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魔王城がにわかにざわつく。
謁見の間にて、玉座に腰掛ける魔王は、その予感から大きくため息をついた。
顔色を伺うように、へりくだった臣下の1人が遠慮がちに口を開く。
「魔王様。姫様が……」
「ハァ……通せ」
魔王が虚空で手を払うと、従者が扉を開けるよりも先に、外から扉が勢いよく押し開けられた。
そこにいるのは魔王の娘、メリアだ。腰まで伸びる銀色の髪をたなびかせ、ふんと唇を尖らせる、齢17の魔族の姫である。
人間離れした美貌に目を瞑れば、その容姿は一見、人間と変わらない。魔王も同様で、容姿端麗ながらもその造形は人間のそれと酷似している。魔王の血族は皆、そうなのだ。
「お父様!」
「仕事中に仕事場に来るなと、いつも口を酸っぱく言っているだろう。メリア、話があるなら休日になさい」
「そんなことをおっしゃって、お父様に休日などないではないですか!! 夜になってもお帰りになりませんし! 昨日など私、頑張って起きていたら朝になっていましてよ!」
「それは……そうだが……」
「ご自分の多忙を利用して、お話を聞こうとなさらないのはやめてくださいまし!」
図星をつかれ、魔王は苦々しく顔を歪めた。如何なる困難においても冷静沈着にことを運ぶことで部下から信頼を得ている魔界の知謀は、こと娘のあしらい方においてのみ額に脂汗を滲ませることで有名だった。
「ぅんむむ……しかしメリア。何度話を聞こうとも、人間と戦争をやめるのは難しいのだ」
もう何百年も、魔族と人間は戦争状態にある。なぜ始まったかは定かではないが、これまでに何百万と死体を重ね続けた戦争は今なお収まる気配もなく、拮抗状態で続いている。
「どうして? 私たちの方から攻撃をやめてしまえば、人間だって、きっとわかってくれます!」
「確かに、そうなるかもしれない。しかし、ならないかもしれないのだ。私の立場上、ならないかもしれないことに部下たちの命をかけるわけにはいくまい」
「そうですが……でも、お父様は魔界で一番の知恵者なのでしょう? 全く方法がないだなんて、信じませんわ! それを試みることさえなさらないの?」
「……メリアよ。血族を否定するわけではないが、お前の父はそんな大層なものではない」
「そんなこと……」
「お前や、皆が人間に蹂躙され、今後数百年も自由を持てないような未来を、掴まぬことで精一杯なのだ。お前の言うように何か考えがあったとして、それを信じることなどとても出来ぬ」
わかってくれるか、と魔王はメリアに目で訴える。それはその場にいる臣下達が見惚れるほどに慈愛に満ちたものだったが、メリアは納得がいかないと言わんばかりに頬を膨らせて身を翻し、捨て台詞を吐いた。
「お父様のわからずや!!」
「ああっコラ!」
椅子から腰を上げ、手を伸ばすも、魔王の手が走り去るメリアに届くことはない。
魔王は腰を再び下ろすと、行き場を失った手を額に当てた。
「ハァ……なかなかわかっては貰えぬものだな」
「仕方ありますまい。魔王様は過保護でいらっしゃいますから。願えばそのようになると信じられる世界で、どうして理想を捨てられましょう?」
今日何度目かのため息が混ざる魔王の言葉に応じたのは、魔王の従者の老紳士だ。皺ひとつない燕尾服に身を包み、上から糸で吊っているような完璧な姿勢で彼の側に常に侍っている。
「だがあの子ももう16だ。育て方を誤っただろうか……」
「何が間違いでしょうか。姫様が幸せに過ごされる以上の正しさなどありませぬ。僭越ながら、魔王様は立派な父親であられますよ」
「……部下に慰められるようでは、儂もいかんな」
「父親としては、私めは先達でありますから。しかし、姫様が理想ばかりを追い求めることを咎めたいのであれば、いかがでしょう。いっそ、人間のところに1度行かせてみるというのも、悪くないやもしれんな。あの子が魔王の娘と知れなければ、騒ぎになることもなかろうし……」
「魔王様、お気を確かに」
「……すまん、なんだかおかしなことを考えていたな。ありうべからざることだ。魔王の娘が人間界になど……しかし、娘の夢を潰えさせてしまおうとは、よくもこのような意地の悪いことを考えられるものだと、我ながら呆れる」
「……どなたであろうと考えるものです。自分の子供が、いつまでも理想を語っていられる世の中であって欲しいとは。しかし、あまりにも現実は厳しい」
