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エルカノハは杖と水筒と籠とを持ち、暖かい肩掛けに包まれて、カガイロンが手綱を引く馬に乗せられて集落の門まで来た。通りすがりの人々が馬に乗ったエルカノハに気づくと笑顔で手を振ってくれた。
門兵の小屋の前で馬の歩みを止めたカガイロンが門兵に声をかけると一人が出てきて、馬の背に乗っているエルカノハに微笑んで軽く手を振った後、険しい表情でカガイロンと何やら話をしてから、また小屋の中に入っていった。
入れ替わりで他の二人の門兵が出てきてエルカノハを見て一瞬にこやかに手を振ると、すぐにカガイロンと厳しい表情で何かを話している。内容はわからないが声音が深刻そうに聞こえる。訝しく思う内に小屋から門兵に押されるように出てきた二人の男性は縄で腕を後ろ手に縛られていた。森の入り口で襲ってきた二人だった。
エルカノハが声もなく驚いている内に、腕を縛られた二人が近づいてくる。馬と二人の間にカガイロンと二人の門兵が壁を作るように立ち、門兵のもう一人は縛られた二人に繋がる縄を後ろから掴んでいた。
縛られた二人は髪や髭は相変わらず整えられていなかったが、服を着替えていくらかこざっぱりとしたようだった。酷く落ち着かない様子でカガイロンとエルカノハを見て、どちらからともなく膝から崩れ落ちるように地面に蹲ると、懇願するような声で何かを言っていた。
カガイロンがゆっくり近づくと二人は怯えたように一瞬肩を震わせ、頭をさらに地面にこすりつけるようにして縮こまった。カガイロンは穏やかな声で何かを言いながら、二人の肩に手を掛けると、まるで労うように軽く何度も叩いた。
カガイロンが二人から離れて馬の上のエルカノハを見た。
地面の二人を指し示しながら言う。
『エルカノハ様、「いいこ、いいこ」でしょうか』
エルカノハはカガイロンの「いいこ、いいこ」という言葉が聞き取れた。
驚くと共に、カガイロンもエルカノハの名前を呼び、エルカノハの言葉を使って意思疎通を試みてくれたことが嬉しく思う。
エルカノハが頷いて馬から降りようとすると、一番近くにいた門兵の一人がすぐに気づいて降ろしてくれた。
顔を上げない二人のすぐ傍まで近寄り、一人目の肩に手を置いた。
「あなたは剣を持っておられた方ですね。その胸当てを見るに、元は門兵をしていらしたのでしょうか」
やわらかく話しかけると、男性が頭を上げてこちらを見た。顔を隠す程に長いぼさぼさとした前髪をかき分けるようにして左右に撫でつけると、瞳に深い悲しみと苦悩が、やつれた顔には疲労が見え、ずいぶんと憔悴しているのがわかる。昨日は見えなくなっていたはずの靄がまた薄っすらと体を取り巻き始めていた。
肩に手を当て、言葉が通じないことはわかっていたが、目を合わせて自分の言葉で話しかける。
「わたくしはあなたをゆるします。足を怪我しているようですね。これをお食べになって、靄を跳ね返す力を取り戻してください。早く復調なさって、またこの集落の力となりますように」
いつの間にか弓の男性も顔を上げてこちらを見ていた。もう一人に比べると年嵩で、目を合わせると自らを恥じるように目を伏せて顔を歪め、そしてその顔を隠すようにまた頭を下げた。体を取り巻き始めていた濃い靄が渦を巻いて顔を覆い隠すように伸びてきた。ゆっくりと手を伸ばしてその頭に触れる。
「わたくしはあなたをゆるします。大丈夫です。失敗してもまたやりなおせば良いのです。あなたにもこれを差し上げます。早く元気になりますように」
靄の気配が薄れたので手を離すと、弓の男性が涙に濡れた顔を上げた。剣の男性も肩を震わせていた。
「大丈夫。お二人とも、いいこ、いいこ、ですからね」
慌てて両手を伸ばし、二人の頭を同時に撫でる。
