26 / 73
26 ダラスとアスター
しおりを挟む
テイル王国からコザ率いるクロード捜索部隊が出発した頃、各国でも動きがあった。
テイル王国に程近いムーレリア王国では事態の大きさを把握し、復興支援として兵二万、食糧、日用品などの手配が行われる事が決定、すぐさま使者が送られた。
絶対的強者として君臨していたテイル王国に見えた致命的な綻び。
これを利用してテイル王国に恩を売り、再興したあかつきには優遇的措置を取ってもらう、そんな魂胆が根底にはあった。
事件の数日後から知らせを聞いたムーレリア王国を始めとした各国はすぐに使者を送ってガイアへの謁見を求めたが、門前払いされてしまっていた。
そしてその門戸が開かれたのは事件発生から数週間が経ってからの事だった。
連合の申し入れや、ムーレリア王国と同じように兵や食料の手配、住民の受入などを提案してくる国もあった。
テイル王国の都心部は軍部によるモンスター捕獲作戦の実行により荒れに荒れており、軍が行使した魔法の爆発や住居を壊してモンスターの進路を塞ぐ、などの対応措置などの影響でモンスターの被害よりも軍から受けた被害の方がはるかに多かった。
それによる死傷者なども増え、住居を失い、毎日繰り返される内戦のような有様に民衆は怯え、疲れ、不満が積もっていった。
国からの発表はモンスターの異常行動による事故とあるが、モンスターへの対処ばかりで民衆への対処は驚くほどに疎かだった。
そんな中で届く支援は心の拠り所となり、テイル王国に対する不満はさらに倍増していった。
最低限の物を持って亡命する人々が増え、民衆と軍との小競り合いも増える。
それにより不満はさらに憎悪と怒りを生み--。
国民と国との間に生まれた亀裂は修復不可能な所まで広がって行ってしまったのだった。
そして--とうとう事は大事に至り、武装蜂起した民衆達が暴動を起こし、各地で兵を襲い始めてしまう。
暴動を鎮圧するためにさらに兵が派遣される事になり、さらにさらに血が流れる。
「もうどうにもならないな」
暴徒鎮圧部隊として現地に派遣されたアスターがポツリと呟いた。
「アスター、お前はどうするつもりだ?」
「ダラス中将こそどうするおつもりですか」
「どうもこうもない。俺は上からの命令に従うだけだ」
軍部が再編され、捕獲されたモンスターの調教が終わるまでの間、ダラスは中将となり今は暴徒鎮圧部隊の指揮官となっていた。
「そうではありません。この先、中将は王国に骨を埋める気ですか?」
「軍を続ける気なのか、と言いたいのか」
「そうです」
「どうかな。俺は軍人としての生き方しか知らん」
「それは私も同じです」
「互いに人生設計を見誤ったかもしれんな」
「同感です」
暴徒は貴族の館を占拠し、貴族を人質として徹底抗戦の構えを見せている。
散発的に起きていたゲリラ的行為もまとまりを見せ始め、侮れない勢力になっていた。
ダラス率いる鎮圧部隊は革命軍の占拠している館の近くで陣を展開し、一触即発の状態だった。
そんな中でダラスは言う。
「だがなアスター。お前はまだ若い。どうにでもなる。例えば--」
「革命軍に寝返る、とかですか?」
「それもあるが……現実的なのは国外逃亡だろうな」
「それは敵前逃亡として処断されてしかるべきではないのですか」
ダラスの言葉に眉根を寄せてアスターが言った。
「お前は本当に頭が固いな。もっと柔らかければクロードももう少しお前を信用しただろうな」
「何をおっしゃるおつもりですか」
「いや、すまん。何でもない。だがそれも一つの考え方だという事だよ」
「そう、ですか」
「軍がまともに機能していればそうだろうよ。だが今は色々と壊れている。にっちもさっちも行かなくなった時にあぁ、あの時こうしていればよかった、なんてならん為にもな」
「心に留めておきます」
アスターはダラスの急な言葉に戸惑いながらも、その意見を飲み込んだ。
そんなアスターを見てダラスはふっ、と軽く鼻息を鳴らす。
「老躯の言う事は聞いとくもんだぜ?」
「まだそれほどのお歳ではないでしょう」
「くく、確かにな」
アスターとて現状を素直に受け入れているわけではない。
上層部に思う所はある。
だがそれを追求している余裕がアスターにはない。
アスターは優れた剣技の持ち主であり、どこの国に行っても重宝される人物ではあるだろう。
しかしアスターの中に他国に行く、という選択肢が綺麗さっぱり抜け落ちていたためにダラスの言葉は受け入れ難いものだった。
「お前もクロードを追っかけてくるか?」
「? どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。コザらがクロードを探しに出たが……真面目に捜索するとも思えないしな」
