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一部不快な描写があります。
━━━━━━━━━━━━━━━
「ケーニッヒ、私はちょっと出てくるわ」
「あぁ、わかった」
ケーニッヒの行為を冷淡な瞳で見つめていたシェーアは何かを思い出したように立ち上がり、ゆっくりと部屋を出る。
背後で扉の閉まる音を聞きながら、シェーアはヒールの音を鳴らしてどこかへと向かった。
女王であるシェーアが歩けば、すれ違う城の使用人達は頭を垂れて道を譲る。
城では当たり前の光景、しかしシェーアにとっては新鮮だった。
公爵家と似た光景ではあるが規模が段違いだ。
今まで頭を下げていた大臣やその他の国の重鎮でさえ、今のシェーアにはかしずかざるをえないのだから。
だが自身の中に存在するサキュバスクイーンの魂と記憶の中では、今と同じような光景を何度も見ていた。
アニエス・アヴァール・アドミラシオン。魔界では名の知れた七大魔族の一人。
今はシェーアの中で眠りについているアドミラシオンだが、その記憶と大いなる魔力はシェーアに貸し与えられている。
その事実を改めて思い出したシェーアは妖艶な笑みを浮かべ、神に愛された証である白髪を靡かせながら、ふんわりとした厚みのある絨毯の上を歩いていく。
向かう先は地下にある牢獄。
そこに収監されているとある人物と話をする為に足を急がせる。
「ふふ……今日は貴方の為に特別な料理をおもてなしさせて頂きますわ」
妖艶な笑みは歩くごとに歪になり、凶悪といっても過言ではないものへと変わっていく。
すれ違ったメイドがそれを見て小さく悲鳴を上げ、慌てて口を塞いだ。
シェーアはそんな事には気に止めずに階段を降りてゆき、冷たい空気を吐き出す地下牢へとたどり着いた。
「ご機嫌いかがかしら? ハイアット卿」
「……何の用だ、女狐め」
ドリアム王国の名文官と言えばこの人とまで呼ばれるハイアット・ルルクーリ。
類いまれなる才でドリアム王国の内政を一手に引き受ける彼が、なぜ地下牢に投獄されているのか。
それはただ単純にシェーア、及びケーニッヒの配下となる事を拒んだからであった。
「あらあら、そんな怖い顔で睨まないで下さる? 思わず叩き潰したくなってしまいますわ」
「怖い顔はお互いさまだろう? 人を喰らいそうな顔をしよってからに」
「んふふ……相変わらずつれないお方……それよりも、考え直して頂けたかしら?」
「ふん、何度言われた所で私が貴様の下で働くなど有り得ん話だ」
「……仕方ないわ。ハイアット卿には娘さんがいたわよね? 確か……」
「貴様まさか! ミーティアに何をした!」
「別に何もしていないわ? ただちょっと協力してもらっただけ。貴方、ミートパイはお好き?」
「ミートパイ……だと……」
「そ。ミーティア嬢が丹精込めて作ったミートパイ、身を粉にして作ってくれたわ」
「まさ、か……!」
悪魔のようにおぞましい笑顔を浮かべるシェーアと、シェーアの言っている意味を察し、絶望の色を浮かべるハイアットの表情は対照的だ。
「勘違いしないでくださる? ミーティア嬢は無事よ。ただ不慮の事故で片腕が一本無くなってしまったけれど……しくしく」
「貴様はぁ!」
不慮の事故という意味を理解したハイアットは戯れのようにおどけるシェーアへ怒号と共に掴みかかろうとするが、それは牢獄の檻によって阻まれてガシャン、という音が地下に鳴り響いた。
「私はね、貴方が欲しいのよ。脳の無い愚物共と違って貴方には才がある。その才を私の下でふんだんに奮って欲しいの。私は私が望むモノを全て手に入れる、どんな事をしてもね。これ以上貴方が拒むなら……悲しい事になってしまうわね」
「なぜ……そうまでして私を」
「貴方はドレアム王国の裏の大黒柱、例え何本かの柱が折れたとしても貴方がいれば問題ない。政策の立案、他貴族との連携、その他もろもろ。貴方がしている事はとても難しく素晴らしく、真似を出来る人間はそういない。それに、私が何度貴方に魅了をかけても貴方は抗い続けている。私の魅了に抗える者もそういない。そういった諸々の集約がここまでの評価ね」
「く……ミーティアは……ミーティアだけは」
「うふふ……貴方が私の従順な犬になってくれさえすれば、可愛いミーティア嬢が命を落とす事は無いわ。それに、もしかするとミンチになってしまった腕も元に戻るかもしれないわね」
「本当か!!」
「ええ。私、嘘が嫌いですの」
「…………分かった。軍門に下ろう」
「理解が早くて嬉しいわぁ。それじゃ宜しくね、わんちゃん」
檻の中で膝を付き、頭を下げるハイアットへ愉悦の笑みを浮かべるシェーア。
そして牢獄の扉が音も無く開いた。
「……身命を賭してご期待に答えてみせます。シェーア女王陛下」
「では行きましょ? 栄えある新時代の幕開け、聖魔大国の第一歩を」
「はい」
シェーアは牢から出て来たハイアットを満足そうに見つめ、踵を返して地下牢を後にしたのだった。
