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幕間1
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サルヴ教の教えは、精霊の恵みの下に集う民がいかに心健やかに過ごすかということに重点が置かれている。
教えの書の冒頭で精霊を讃えるという部分より後は、他者を慈しみ、弱き心に負けず正しき道を行くようにという、生活に根付いた凡例のような小話が多い。
これまで様々な時代に改訂されているが、神殿に残された数々の古い教えの書も内容はやはり同様であった。
様々な時代の教えの書には共通して、これらの他にサルヴの乙女についてのわりと詳細な記述がある。他の記述は時代ごとに変わったり曖昧なところも多い中で、乙女についての叙情的かつ詳しい記述のくだりは信者への受けが良く、神殿の許可が下りれば乙女を題材に物語本や歌劇なども作られたりしていた。
国に魔物蔓延りし時、天より現れし銀の乙女
魔物の群が都に迫るも、乙女の輝きがそれを退ける
乙女が願うは強き心、正しき心
平和もたらす乙女の祈り、後の民もその心に沿わんと
最新のサルヴィーニャの演劇鑑賞を終えて、劇場入り口の広間ではそこここで人々が集まり感想などを言い合いながら盛り上がっていた。
「それで、サルヴィーニャ様は近頃いかがお過ごしでしょうか。神殿におられた頃は時折そのお姿を拝見できたものですが、宮殿に入られてからは一向に我々の前に姿をお見せくださらない」
「これがサルヴィーニャ様の近影です。なんでもこの画家が手掛ける姿絵を成人の報告に近隣諸国へお送りなされるとか。隣国などに嫁がれては、国の宝が奪われるようなものです。何とか阻止せねばなりませぬな」
「おお、ようやく新しいものが。ああ、サルヴィーニャ様、賢さが滲み出るようですな。それにまた一段とお美しくなられて」
「ワラストリ領へしばらく行かれるのですね。ヴァルレントリ殿下が身罷られてだいぶ憔悴なさっておいででしたからね。あれからもう三年も経ちますか。ワラストリは領主が亡くなり、現領主はおいくつだったか。は、まさか婿の候補ではあるまいな」
「ノイエラ様がお傍に付いておられる以上、よからぬことにはならぬでしょう。それよりサルヴィーニャ様が少しでもお心健やかにお過ごしなられるよう、我々は祈りましょう」
伝説の乙女に似てサルヴィーニャ様と崇め奉られていたエルカノハを守るために、ノイエラはその熱狂的な信者たちをも取りまとめてうまく懐柔するようになっていた。
エルカノハに何とか会いたいと神殿に日参しては取り押さえられたりしていたような者たちも、今ではエルカノハが健やかに成長するさまをお行儀よく見守ることが第一と心得、ノイエラから時折もたらされるエルカノハの日常の姿絵や言動の記録などを密かに回し読むなどしていた。
サルヴィーニャ季刊誌には、エルカノハの最も身近にいるノイエラの愛情深い視点を通したエルカノハの真面目で一途な愛らしい言動がいくつも記述されていた。
なんということはない、ノイエラがエルカノハ信者の筆頭であった。
教えの書の冒頭で精霊を讃えるという部分より後は、他者を慈しみ、弱き心に負けず正しき道を行くようにという、生活に根付いた凡例のような小話が多い。
これまで様々な時代に改訂されているが、神殿に残された数々の古い教えの書も内容はやはり同様であった。
様々な時代の教えの書には共通して、これらの他にサルヴの乙女についてのわりと詳細な記述がある。他の記述は時代ごとに変わったり曖昧なところも多い中で、乙女についての叙情的かつ詳しい記述のくだりは信者への受けが良く、神殿の許可が下りれば乙女を題材に物語本や歌劇なども作られたりしていた。
国に魔物蔓延りし時、天より現れし銀の乙女
魔物の群が都に迫るも、乙女の輝きがそれを退ける
乙女が願うは強き心、正しき心
平和もたらす乙女の祈り、後の民もその心に沿わんと
最新のサルヴィーニャの演劇鑑賞を終えて、劇場入り口の広間ではそこここで人々が集まり感想などを言い合いながら盛り上がっていた。
「それで、サルヴィーニャ様は近頃いかがお過ごしでしょうか。神殿におられた頃は時折そのお姿を拝見できたものですが、宮殿に入られてからは一向に我々の前に姿をお見せくださらない」
「これがサルヴィーニャ様の近影です。なんでもこの画家が手掛ける姿絵を成人の報告に近隣諸国へお送りなされるとか。隣国などに嫁がれては、国の宝が奪われるようなものです。何とか阻止せねばなりませぬな」
「おお、ようやく新しいものが。ああ、サルヴィーニャ様、賢さが滲み出るようですな。それにまた一段とお美しくなられて」
「ワラストリ領へしばらく行かれるのですね。ヴァルレントリ殿下が身罷られてだいぶ憔悴なさっておいででしたからね。あれからもう三年も経ちますか。ワラストリは領主が亡くなり、現領主はおいくつだったか。は、まさか婿の候補ではあるまいな」
「ノイエラ様がお傍に付いておられる以上、よからぬことにはならぬでしょう。それよりサルヴィーニャ様が少しでもお心健やかにお過ごしなられるよう、我々は祈りましょう」
伝説の乙女に似てサルヴィーニャ様と崇め奉られていたエルカノハを守るために、ノイエラはその熱狂的な信者たちをも取りまとめてうまく懐柔するようになっていた。
エルカノハに何とか会いたいと神殿に日参しては取り押さえられたりしていたような者たちも、今ではエルカノハが健やかに成長するさまをお行儀よく見守ることが第一と心得、ノイエラから時折もたらされるエルカノハの日常の姿絵や言動の記録などを密かに回し読むなどしていた。
サルヴィーニャ季刊誌には、エルカノハの最も身近にいるノイエラの愛情深い視点を通したエルカノハの真面目で一途な愛らしい言動がいくつも記述されていた。
なんということはない、ノイエラがエルカノハ信者の筆頭であった。
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