかはわからんが。お忍びの外遊にしては遠すぎる気がするしのう」
「そう、そうだよ! どうして2人でセルバンヌへ? というか、どこから来たの?」

 前のめりに聞くクレスにたじろぎながらも、メリアは言葉を選ぶ。

「どこから、は……言えないことになっているの。ごめんなさいね。どうして、は……ええと。メイゼン、お願いできるかしら」
「かしこまりました、お嬢様。この度お嬢様は、領主の名代として、流通調査に参っているのです。」
「流通調査?」
「はい。つまりは、どのような土地柄で何が必要とされているのかでありますとか、ですね。品目や流通量を記録し、それを持ち帰るのです。勿論、許可をいただいた上でです」
「なるほどのお。しかし、なぜわざわざという疑問も拭えぬが……」

 目を細めるティルに、メリアがあわてて割り込んだ。そのパターンの言い訳はメイゼンと決めてあったが、緊張から、しどろもどろに言葉を繋ぐ。

「あ、えっと、それは私がお願いしたの。本当はメイゼン一人でよかったのだけど、色んなところを見てみたかったし……」
「お嬢様はあまり領地の外に出られたことがありません。しかし、いずれ後を継がれることになります。領主様は、勉強になるならばと了承されました」
「後継ぎなのか? 女なのに」
「魔法貴族にはよくあることよ。子の中で最も魔法の強力なものを頭に据えるというのはな」
「その通りです」

 メイゼンが肯定すると、一通り疑問は消えたというようにティルが顎を引いた。メリアがほっと一息つくと、クレスが逡巡した後、意を決したように口を開く。

「事情はわかりました。それでなんですが、その、メイゼンさんの腕を疑うわけではないんですが……」
「一緒に来たいの? いいわよ!」
「おっ……嬢様!」
「え、いいでしょう? メイゼン! だってまだいっぱいお話ししてみたいし……その方が楽しいわ、きっと!」

 ぱっと満開の笑顔を向けるメリアに、メイゼンは二の句が継げず、不承不承、首を縦に振った。ティルが心底面白いという風にクツクツと笑っていた。
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