異世界陰陽師 〜最強陰陽師が異世界を救うまで〜

一☆一

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猛獣にご注意を

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 徐々に近づいてくる地を揺らす足音。尊はその音の重量感から、相当な質量だと推測し、警戒レベルを引き上げた。少なくとも、日本の森にいる猪や熊などといった野生動物の有する質量とは比べ物にならない。象というほど重くもないが、少なく見積もって2500kgはあるはずだ。猪が重くて300kg、熊が600kgである事を考えれば脅威とするには十分すぎる。
 尊は迎撃の態勢を整える。逃走を選択肢に入れるには、森の構造などに不明瞭な点が多すぎた。此方には非戦闘員もいる。逃げた結果追いつかれるなら最初から迎え撃とう、という判断は彼にとってはごく当たり前に下されるべきものだ。

 音がどんどんと近くなり、未知の脅威に尊の心拍も次第に高鳴っていく。
 緊張の中。ズン、と鈍い音がした。
 何の音だ、と尊が疑問に思った矢先。
 突如、視界を黒が支配した。
 尊がその自体を正確に把握する迄に、一刹那。弾けるような速度で尊の腕が正面に構えられる。
 
「っ──! 破砕せよ! 二章一節、【げき】!」

 猛烈な勢いで吹き飛んできた巨木・・・・・・・・・に手を触れ、それを無詠唱簡略化した低級破壊陰陽術によって、同等以上の衝撃で弾き返す。
 真っ直ぐに飛来した軌道を帰っていく巨木が、ナニカにぶつかって弱々しく地面に落ちる。

 それは、猪だった。
 いや、形容するのなら・・・・・・・猪という他にない・・・・・・・、しかし決定的に食い違った何かだった。
 まず、余りにも巨体。
 巨大過ぎて、目線を合わせるには余程離れるか、首が痛むのを覚悟して見上げるしかない。
 そして、口の端から存在感を主張する真っ白な象牙。古代に失われたマンモスをすら彷彿とさせる立派さだ。だが、豚を彷彿とさせる巨大な鼻と全体的に薄い体毛などといった身体的特徴は間違いなく猪のそれ。
 尊は脳内で結論づける。疑う余地すら最早ない、それは異世界の猛獣だった。
 
 そこからの尊の判断は早かった。
 未知の生態の未知の存在なのだから、当然適切な対処方などいる由も無い。
 ならば単純な暴力でもって抑えつける他はない。例えそれが、命を奪う事であろうとも。

「ま、待ってください!」

 尊の殺気を感じ取ってか、ただ嫌な予感がしたからか。尊の意志を遮るように、後方からリズベットが声を上げた。
 それによって尊の動きが一瞬出遅れ、猛獣に先制を許す。
 単純な突進。だが、圧倒的に質量を伴う巨体から繰り出されるそれは、人間程度ならば一撃で命を奪うに十分すぎる。
 咄嗟に身を翻して避ける。捉えるものを失って明後日の方向に猛進するケモノは、やがて密集する樹々の一本に追突し、それを枝をへし折るようにあっけなく倒壊させて、漸く止まった。

「……何?」
「で、出来れば天使としては無益な殺生は避けていただきたく……」
「えぇ……そういう贅沢は命の危険がない時に言って欲しいんだけど……」

 それは確かに、倒した後食べたりする気はないけど、何も陰陽師だから身体が強いとかはなくて、ちょっと特異な力を使える以外は普通の人間なんだから勘弁して欲しい──。
 そう反論しようとした尊だが、そこである発想が頭をよぎった。

「……いや、わかった。いいよ。僕も殺したい訳じゃないしね」
「え? あ、ありがとうございます……?」

 リズベットはまさか首を縦に振られるとは思わなかったのか呆気に取られていたが、尊はそれを意にも介さず、先程説明を遮られた人形ひとがたの符を左掌に置き、右手の親指の腹を噛み切って血を流す。
 それを符の赤い印に押し付けると、符が淡く蒼く光を放ち始める。

「此処に再度、契約の儀を奉る。我が名は尊。今、我が命の雫を以って世に姿を成し、我がめいに応じ敵を打ち払え。【轟鬼】!!」

 ゴウ、と。尊を台風の目に風が吹き荒れる。竜巻のように立ち上る風が土煙を巻き上げ、茶色の幕が尊の姿を不可視のモノへと変容させる。
 それに危険なものを感じたのか、獣が再度、風を裂いて尊へと突進する。
 それが止まったのは、今度は樹にぶつかったからなどではなかった。
 象牙を掴む太く赤い腕・・・・・が、その膂力でもって勢いを完全に殺しているからだ。
 土煙が晴れる。
 そこには、悠然と立つ尊と、蒼い焔をあげて燃える符。そして、皮膚の赤い、額に一本角を携えた伝説の妖おにの姿が、ただ在った。


 ◇◆◇◆◇◆


 其れは、かつて平安の都を戦慄の渦に包みこんだ伝説。
 鬼といえば悪と恐怖の代名詞であるが、此れはまさにその中でも別格。
 曰く、有り余る暴力のもとに大勢の人を殺め。
 曰く、飢饉を流行らせ人々を飢えさせ。
 曰く、その時制の凡ゆる悪事の根源は此れである、と。今でもまことしやかに囁かれる存在。
 『三千世界に悪名を轟かす鬼』──人呼んで、【轟鬼】。
 赤い皮膚。額に在って天を衝く一本角。頭髪は細かく縮れ、口の端に鋭い牙。抑えつけるような強烈な威圧感を放つ体躯は全長にして十七尺五メートル
 まさにそれは、人知を越えた暴力装置。
 何百年もの時を経て、今ここに、最強の陰陽師の《式神》として顕現する──!!


 ◇◆◇◆◇◆


「グォォォォォォ!!!!」

 空気を裂くような咆哮。
 獣の牙を持つ赤い腕が空気を入れた風船のように隆起する。
 丸太のように太い脚が俄かに地面へと陥没し、一息のままに、獣の巨体は天高く持ち上げられた。

「────ッ!?!?」

 逆さになった世界に混乱した獣が脚を暴れさせるが、徒らに空を斬るばかりで何の意味もなさない。
 鬼は、そのまま身体を横に捻ったかと思うと、ハンマー投げのように獣の身体をぐるりと振り回し、そのままの勢いで地面へと強かに叩きつけた。

「ブッ……グモ……ッ」

 そんな掠れるような苦悶の声を最後に、獣はぐったりと動かなくなる。
 リズベットは一瞬ギョッと目を見開いたが、未だ獣の身体が呼吸によって小さく動いているのをみると、ホッとしたように胸を撫で下ろした。

「あ、ありがとうございます……殺さないでくれて」

 申し訳なさそうにリズベットは頭を下げるが、尊は特に気にした様子もなく頭を振った。

「いいよ。殺さないで済むなら殺さないでおきたいって言うのは真っ当な倫理観だし……こっちで《式神》が使えるかも見たかったしね」

 言って、尊は横に柱のように立った脚に触れる。轟鬼と呼ばれた鬼は、不機嫌な獣のように唸ってみせたが、特に何かする様子はなかった。
 憤怒の感情を感じさせる強面に些か怯えつつ、リズベットは尊に尋ねる。

「これが……《式神》なんですか。あの、陰陽師の使い魔の?」
「うん。さっき見せた二種類の符、片方紹介出来なかったでしょ。あれが《式神符》。血判を押すと中に封じてある召喚術が発動して、式神が顕現する。こっちも使い切りだから、節約はしないといけないけど」
「そうなんですか……」

 尊の説明に対して関心を寄せるリズベット。彼女は勤勉なので、未知の知識に対する欲求は常に高い水準で有している。

「さて、折角呼んだんだし木にでも登って貰って、ちゃんと方向を把握しておこうか」

 言うが早いか、鬼はするすると一際高い木に登って行く。
 ちょっと勿体なかったかな、と尊は内心苦笑した。
 誰もが怯える伝説の化け物に対して、任せる仕事が役不足に過ぎたものだったから。
 尤も、尊が持っている式神はどれも強力なので、どれを呼んでも大差はないのだけど──。

 燃え尽きて灰になった《式神符》。
 本当なら自然に還るままに捨て置くのが、どうしてか惜しくなって、尊はそれを懐へとしまい込んだ。
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