「……先ほどと同じ意見かと存じますが」
「さっきのは自分で敵前逃亡だって言ったじゃないか。クロードを探しに行くなら逃亡じゃない、立派な任務だ。だがまぁ、探しに行って、どこかで死んでしまって行方不明になるかもしれないな」
「つまり、それは逃亡と同じではありませんか」
「逃亡じゃあないさ、行方不明になっちまうんだから」
「ものは言いよう、ということですか」
「さぁ。どうだかな」
ダラスは明らかにそう言いたいのだろう。
クロードを探しに行くと理由を付け、この国から逃げるか? と。
戦場での行方不明者は少なくない。
その中には逃亡した者だっているはずだ。
行方不明になった者が罰される事はない。
敵前逃亡が認められるのは上官の前で、仲間の前で逃げ出した時だけだ。
「クロードを、探す……」
「お前だって直属の上司やってたんだろう。思う所は多々あるんじゃあないか」
「それは、今の作戦を終えてから考えます」
「いい心がけだ。さて、そろそろ始まるか」
ダラスが館に目をやり、顔つきが厳しいものに変わった。
暴徒鎮圧と人質となった貴族の救出、その作戦が始まろうとしていた。
テイル王国に程近いムーレリア王国では事態の大きさを把握し、復興支援として兵二万、食糧、日用品などの手配が行われる事が決定、すぐさま使者が送られた。
絶対的強者として君臨していたテイル王国に見えた致命的な綻び。
これを利用してテイル王国に恩を売り、再興したあかつきには優遇的措置を取ってもらう、そんな魂胆が根底にはあった。
事件の数日後から知らせを聞いたムーレリア王国を始めとした各国はすぐに使者を送ってガイアへの謁見を求めたが、門前払いされてしまっていた。
そしてその門戸が開かれたのは事件発生から数週間が経ってからの事だった。
連合の申し入れや、ムーレリア王国と同じように兵や食料の手配、住民の受入などを提案してくる国もあった。
テイル王国の都心部は軍部によるモンスター捕獲作戦の実行により荒れに荒れており、軍が行使した魔法の爆発や住居を壊してモンスターの進路を塞ぐ、などの対応措置などの影響でモンスターの被害よりも軍から受けた被害の方がはるかに多かった。
それによる死傷者なども増え、住居を失い、毎日繰り返される内戦のような有様に民衆は怯え、疲れ、不満が積もっていった。
国からの発表はモンスターの異常行動による事故とあるが、モンスターへの対処ばかりで民衆への対処は驚くほどに疎かだった。
そんな中で届く支援は心の拠り所となり、テイル王国に対する不満はさらに倍増していった。
最低限の物を持って亡命する人々が増え、民衆と軍との小競り合いも増える。
それにより不満はさらに憎悪と怒りを生み--。
国民と国との間に生まれた亀裂は修復不可能な所まで広がって行ってしまったのだった。
そして--とうとう事は大事に至り、武装蜂起した民衆達が暴動を起こし、各地で兵を襲い始めてしまう。
暴動を鎮圧するためにさらに兵が派遣される事になり、さらにさらに血が流れる。
「もうどうにもならないな」
暴徒鎮圧部隊として現地に派遣されたアスターがポツリと呟いた。
「アスター、お前はどうするつもりだ?」
「ダラス中将こそどうするおつもりですか」
「どうもこうもない。俺は上からの命令に従うだけだ」
軍部が再編され、捕獲されたモンスターの調教が終わるまでの間、ダラスは中将となり今は暴徒鎮圧部隊の指揮官となっていた。
「そうではありません。この先、中将は王国に骨を埋める気ですか?」
「軍を続ける気なのか、と言いたいのか」
「そうです」
「どうかな。俺は軍人としての生き方しか知らん」
「それは私も同じです」
「互いに人生設計を見誤ったかもしれんな」
「同感です」
暴徒は貴族の館を占拠し、貴族を人質として徹底抗戦の構えを見せている。
散発的に起きていたゲリラ的行為もまとまりを見せ始め、侮れない勢力になっていた。
ダラス率いる鎮圧部隊は革命軍の占拠している館の近くで陣を展開し、一触即発の状態だった。
そんな中でダラスは言う。
「だがなアスター。お前はまだ若い。どうにでもなる。例えば--」
「革命軍に寝返る、とかですか?」
「それもあるが……現実的なのは国外逃亡だろうな」
「それは敵前逃亡として処断されてしかるべきではないのですか」
ダラスの言葉に眉根を寄せてアスターが言った。
「お前は本当に頭が固いな。もっと柔らかければクロードももう少しお前を信用しただろうな」
「何をおっしゃるおつもりですか」
「いや、すまん。何でもない。だがそれも一つの考え方だという事だよ」
「そう、ですか」
「軍がまともに機能していればそうだろうよ。だが今は色々と壊れている。にっちもさっちも行かなくなった時にあぁ、あの時こうしていればよかった、なんてならん為にもな」
