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第五話 魔王軍には戦闘狂を

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 忠告のあと、女冒険者――ヒイロとは互いに自己紹介をしてパーティーを組んだ。
 とはいっても、もうすぐ訪れるだろう魔王軍との戦いに備えて準備をするために大した会話はできていない。
 あの忠告の意味は何だったのか、それについて話をすることなく俺たちは街の城壁の外で魔王軍が現れるのを待っている。

「あんた、駆け出しって言ってたけど、魔王軍との戦闘をしたことは?」
「い、一回だけ」
「そう」
「ヒイロは、どのくらい戦ったことがあるんだ?」
「二年くらい冒険者をしてるから、百回程度はしてるんじゃない?」
「……」
「……」

 か、会話弾まねえぇぇ!
 何これ、気まず過ぎるんだけど。
 俺のコミュ力が足りないのか?

「……あんた、二刀使いだったのね」
「……え?」

 気まずさから遠くの空を眺めていると、予想外の言葉が聞こえてきた。

「……何で、二刀使いだと?」
「何でって……」

 理解できずに聞き返すと、困惑したような表情で言葉を区切り、俺の腰に視線を落とす。
 ヒイロの視線を追いかけるように腰を見ると、そこにはこの一週間使ってきた剣ともう一本――あの禍々しい剣が差さっていた。

「な、なんじゃこりゃああぁぁぁぁぁ!!」

 怖い怖い! 俺、宿屋に置いてきたよな、この剣!? 何でしれっと腰に差さってんの!?

「何であんたが驚いてんのよ……というか、趣味悪いわね」
「ち、違う! 別に俺の趣味じゃなくて……!」
「来たぞ、魔王軍だ!」

 ちくしょう、こんなときに……!
 遠くに見える魔王軍の影に、周囲の冒険者が最終準備に入る。
 誤解を解けるような雰囲気でもなくなったことで、泣く泣く俺も最終準備に入る。
 今日の俺の目標は、まず死なないこと。次に、チート能力を使わないこと。そして、できればヒイロがこのままパーティーを組んでくれるくらいの働きをすることだ。
 そして、この禍々しい剣を教会で見てもらう! 絶対、ただの剣じゃねえ!

「そろそろ射程に入るぞ! 魔法使いたちは、魔法準備!」

 魔法使いたちに指示が飛び、ヒイロもそれに従って杖を構える。
 目を閉じて集中する姿には、鋭く切れる刀のような美しさがあった。

「……撃てえええぇぇぇぇぇえええ!!」

 攻撃の合図とともに、いろいろな魔法が魔王軍に飛ぶ。
 魔法の効果はゴブリンを一匹殺す程度の魔法や複数匹まとめて吹き飛ばす魔法、ドラゴンを地面に落とす魔法など魔法によってまちまちだが、確実に魔王軍にダメージを負わせている。

「すげえ……」

 魔法が飛び交う中、ヒイロも目を開き魔王軍に杖を向ける。
 そして、呟くように、抑えきれない熱が溢れるように魔法を唱えた。

「『トランスバーン』……!」

 杖の先から放たれた火の光線は、地面を削りながら魔王軍に迫り飲み込んだ魔物を次々と灰に返す。
 その熱波は、近くに立っているだけでひりひりと肌を焼き、呼吸するだけで火傷してしまうのではないかと思うほどだ。
 あまりの威力に光線が通った場所だけ魔物のいない空白地帯が生まれ、焦げ付いた大地をさらしている。
 ヒイロが放った魔法で生み出された光景は、俺から言葉すらも奪い、ただ口を開き続けることしかできなかった。
 しかし、魔王軍とっては慣れた光景なのか、すぐに立て直して進軍を再開。
 それに応えるように、剣や槍といった武器を持った冒険者が魔王軍に向かっていく。
 数秒もしないうちに戦いが始まる。

「あたしたちも行くわよ……!」
「い、行くってどこに?」

 魔法を撃ち終わったヒイロが、少しだけ頬を上気させて声をかけてくる。
 さっきまでのクールな様子とは異なり、目の前に餌を与えられた犬のように目を輝かせてそこ・・を指す。