「精霊様、私はこのお二人を許します。これからまた健やかなる生を営めますように」
門兵の小屋の前で馬の歩みを止めたカガイロンが門兵に声をかけると一人が出てきて、馬の背に乗っているエルカノハに微笑んで軽く手を振った後、険しい表情でカガイロンと何やら話をしてから、また小屋の中に入っていった。
入れ替わりで他の二人の門兵が出てきてエルカノハを見て一瞬にこやかに手を振ると、すぐにカガイロンと厳しい表情で何かを話している。内容はわからないが声音が深刻そうに聞こえる。訝しく思う内に小屋から門兵に押されるように出てきた二人の男性は縄で腕を後ろ手に縛られていた。森の入り口で襲ってきた二人だった。
エルカノハが声もなく驚いている内に、腕を縛られた二人が近づいてくる。馬と二人の間にカガイロンと二人の門兵が壁を作るように立ち、門兵のもう一人は縛られた二人に繋がる縄を後ろから掴んでいた。
縛られた二人は髪や髭は相変わらず整えられていなかったが、服を着替えていくらかこざっぱりとしたようだった。酷く落ち着かない様子でカガイロンとエルカノハを見て、どちらからともなく膝から崩れ落ちるように地面に蹲ると、懇願するような声で何かを言っていた。
カガイロンがゆっくり近づくと二人は怯えたように一瞬肩を震わせ、頭をさらに地面にこすりつけるようにして縮こまった。カガイロンは穏やかな声で何かを言いながら、二人の肩に手を掛けると、まるで労うように軽く何度も叩いた。
カガイロンが二人から離れて馬の上のエルカノハを見た。
地面の二人を指し示しながら言う。
『エルカノハ様、「いいこ、いいこ」でしょうか』
エルカノハはカガイロンの「いいこ、いいこ」という言葉が聞き取れた。
驚くと共に、カガイロンもエルカノハの名前を呼び、エルカノハの言葉を使って意思疎通を試みてくれたことが嬉しく思う。
エルカノハが頷いて馬から降りようとすると、一番近くにいた門兵の一人がすぐに気づいて降ろしてくれた。
顔を上げない二人のすぐ傍まで近寄り、一人目の肩に手を置いた。
「あなたは剣を持っておられた方ですね。その胸当てを見るに、元は門兵をしていらしたのでしょうか」
やわらかく話しかけると、男性が頭を上げてこちらを見た。顔を隠す程に長いぼさぼさとした前髪をかき分けるようにして左右に撫でつけると、瞳に深い悲しみと苦悩が、やつれた顔には疲労が見え、ずいぶんと憔悴しているのがわかる。昨日は見えなくなっていたはずの靄がまた薄っすらと体を取り巻き始めていた。
肩に手を当て、言葉が通じないことはわかっていたが、目を合わせて自分の言葉で話しかける。
「わたくしはあなたをゆるします。足を怪我しているようですね。これをお食べになって、靄を跳ね返す力を取り戻してください。早く復調なさって、またこの集落の力となりますように」
いつの間にか弓の男性も顔を上げてこちらを見ていた。もう一人に比べると年嵩で、目を合わせると自らを恥じるように目を伏せて顔を歪め、そしてその顔を隠すようにまた頭を下げた。体を取り巻き始めていた濃い靄が渦を巻いて顔を覆い隠すように伸びてきた。ゆっくりと手を伸ばしてその頭に触れる。
「わたくしはあなたをゆるします。大丈夫です。失敗してもまたやりなおせば良いのです。あなたにもこれを差し上げます。早く元気になりますように」
靄の気配が薄れたので手を離すと、弓の男性が涙に濡れた顔を上げた。剣の男性も肩を震わせていた。
「大丈夫。お二人とも、いいこ、いいこ、ですからね」
慌てて両手を伸ばし、二人の頭を同時に撫でる。
「精霊様、私はこのお二人を許します。これからまた健やかなる生を営めますように」
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