「そうだな。……儂は執務室に戻ることにする。メリアを捜させてくれ。大人しく家に帰る子ではない」
「御意」
魔王が執務室に戻るまで、老紳士は恭しく頭を下げ続けていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「勢いで飛び出して来てしまったけれど……どうしましょう? このまま魔界にいたところで、すぐにお父様のところに連れて行かれてしまうし……」
とぼとぼと背中を丸めて歩くメリア。魔王城を離れる以外に行先のアテもなく、なんとなく気分の赴く方へ足を向ける。
しばらく歩いた後、メリアは天啓を得たと言わんばかりに目を輝かせ、背筋をピンと伸ばして天を仰いだ。
「そうだわ! 人間の世界に行ってみましょう! 人間のことがわかれば、人間と戦争をやめる手段が見つかるかもしれないわ!」
メリアが一人、独り言を言いながら道の真ん中で仁王立ちしていると、向こうから歩いてくる魔族がいた。
赤黒いグラデーションのかかった、ボサボサの髪。2mに及ぶ身長。額に短い2本の角。荷物を抱えた右肩の方に全身が傾くような、独特の歩き方。遠目でも、メリアはすぐに、それが誰かを理解した。
「おや? 姫さんじゃあないですか。ご機嫌麗しゅう」
「メイゼン! 帰ってきたの!?」
メイゼンは、齢1800の若輩魔族である。その戦闘力の高さと人当たりの良さ、彼の種族に由来する擬態性能の高さが評価されて、200年前から魔王に重用されている。
見た目が人間に近いことから、先祖に魔王の血が入っているのではとも囁かれる彼は、魔王の懐刀という呼び声も高く、魔王に未だ従わぬ一部の魔族を取り込む外交の仕事を任せられている。
「やぁ、やっと帰って来ましたよ。あぁ、抱きつくのはご遠慮ください。もう三月は体を流していないのでね」
「本当、あなた臭うわ! ……でも気にしない!」
「あら、困ったお姫さんだ」
お腹に頭から突っ込んだメリアの勢いに負け、メイゼンは後ろに倒れる。メイゼンは後頭部に砂の感触を感じながら、メリアの髪を優しく漉いた。
「で、なんだってこんなところにいるんです? あの魔王サマに限って、子離れしたとも思えませんが」
「そう、聞いてメイゼン。私、家出したの! それでこれから、人間のところに行こうと思っているのよ!」
「そりゃまたアクティブなことですな。またお父上と喧嘩ですか?」
「そう! 全く、お父様はわからずやだわ! いつまでも私のことを子供だと思っているの。失礼しちゃう!」
「そう言ったらんで下さいよ。あたしも親だったことがあるんで、わかりますがね。どうも親ってのは、いくつになっても自分の子供は子供扱いしてやりたいものなんですよ」
「いくつになっても? 私がおばあちゃんになってもかしら」
「ええ、ええ。きっとそうでござんす」
「そういうものなのね。メイゼンが言うならそうなのよね。うーん、じゃあちょっとだけ、許してあげようかしら……」
「そうなさるのがよろしいでしょう。きっと魔王サマも、娘に嫌われたんじゃないかと内心穏やかではないでしょうからね」
「嫌いになんてならないわ! ちょっと不満なだけ!」
「ええ。いい子ですな、姫さんは。それは結構なんですが、これからどうなさるおつもりです? 人間界に、行かれる?」
「うーん……そうね。やっぱりここに居ても、お父様と私がわかりあえることって、無いと思うの。それなら、私もなにかしてみないといけないと思う」
「そうですか。なら、あたしも付いて行くとしましょうかね」
「えっ! ガンディムラから帰ったばかりでしょう? お父様なら二月は休ませてくださるのに」
「そうでしょうがね。いくらなんでも姫さん一人で人間界にやるわけにもいかんでしょう。家出ってことなら、今、偶然会ったあたし以外にはついていけんでしょうし」
「……うーん、そういうことならお願いするわ! ありがとう! また何かでお返しするわね!」
「はいはい、それなりに期待しときますんでね」
あやすようにポンポンとメリアの頭を叩いた後、メイゼンはメリアを持ち上げるようにしながら立ち上がった。
煩雑な荷物をひっくり返し、その中から古びた巻物を一本取り出すと、メリアに広げて見せる。
「人間界に行く方法はいくつかありましてね。まぁ姫さんなら転移魔法が安全でしょう。あたしが人通りの少ない道の座標をお教えします。しばらく歩けば、何食わぬ顔で人間に紛れることが出来るでしょう」
