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捻じ曲げられた歴史

第九話 薔薇

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 その改物は、全身に棘を持ち、ツルを自在に伸ばしてムチのようにしならせている。こいつを私の知っている生物で表現するのならば――バラ、だろうか。

 実際、改物の頂上付近にはバラによく似た花が色とりどりに咲いている。赤、黄色、白が多いが、一番上には青色が咲いており、これがとてつもない異端さを演出している。さらに、その鮮やかな花々と対比するかのように茎や根の色は黒混じりで、美しい平原の緑の中に置かれたその物体は「作られたものである」ということを強調している。

「どう来るか分かりませんよ……!」

 ウズは、初めて改物を近くで見てワクワクした表情を浮かべた。

「これが……改物ですか。ウズ、初めて戦います!」

「ウズちゃん、下がっておいてください!こいつ、少々大型です!経験が無いウズちゃんが戦うのは無謀ですよ!」

 経験がないのはウズだけじゃない。私だってそうだ。

 この前のシロアリとの戦いで勝てたのは銃使いの女の子――ハナちゃんがある程度助けてくれたからだ。前回の戦いと大きく異なるところはまさに「経験」。魔法の扱いに慣れきったモエと銃の腕前の高いハナちゃん……それと私の3人構成と、モエと私と戦闘経験の無いウズ。違いは明白すぎる。

「そ、それでもやりたいです!」

 ウズが叫ぶ。モエはうねうねと動く改物を見て仕方なくウズの参戦を了承した。

「仕方ありません……ウズちゃん、待っている時間は無いですよ……!」

 モエが集中力を一点に集中させ、その圧倒的な火力の技を発動させる。

「いきます……『炎上』!」

 技は改物の中心部……人間で言うところの腹の辺りに当たった。改物とはいえ、所詮は植物。炎で焼かれれば簡単にダメージを受ける。
 シロアリと違って音を発する器官がないからかダメージを受けても無音を貫いているが、それが逆に恐ろしさを助長させる。

「う、ウズもなにかしなきゃ……えっと、『放水』!」

 ウズは改物の頭の部分に向けて水を放つ。しかし、燃えているものに水をかけるとどうなるかは子供でも分かる。ジュー、という音を立てて火はみるみる消えていく。
 ウズはその様子を見て顔が青ざめていく。しかも、植物に水を与えれば当然成長する。
『成長って言ったって、すぐにする訳じゃないでしょ?』
 と思うかもしれない。だが、その常識は改物には通用しない。なんせ王の都合のいい様に「改められた物」だからだ。「水をかけると大きく成長する」ように設定したのだろうか?バラの怪物はぐんぐんぐんぐんと成長し、いつの間にやら最初の二倍くらいになってしまった。

「う、ウズ、やってしまいました……」

「気を落とすことは無いよウズちゃん。むしろ何が弱点で、何が強みなのかがよく分かりました」

 モエはすかさずウズにフォローをする。私もなにかしなきゃ……!

「えっと……『発破』を『リピート』!」

 私は今使える中でいちばん強力そうなやつを選択し、改物に向けて発動する。魔法は相手の下の方で発動し、一気に爆発した。バラの改物はその衝撃でバランスを崩し、転倒した!よし、いい選択だった!
 ――まあ、ここまでだけならかなりいい攻撃ではある。しかし、爆発をすれば爆風やそれに乗せられた飛来物が来るというのは前回のシロアリとの戦いで学んでいる。それは今回も例外ではなく、爆風と共に先程の『放水』による水しぶきがこちらに向けてかなりの勢いで飛んできたのだ……!!

「う、うわぁぁ!!」

 植物特有の匂いが付いた水が三人に降り注いだ。瞬間的な豪雨により身体中が濡れてしまった。う、動きづらい!

「ほら、ウズちゃん、再立さんもとんでもない失敗をやらかしている訳ですから、あんなミスなんて些細なものです。さあ、攻撃を続けましょう!」

 ――そうは言っても、どうするのだろうか。水を飛ばしたことによって炎魔法が通ることは何となく分かるが、ウズの水魔法はご覧の通り意味を成していないし、私が使える魔法も『放水』と『炎上』のみ。モエが使える『発破』も先程のように失敗に終わる確率が高い。
 万策尽きたか……?私はウズの魔法をもう一度確認する。

「ウズ、『放水』以外に魔法使えない?なんでもいいよ」

「えっと、ウズが使えるのは『放水』と『細波さざなみ』だけです」

「そのサザナミってのはどんな魔法?」

「水のある場所に小さな波をつくる魔法です」

「それ使えない?」

「むりです……せめて小さな池くらいの大きさがないと……」

 ――どうすればいいんだこれ!!ひたすら炎魔法撃つしかないの?私たちいらないじゃん!

「おふたりとも何をしてるんですか!!じゃあもう私が行きますよ!『炎上』、『火球』!」

 モエが魔法を放つ。魔法は改物の腹と頭に当たった。しかし、ここまで不気味なほど動きを見せなかった改物がついに反撃を開始する。
 細めのツルを次々に伸ばし、それを束ねてこちらに向けて動かしたのだ!