「最前線よ!」
「は、はあああぁぁぁぁああああ!?」

 ◇

 近づいてきたゴブリンを斬って前に進む。
 飛びかかってきたオークを焼いて前に進む。
 絶え間なく襲ってくる魔物たちを倒し、俺たちは前に進む。
 チート能力を使わずにここまで魔物たちと戦えているのも、目の前で哄笑を上げながら魔法を放ち続けているヒイロのおかげだろう。
 ヒイロ目掛けて襲い掛かってくる魔物を、後ろから攻撃して倒す。
 あるいは、邪魔をしてヒイロを守る。
 この繰り返しをするだけで、面白いくらいに魔物たちが倒れていく。
 チート能力を使わなくてもいいことへの安堵と、戦いに参加して活躍している実感が俺を包む。
 とはいえ、必死にヒイロについてきたせいで孤立してしまっている。

「ヒイロ、いったん下がろう! 囲まれてる!」

 いくら凄腕の魔法使いと言えど、近距離戦に弱い魔法使いに違いはない。
 囲まれているこの状況だと、袋叩きにあうだろう。
 それを避けるためにも、一度下がって他の冒険者と戦線を合わせたい。
 そんな気持ちからの言葉だったがーー。

「それがいいんじゃない!」
「はあ!?」
「敵に囲まれて一歩間違えれば命を落とすこの緊張感! 全員があたしを敵視してあたしの一挙一動を警戒するこの高揚感! 最高じゃない!」

 頬を赤くして、息を切らせながらも獰猛に笑うヒイロにとっては違ったらしい。
 命を落としそうな状況の緊張感やあらゆる魔物から敵視されている状況が最高?
 俺には理解できないものばかりだが、一つだけわかったことがある。

 こいつ、戦闘狂だ。

 アニメや漫画ではお馴染みのキャラクターだが、リアルでそんな奴がいるとは思ってもいなかった。
 俺だけでも逃げられるか……?
 いや、ヒイロから離れた時点で囲まれて死ぬのがオチだろう。
 チート能力を使えば、ヒイロを連れて逃げられるだろうが……。
 ……魔法を撃たれそうな気配しかしない。
 ヒイロを置いてチート能力で俺だけ逃げるか?
 それでヒイロに死なれでもしたら、寝覚めが悪いどころの話じゃない。
 考えろ……! チート能力を使わず、俺もヒイロも生き残る方法を……!
 俺たちが生き残るためには、魔物たちを全滅させるか撤退させるかだ。
 全滅させることが不可能なことは、今まで侵攻され続けていることからもわかる。
 だったら、撤退させるしかない。
 魔王軍はその名前の通り軍だ。
 一週間に一度の侵攻を行い、負けとみれば撤退する。
 魔物たちが個々の判断でそれを行っているはずがなく、指示をしている奴がいることは明らか。
 なら、その指示をしている奴を倒す。
 頭を失えば、魔物たちは個々の判断に頼るしかなくなる。
 あとは、魔物たちに命の危険を感じさせるだけで撤退させることができるだろう。
 問題はーー。

「ヒイロ!」
「何よ!? 下がれって言うんなら嫌よ!」
「ドラゴンよりも強い魔物、倒せるか?」
「はぁ?」

 首を傾げて間抜けな顔をするヒイロ。

「いいから、答えろ! 倒せるのか!?」
「……どんな魔物のことを言ってるのか知らないけど」

 焦りから思わず声を荒げながら問いただす俺を真剣な表情で見ながら、襲い掛かってくる魔物を焼き尽くす。
 そして、言葉を区切ると自信満々の表情で胸を張る。

「倒せるわ!」

 その言葉が本当かはわからない。
 そもそもどんな魔物なのかもわかってないのだ。
 大見得きっている可能性だってある。
 だが、二人で助かる可能性があるなら。
 俺がチート能力であんな黒歴史を作らなくてもいい可能性があるのなら。

「前だ! 魔王軍の最後列までぶち抜いて、軍の指揮を取ってる魔物をぶっ飛ばす!」
「あんた……」

 呆れたような声色でヒイロが声を漏らし、雄たけびを上げながら迫ってくるオークに向き合うと、魔法を構える。

「最っ高じゃない!!」

 俺たちに迫るオークごと、前にいた魔物たちを灰にしながらヒイロが叫ぶ。
 あとは信じるだけだ。
 この魔法があれば、俺たちは生き残れると。
 
 俺は黒歴史を作らずに済むんだと!!


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