「さすが、博識ね! じゃあ行くわちょ!」
「あら」
「噛んだぁ~……痛いわ!」
「随分な門出ですな」
「もう! 行くわよ!」
メリアが前方の空間で腕をぐるりと回すと、途端、その軌跡に囲まれた空間が歪み始める。
軽やかな足取りでメリアがその歪みに足を踏み入れ、メイゼンもそれに続く。二人の身体は飲み込まれるようにその場から消え、パチンと歪みが元に戻るころには、その場には何も残ってはいなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
勇者は、自分の目を疑った。
「こんなところに……女の子?」
「はぁ? そりゃ見間違いじゃねえのか?」
応えたのは、パーティメンバーの戦士だ。その感想は尤もで、勇者も何度か目を瞬かせた。
どうやら見間違いではないらしいという確信を得て、改めてパーティに向き直る。
「あるいは、擬態する魔物……罠かもしれんなぁ」
エルフの魔法使いも続けて推測を口にする。老人のような喋り口調だが、見た目は裏若き少女のそれだ。
「向こうに歩いて行ってるみたいだ。男の人も横にいるな……次の街はまだ随分距離があるんじゃなかったっけ」
「歩いて三日というところだが」
「……危なくないかな。この先って」
「それは勿論、危なかろうが。この先はこの辺りでも屈指の魔物うようよすぽっとじゃしのう。しかし、この一本道で我らより先行しているという事実は、同じ街から出立したことの証左であろう。なれば、この先の危険を知らぬとは考えられまい。余程の自信がある、と推測できるが」
勇者と魔法使いの問答を聞いて、戦士はケッとつまらなそうな顔をした。
「もしかして、声でもかけようとしてるんかよ? やめとけやめとけ、めんどくせぇ」
「……めんどくさいことを率先してやるのが、僕らの役目だろ?」
「ああ言えばこう言いやがる……」
「ダメ、かな」
「リーダーはお前だろ。好きにしろよ。ったく……」
頭をガシガシと掻きながら、戦士はそっぽを向く。それが彼なりの照れ隠しだと知っている勇者は、嬉しそうに顔を綻ばせると駆け足で女の子の──メリアの元へと駆けていく。
かくして、勇者と魔王の娘は邂逅する。
この出会いがどのような変化を齎すのか、いまはまだ、誰も知らない。
謁見の間にて、玉座に腰掛ける魔王は、その予感から大きくため息をついた。
顔色を伺うように、へりくだった臣下の1人が遠慮がちに口を開く。
「魔王様。姫様が……」
「ハァ……通せ」
魔王が虚空で手を払うと、従者が扉を開けるよりも先に、外から扉が勢いよく押し開けられた。
そこにいるのは魔王の娘、メリアだ。腰まで伸びる銀色の髪をたなびかせ、ふんと唇を尖らせる、齢17の魔族の姫である。
人間離れした美貌に目を瞑れば、その容姿は一見、人間と変わらない。魔王も同様で、容姿端麗ながらもその造形は人間のそれと酷似している。魔王の血族は皆、そうなのだ。
「お父様!」
「仕事中に仕事場に来るなと、いつも口を酸っぱく言っているだろう。メリア、話があるなら休日になさい」
「そんなことをおっしゃって、お父様に休日などないではないですか!! 夜になってもお帰りになりませんし! 昨日など私、頑張って起きていたら朝になっていましてよ!」
「それは……そうだが……」
「ご自分の多忙を利用して、お話を聞こうとなさらないのはやめてくださいまし!」
図星をつかれ、魔王は苦々しく顔を歪めた。如何なる困難においても冷静沈着にことを運ぶことで部下から信頼を得ている魔界の知謀は、こと娘のあしらい方においてのみ額に脂汗を滲ませることで有名だった。
「ぅんむむ……しかしメリア。何度話を聞こうとも、人間と戦争をやめるのは難しいのだ」
もう何百年も、魔族と人間は戦争状態にある。なぜ始まったかは定かではないが、これまでに何百万と死体を重ね続けた戦争は今なお収まる気配もなく、拮抗状態で続いている。
「どうして? 私たちの方から攻撃をやめてしまえば、人間だって、きっとわかってくれます!」
「確かに、そうなるかもしれない。しかし、ならないかもしれないのだ。私の立場上、ならないかもしれないことに部下たちの命をかけるわけにはいくまい」
「そうですが……でも、お父様は魔界で一番の知恵者なのでしょう? 全く方法がないだなんて、信じませんわ! それを試みることさえなさらないの?」
「……メリアよ。血族を否定するわけではないが、お前の父はそんな大層なものではない」