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「ケーニッヒ、私はちょっと出てくるわ」
「あぁ、わかった」
ケーニッヒの行為を冷淡な瞳で見つめていたシェーアは何かを思い出したように立ち上がり、ゆっくりと部屋を出る。
背後で扉の閉まる音を聞きながら、シェーアはヒールの音を鳴らしてどこかへと向かった。
女王であるシェーアが歩けば、すれ違う城の使用人達は頭を垂れて道を譲る。
城では当たり前の光景、しかしシェーアにとっては新鮮だった。
公爵家と似た光景ではあるが規模が段違いだ。
今まで頭を下げていた大臣やその他の国の重鎮でさえ、今のシェーアにはかしずかざるをえないのだから。
だが自身の中に存在するサキュバスクイーンの魂と記憶の中では、今と同じような光景を何度も見ていた。
アニエス・アヴァール・アドミラシオン。魔界では名の知れた七大魔族の一人。
今はシェーアの中で眠りについているアドミラシオンだが、その記憶と大いなる魔力はシェーアに貸し与えられている。
その事実を改めて思い出したシェーアは妖艶な笑みを浮かべ、神に愛された証である白髪を靡かせながら、ふんわりとした厚みのある絨毯の上を歩いていく。
向かう先は地下にある牢獄。
そこに収監されているとある人物と話をする為に足を急がせる。
「ふふ……今日は貴方の為に特別な料理をおもてなしさせて頂きますわ」
妖艶な笑みは歩くごとに歪になり、凶悪といっても過言ではないものへと変わっていく。
すれ違ったメイドがそれを見て小さく悲鳴を上げ、慌てて口を塞いだ。
シェーアはそんな事には気に止めずに階段を降りてゆき、冷たい空気を吐き出す地下牢へとたどり着いた。
「ご機嫌いかがかしら? ハイアット卿」
「……何の用だ、女狐め」
ドリアム王国の名文官と言えばこの人とまで呼ばれるハイアット・ルルクーリ。
類いまれなる才でドリアム王国の内政を一手に引き受ける彼が、なぜ地下牢に投獄されているのか。
それはただ単純にシェーア、及びケーニッヒの配下となる事を拒んだからであった。
「あらあら、そんな怖い顔で睨まないで下さる? 思わず叩き潰したくなってしまいますわ」
「怖い顔はお互いさまだろう? 人を喰らいそうな顔をしよってからに」
「んふふ……相変わらずつれないお方……それよりも、考え直して頂けたかしら?」
「ふん、何度言われた所で私が貴様の下で働くなど有り得ん話だ」
「……仕方ないわ。ハイアット卿には娘さんがいたわよね? 確か……」
「貴様まさか! ミーティアに何をした!」
「別に何もしていないわ? ただちょっと協力してもらっただけ。貴方、ミートパイはお好き?」
「ミートパイ……だと……」
「そ。ミーティア嬢が丹精込めて作ったミートパイ、身を粉にして作ってくれたわ」
「まさ、か……!」
悪魔のようにおぞましい笑顔を浮かべるシェーアと、シェーアの言っている意味を察し、絶望の色を浮かべるハイアットの表情は対照的だ。
「勘違いしないでくださる? ミーティア嬢は無事よ。ただ不慮の事故で片腕が一本無くなってしまったけれど……しくしく」
「貴様はぁ!」
不慮の事故という意味を理解したハイアットは戯れのようにおどけるシェーアへ怒号と共に掴みかかろうとするが、それは牢獄の檻によって阻まれてガシャン、という音が地下に鳴り響いた。
「私はね、貴方が欲しいのよ。脳の無い愚物共と違って貴方には才がある。その才を私の下でふんだんに奮って欲しいの。私は私が望むモノを全て手に入れる、どんな事をしてもね。これ以上貴方が拒むなら……悲しい事になってしまうわね」
「なぜ……そうまでして私を」
「貴方はドレアム王国の裏の大黒柱、例え何本かの柱が折れたとしても貴方がいれば問題ない。政策の立案、他貴族との連携、その他もろもろ。貴方がしている事はとても難しく素晴らしく、真似を出来る人間はそういない。それに、私が何度貴方に魅了をかけても貴方は抗い続けている。私の魅了に抗える者もそういない。そういった諸々の集約がここまでの評価ね」
「く……ミーティアは……ミーティアだけは」
「うふふ……貴方が私の従順な犬になってくれさえすれば、可愛いミーティア嬢が命を落とす事は無いわ。それに、もしかするとミンチになってしまった腕も元に戻るかもしれないわね」
「本当か!!」
「ええ。私、嘘が嫌いですの」
「…………分かった。軍門に下ろう」
「理解が早くて嬉しいわぁ。それじゃ宜しくね、わんちゃん」
檻の中で膝を付き、頭を下げるハイアットへ愉悦の笑みを浮かべるシェーア。
そして牢獄の扉が音も無く開いた。
「……身命を賭してご期待に答えてみせます。シェーア女王陛下」
「では行きましょ? 栄えある新時代の幕開け、聖魔大国の第一歩を」
「はい」
シェーアは牢から出て来たハイアットを満足そうに見つめ、踵を返して地下牢を後にしたのだった。
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