「心に留めておきます」
アスターはダラスの急な言葉に戸惑いながらも、その意見を飲み込んだ。
そんなアスターを見てダラスはふっ、と軽く鼻息を鳴らす。
「老躯の言う事は聞いとくもんだぜ?」
「まだそれほどのお歳ではないでしょう」
「くく、確かにな」
アスターとて現状を素直に受け入れているわけではない。
上層部に思う所はある。
だがそれを追求している余裕がアスターにはない。
アスターは優れた剣技の持ち主であり、どこの国に行っても重宝される人物ではあるだろう。
しかしアスターの中に他国に行く、という選択肢が綺麗さっぱり抜け落ちていたためにダラスの言葉は受け入れ難いものだった。
「お前もクロードを追っかけてくるか?」
「? どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。コザらがクロードを探しに出たが……真面目に捜索するとも思えないしな」
「……先ほどと同じ意見かと存じますが」
「さっきのは自分で敵前逃亡だって言ったじゃないか。クロードを探しに行くなら逃亡じゃない、立派な任務だ。だがまぁ、探しに行って、どこかで死んでしまって行方不明になるかもしれないな」
「つまり、それは逃亡と同じではありませんか」
「逃亡じゃあないさ、行方不明になっちまうんだから」
「ものは言いよう、ということですか」
「さぁ。どうだかな」
ダラスは明らかにそう言いたいのだろう。
クロードを探しに行くと理由を付け、この国から逃げるか? と。
戦場での行方不明者は少なくない。
その中には逃亡した者だっているはずだ。
行方不明になった者が罰される事はない。
敵前逃亡が認められるのは上官の前で、仲間の前で逃げ出した時だけだ。
「クロードを、探す……」
「お前だって直属の上司やってたんだろう。思う所は多々あるんじゃあないか」
「それは、今の作戦を終えてから考えます」
「いい心がけだ。さて、そろそろ始まるか」
ダラスが館に目をやり、顔つきが厳しいものに変わった。
暴徒鎮圧と人質となった貴族の救出、その作戦が始まろうとしていた。
2
お気に入りに追加
3,534
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?
仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。
そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。
「出来の悪い妹で恥ずかしい」
「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」
そう言ってましたよね?
ある日、聖王国に神のお告げがあった。
この世界のどこかに聖女が誕生していたと。
「うちの娘のどちらかに違いない」
喜ぶ両親と姉妹。
しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。
因果応報なお話(笑)
今回は、一人称です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
前世の幸福ポイントを使用してチート冒険者やってます。
サツキ コウ
ファンタジー
俗に言う異世界転生物。
人生の幸福ポイントを人一倍残した状態で不慮の死を遂げた主人公が、
前世のポイントを使ってチート化!
新たな人生では柵に囚われない為に一流の冒険者を目指す。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
精霊のお仕事
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
【完結】
オレは前世の記憶を思い出した。
あの世で、ダメじゃん。
でもそこにいたのは地球で慣れ親しんだ神様。神様のおかげで復活がなったが…今世の記憶が飛んでいた。
まあ、オレを拾ってくれたのはいい人達だしオレは彼等と家族になって新しい人生を生きる。
ときどき神様の依頼があったり。
わけのわからん敵が出てきたりする。
たまには人間を蹂躙したりもする。?
まあいいか。
結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」
「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」
「ま、まってくださ……!」
「誰が待つかよバーーーーーカ!」
「そっちは危な……っあ」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる