サルヴィーニャ

にわとうこ

文字の大きさ
上 下
51 / 78

幕間6

しおりを挟む
 メヌウルはケルサルヴァの地方領主の家に生まれ、王家に嫁いだ。今は三人目の子を懐妊しており、この頃は体調があまり優れず宮殿の私室で過ごすことが多かった。今日も寝台で横になりながら、上の二人の子について考えていた。

 一人目は男児だった。夫の髪色と真面目な性格を受け継ぎ、幼い内から周囲をよく見てその場をうまくまとめる能力に秀でていた。勉強を嫌がらず、鍛錬を欠かさず、いつも微笑みを絶やさず周りの者を気遣い、不満をこぼしたこともなかった。あまりによく出来すぎていて、本心を見せてくれていなかったのだと後から知った。ある日突然に帰らぬ人となったと聞かされた時、これまで見せてこなかった彼の本心を、もっとこちらから働きかけて聞いてやれば良かったと思って泣いた。

 娘は生まれた時から美しかった。世界の恩寵を一心に集めたように、その髪や肌がつやめき輝いていた。その瞳が初めて開いた時には、その眼差しは静謐で、赤子のものとは思えぬ威厳を見せられたような不思議な心地がした。

 明るくよくできた息子と、まるでサルヴ教の象徴の乙女のような娘。どちらもおっとりと優しく、とても仲の良い兄妹だったが、娘は五歳になると神殿へやることとなった。可愛い盛りの愛しい娘となかなか会えなくなることに心が痛んだが、王家のしきたりと言われれば反論する術もなかった。

 息子を失い、娘が神殿から帰ってきた。娘は幼いころから神殿でひっそりと過ごしてきた為か口数も少なく感情の起伏も乏しかった。息子への後悔もあり、娘にはこれまで以上にその心を慮り接したいと思うが、なかなかうまくいっていなかった。娘が時折見せる無言の眼差しが、その感情をそぎ落としたような凪いだ瞳が、自分の子でありながらまるで人ではないような、赤子の時に感じたような荘厳な気配に畏怖してしまうのだった。

 王家に生まれた男児と王位を継ぐ者だけに口伝の秘密があるのだという。
今は大神官と夫と息子だけが知っている秘密があり、息子が亡くなりそれを娘に伝えるかどうか夫は未だ決めかねているようだ。私にはその秘密が打ち明けられることはない。

 娘が滞在先の北の地で消息を絶ったという。息子の時と同じだった。私はその心に寄り沿えぬまま、娘をも失ってしまったのだ。

 娘は無事に帰還させるので安心しなさいと、やつれて顔色の悪い大神官が言った。大丈夫だから、先ずはそなたと腹の子を大事にしなさいと。その言葉にすがりたい。エルカノハに会いたい。離れていてもあなたを愛していると伝えたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...