「危ない!」

 そして、そのツルはよりによってウズの方向へと飛んでいく。ウズは打つ手がないが、左側に飛び込むことでなんとか一つ目のツルは避けれた。しかし、完全にかわした訳ではなく、かわした方向である左側と反対の右の腕に若干の切り傷を残してしまう。

「痛いっ……!」

 ウズはその痛みで少しの隙が生まれた。そこを改物は見逃さず、もうひとつのツルを猛スピードで飛ばす。万事休す。ここから炎魔法を撃とうにも、ウズまで燃え広がればなんの意味もない。そんなことは言ってられないとはいえ、一瞬の迷いが生じてしまった。

 しかし、モエは違った。迷うことは無かった。彼女には秘密兵器――いや、秘密武器があったのだ。それは「短剣」。トゴーの店で買ったアレだ。モエはその黒色の短剣を右手に持ち、一気に上から振り下ろした。そのつるぎは見事にウズに向かうツルを切り刻んだ。

「モエさん……!!」

「感動している暇はありません。ウズちゃんがやることは、改物と距離を置くことです」

「――分かりました」

 ウズはモエの忠告を素直に受け止める。自分の無力さ、お荷物さを悲しくも認識してしまったからだ。

 お荷物さを認識しているのは私も一緒だった。早く何か攻撃をしなくては――!その思いが強くなり、私は『リピート』を使う。

「『リピート』!」

 私はこれで火球が出ると思った。ついさっきモエが使っていたからだ。しかし、実際は違った。私の手にはなぜかモエが使っているものと同じ短剣が現れ、それに呼応するように私の体が勝手に動き始めた……!!服が濡れて動きづらいはずなのに、それを感じさせないほど私の体はスムーズに動いている!!

 よく考えてみれば、銃をリピートできるのだから短剣術もリピートできるよなぁ……いやいや、しみじみしている場合では無い。私の体は私の意思に反して勝手に進んでいるのだ。ヤバい、死ぬ!そう思った。

「ふ、再立さん!何してるんですか!!」

「い、いや、体が勝手に!うわぁ!!」

 目の前から二本のツルが飛んでくる。このままじゃ突っ込んで串刺しになってしまう……!!

 と、思ったが、私の体はそのツル二本を華麗に捌き、切り刻んだ。と同時に、短剣が手から消滅した!

「え、えぇ!!」

 私は衝撃を受ける。なぜなら、私の体は自動的に走り出し、自動的にツルを切り刻んだ。しかし、戻りはしていないのだ。つまり、私の体は攻撃するだけ攻撃をして、あとは敵の近くに突っ立っている状況。しかも短剣もない、完全な丸腰で。

「もう、一か八か!『リピート』!」

 今度こそ火球が出ると思った。モエは短剣を使ってない。なら、直前に出た火球が出るのでは無いか……と考えるのが自然だ。

 しかし、この予想はまた外れることとなる。飛び出したものは……なんとツルだった。これは相手の体から出たものではない。自分の体から出たものなのである。私の手から急にツルが飛び出し、改物の体に当たった。

 改物はその攻撃に少し怯んだのか、一瞬動きが止まった。私はその隙をついて後ろへ振り向き、全速力で距離を取る。

「ぜぇ……はぁ……」

 その様子を見たウズは、活躍するなら今しかないと思い、私の近くにやって来た。

「『放水』!再立さん、これ飲んでください!」

 また先程と同じような格好でウズの手から水を飲む。いつ攻撃が飛んでくるか分からないので、とにかく手早く。
 その一連の様子を見たモエは驚愕した。

「再立さん……!あいつの攻撃をリピートしたんですか……?」

「いや、私もびっくりだよ!まさかこんな技が使えるだなんて……!」

 いや、待てよ。もしかしたら……推測の範疇を超えないが、もしかしたらあの技を使えるかもしれない。火でも水でもない、別の技。あの改物のツル攻撃が使えるのなら、これも使えるのではないだろうか?

「『リピート』!えっと、技名が分からないけど……シロアリの改物が使ってた土掘るやつ!」

 かなり曖昧な技の説明であるが、その『リピート』は問題なく作動した。私の目の前にシロアリの顎のようななにかが現れ、地面を芝ごと掘り、大量の土と花と芝を一気に改物に投げつけた。

 改物はその重さに耐えきれず、横に伸びた太めの茎が折れていく。最終的に残ったのは花が咲いている本体らしき茎と数本だけ。形勢が大きく逆転したのだ!

「すごい……!!これが『リピート』!」

 私はその光景に凄まじい高揚感を覚えた。私にこんなことが出来るだなんて……!!

「今しかない……!『炎上』!」

 モエは目を輝かせている私のことなど目もくれず、最後の仕上げとばかりに『炎上』を放つ。バラの中心部に当たった炎は先程までとは違い、一気に燃え広がった。先程までは燃える場所が多く、重要な部分に炎が当たらなかったが、今度は燃える場所が限られている。それが上手く作用したのだ。
 そうして、改物の体はゆっくりと崩壊を始める。

 花の咲いた上の部分と、下側の根の部分が焼けきれて分かれ、改物の体は二つになった。しかし、動けるのはどうやら花の付いた方だけのようだった。

「じゃあ、トドメを刺しますか!」

 モエは短剣を取りだし、倒れてきた改物の青いバラを

 シュッ!

 と切った。すると、改物は全く動きを見せなくなり、停止した。

「すごい……魔法つかいって、こんなにすごいんだ!!」

 ウズが歓喜の声を上げる。それでも、彼女の右腕から零れた血が少し痛々しかった。
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