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前兆
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街に近づけば近づくほど大きくなる、音の奔流が耳を打つ。
雑踏。歓声。嬌声。怒鳴り声。雑多な話声。
そこにある人の営みが活気で溢れているのがわかる。
ディリンギルの街全体の作りはあまり洗礼されてはいなく、大きな通りに合わせて店が並んでいるなんてこともないので迷路の様相を呈している。初めて来た旅人や、商機を見て訪れた商人が一度は必ず迷うというのがこの街の笑い話の一つだ。迷いたくなければ地図は必要だが、地図があれば間違いなく迷わないというわけでもないのが何ともいかんともしがたい。どうしてそんなことになっているのかと言えば、今までそこまで栄えていたわけでもなく、もとは大きな村くらいの規模だったものだから整備が必要でなかったし、だから街を運営している人間もその手のノウハウを何も持っていなかった。何も手を打てないままにディリンギルという街の価値ばかりがどんどんと上がっていき、人は増え交流は盛んになって建物が後付けでどんどん増えていくものだから、最早どうにも手を付けられない現状になっていたのだった。交易が盛んな街なのに商売に関連する建物が各地に点在しているというのだから、もう目も当てられない。商人はモノを卸して現金に換え、それを元手に新しい商材を仕入れたり、他国からきているなら貨幣の両替などもしなければならないし、持ってきた商材が土地柄でどれくらいで売れるかを調べるために場合によっては鑑定も必要だったりするわけだが、一工程終わらせるのに街の反対側まで行かなければいけないなんてのはざらだ。それでも人が集まるのは、労力に見合ったもうけが手に入ることも同時に意味しているが。
「えっと……ガシーナ婆の革工房がここなので……次の道をこっちです!」
尊はリズベットに先導されるままに街を歩く。
補足しておくのなら、リズベットはなにも方向音痴というわけではない。先刻迷ってしまったのは森の中で目印がろくに無かったからで、尊が強くリズベットを責めない理由の一因もそこにあった。寧ろ、一度見ただけの地図の全容を暗記して迷いなく尊を先導できる辺りリズベットは文句なく優秀と言えた。
「で、これはどこに向かっているの? さっき、おじいさんに教えてもらった建物なんだよね」
「はい、酒場です! こういう街で一番情報が集まる街と言えば酒場ですから、初めての街なら真っ先に赴くべきは酒場なのです! あとは宿とかも教えてもらったんですがこれは後で大丈夫そうなので」
「え、お店の類い? 僕、お金もお金になりそうなものも持ってないけど」
幾ら目的が情報とはいえ、酒場に行って何も注文もせずに情報だけ得られる、というのは都合がよすぎるだろう。情報料だって必要になるだろう。無一文でどうにかなるとは思えない。
尊が流石に心配になって尋ねると、リズベットが大丈夫ですよ、と柔らかく微笑む。
「流石にお金を稼いでいる余裕は私達にはないですから、女神さまからそれなりの金額を預けてもらっています。ですから当面はお金の心配は大丈夫です! 勿論無尽蔵というわけではないのですが、旅の途中で否応なしにある程度はたまるものですし」
「ん、そう?」
「はい、そうです!」
自信満々に胸をそらすリズベット。その様子に、尊は任せても大丈夫かな、と若干の不安を掻き立てられる。人間、調子に乗っているときほどミスをしやすいものだ。リズベットは天使だが。
「……まあ、僕が気を付けていれば大丈夫か」
「? 何か言いました?」
「何でもないよ。ところで、此処に居るっていう《転生者》の持っている《神器》はどんなのか、わかったりしないの?」
「う、申し訳ないのですがそれはできないのです。というのも、私は《転生者》が此処に居る、というのがわかるだけであって此処に居るのがそのうちの誰か、というのまではわからないのです。誰が何を持っている、というのは知っているので顔を見れば判るかと思うのですがー……」
(′・ω・`)と顔を落ち込ませるリズベット。
尊としては、十分有用だと思っていたが……自分で不甲斐なさを感じているところにかける励ましは、ともすれば相手を傷つけることにもつながるので何も言わない。
「……まぁ、じゃあ相手を視れば《転生者》なのかどうかもわかるってことなんだよね」
彼なりに気を遣って、尊は話題を変えた。
「あ、はい。わかりますけど……多分そっちの方は心配ないと思いますよ」
それが当然のことであるかのように、リズベットは言う。
その物言いに不可解なものを感じて、尊は首を傾げた。
「……なんで?」
「それは、まあ……絶対悪目立ちしていますもん、彼ら」