「そんなこと……」
「お前や、皆が人間に蹂躙され、今後数百年も自由を持てないような未来を、掴まぬことで精一杯なのだ。お前の言うように何か考えがあったとして、それを信じることなどとても出来ぬ」
わかってくれるか、と魔王はメリアに目で訴える。それはその場にいる臣下達が見惚れるほどに慈愛に満ちたものだったが、メリアは納得がいかないと言わんばかりに頬を膨らせて身を翻し、捨て台詞を吐いた。
「お父様のわからずや!!」
「ああっコラ!」
椅子から腰を上げ、手を伸ばすも、魔王の手が走り去るメリアに届くことはない。
魔王は腰を再び下ろすと、行き場を失った手を額に当てた。
「ハァ……なかなかわかっては貰えぬものだな」
「仕方ありますまい。魔王様は過保護でいらっしゃいますから。願えばそのようになると信じられる世界で、どうして理想を捨てられましょう?」
今日何度目かのため息が混ざる魔王の言葉に応じたのは、魔王の従者の老紳士だ。皺ひとつない燕尾服に身を包み、上から糸で吊っているような完璧な姿勢で彼の側に常に侍っている。
「だがあの子ももう16だ。育て方を誤っただろうか……」
「何が間違いでしょうか。姫様が幸せに過ごされる以上の正しさなどありませぬ。僭越ながら、魔王様は立派な父親であられますよ」
「……部下に慰められるようでは、儂もいかんな」
「父親としては、私めは先達でありますから。しかし、姫様が理想ばかりを追い求めることを咎めたいのであれば、いかがでしょう。いっそ、人間のところに1度行かせてみるというのも、悪くないやもしれんな。あの子が魔王の娘と知れなければ、騒ぎになることもなかろうし……」
「魔王様、お気を確かに」
「……すまん、なんだかおかしなことを考えていたな。ありうべからざることだ。魔王の娘が人間界になど……しかし、娘の夢を潰えさせてしまおうとは、よくもこのような意地の悪いことを考えられるものだと、我ながら呆れる」
「……どなたであろうと考えるものです。自分の子供が、いつまでも理想を語っていられる世の中であって欲しいとは。しかし、あまりにも現実は厳しい」
「そうだな。……儂は執務室に戻ることにする。メリアを捜させてくれ。大人しく家に帰る子ではない」
「御意」
魔王が執務室に戻るまで、老紳士は恭しく頭を下げ続けていた。
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「勢いで飛び出して来てしまったけれど……どうしましょう? このまま魔界にいたところで、すぐにお父様のところに連れて行かれてしまうし……」
とぼとぼと背中を丸めて歩くメリア。魔王城を離れる以外に行先のアテもなく、なんとなく気分の赴く方へ足を向ける。
しばらく歩いた後、メリアは天啓を得たと言わんばかりに目を輝かせ、背筋をピンと伸ばして天を仰いだ。
「そうだわ! 人間の世界に行ってみましょう! 人間のことがわかれば、人間と戦争をやめる手段が見つかるかもしれないわ!」
メリアが一人、独り言を言いながら道の真ん中で仁王立ちしていると、向こうから歩いてくる魔族がいた。
赤黒いグラデーションのかかった、ボサボサの髪。2mに及ぶ身長。額に短い2本の角。荷物を抱えた右肩の方に全身が傾くような、独特の歩き方。遠目でも、メリアはすぐに、それが誰かを理解した。
「おや? 姫さんじゃあないですか。ご機嫌麗しゅう」
「メイゼン! 帰ってきたの!?」
メイゼンは、齢1800の若輩魔族である。その戦闘力の高さと人当たりの良さ、彼の種族に由来する擬態性能の高さが評価されて、200年前から魔王に重用されている。
見た目が人間に近いことから、先祖に魔王の血が入っているのではとも囁かれる彼は、魔王の懐刀という呼び声も高く、魔王に未だ従わぬ一部の魔族を取り込む外交の仕事を任せられている。
「やぁ、やっと帰って来ましたよ。あぁ、抱きつくのはご遠慮ください。もう三月は体を流していないのでね」
「本当、あなた臭うわ! ……でも気にしない!」
「あら、困ったお姫さんだ」
お腹に頭から突っ込んだメリアの勢いに負け、メイゼンは後ろに倒れる。メイゼンは後頭部に砂の感触を感じながら、メリアの髪を優しく漉いた。
「で、なんだってこんなところにいるんです? あの魔王サマに限って、子離れしたとも思えませんが」
「そう、聞いてメイゼン。私、家出したの! それでこれから、人間のところに行こうと思っているのよ!」
