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午前中を訓練所で過ごし、エルカノハは午後には城の祈りの間を訪れていた。
中央から派遣された司祭が務めを果たしている領内の神殿で領民は祈りを捧げており、城の祈りの間は近年あまり使用されていないということだった。
エルカノハは昼間でも薄暗く誰もいない祈りの間で薄衣を被り跪き長い祈りを捧げていた。
ある日の午後、祈りの時間の後にエルカノハはオノウクと家令と応接間で向かい合い長い時間をかけて話をした。
先の冬のようなことを繰り返さぬため、冬に備えた貯蓄体制と近隣の領や都との連携について、家令の持つ資料や記憶を基に実行できるところを探した。
「先の冬の食糧難は、その前の冬も長かったことから夏が短く、例年に比べても十分な蓄えがなかったということでしたね。誰か蔵の管理ができるものを登用して、長い冬が数年続いたとしてもそれを賄えるように毎年備えましょう。また無理をして森の恵みを取り尽くさぬよう森の手入れや管理も必要となりますね。これらにかかる費用を毎年捻出できるような仕組みを考えなければなりません。
他領との取引については、この地には魅力的な品がたくさんあります。例えばこの大きな壁掛け、家具の美しい木彫り細工。それから山歩きで見た木に生る紅い実は、収穫して乾燥させ、炒って挽けば嗜好品となります。自然の物ゆえ多くは採れなかったとしても、流通が少ない分だけ希少価値は高まります。うまく栽培できるようなら広く流通させる手もありますね。
ガルダンド様が検討されていた海路も魅力的ですが、まずは既存の中央へ続く道の補修が望ましいでしょう。また街道を管理する為に砦をいくつか築くのも良いかと思います。道中の宿として設備を整えれば維持費の足しにもなりましょう。森を今以上に切り拓くことにはもう少し議論が必要かと思いますが、街道の補修と築砦について中央の補助がどれぐらい受けられるか、まずは予算を立てて宮殿に打診してみましょう」
水が流れるように滔々と述べるエルカノハの声を呆然と聞いていた二人も次第に理解が追いつき、家令が質問をあげ始める。
「エル様、木に生る紅い実とはいったい、どれのことでしょうか」
「先日の森歩きでアズガルが『そのまま食せば腹を下す』と指し示したものです。他国からの献上品にて興味を持ち、実の生った木の写生を見たことがありますが、それにとてもよく似ていました。こちらの図書室で実の扱い方の記述を見つけ、気を付けて見ていましたので、恐らく間違いないでしょう」
「図書室にそんな記述が。でも紅い実というとあれかな、木こりのじいさんが昔よく採って何か作っていたような記憶があります。私の方で確認しておきましょう。
ところで、エル様は城の図書室の書物をどれぐらい読まれたのですか」
「興味深い蔵書が多かったものですから、こちらへきてすぐは次々と読み進めてしまい、その折はガルダンド様や皆様にもご心配をおかけしました。おかげさまで図書室にあるものは一通り目を通しました。過去の流行り病の記述もありました。参考になりそうな部分をこちらに抜粋しましたので、よろしければお使いください」
エルカノハは驚き固まる二人の顔を見て少し恥じ入るように目を伏せながら「私は本の虫なのです」と言うが、幼いころから神殿や宮殿で学び続けたという王女が只者ではなかったと二人は大いに気づかされていた。
中央から派遣された司祭が務めを果たしている領内の神殿で領民は祈りを捧げており、城の祈りの間は近年あまり使用されていないということだった。
エルカノハは昼間でも薄暗く誰もいない祈りの間で薄衣を被り跪き長い祈りを捧げていた。
ある日の午後、祈りの時間の後にエルカノハはオノウクと家令と応接間で向かい合い長い時間をかけて話をした。
先の冬のようなことを繰り返さぬため、冬に備えた貯蓄体制と近隣の領や都との連携について、家令の持つ資料や記憶を基に実行できるところを探した。
「先の冬の食糧難は、その前の冬も長かったことから夏が短く、例年に比べても十分な蓄えがなかったということでしたね。誰か蔵の管理ができるものを登用して、長い冬が数年続いたとしてもそれを賄えるように毎年備えましょう。また無理をして森の恵みを取り尽くさぬよう森の手入れや管理も必要となりますね。これらにかかる費用を毎年捻出できるような仕組みを考えなければなりません。
他領との取引については、この地には魅力的な品がたくさんあります。例えばこの大きな壁掛け、家具の美しい木彫り細工。それから山歩きで見た木に生る紅い実は、収穫して乾燥させ、炒って挽けば嗜好品となります。自然の物ゆえ多くは採れなかったとしても、流通が少ない分だけ希少価値は高まります。うまく栽培できるようなら広く流通させる手もありますね。
ガルダンド様が検討されていた海路も魅力的ですが、まずは既存の中央へ続く道の補修が望ましいでしょう。また街道を管理する為に砦をいくつか築くのも良いかと思います。道中の宿として設備を整えれば維持費の足しにもなりましょう。森を今以上に切り拓くことにはもう少し議論が必要かと思いますが、街道の補修と築砦について中央の補助がどれぐらい受けられるか、まずは予算を立てて宮殿に打診してみましょう」
水が流れるように滔々と述べるエルカノハの声を呆然と聞いていた二人も次第に理解が追いつき、家令が質問をあげ始める。
「エル様、木に生る紅い実とはいったい、どれのことでしょうか」
「先日の森歩きでアズガルが『そのまま食せば腹を下す』と指し示したものです。他国からの献上品にて興味を持ち、実の生った木の写生を見たことがありますが、それにとてもよく似ていました。こちらの図書室で実の扱い方の記述を見つけ、気を付けて見ていましたので、恐らく間違いないでしょう」
「図書室にそんな記述が。でも紅い実というとあれかな、木こりのじいさんが昔よく採って何か作っていたような記憶があります。私の方で確認しておきましょう。
ところで、エル様は城の図書室の書物をどれぐらい読まれたのですか」
「興味深い蔵書が多かったものですから、こちらへきてすぐは次々と読み進めてしまい、その折はガルダンド様や皆様にもご心配をおかけしました。おかげさまで図書室にあるものは一通り目を通しました。過去の流行り病の記述もありました。参考になりそうな部分をこちらに抜粋しましたので、よろしければお使いください」
エルカノハは驚き固まる二人の顔を見て少し恥じ入るように目を伏せながら「私は本の虫なのです」と言うが、幼いころから神殿や宮殿で学び続けたという王女が只者ではなかったと二人は大いに気づかされていた。
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