その言葉を言い終わるのが早いか。
遥か遠方から、地を低く響かせる爆音が街中を轟いた。
雑踏。歓声。嬌声。怒鳴り声。雑多な話声。
そこにある人の営みが活気で溢れているのがわかる。
ディリンギルの街全体の作りはあまり洗礼されてはいなく、大きな通りに合わせて店が並んでいるなんてこともないので迷路の様相を呈している。初めて来た旅人や、商機を見て訪れた商人が一度は必ず迷うというのがこの街の笑い話の一つだ。迷いたくなければ地図は必要だが、地図があれば間違いなく迷わないというわけでもないのが何ともいかんともしがたい。どうしてそんなことになっているのかと言えば、今までそこまで栄えていたわけでもなく、もとは大きな村くらいの規模だったものだから整備が必要でなかったし、だから街を運営している人間もその手のノウハウを何も持っていなかった。何も手を打てないままにディリンギルという街の価値ばかりがどんどんと上がっていき、人は増え交流は盛んになって建物が後付けでどんどん増えていくものだから、最早どうにも手を付けられない現状になっていたのだった。交易が盛んな街なのに商売に関連する建物が各地に点在しているというのだから、もう目も当てられない。商人はモノを卸して現金に換え、それを元手に新しい商材を仕入れたり、他国からきているなら貨幣の両替などもしなければならないし、持ってきた商材が土地柄でどれくらいで売れるかを調べるために場合によっては鑑定も必要だったりするわけだが、一工程終わらせるのに街の反対側まで行かなければいけないなんてのはざらだ。それでも人が集まるのは、労力に見合ったもうけが手に入ることも同時に意味しているが。
「えっと……ガシーナ婆の革工房がここなので……次の道をこっちです!」
尊はリズベットに先導されるままに街を歩く。
補足しておくのなら、リズベットはなにも方向音痴というわけではない。先刻迷ってしまったのは森の中で目印がろくに無かったからで、尊が強くリズベットを責めない理由の一因もそこにあった。寧ろ、一度見ただけの地図の全容を暗記して迷いなく尊を先導できる辺りリズベットは文句なく優秀と言えた。
「で、これはどこに向かっているの? さっき、おじいさんに教えてもらった建物なんだよね」
「はい、酒場です! こういう街で一番情報が集まる街と言えば酒場ですから、初めての街なら真っ先に赴くべきは酒場なのです! あとは宿とかも教えてもらったんですがこれは後で大丈夫そうなので」
「え、お店の類い? 僕、お金もお金になりそうなものも持ってないけど」
幾ら目的が情報とはいえ、酒場に行って何も注文もせずに情報だけ得られる、というのは都合がよすぎるだろう。情報料だって必要になるだろう。無一文でどうにかなるとは思えない。
尊が流石に心配になって尋ねると、リズベットが大丈夫ですよ、と柔らかく微笑む。
「流石にお金を稼いでいる余裕は私達にはないですから、女神さまからそれなりの金額を預けてもらっています。ですから当面はお金の心配は大丈夫です! 勿論無尽蔵というわけではないのですが、旅の途中で否応なしにある程度はたまるものですし」
「ん、そう?」
「はい、そうです!」
自信満々に胸をそらすリズベット。その様子に、尊は任せても大丈夫かな、と若干の不安を掻き立てられる。人間、調子に乗っているときほどミスをしやすいものだ。リズベットは天使だが。
「……まあ、僕が気を付けていれば大丈夫か」
「? 何か言いました?」
「何でもないよ。ところで、此処に居るっていう《転生者》の持っている《神器》はどんなのか、わかったりしないの?」
「う、申し訳ないのですがそれはできないのです。というのも、私は《転生者》が此処に居る、というのがわかるだけであって此処に居るのがそのうちの誰か、というのまではわからないのです。誰が何を持っている、というのは知っているので顔を見れば判るかと思うのですがー……」
(′・ω・`)と顔を落ち込ませるリズベット。
尊としては、十分有用だと思っていたが……自分で不甲斐なさを感じているところにかける励ましは、ともすれば相手を傷つけることにもつながるので何も言わない。
「……まぁ、じゃあ相手を視れば《転生者》なのかどうかもわかるってことなんだよね」
彼なりに気を遣って、尊は話題を変えた。
「あ、はい。わかりますけど……多分そっちの方は心配ないと思いますよ」
それが当然のことであるかのように、リズベットは言う。
その物言いに不可解なものを感じて、尊は首を傾げた。
「……なんで?」
「それは、まあ……絶対悪目立ちしていますもん、彼ら」
その言葉を言い終わるのが早いか。
遥か遠方から、地を低く響かせる爆音が街中を轟いた。
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