「そりゃまたアクティブなことですな。またお父上と喧嘩ですか?」
「そう! 全く、お父様はわからずやだわ! いつまでも私のことを子供だと思っているの。失礼しちゃう!」
「そう言ったらんで下さいよ。あたしも親だったことがあるんで、わかりますがね。どうも親ってのは、いくつになっても自分の子供は子供扱いしてやりたいものなんですよ」
「いくつになっても? 私がおばあちゃんになってもかしら」
「ええ、ええ。きっとそうでござんす」
「そういうものなのね。メイゼンが言うならそうなのよね。うーん、じゃあちょっとだけ、許してあげようかしら……」
「そうなさるのがよろしいでしょう。きっと魔王サマも、娘に嫌われたんじゃないかと内心穏やかではないでしょうからね」
「嫌いになんてならないわ! ちょっと不満なだけ!」
「ええ。いい子ですな、姫さんは。それは結構なんですが、これからどうなさるおつもりです? 人間界に、行かれる?」
「うーん……そうね。やっぱりここに居ても、お父様と私がわかりあえることって、無いと思うの。それなら、私もなにかしてみないといけないと思う」
「そうですか。なら、あたしも付いて行くとしましょうかね」
「えっ! ガンディムラから帰ったばかりでしょう? お父様なら二月は休ませてくださるのに」
「そうでしょうがね。いくらなんでも姫さん一人で人間界にやるわけにもいかんでしょう。家出ってことなら、今、偶然会ったあたし以外にはついていけんでしょうし」
「……うーん、そういうことならお願いするわ! ありがとう! また何かでお返しするわね!」
「はいはい、それなりに期待しときますんでね」
あやすようにポンポンとメリアの頭を叩いた後、メイゼンはメリアを持ち上げるようにしながら立ち上がった。
煩雑な荷物をひっくり返し、その中から古びた巻物を一本取り出すと、メリアに広げて見せる。
「人間界に行く方法はいくつかありましてね。まぁ姫さんなら転移魔法が安全でしょう。あたしが人通りの少ない道の座標をお教えします。しばらく歩けば、何食わぬ顔で人間に紛れることが出来るでしょう」
「さすが、博識ね! じゃあ行くわちょ!」
「あら」
「噛んだぁ~……痛いわ!」
「随分な門出ですな」
「もう! 行くわよ!」
メリアが前方の空間で腕をぐるりと回すと、途端、その軌跡に囲まれた空間が歪み始める。
軽やかな足取りでメリアがその歪みに足を踏み入れ、メイゼンもそれに続く。二人の身体は飲み込まれるようにその場から消え、パチンと歪みが元に戻るころには、その場には何も残ってはいなかった。
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勇者は、自分の目を疑った。
「こんなところに……女の子?」
「はぁ? そりゃ見間違いじゃねえのか?」
応えたのは、パーティメンバーの戦士だ。その感想は尤もで、勇者も何度か目を瞬かせた。
どうやら見間違いではないらしいという確信を得て、改めてパーティに向き直る。
「あるいは、擬態する魔物……罠かもしれんなぁ」
エルフの魔法使いも続けて推測を口にする。老人のような喋り口調だが、見た目は裏若き少女のそれだ。
「向こうに歩いて行ってるみたいだ。男の人も横にいるな……次の街はまだ随分距離があるんじゃなかったっけ」
「歩いて三日というところだが」
「……危なくないかな。この先って」
「それは勿論、危なかろうが。この先はこの辺りでも屈指の魔物うようよすぽっとじゃしのう。しかし、この一本道で我らより先行しているという事実は、同じ街から出立したことの証左であろう。なれば、この先の危険を知らぬとは考えられまい。余程の自信がある、と推測できるが」
勇者と魔法使いの問答を聞いて、戦士はケッとつまらなそうな顔をした。
「もしかして、声でもかけようとしてるんかよ? やめとけやめとけ、めんどくせぇ」
「……めんどくさいことを率先してやるのが、僕らの役目だろ?」
「ああ言えばこう言いやがる……」
「ダメ、かな」
「リーダーはお前だろ。好きにしろよ。ったく……」
頭をガシガシと掻きながら、戦士はそっぽを向く。それが彼なりの照れ隠しだと知っている勇者は、嬉しそうに顔を綻ばせると駆け足で女の子の──メリアの元へと駆けていく。
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